真夜中の片隅で、ずっと君の声を探していた

風久 晶

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目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて

16.目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて③

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「どうして……ここ――に」
 腕組みしたまま、微動だにしない優は、今までに見たことがない厳しい表情で、ただ俺だけを見据えていた。
 俺は唇が渇いて、ただその表情を見返すのが精一杯だった。
「部屋にいてって言ったよね?いないから、探しに来たんだよ」
 いつもの明るさのない沈んだ瞳に、呼吸が苦しくなった。
「葉司はすぐに見つかったけど――どうして、俺じゃなくて安住さんと会ってたわけ?」
「あの……見た、んだ?いつから――」
「いつからか、気になる?どうして?」
「その……」
 瑠奈のことを何か聞かれただろうか?
 瑠奈は、どこまで何を喋っていたか、停止しそうな頭で必死に思い出した。
 今も、俺と瑠奈の胸には、七年前の時間が止まっていて、マイナスの冷気の中で凍ってしまっている。
 それは乱雑に他人に扱われば、あっという間に粉々に壊れて、砕け散ってしまいそうな、心の血で濡れた真紅。
「こんなところで、隠れるみたいに、どうして二人でいたんだよ?」
「その――呼ばれたから」
「呼ばれたら、俺が待っててって言っても、行くんだ?葉司は誰と付き合ってんの?俺たちって付き合ってるんだよね?」
 付き合ってる――
 俺は、何度か瞳を瞬いた。
 付き合うってどういうことだろう――
 今さらながら、そんなことに立ち止まってしまって、俺は後退って背後の壁にぶつかった。
(レンアイのゴールって何?)
 そう、瑠奈に問われたからかもしれない。
 あなたに問えば、その答えは易々と見つかるんだろうか?
 目の前にいる、誰よりも愛しいひと。
 あのシティボートに二人して甲板に立って、夜風になぶられるまま、メリーゴーランドのように巡り巡ったイルミネーションのきらめき。
 あの新緑のような壁に囲まれた優の部屋で、白と青の眩暈のように、その温もりを感じてくちづけた戸惑い。
 とても会いたくて、その笑顔を見つめていたくて、そのずっと先の光のような輝きがあるだけで、俺の心を救ってくれたひと。
「俺が瑠奈といるから、ってどういうこと?ずっと隣にいるからって葉司はどういうつもりで言っていた?」
「それは――」
 俺が最後に瑠奈の傷に留めを刺したからだ。
「一緒にいるのは俺じゃないの?どうして、安住さんに一緒にいるって、葉司は言うわけ?」
「今、瑠奈を、理解できるのは俺だけだ、と思う、から――きっとこの先はそうじゃなくなると思うけど……ただ、今は。そういう風に、俺が、してしまったから……」
「どういうこと?」
 言葉はひりついて、この咽喉からは出ては来ない。
 舌の奥が痺れたようになって、心臓がこのまま止まりそうになる。
 ねえ、答えられたら、どれだけ楽だろう?
 でも、話してしまえば、永劫に、俺は優の隣にはいられない。
 そうか――どの道を進んだって、優の隣にずっといることは出来ない。
 ただ俺の我儘で、一瞬でも一緒にいたかった。
 そんな夢を、かすかなまどろみの中で一瞬見て、宝石の眩しさのようにこの胸に閉じ込めておきたかった。
「安住さんと、何してた?」
「優……」
「俺は葉司が好きなんだよ?他のやつとベタベタしてるのなんか耐えられない。葉司も逆だったら嫌だろ?」
「それは……でも、優が誰かを好きになることを、俺には止める権利は、ない……から……」
「え?じゃあ、俺が誰かを抱きしめてんの見ても平気なんだ?葉司が今していたみたいに。あんな風に抱きよせて、額をくっつけて、ずっと一緒にいるよって囁いていて、平気なんだ?」
「あ……」
「それじゃ桜井先輩と一緒じゃないか!」
 痛みとも哀しみともつかない、涙をうっすらと溜めた、まっすぐな瞳。
「ごめ……ん……」
 波打ち際に溜まった白い飛沫のように、その涙は優の瞳に留まって、俺は息も出来ずに苦しくなる。
