16 / 43
目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて
16.目覚めたら、心も傷痕もひらいて見せて③
しおりを挟む「どうして……ここ――に」
腕組みしたまま、微動だにしない優は、今までに見たことがない厳しい表情で、ただ俺だけを見据えていた。
俺は唇が渇いて、ただその表情を見返すのが精一杯だった。
「部屋にいてって言ったよね?いないから、探しに来たんだよ」
いつもの明るさのない沈んだ瞳に、呼吸が苦しくなった。
「葉司はすぐに見つかったけど――どうして、俺じゃなくて安住さんと会ってたわけ?」
「あの……見た、んだ?いつから――」
「いつからか、気になる?どうして?」
「その……」
瑠奈のことを何か聞かれただろうか?
瑠奈は、どこまで何を喋っていたか、停止しそうな頭で必死に思い出した。
今も、俺と瑠奈の胸には、七年前の時間が止まっていて、マイナスの冷気の中で凍ってしまっている。
それは乱雑に他人に扱われば、あっという間に粉々に壊れて、砕け散ってしまいそうな、心の血で濡れた真紅。
「こんなところで、隠れるみたいに、どうして二人でいたんだよ?」
「その――呼ばれたから」
「呼ばれたら、俺が待っててって言っても、行くんだ?葉司は誰と付き合ってんの?俺たちって付き合ってるんだよね?」
付き合ってる――
俺は、何度か瞳を瞬いた。
付き合うってどういうことだろう――
今さらながら、そんなことに立ち止まってしまって、俺は後退って背後の壁にぶつかった。
(レンアイのゴールって何?)
そう、瑠奈に問われたからかもしれない。
あなたに問えば、その答えは易々と見つかるんだろうか?
目の前にいる、誰よりも愛しいひと。
あのシティボートに二人して甲板に立って、夜風になぶられるまま、メリーゴーランドのように巡り巡ったイルミネーションのきらめき。
あの新緑のような壁に囲まれた優の部屋で、白と青の眩暈のように、その温もりを感じてくちづけた戸惑い。
とても会いたくて、その笑顔を見つめていたくて、そのずっと先の光のような輝きがあるだけで、俺の心を救ってくれたひと。
「俺が瑠奈といるから、ってどういうこと?ずっと隣にいるからって葉司はどういうつもりで言っていた?」
「それは――」
俺が最後に瑠奈の傷に留めを刺したからだ。
「一緒にいるのは俺じゃないの?どうして、安住さんに一緒にいるって、葉司は言うわけ?」
「今、瑠奈を、理解できるのは俺だけだ、と思う、から――きっとこの先はそうじゃなくなると思うけど……ただ、今は。そういう風に、俺が、してしまったから……」
「どういうこと?」
言葉はひりついて、この咽喉からは出ては来ない。
舌の奥が痺れたようになって、心臓がこのまま止まりそうになる。
ねえ、答えられたら、どれだけ楽だろう?
でも、話してしまえば、永劫に、俺は優の隣にはいられない。
そうか――どの道を進んだって、優の隣にずっといることは出来ない。
ただ俺の我儘で、一瞬でも一緒にいたかった。
そんな夢を、かすかなまどろみの中で一瞬見て、宝石の眩しさのようにこの胸に閉じ込めておきたかった。
「安住さんと、何してた?」
「優……」
「俺は葉司が好きなんだよ?他のやつとベタベタしてるのなんか耐えられない。葉司も逆だったら嫌だろ?」
「それは……でも、優が誰かを好きになることを、俺には止める権利は、ない……から……」
「え?じゃあ、俺が誰かを抱きしめてんの見ても平気なんだ?葉司が今していたみたいに。あんな風に抱きよせて、額をくっつけて、ずっと一緒にいるよって囁いていて、平気なんだ?」
「あ……」
「それじゃ桜井先輩と一緒じゃないか!」
痛みとも哀しみともつかない、涙をうっすらと溜めた、まっすぐな瞳。
「ごめ……ん……」
波打ち際に溜まった白い飛沫のように、その涙は優の瞳に留まって、俺は息も出来ずに苦しくなる。
優が、その心に持ったトラウマを、俺がもう一度、抉ったんだ。
そう分かって、瞬間に青ざめた。
「どうして、謝んの?やっぱり、謝ることしてたんだ?」
俺は何処に行ったって、ジョーカー。
ただ一点の黒い染みのように、決して拭えることのない汚れ。
「それは……」
「何?」
その傷ついた瞳を見ることほど、つらいことなんてない。
いつも下手を打って、こうして大切な人を傷つけてしまう。
「それは、瑠奈と俺は、いとこ、だから……」
それだけを喘ぐように小さく呟いて、息継ぎをした。
「いとこ?」
優はしばらく考えを巡らすように黙っていたけど、しばらくして呟いた。
「ああ……だから、なんか似てたんだ?葉司と安住さんは――」
「もうずっと小さいうちから一緒に居て――瑠奈が幸せになるのを見てたいだけで、それまで守りたいだけで……」
「昔よくこうしたね、って言ってたもんね?ずっと長い間、側にいて、こうして来たんだ?それってもっと性質悪いじゃん」
「ゆ……う……」
「安住さんの記憶にないってどういうこと?それと、葉司と、関係してる?ちゃんと聞かないと俺は納得できない。ちゃんと説明してくれるだろ?」
「それ――は……」
「葉司は俺のこと好きなんだよね?安住さんといとこだったって、何でもないってどうやったら、俺は信じられる?さっきの二人を見て、俺はどうやって信じたら良い?」
まるで、どこか縋るみたいに、矢継ぎ早に紡がれた言葉。
「このままじゃ、葉司を信じられない。葉司と安住さんって、いったい何?」
眉をきつく寄せて、苦しそうに哀しみ零れ落ちていく瞳を、真正面から見ているのも、心が痛い。
「答えろよ、葉司!」
その声色に、体はぐらりとよろめいて、背に当たる壁で支えた。
自分の体が冷たくなっていくのが分かる。
震えるな、唇。崩れるな、両脚。
ぐるぐると回り出した景色の中で、呼吸だけを浅く繰り返した。
「葉司!」
「もう……」
問わないで、愛しいひとよ。
これ以上、答えるすべがない俺を、忘れられない断崖から突き落とさないで。
この掌には、冷たい夜しかないのに、さらに光射さない闇へと追いやらないで。
「葉司――」
優が手を伸ばしてきて、振り上げた。
殴られる、と思ったけど、そのまま受けようと静かに瞳を閉じた。
「……ッ!」
伸びた手は、そのまま俺の肩をつかんでいた。
押し付けるように、激しくくちづけられていて、目を見開いた。
「ん……ッ!」
俺が驚いて、キスされたままに、優の腕を掴みしめると、ドン!と壁に押し付けられた。
肌の触れ合うところから、キスした唇のすべてから、火傷したみたいに熱くて堪らない。
バチン、と電流が走ったみたいに目の前が真っ赤になって、弾け飛んだ。
考える前に、体が反射的に動いていて、ぐいっと優の襟元を掴みしめて押し上げると、優の体の中からするりと逃れた。
震えるのを抑えて、咽喉をつかんだ。
息が出来ない。
「どうして?」
哀しい、震えた優の声。
「安住さんとは、あんなにくっついてたのに、俺にはキス一つ出来ない?」
「違……」
何が、一体、違うんだろう。
「俺のこと好きって、嘘だったんだろ……?俺のこと、からかってた?葉司、面白かった?」
「それは――違う……!だって俺は、本当に……」
「違わない!」
俺はビクッと身を震わせた。
「違わない!全部嘘だったんだ!俺のそばに二度と寄るな!」
「ゆ……」
もう俺の顔さえ見ずに、駆け出して去って行った背中。
(だから、仁木が好きだよ)
そう言って、温かな優しい眼差しを向けて、柔らかな微笑をしていた。
「あ……」
失ってしまったんだと識るには、時も心も、すべてが止まってしまっていて。
ふらりと床に崩れ落ちた。
ねえ、瑠奈、安心して。
小さな声で、震える肩で、泣いたりしないで。
夢から覚めたら、ずっともっと大人になって。
昨日の哀しみが今日の喜びになるように。
その日まで遠く、近く、見守り続けるから。
だって、きっと俺はずっと、これからも一人だから。
また暗闇の中で一人になって、明日は何処にも見えない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる