9 / 11
9話 本当に馬鹿だな
しおりを挟む
「思い出した。夜光虫、君は薫子……?」
薫子は悲しげな表情を浮かべて俯いてから、睨むように告げた。
「思い出したならわかるでしょ?……歪みが生じるの、私は不完全な鬼神。壱岐が私のそばにいれば戻ろうとするの、魂が。そして鬼と人間の均衡が崩れて、神の力が抑えられ、鬼が本性を出す」
薫子は笑った。困ったように笑いながら涙を流した。
「一生愛さないと決めていたのは、食うのが怖かったからだけじゃない。愛してしまえば、一緒にいたいって、死んでしまうことが怖くなるから――。決めて、壱岐。私はこのままじゃあなたを殺すか、あなたに魂を奪われて鬼になる。あなたも不完全な魂じゃ、長くは生きられない。だから、私を殺して。今度はあなたが生きて」
薫子は強かった。ずっとそんな風に覚悟して生きてきたなんて、そんなの苦しいに決まっているのに。ずっと俺にも言わずに、一人だけで……でも、そんなのは!
「……っ卑怯だ! 何を選んだって後悔するしかないじゃないか!」
「ごめん」
「なんでずっと黙ってた!? なんでずっと、一人で抱えてたんだ!」
悲鳴のような不協和音が耳にづいてあげられなくて響いている。それが俺の中の記憶が瑠璃を拒否する拒絶反応だって分かっていても俺は瑠璃を抱きしめた。
「謝るなよ、お前は何も悪くない」
薫子が嗚咽を上げて俺にしがみついた。二人で泣き喚いたあの頃がフラッシュバックした。
「気、ごめん。ごめんな……」
塩辛い悔しさの涙が口に入った。花世はそっと羽ばたいて、飛び立った音が耳に届いた。
俺は、本当は薫子の悲しい顔が好きなんじゃなかった。薫子が自分を想っていてくれる証が欲しかっただけなんだ。本当は、お前の悲しい顔なんか見たくないよ。そんなの大っきらいだ。
涙が止まらなかった。俺はあの頃の壱岐じゃない。それでもまた出会い、惹かれあった。それは運命じゃない。けれど偶然じゃなかった。ずっと、会いたかったんだ。
泣き声が響く世界の中、悲しみと愛情がいつまでも溢れてきて痣ができるほど、強く抱き合った。
愛してると喉が嗄れるまで、伝えたかった。けれど、俺に。薫子を鬼にしてしまった俺にそんな身勝手な思いを伝えることなどできるはずもなかった。
「今の俺には弟がいたんだ。生まれてすぐ死産したって聞いてた」
俺は薫子をまっすぐと見据えた。薫子も言いたいことはわかっているみたいだった。
「……母さんは花世って名前だった」
薫子は俯きながら、「うん」とだけ返事をした。覚悟を決めたような、諦めたようなそんな返答に俺は確信する。
「あの時、自殺した母さんは、姑獲鳥になったんだな」
薫子は俯いたまま、首を縦に振った。
「どうして? 母さんは姑獲鳥に? それに青志はどうしてお前と一緒だったんだ?」
薫子はうつむいたまま、残酷な青の目をしてこういった。
「私は鬼の血族を絶やすために、壱岐の魂を持つ者を探さなければならなかった。自分を殺すために」
「うん」
薫子は俺のベッドに座ると、こういった。
「青志のことを私は目を付けていた。だから鬼子として生まれたの」
「鬼子? って何?」
俺はわけがわからなくなって聞いた。薫子は鬼で、青志も鬼? だったって言うんだろうか?
「鬼子っていうのは、鬼じゃないの。歯が生まれながらに生え揃った赤ちゃんのこと。実の親を殺すとか、不吉の象徴とか言われて忌み嫌われて……いる……わ」
瑠璃はそういうと、フラフラとその場に倒れた。
「おい!」
急いで駆け寄ると、瑠璃は月明かりに照らされて瞳を閉じて寝息を立てていた。その顔は何か重たいものを吐き出したような、少しだけほっとしたような顔だった。
俺はそっと、瑠璃の足を抱き上げた。こんな時に寝てしまうなんて、とため息を吐いて瑠璃をみつめる。すると瑠璃が一瞬霞んで見えた。目をこすってもう一度見ると、やはりぶれてみえる。どうしたのだろう? 瑠璃以外のものはちゃんとはっきり見えるのに……。
月がぼんやりとした明かりを公園に落としている。不気味だった。
こんな赤みがかった月明りを、俺は見たことがなかった。
肩をトントンと叩いて青志が俺の前に現れた。急に現れた青志に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して振り返った。
「まだ、喰われてなかったんだな」
吐き捨てるように青志はいい、睨んできた。
「ああ。悪くなったな」
記憶を掘り返そうとすると、ガラス片が刺さるような痛みが頭を襲う。
「思い出したのか……。わかっていると思うが、俺は死んでない」
「……」
俺は瑠璃の方を見ながら言った。
「お前、鬼子だったんだってな……」
俺が聞くと、青志は表情を曇らせてベンチに腰を下ろした。
「……どこまで覚えているんだ?」
瞳が色をなくしたような、力ない憂鬱な目をして青志が聞く。その瞳に隠された、どこまでも落ちてしまいそうなほど底の見えない闇に俺は怯えた。
「俺はお前のことに関しては何も知らない。何も覚えていない」
その言葉を口にすることが、どれほど無神経か分かっているのに言葉は躊躇いもなく出てくる。謝罪は必要ない。それは青志を傷つけるだけだと分かっているから。
「そうか、俺も赤子だったから何も覚えてない。けれど、瑠璃が教えてくれた。瑠璃と響鬼の家のこと。少しばかり長い話になるが、聞いて欲しい。母さんが姑獲鳥になった理由。俺が眷属に至ったわけ、そして瑠璃のことを」
切願するような寂しい目に俺は首を縦に振った。青志は知らないのだろう? 俺と同じに安らぎなどなかったのだろう。本当の家族を知らないで甘えられずに生きてきたのだろう。
青志は想いを吐き出すように言葉を噛み締めながら話し出した。俺の顔を見ながらゆっくりと、慎重に話しだした。
「俺が鬼子だと分かったとき、父親は我が子より迷信を信じ、母さんを守るため、俺を殺した。母さんは鬼子の存在は迷信だと否定したところで父さんを説得できるはずもないと、父親が出たあとすぐに兄さんに話しかけたそうだ」
「すぐに戻ってくるから」
「……俺は大丈夫。だからその子を守って」
「俺は正直、兄さんは変わっていないと思ったよ。覚えてないかもしれないけど、俺は兄さんが壱岐だった頃も兄さんの弟だった。兄さんは俺をよく親の暴力から俺を逃がしてくれた。そして、あの時、炎の中で焼かれた兄さんを助けた。その時にできた縁で、俺は兄さんと瑠璃と運命が重なった」
そういった青志の言葉で、首を絞められた時がフラッシュバックした。あの時、青志は何を考えていたんだろう? 壱岐の頃の俺を重ねて見ていたのだろうか? あの息苦しさの中、俺は自分と瑠璃のことしか考えていなかったというのに。
瑠璃とこいつはずっと過去と向き合わずにはいられない状況にいたというのに。
自分の無力さと無神経さにどうしようもない苛立ちを感じた。赤くただれる肌のむず痒さに耐えるような……そんなどうしようもない苛立ち。