 優が、その心に持ったトラウマを、俺がもう一度、抉ったんだ。
 そう分かって、瞬間に青ざめた。
「どうして、謝んの?やっぱり、謝ることしてたんだ?」
 俺は何処に行ったって、ジョーカー。
 ただ一点の黒い染みのように、決して拭えることのない汚れ。
「それは……」
「何?」
 その傷ついた瞳を見ることほど、つらいことなんてない。
 いつも下手を打って、こうして大切な人を傷つけてしまう。
「それは、瑠奈と俺は、いとこ、だから……」
 それだけを喘ぐように小さく呟いて、息継ぎをした。
「いとこ?」
 優はしばらく考えを巡らすように黙っていたけど、しばらくして呟いた。
「ああ……だから、なんか似てたんだ?葉司と安住さんは――」
「もうずっと小さいうちから一緒に居て――瑠奈が幸せになるのを見てたいだけで、それまで守りたいだけで……」
「昔よくこうしたね、って言ってたもんね?ずっと長い間、側にいて、こうして来たんだ?それってもっと性質悪いじゃん」
「ゆ……う……」
「安住さんの記憶にないってどういうこと?それと、葉司と、関係してる?ちゃんと聞かないと俺は納得できない。ちゃんと説明してくれるだろ?」
「それ――は……」
「葉司は俺のこと好きなんだよね?安住さんといとこだったって、何でもないってどうやったら、俺は信じられる?さっきの二人を見て、俺はどうやって信じたら良い?」
 まるで、どこか縋るみたいに、矢継ぎ早に紡がれた言葉。
「このままじゃ、葉司を信じられない。葉司と安住さんって、いったい何?」
 眉をきつく寄せて、苦しそうに哀しみ零れ落ちていく瞳を、真正面から見ているのも、心が痛い。
「答えろよ、葉司!」
 その声色に、体はぐらりとよろめいて、背に当たる壁で支えた。
 自分の体が冷たくなっていくのが分かる。
 震えるな、唇。崩れるな、両脚。
 ぐるぐると回り出した景色の中で、呼吸だけを浅く繰り返した。
「葉司!」
「もう……」
 問わないで、愛しいひとよ。
 これ以上、答えるすべがない俺を、忘れられない断崖から突き落とさないで。
 この掌には、冷たい夜しかないのに、さらに光射さない闇へと追いやらないで。
「葉司――」
 優が手を伸ばしてきて、振り上げた。
 殴られる、と思ったけど、そのまま受けようと静かに瞳を閉じた。
「……ッ!」
 伸びた手は、そのまま俺の肩をつかんでいた。
 押し付けるように、激しくくちづけられていて、目を見開いた。
「ん……ッ!」
 俺が驚いて、キスされたままに、優の腕を掴みしめると、ドン!と壁に押し付けられた。
 肌の触れ合うところから、キスした唇のすべてから、火傷したみたいに熱くて堪らない。
 バチン、と電流が走ったみたいに目の前が真っ赤になって、弾け飛んだ。
 考える前に、体が反射的に動いていて、ぐいっと優の襟元を掴みしめて押し上げると、優の体の中からするりと逃れた。
 震えるのを抑えて、咽喉をつかんだ。
 息が出来ない。
「どうして?」
 哀しい、震えた優の声。
「安住さんとは、あんなにくっついてたのに、俺にはキス一つ出来ない?」
「違……」
 何が、一体、違うんだろう。
「俺のこと好きって、嘘だったんだろ……?俺のこと、からかってた?葉司、面白かった?」
「それは――違う……!だって俺は、本当に……」
「違わない!」
 俺はビクッと身を震わせた。
「違わない!全部嘘だったんだ!俺のそばに二度と寄るな!」
「ゆ……」
 もう俺の顔さえ見ずに、駆け出して去って行った背中。
(だから、仁木が好きだよ)
 そう言って、温かな優しい眼差しを向けて、柔らかな微笑をしていた。
「あ……」
 失ってしまったんだと識るには、時も心も、すべてが止まってしまっていて。
 ふらりと床に崩れ落ちた。


 ねえ、瑠奈、安心して。
 小さな声で、震える肩で、泣いたりしないで。
 夢から覚めたら、ずっともっと大人になって。
 昨日の哀しみが今日の喜びになるように。
 その日まで遠く、近く、見守り続けるから。
 だって、きっと俺はずっと、これからも一人だから。
 また暗闇の中で一人になって、明日は何処にも見えない。

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