暗黒魔術師の理想郷

べにいも

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第二話 後悔

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 ――道中、魔物に襲われないか細心の注意を払いながらここまで歩いてきたが、その心配も杞憂に終わってしまった。

 順調すぎるほど順調にたどり着いてしまったせいか、若干の不安が胸の内から込み上げる。

「ねぇアレン、あの洞窟ちょっと怪しいんじゃない?」

 ヘレナの指さした方に目をやると、ごつごつとした岩肌が大きな口を開け、誘い込むように待ち構えていた。

「ちょっと様子を見てみるか、あんまり深くなきゃいいんだけどな」
「暗いところは苦手なんだけど......」

 俺が洞窟に向かい進み始めると、文句を言いながらもヘレナが後ろに続く。

 入口から二、三歩進むと、中は円形のドームのような形をしており、入口からは想像もつかないほど広い。正面には高さ十メートルはありそうな鉄の門が、並々ならぬ威圧感を漂わせ立ち塞がっている。

「うおぉ、こいつはでかいな......こんな馬鹿でかい門で守ってるんだ。ここで間違いないだろ」

「村長からは大まかな位置を聞いてただけだからね、でもこの先で間違いないと思う」

 身体中に緊張が走り、冷や汗が滲む。
 今、この重々しい門を前にしてようやく実感した。

 これから先に待ち構える未知の領域が、必ずしも望み通りの結果とは限らない。

 どんな危険が待ち構えているのか? 果たして俺たちが出発前に話したような、伝説の装備や金銀財宝が眠っているのか。

「魔術結界が施されているな......ヘレナ、お前これ解術できるか?」
「うーん、だいぶ年季が入って結界がもうボロボロになってるね......多分大昔の結界だと思うよ。これならなんとか解術できるかもしれない」

 そう言うと、門のすぐ側まで近寄り、両手をかざした。

 ヘレナの後方から俺はじっと解術を見守る。

 俺も力を貸してやりたいところだが、残念ながらそんな技量は持ち合わせていない。情けないがこの空間において、ヘレナだけが頼れる存在だ。

 門を覆う魔法陣が、徐々に紫色の光を帯び始める。
 相当集中しているのか、ヘレナの首筋を一滴の汗が流れる。

 ――次の瞬間、一段と輝く紫光を放ったかと思うと、音を立てて砕け散った。
 同時に、ヘレナがその場に勢いよく座り込む。

「はぁぁぁぁぁぁ、疲れた............」
「おつかれ、今回ばかりはお前に感謝してるよ。一緒に来てくれて助かった」

 俺はヘレナの肩に手を置き、微笑を浮かべながら疲れた顔を見つめる。

「な、なによ急に! じゃあ村に帰ったらゴールデンパイたらふくご馳走してよね!」
「わーったよ、考えとく。ほら、さっさと進もうぜ」
「もー! 絶対だからね!」

 ヘレナの手を引き立ち上がらせると、二人で同時に門を押す。

「くっ、重いなこの門、ヘレナの魔術で壊せないのか?」
「無茶言わないでよ! こんな馬鹿でかい鉄の門壊せるわけないじゃない!」

 減らず口を叩きながらも全力で門を押し続けると、ギギィと鈍い音を立てながら徐々に門が開き始めた。

「もう一息だ!」

 ありったけの力を込め、全身の筋肉をフル稼働させて門を押す。
 ゴゴゴゴと金属特有の重低音を響かせながら、奥の部屋が姿を現した。

 先程と同じようなドーム型の空間。四方八方の岩肌がむき出しになっている。
 ただ少し違うのは、部屋の真ん中に俺の身長の二、三回りほど大きな石像が建っていることだ。
 両手を揃えて前に突き出し、両足も手のすぐ後ろで律儀に揃えられている。

「どうやらアテが外れたみたいだ」
「結局無駄足かぁ......ま、私にはゴールデンパイが待っているけどね!」

 魔術の禁書でもあれば万々歳だったのだが、部屋の中をぐるっと見渡してもそれっぽいものはどこにも見当たらない。

 俺の心境とは裏腹に、ヘレナは既にゴールデンパイのことで頭がいっぱいのようだ。隣で嬉しそうな表情を浮かべている。

 もう帰ろうかと部屋に背を向けた時、ピシピシという音が部屋全体に響き渡った。

 ――なんだ? 