「瑠璃が、逃げようとする母さんの前に現れ言ったんだ。その子を守ってあげる。その代わりに私に命を捧げなさいってな」
「な、なんでそんなことを」
うろたえて声が震えた。
「名前を奪われた兄さんは、感情が希薄だった。それは名をなくしたものの末路だ。名を奪われることによって生じる影響は計り切れない。それこそ十五才を迎える前に亡くなったっておかしくないんだ。けれど、それを回避する方法がある。それは兄さんの心に深い傷を残すこと。そうすれば、兄さんは消えてしまった感情を強く刺激することができる。命を長らえることができる。感情はエネルギーなんだよ」
俺は黙ったままうつむいた。だから、母さんが自殺したっていうのか。だから俺は母さんを見たときに。
思い返して吐きそうになった。
「続けるぞ。母さんはそれを了承した。自分の死を受け入れたんだ。マンションから飛び降りて死を意識した時に母さんはただただ、――俺たちが心配だった。そしてその気持ちと鬼の呪縛が母さんを姑獲鳥にしてしまった」
「……」
俺は何か言おうと口を開けたが、何も言えなかった。
無神経だったのだ。何もかも、青志の気持ちも瑠璃の気持ちも俺は何も知らないで、のうのうと生きてきたのだ。
顔をしかめて黙り込んだ俺を見て青志はため息を吐いてから言った。
「俺が鬼子に生まれたのは、前世の過ちから考えれば当然だ。俺は兄さんに逃がしてもらった後、兄さんのことも何も考えずに幸せな生涯を終えた。なんの罪悪感も抱かず。子をなし、恩を返すこともせず。……だからそんな顔をするな。あなたが悪いんじゃない」
青志はしっかりした口調で言い切った。俺は苦笑いするしかない。
「……俺、そんな変な顔してるか?」
「全部、自分のせいだと思っているんだろう?」
聞いたのに真顔で聞き返されたことで、俺はもう降参するしかなかった。
「俺が、もっとしっかりしていればこんなことにはならなかったんだ」
俺が泣き晴れた目からまた涙が流ないように天井を見ながら言うと、青志はなんとも思ってないような平然とした面でこういった。
「……馬鹿じゃないのか?」
「は?」
「罪悪感なんか今更どうしようもないんだよ。過去に戻れるわけであるまいし。例えもう一度やり直せたとしても、同じこと繰り返さないなんて言い切れるか? 俺はどれだけ過去に戻れたって過去を変えられるとは思えない。兄さんも瑠璃も、他の道を選べなかったからそうなったんだろう? 今更謝られたってあなたが自分勝手な道しか歩めないのは知ってるんだよ」
責められた気がした。初めて、その取り返しのなさを許さないでいてくれる存在が救いだと思った。これで青志に、許されたら俺はきっと自責の念で今以上に苦しんだだろう。
「ありがとう」
かすれた声で呟くと、青志が容赦なく呟いた。
「本当に馬鹿だな」
俺は少し、怒ったように笑った。
薫子は悲しげな表情を浮かべて俯いてから、睨むように告げた。
「思い出したならわかるでしょ?……歪みが生じるの、私は不完全な鬼神。壱岐が私のそばにいれば戻ろうとするの、魂が。そして鬼と人間の均衡が崩れて、神の力が抑えられ、鬼が本性を出す」
薫子は笑った。困ったように笑いながら涙を流した。
「一生愛さないと決めていたのは、食うのが怖かったからだけじゃない。愛してしまえば、一緒にいたいって、死んでしまうことが怖くなるから――。決めて、壱岐。私はこのままじゃあなたを殺すか、あなたに魂を奪われて鬼になる。あなたも不完全な魂じゃ、長くは生きられない。だから、私を殺して。今度はあなたが生きて」
薫子は強かった。ずっとそんな風に覚悟して生きてきたなんて、そんなの苦しいに決まっているのに。ずっと俺にも言わずに、一人だけで……でも、そんなのは!
