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一章
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私は夏の朝が好きだ。
目覚めて外の街を見るとき世界はどこまでも澄んでいるようにみえる。夏の蒼はアパートの一室にまでその生息域を拡げていて時間とともに去っていく。街という大きな生命体がいてそれの中で起こる規則正しい生命反応のようだ。
海にほど近い都会の片隅で高校進学を機に一人暮らしを始めて一年と少しが経った。
まだこの天井は見慣れない。
ベッドから起き上がるとテレビをつけてニュースや天気予報を片目に見つつ手早く昨日の夕飯の残りを温めなおす。そろそろ食中毒に気をつけなければいけないかもしれない。朝食を食べ終えるとブラウスに濃紺のベストを着る。
スクールバックを肩にかけ少し色の禿げた茶色のローファーをひっかけて家を出る。
高校までは電車で二駅。近くの高校と比べると歴史のある高校だった。
今朝は友人の宇都真弓に呼び出された。
彼女は気難しい。彼女なりの価値観があるらしくクラスでは常に顔を顰めている。ついでに遅刻や欠席もしばしばするし、授業をさぼって屋上で昼寝していたりもする。学級委員の蓬田さんが手を焼いている。
歩いて数分の駅に着くとまだ人の多くない上りのホームに向かいタイミングよく滑り込んできた車両に乗り込んだ。私は小さくため息をつくと閉まった扉に身体を預けて二駅を過ごした。
学校について教室に入ると髙梨さんが本を読んでいた。少し前に話題になった名前だけ知っている小説だった。
高梨陽菜乃――可愛らしい見た目で誰からも愛されるタイプの彼女は常に周りに誰かがいる。一人でいるのは珍しい。頭もよく二百人程度いる学年の中で常に三十位以上をキープしている。努力を惜しまない、これが彼女の才能の一つだろう。だからこそ彼女は誰からも好かれるのだ。
「おはよう、沙樹ちゃん」
透き通るようで芯のある美しい声。肩まで伸ばした薄茶色の髪とアイロンのかけてある制服、彼女が異装をしているところを私は見たことがない。
「おはよう、髙梨さん」
私は挨拶を簡単に返すと宇都の机とロッカーを見て彼女が登校しているかを確認する。
「だれか探してるの?」
「真弓に用事があるんだけど知らない?」
「宇都さんならいつもの所じゃないかな、さっきすれ違ったから」
彼女は優しい。誰にでも優しい。それはとても好ましいことで正しいことなのだろう。だから私は少なからず彼女に好感を持てる。
「ありがとう」
お礼を伝えてから教室を出るために後方の扉を開ける。風が通って彼女の髪が靡く。慌てたように髙梨は髪を押さえてからいたずらっ子のような笑みをうかべながらこちらに向き直る。
「……秘密に、してね?」
私は無言で頷き了承の意を伝える。
朝日に透けた彼女の髪にはいつの間にかピンク色が混ざっていた。
目覚めて外の街を見るとき世界はどこまでも澄んでいるようにみえる。夏の蒼はアパートの一室にまでその生息域を拡げていて時間とともに去っていく。街という大きな生命体がいてそれの中で起こる規則正しい生命反応のようだ。
海にほど近い都会の片隅で高校進学を機に一人暮らしを始めて一年と少しが経った。
まだこの天井は見慣れない。
ベッドから起き上がるとテレビをつけてニュースや天気予報を片目に見つつ手早く昨日の夕飯の残りを温めなおす。そろそろ食中毒に気をつけなければいけないかもしれない。朝食を食べ終えるとブラウスに濃紺のベストを着る。
スクールバックを肩にかけ少し色の禿げた茶色のローファーをひっかけて家を出る。
高校までは電車で二駅。近くの高校と比べると歴史のある高校だった。
今朝は友人の宇都真弓に呼び出された。
彼女は気難しい。彼女なりの価値観があるらしくクラスでは常に顔を顰めている。ついでに遅刻や欠席もしばしばするし、授業をさぼって屋上で昼寝していたりもする。学級委員の蓬田さんが手を焼いている。
歩いて数分の駅に着くとまだ人の多くない上りのホームに向かいタイミングよく滑り込んできた車両に乗り込んだ。私は小さくため息をつくと閉まった扉に身体を預けて二駅を過ごした。
学校について教室に入ると髙梨さんが本を読んでいた。少し前に話題になった名前だけ知っている小説だった。
高梨陽菜乃――可愛らしい見た目で誰からも愛されるタイプの彼女は常に周りに誰かがいる。一人でいるのは珍しい。頭もよく二百人程度いる学年の中で常に三十位以上をキープしている。努力を惜しまない、これが彼女の才能の一つだろう。だからこそ彼女は誰からも好かれるのだ。
「おはよう、沙樹ちゃん」
透き通るようで芯のある美しい声。肩まで伸ばした薄茶色の髪とアイロンのかけてある制服、彼女が異装をしているところを私は見たことがない。
「おはよう、髙梨さん」
私は挨拶を簡単に返すと宇都の机とロッカーを見て彼女が登校しているかを確認する。
「だれか探してるの?」
「真弓に用事があるんだけど知らない?」
「宇都さんならいつもの所じゃないかな、さっきすれ違ったから」
彼女は優しい。誰にでも優しい。それはとても好ましいことで正しいことなのだろう。だから私は少なからず彼女に好感を持てる。
「ありがとう」
お礼を伝えてから教室を出るために後方の扉を開ける。風が通って彼女の髪が靡く。慌てたように髙梨は髪を押さえてからいたずらっ子のような笑みをうかべながらこちらに向き直る。
「……秘密に、してね?」
私は無言で頷き了承の意を伝える。
朝日に透けた彼女の髪にはいつの間にかピンク色が混ざっていた。
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