 反射的に振り向き音の出処を探ると、部屋の石像にひびが入っており、割れ目は徐々に像全体を覆っていく。
 俺もヘレナもただ目の前で起こっている出来事を、呆然と見つめていた。

 ――瞬間、一際大きなひびが入ったかと思うと、石像が爆散した。かのように見えた。
 部屋中に石片が飛散し、思わず右腕で顔を覆う。

「ギシャアアァァァァァァァァァアアアアア」

 甲高い咆哮が反響し、部屋の岩壁がボロボロと崩れ落ちる。

 筋骨隆々な全身を赤黒く染め、頭には二本の角を生やし、古文書に出てくるような悪魔の翼が両肩から飛び出している。両手両足からは鋭い鉤爪を覗かせていた。

 突然の出来事に頭が追いつかない。
 その迫力に圧倒され、俺は二、三歩後ろへ退く。

「っ......! なんだこいつは!?」
「村長の家にあった古い絵画の魔物によく似ているわ、確か名前はガーゴイル......禁足地にはこいつを封印していたってわけね」
「くそっ、 完全にヤバイ奴じゃねえかよ! こうなったら何とか逃げ切るぞ!」

 俺とヘレナが逃げるタイミングを伺い、走り出そうとした直後、ガーゴイルが翼を羽ばたかせ一直線に突撃してきた。
 どうにか回避できたが、真ん中から左右にに分断され、ガーゴイルが門の前に立ち塞がる。

「なるほど......逃がさないってわけね。やるしかないか」
「ヘレナ! 俺が時間を稼いでる間に特大のやつを頼む! こっちだガーゴイル!」

 俺の声に反応するようにガーゴイルがこちらを見据え、突撃してきた。
 その勢いのまま筋骨隆々な右腕を振り上げ、鋼のような鉤爪を斜めから振り下ろす。

「障壁となり我が肉体を守りたまえ!【マジックシールド】」

 俺の体の大きさ程ある透明な障壁が眼前に現れ、間一髪鉤爪を防ぐ。が、障壁はあっさりと破れ、勢いの半減した鉤爪が俺の体を浅く切り裂いた。

 ――傷は浅い、これならまだ戦いに支障はないはずだ。

 チラッとヘレナの方に視線を向けると、どうやら準備は整ったらしい。彼女の足元には赤々と燃え盛る魔法陣が描かれている。

「我が内に秘めたる紅蓮の炎よ、柱となりて敵を滅ぼさん!【フレイムパイラー】」

 詠唱直後、ガーゴイルの足元からとてつもない大きさの火柱が出現し、全身を包み込んだ。

 ヘレナが唯一使える上級魔術だ。これにはひとたまりもないだろう。
 延々と燃え上がり続ける火柱を横目に、ヘレナの元へと駆け寄る。

「流石だな、村長に報告すれば何か恩賞がもらえるかもしれないぞ」
「何言ってんの、勝手に禁足地に入ったことがバレたらしばらく謹慎することになるわよ」
「それもそうだな」

 勝利の余韻に浸り、談笑に花を咲かせていると――

「ギシャアアァァァァァァァァァアアアアア」

 ハッと振り返ると、ガーゴイルは翼を羽ばたかせて火柱をかき消し、こちらに向かって猛烈な速度で向かってきた。振り上げられた鉤爪が眼前に迫ってきている。

 ――やばい、死ぬ......

 詠唱は間に合わない。

 これまでの思い出が走馬灯のように駆け巡り、目に映る全ての景色がスローモーションのようにはっきりと見える。しかし身体は言うことを聞かず、これから訪れるであろう未来を回避する術は残されていない。

 全てを諦めかけたその時、俺の目の前に一つの影が割って入った。ヘレナだ。
 彼女は肩越しにこちらを振り返ると、微笑を浮かべた。桃色の髪が僅かに揺れる。

 嘘だろ......待ってくれ......頼む!

 しかし俺の想いは容赦なく打ちのめされた。
 彼女の身体は無残にも鉤爪の餌食となり、鮮血を撒き散らしながら倒れた。

「ヘレナアアァァァァァァァァァアアア!」

 俺は悲鳴にも絶叫にも似つかない声を上げ、地に伏せた彼女を抱き寄せる。

 体にはくっきりと三本の鉤爪に裂かれた痛々しい傷跡が残っており、そこから次々と血が噴き出している。まだ微かに息があることがせめてもの救いだった。

「ヘレナ......どうして......どうして俺なんかの為に」
「やっぱりあんたは私がいないとダメね......危なっかしくて放っておけないわ」

 苦しそうにしながらも、一言一言を吐き出すように言葉にする。
 しかし、そんなこともお構いなしにガーゴイルは止めを刺すべく右腕を振り上げる。

「てめぇはそこで大人しくしてやがれッ!」

 雄叫びを上げると同時に、俺の周りからドス黒いオーラが現れ鎖に形を変えると、ガーゴイルをがんじがらめに縛り上げ身動きを封じる。

 予期せぬ出来事に一瞬驚くが、もはやそれどころではない。
 ヘレナの命の灯火は刻一刻と消えつつあるのだ。

「あんた......そんなすごい魔術があるなら......最初からやりなさいよね」

 毒気づいているつもりだろうが、その言葉はとても弱々しい。俺に気を遣わせないよう精一杯の笑顔を浮かべているのが余計に心苦しかった。

「出来たら最初からやってるに決まってんだろ馬鹿......すぐ村に連れて行くからそれまでくたばるんじゃねえ!」

 俺はヘレナの精一杯の笑みに応えるように、強気な態度を示す。
 ここで涙を流せばもう助からない――そんな気がして必死に溢れようとする涙をこらえる。

 そうだ、諦めちゃいけない。きっとヘレナは助かる!
 弱気になっていく自分を必死にそう言い聞かせる。

「ううん、もういいの。自分のことは自分が一番わかってる。私はもう助からない......出血がひどすぎるのかな......意識が朦朧とするの」

 ヘレナの出血はひどい。こうしている間にも痛々しい傷跡からは止めどなく血が流れ続けている。

「最後に......ゴールデンパイ......食べたかったなぁ......」
「そんなもんいくらでも食べさせてやる! 約束しただろ!? なぁ頼む......死ぬな......死なないでくれ! 俺はお前がいないと何にも出来ないヘタレ野郎なんだよ!」

 涙声になりながら必死に声を絞り出す。
 こんなところで死なせてたまるか......まだ伝えていない想いだってある。

「ねぇ、最後のお願い......聞いてくれる?」
「最後なんかじゃねぇ! なんだ? なんだって聞いてやる!」
「キス......してほしいなぁ」

 ヘレナは澄み切った瞳を潤ませ、頬を彼女の髪と同じようなほんのり薄桃色に染め上げている。

 一瞬、恥ずかしそうに目を伏せたが、力なく左腕を起こすと、俺の右頬に手を当てる。
 俺は彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめると、何も言わずに唇を重ね合わせ、目を閉じた。
 彼女の唇は冷たかった。その冷たさがこれから待ち受ける残酷な未来を確かなものとしているようで、やりきれない気持ちが波のように押し寄せる。

 一瞬だったのか、数秒だったのか、数分だったのか、時間の感覚も定かではない中、俺たちは互いの唇を離した。
 ヘレナの頬をダイヤのように輝く一筋の涙が流れる。
 彼女は満足気に微笑み、これまでで一番幸せそうな顔をしていた。

「ずっと......ずっと......好き......だっ......た」

 これが最後の言葉だった。
 最後の力を振り絞り、そう言い終えた彼女の左腕が俺の頬から離れ、力なく地面に横たわる。
 俺はそっと彼女の左腕を支えると、再び自分の右頬へと当てた。
 既に脈はない。心臓の鼓動も、暖かい温もりも、彼女の最後の言葉と共に失われてしまった。

「俺も......俺も......お前のことが......」

 好きだった。

 しかし、この言葉が二度と彼女に届くことはない。

 後悔と自責の念が心の中を嫌というほど掻き乱した。

 何故この想いを伝えなかったのか。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 この気持ちを伝えることができていれば、どれだけ良かっただろうか。

 何故、どうして、たらればだけが頭の中で駆け回る。

 押し殺していた涙が、決壊したダムのように溢れ出す。
 涙は頬から顎を伝い、ヘレナの頬へと滴り落ちる。

 ふと滲んだ視界に映るガーゴイルへと視線を向ける。
 ――憎い。こいつが......こいつがヘレナを殺した。

「てめぇのせいでヘレナは死んだんだァァァァァァァァァァァ!」

 俺は叫び声にも似た怒号を吐き出す。

 本当は全部自分が悪いことなんてわかってる。

 禁足地に行こうなどと言い出さなければ。

 勝負が終わったと、油断なんかしなければ。

 俺が自分の魔術に嫌気が差し、欲を出したりしなければ。彼女が隣で笑ってくれれば、それだけで良かったというのに。

 それでも、悔やんでも悔やみきれないこの怒りはどうすればいい? 誰にぶつければいい?
 ヘレナを――俺の最愛の人を殺したこいつに全てをぶつけてやる。

 俺の身体を覆い尽くすように、溢れんばかりのドス黒いオーラが滲み出ている。
 正面のガーゴイルは必死に抜け出そうともがいているが、漆黒の鎖はビクともしない。


「もっと......もっと早くこの力が使えていれば......地獄に落ちろ【黒き処女ブラックメイデン】」

 俺はガーゴイルに向かって右手をかざし、握りつぶすように手を閉じた。

 女神のような顔を施した漆黒の扉が、禍々しいオーラを纏わせながらガーゴイルの背後に現れるやその扉が開き、一瞬にして飲み込んだ。部屋の天井を突き破らんばかりの大きさだ。

 ――次に扉が開いた時、ガーゴイルは全身を穴だらけにしていた。
 どうやら断末魔を上げる間もなかったらしい。


 もう村には戻れない。
 俺は冷たくなったヘレナを抱きかかえ洞窟を出ると、死地を求めるかのように旅立った。







 ◇ ◇ ◇







 ――――そうか、それで俺は............

 そこで俺の意識は途絶えた。

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