「……っ卑怯だ! 何を選んだって後悔するしかないじゃないか!」
「ごめん」
「なんでずっと黙ってた!? なんでずっと、一人で抱えてたんだ!」
悲鳴のような不協和音が耳にづいてあげられなくて響いている。それが俺の中の記憶が瑠璃を拒否する拒絶反応だって分かっていても俺は瑠璃を抱きしめた。
「謝るなよ、お前は何も悪くない」
薫子が嗚咽を上げて俺にしがみついた。二人で泣き喚いたあの頃がフラッシュバックした。
「気、ごめん。ごめんな……」
塩辛い悔しさの涙が口に入った。花世はそっと羽ばたいて、飛び立った音が耳に届いた。
俺は、本当は薫子の悲しい顔が好きなんじゃなかった。薫子が自分を想っていてくれる証が欲しかっただけなんだ。本当は、お前の悲しい顔なんか見たくないよ。そんなの大っきらいだ。
涙が止まらなかった。俺はあの頃の壱岐じゃない。それでもまた出会い、惹かれあった。それは運命じゃない。けれど偶然じゃなかった。ずっと、会いたかったんだ。
泣き声が響く世界の中、悲しみと愛情がいつまでも溢れてきて痣ができるほど、強く抱き合った。
愛してると喉が嗄れるまで、伝えたかった。けれど、俺に。薫子を鬼にしてしまった俺にそんな身勝手な思いを伝えることなどできるはずもなかった。
「今の俺には弟がいたんだ。生まれてすぐ死産したって聞いてた」
俺は薫子をまっすぐと見据えた。薫子も言いたいことはわかっているみたいだった。
「……母さんは花世って名前だった」
薫子は俯きながら、「うん」とだけ返事をした。覚悟を決めたような、諦めたようなそんな返答に俺は確信する。
「あの時、自殺した母さんは、姑獲鳥になったんだな」
薫子は俯いたまま、首を縦に振った。
「どうして? 母さんは姑獲鳥に? それに青志はどうしてお前と一緒だったんだ?」
薫子はうつむいたまま、残酷な青の目をしてこういった。
「私は鬼の血族を絶やすために、壱岐の魂を持つ者を探さなければならなかった。自分を殺すために」
「うん」
薫子は俺のベッドに座ると、こういった。
「青志のことを私は目を付けていた。だから鬼子として生まれたの」
「鬼子? って何?」
俺はわけがわからなくなって聞いた。薫子は鬼で、青志も鬼? だったって言うんだろうか?
「鬼子っていうのは、鬼じゃないの。歯が生まれながらに生え揃った赤ちゃんのこと。実の親を殺すとか、不吉の象徴とか言われて忌み嫌われて……いる……わ」
瑠璃はそういうと、フラフラとその場に倒れた。
「おい!」
急いで駆け寄ると、瑠璃は月明かりに照らされて瞳を閉じて寝息を立てていた。その顔は何か重たいものを吐き出したような、少しだけほっとしたような顔だった。
俺はそっと、瑠璃の足を抱き上げた。こんな時に寝てしまうなんて、とため息を吐いて瑠璃をみつめる。すると瑠璃が一瞬霞んで見えた。目をこすってもう一度見ると、やはりぶれてみえる。どうしたのだろう? 瑠璃以外のものはちゃんとはっきり見えるのに……。
月がぼんやりとした明かりを公園に落としている。不気味だった。
こんな赤みがかった月明りを、俺は見たことがなかった。
肩をトントンと叩いて青志が俺の前に現れた。急に現れた青志に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して振り返った。
「まだ、喰われてなかったんだな」
吐き捨てるように青志はいい、睨んできた。
「ああ。悪くなったな」
記憶を掘り返そうとすると、ガラス片が刺さるような痛みが頭を襲う。
「思い出したのか……。わかっていると思うが、俺は死んでない」
「……」
俺は瑠璃の方を見ながら言った。
「お前、鬼子だったんだってな……」
俺が聞くと、青志は表情を曇らせてベンチに腰を下ろした。
「……どこまで覚えているんだ?」
瞳が色をなくしたような、力ない憂鬱な目をして青志が聞く。その瞳に隠された、どこまでも落ちてしまいそうなほど底の見えない闇に俺は怯えた。
「俺はお前のことに関しては何も知らない。何も覚えていない」
その言葉を口にすることが、どれほど無神経か分かっているのに言葉は躊躇いもなく出てくる。謝罪は必要ない。それは青志を傷つけるだけだと分かっているから。
「そうか、俺も赤子だったから何も覚えてない。けれど、瑠璃が教えてくれた。瑠璃と響鬼の家のこと。少しばかり長い話になるが、聞いて欲しい。母さんが姑獲鳥になった理由。俺が眷属に至ったわけ、そして瑠璃のことを」
