【お江戸暗夜忌憚】 春夏秋冬

川上とどむ

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春宴 其の弐

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 うぐいすが「ほろほろけきょ」と鳴くのへ、「ふふ、ははっ」とくすぐったさを隠しきれずに、笑い転げる声が響く。
 武家や大店おおだなの別宅が建ち並ぶその一画、竹風荘ちくふうそうと呼ばれる屋敷には、武家の生まれである藤也とうやと、その養い子である美羽みわが使用人と共に暮らしている。
 養い親と言っても、藤也自身はまだ十五になったばかりで、仕官するでもなく親の脛をかじり、気儘に暮らす放蕩息子である。実際は彼の父が二人の後見人であり、その庇護下において、兄妹のように仲良く暮らしていると言うのが正しいであろう。
 引き取られた当初の美羽は、がりがりに痩せ同じ年頃の子と比べても発育の遅れが否めなかったが、八つになった今では健やかに見た目も可愛らしく成長していた。
 肩の辺りで切り揃えた艶やかな黒髪、卵形の輪郭に収まった目鼻立ちも愛らしく、にっこり微笑み掛けられれば誰もが思わず微笑み返してしまう程の美童ぶりだ。数年もすれば小町娘と評判になるのは間違いないであろうが、今はまだ子供らしく無邪気に、そして少々お転婆に育っているようである。

「参った、美羽。もう駄目だよ」
 くすくすと笑いながら、藤也が身を捩る。その体に股がった美羽は、手にした白粉刷毛おしろいばけを藤也の耳や首筋に這わせている。くすぐったさに身悶える藤也の方も、お返しとばかりに美羽の脇腹をつんつんとつついているのだが、美羽は気にした様子もなく藤也をくすぐり続ける。
「とーさま、いっぱい笑ったから、美羽の勝ち。とーさまの負けね」
 微笑む美羽に見下ろされながら、涙目で藤也は敗けを認める。
「うん、美羽の勝ち。にらめっこは美羽の方が強いね」
 どうやら、にらめっこの勝負であったようだ。
 先程から、二人の様子を見ていた政司せいじであるが、これがにらめっこなのかと疑問に思いつつも、勝敗がついたとみて、もたらされた火急の用になるであろう知らせを伝えるべく声を掛ける。

「藤也さま、おじじさまより文が届いております」
 早馬で届いたその文を、美羽に股がられたまま寝転んでいる藤也に差し出す。
 眉根を寄せ美しい顔を陰らす藤也であったが、美羽を抱き止めつつ身を起こすと、政司から文を受け取り読み下した。
「確かに天気はいいな。だからって、いきなり来いというのも……」
 何やら天気に関しての前置きがあったようで、藤也はぶつぶつ言いながらも政司に出掛ける旨を伝える。
「おじじさまから、花見の誘いだ。政司、仕度を頼む」

 この一言から、慌ただしい一日が始まったのである。
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