切願するような寂しい目に俺は首を縦に振った。青志は知らないのだろう? 俺と同じに安らぎなどなかったのだろう。本当の家族を知らないで甘えられずに生きてきたのだろう。
青志は想いを吐き出すように言葉を噛み締めながら話し出した。俺の顔を見ながらゆっくりと、慎重に話しだした。
「俺が鬼子だと分かったとき、父親は我が子より迷信を信じ、母さんを守るため、俺を殺した。母さんは鬼子の存在は迷信だと否定したところで父さんを説得できるはずもないと、父親が出たあとすぐに兄さんに話しかけたそうだ」
「すぐに戻ってくるから」
「……俺は大丈夫。だからその子を守って」
「俺は正直、兄さんは変わっていないと思ったよ。覚えてないかもしれないけど、俺は兄さんが壱岐だった頃も兄さんの弟だった。兄さんは俺をよく親の暴力から俺を逃がしてくれた。そして、あの時、炎の中で焼かれた兄さんを助けた。その時にできた縁で、俺は兄さんと瑠璃と運命が重なった」
そういった青志の言葉で、首を絞められた時がフラッシュバックした。あの時、青志は何を考えていたんだろう? 壱岐の頃の俺を重ねて見ていたのだろうか? あの息苦しさの中、俺は自分と瑠璃のことしか考えていなかったというのに。
瑠璃とこいつはずっと過去と向き合わずにはいられない状況にいたというのに。
自分の無力さと無神経さにどうしようもない苛立ちを感じた。赤くただれる肌のむず痒さに耐えるような……そんなどうしようもない苛立ち。
「瑠璃が、逃げようとする母さんの前に現れ言ったんだ。その子を守ってあげる。その代わりに私に命を捧げなさいってな」
「な、なんでそんなことを」
うろたえて声が震えた。
「名前を奪われた兄さんは、感情が希薄だった。それは名をなくしたものの末路だ。名を奪われることによって生じる影響は計り切れない。それこそ十五才を迎える前に亡くなったっておかしくないんだ。けれど、それを回避する方法がある。それは兄さんの心に深い傷を残すこと。そうすれば、兄さんは消えてしまった感情を強く刺激することができる。命を長らえることができる。感情はエネルギーなんだよ」
俺は黙ったままうつむいた。だから、母さんが自殺したっていうのか。だから俺は母さんを見たときに。
思い返して吐きそうになった。
「続けるぞ。母さんはそれを了承した。自分の死を受け入れたんだ。マンションから飛び降りて死を意識した時に母さんはただただ、――俺たちが心配だった。そしてその気持ちと鬼の呪縛が母さんを姑獲鳥にしてしまった」
「……」
俺は何か言おうと口を開けたが、何も言えなかった。
無神経だったのだ。何もかも、青志の気持ちも瑠璃の気持ちも俺は何も知らないで、のうのうと生きてきたのだ。
顔をしかめて黙り込んだ俺を見て青志はため息を吐いてから言った。
「俺が鬼子に生まれたのは、前世の過ちから考えれば当然だ。俺は兄さんに逃がしてもらった後、兄さんのことも何も考えずに幸せな生涯を終えた。なんの罪悪感も抱かず。子をなし、恩を返すこともせず。……だからそんな顔をするな。あなたが悪いんじゃない」
青志はしっかりした口調で言い切った。俺は苦笑いするしかない。
「……俺、そんな変な顔してるか?」
「全部、自分のせいだと思っているんだろう?」
聞いたのに真顔で聞き返されたことで、俺はもう降参するしかなかった。
「俺が、もっとしっかりしていればこんなことにはならなかったんだ」
俺が泣き晴れた目からまた涙が流ないように天井を見ながら言うと、青志はなんとも思ってないような平然とした面でこういった。
「……馬鹿じゃないのか?」
「は?」
「罪悪感なんか今更どうしようもないんだよ。過去に戻れるわけであるまいし。例えもう一度やり直せたとしても、同じこと繰り返さないなんて言い切れるか? 俺はどれだけ過去に戻れたって過去を変えられるとは思えない。兄さんも瑠璃も、他の道を選べなかったからそうなったんだろう? 今更謝られたってあなたが自分勝手な道しか歩めないのは知ってるんだよ」
責められた気がした。初めて、その取り返しのなさを許さないでいてくれる存在が救いだと思った。これで青志に、許されたら俺はきっと自責の念で今以上に苦しんだだろう。
「ありがとう」
かすれた声で呟くと、青志が容赦なく呟いた。
「本当に馬鹿だな」
俺は少し、怒ったように笑った。
1
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる