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なかなか出ない
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あれから数日に渡り出産ラッシュと宴を繰り返したが、大人たちは酒でヘトヘトになるどころかますます元気になり、王国内は活気に満ち溢れている。
今はハコベさんとナズナさんの出産から一週間ほど経っている。『産後の肥立ち』なんて言葉のないこの世界では、出産直後から普段と変わらない生活をしても大丈夫なようだ。
ただ、新米ママたちは普段通りの生活をしても問題はないのだが、あまり屈んだりすると赤ちゃんが胸元から落ちてしまうことがあるらしく、畑仕事ではなく糸作りや布作りなどあまり屈むことが少ない仕事をしている。
これはお父様が命じたことだ。新たな国民を大切にするために、あのお父様が女性や子どもたちにな配慮したのだ。森の民としてみれば気遣いすぎという声も出たが、もちろん私は大賛成だった。
私もまた、何も出来ないながらも新米ママたちが心配で、移民の町には行かずにお母様たちと一緒に布作りに励んでいる。
皆談笑をし、時おり赤ちゃんの確認をしては作業をしているのだが、定期的にこの言葉が出てくるのだ。
「うーん……」
「出ない……出ないわ……」
溜め息混じりに吐き出されるこの言葉は、もちろん便秘が理由などではない。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。最終的に困ったらおババがいるわ」
お母様がそう言うと、新米ママたちは「そうよね」と納得するのだが、少し経つとまたこれがエンドレスで続くのだ。それを見て女性たちは笑いあうのだが。
新米ママたちが出なくて困っているのは、実は子どもたちの名前なのだ。
「そんなに突然『出る』ものなの?」
「それはもうドン! ドバ! っと出るのよ」
ハコベさんらしからぬセリフだが、もちろん便通の話ではない。出産から何日以内に名前を提出などないこの世界では、ゆっくりと名前を考えるそうだ。いや、考えるというよりも、突然思い浮かぶことを『出る』と表現しているようだ。
父親も『出る』ことがあるようだが、確率的に圧倒的に母親が『出る』らしい。
森の民は男女の名前の違いという概念がなく、『出た』名前をつけるらしいのだが、どんなに待っても出ない場合はおババさんに占ってもらい、いくらか候補をあげてもらって、それらを選んで名付けるらしい。
それにしてもその『出る』名前の全てが植物由来なのが不思議でたまらない。
「……はっ!」
急にナズナさんが動かなくなり、私たちは名前が『出た』のかとキャッキャと詰め寄った。
「……レンゲ……」
そうつぶやいたナズナさんに、皆が「その名前にするの!?」と驚いている。
同じ名前がいけないというルールもないそうだが、基本的に皆が違う名前になるらしい。だからこそ皆が驚いているのだ。
「レンゲ! それどころじゃないわ!」
「どういうこと?」
鬼気迫る表情で話すナズナさんに、皆が問いかけた。
「私ったら自分のことしか考えていなかった……」
そうつぶやいたナズナさんの言葉に、ハコベさんがハッとする。
「……そうよね……私たちは結婚しているけど、他のみんなは……」
そう言いながらハコベさんは辺りを見回した。その仕草から皆は「あ!」と叫び理解したようだが、私は小首を傾げる。
「どういうこと?」
私のその問いかけにハコベさんが答えてくれた。
「結婚の儀式をしていないのよ」
ハコベさんの話によると、本来なら結婚の約束をした二人が、先祖の眠る森の中で儀式をしなければならないらしいのだ。森の一部となった先祖に、一人前として立派になった姿を見せると同時に、新たな民が増えることを願掛けする儀式らしい。
儀式といっても重苦しいものではなく、ほとんど公認の二人を森の民たちが取り囲み、即興で踊ったりする様を見てヤンヤと野次を飛ばしたりして明るく楽しむものらしい。
「こればかりはモクレンに確認をしないと……。女たちの作業の制限までしたのだから……」
お母様は困り顔でオロオロとしている。確かに私たちだけで決めることが出来ないと思い、私たちはお父様たちが戻るのを待った。
────
「……というわけで結婚の儀式をどうしたらいいかしら?」
作業から戻って来たお父様にお母様が困ったように聞いている。今夜は宴はないのだが、なんだかんだで広場に集まり国民全員で食事をしているのだ。
「うーむ……動きを制限すれば……しかし即興だしな……やはり跳ねたりもするだろう……」
食事をしながらお父様も困り顔になっている。
「それに人数も人数だ……一気にやるにしても……」
お父様がブツブツとつぶやいていると、近くに座っていたタデが声を上げた。
「今回は結婚と出産の順番が逆という異例なことになっている。ましてや馴染みの森もない。どうせ異例づくしなら、今回だけということにして、とことん異例なことをすればいい」
ニヤリと笑うタデを見て、ヒイラギもまたニヤリと笑いながら話し始めた。
「それ賛成! モクレンとレンゲが代表して儀式をやればいいんだよ!」
広場は静まり返り、いきなり名前を出されたお父様とお母様はポカーンとしている。
お父様が「……何を……」と言いかけたところで、宴なみに広場が沸いた。
「伝説の儀式をまた見れるの!?」
「死ぬまでにまた見れるとは!」
「絶対に見たい!」
あちらこちからそんな声が聞こえる。私やスイレン、同世代の子どもたちは呆気にとられているが、大人たちは二人に儀式をやらせたいのは理解できた。
「待て待て待て……」
「無理よ……」
お父様とお母様は唖然としながらつぶやくが、歓声にその声はかき消された。
「皆が望んでいるのに、この国の王は民の声を無視するのか?」
タデの挑発的な発言に、お父様はぐぬぬ、となりながら渋々了承した。
まだ儀式を見たことのない私たちも、楽しみでその日ははしゃいだのだった。
今はハコベさんとナズナさんの出産から一週間ほど経っている。『産後の肥立ち』なんて言葉のないこの世界では、出産直後から普段と変わらない生活をしても大丈夫なようだ。
ただ、新米ママたちは普段通りの生活をしても問題はないのだが、あまり屈んだりすると赤ちゃんが胸元から落ちてしまうことがあるらしく、畑仕事ではなく糸作りや布作りなどあまり屈むことが少ない仕事をしている。
これはお父様が命じたことだ。新たな国民を大切にするために、あのお父様が女性や子どもたちにな配慮したのだ。森の民としてみれば気遣いすぎという声も出たが、もちろん私は大賛成だった。
私もまた、何も出来ないながらも新米ママたちが心配で、移民の町には行かずにお母様たちと一緒に布作りに励んでいる。
皆談笑をし、時おり赤ちゃんの確認をしては作業をしているのだが、定期的にこの言葉が出てくるのだ。
「うーん……」
「出ない……出ないわ……」
溜め息混じりに吐き出されるこの言葉は、もちろん便秘が理由などではない。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。最終的に困ったらおババがいるわ」
お母様がそう言うと、新米ママたちは「そうよね」と納得するのだが、少し経つとまたこれがエンドレスで続くのだ。それを見て女性たちは笑いあうのだが。
新米ママたちが出なくて困っているのは、実は子どもたちの名前なのだ。
「そんなに突然『出る』ものなの?」
「それはもうドン! ドバ! っと出るのよ」
ハコベさんらしからぬセリフだが、もちろん便通の話ではない。出産から何日以内に名前を提出などないこの世界では、ゆっくりと名前を考えるそうだ。いや、考えるというよりも、突然思い浮かぶことを『出る』と表現しているようだ。
父親も『出る』ことがあるようだが、確率的に圧倒的に母親が『出る』らしい。
森の民は男女の名前の違いという概念がなく、『出た』名前をつけるらしいのだが、どんなに待っても出ない場合はおババさんに占ってもらい、いくらか候補をあげてもらって、それらを選んで名付けるらしい。
それにしてもその『出る』名前の全てが植物由来なのが不思議でたまらない。
「……はっ!」
急にナズナさんが動かなくなり、私たちは名前が『出た』のかとキャッキャと詰め寄った。
「……レンゲ……」
そうつぶやいたナズナさんに、皆が「その名前にするの!?」と驚いている。
同じ名前がいけないというルールもないそうだが、基本的に皆が違う名前になるらしい。だからこそ皆が驚いているのだ。
「レンゲ! それどころじゃないわ!」
「どういうこと?」
鬼気迫る表情で話すナズナさんに、皆が問いかけた。
「私ったら自分のことしか考えていなかった……」
そうつぶやいたナズナさんの言葉に、ハコベさんがハッとする。
「……そうよね……私たちは結婚しているけど、他のみんなは……」
そう言いながらハコベさんは辺りを見回した。その仕草から皆は「あ!」と叫び理解したようだが、私は小首を傾げる。
「どういうこと?」
私のその問いかけにハコベさんが答えてくれた。
「結婚の儀式をしていないのよ」
ハコベさんの話によると、本来なら結婚の約束をした二人が、先祖の眠る森の中で儀式をしなければならないらしいのだ。森の一部となった先祖に、一人前として立派になった姿を見せると同時に、新たな民が増えることを願掛けする儀式らしい。
儀式といっても重苦しいものではなく、ほとんど公認の二人を森の民たちが取り囲み、即興で踊ったりする様を見てヤンヤと野次を飛ばしたりして明るく楽しむものらしい。
「こればかりはモクレンに確認をしないと……。女たちの作業の制限までしたのだから……」
お母様は困り顔でオロオロとしている。確かに私たちだけで決めることが出来ないと思い、私たちはお父様たちが戻るのを待った。
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「……というわけで結婚の儀式をどうしたらいいかしら?」
作業から戻って来たお父様にお母様が困ったように聞いている。今夜は宴はないのだが、なんだかんだで広場に集まり国民全員で食事をしているのだ。
「うーむ……動きを制限すれば……しかし即興だしな……やはり跳ねたりもするだろう……」
食事をしながらお父様も困り顔になっている。
「それに人数も人数だ……一気にやるにしても……」
お父様がブツブツとつぶやいていると、近くに座っていたタデが声を上げた。
「今回は結婚と出産の順番が逆という異例なことになっている。ましてや馴染みの森もない。どうせ異例づくしなら、今回だけということにして、とことん異例なことをすればいい」
ニヤリと笑うタデを見て、ヒイラギもまたニヤリと笑いながら話し始めた。
「それ賛成! モクレンとレンゲが代表して儀式をやればいいんだよ!」
広場は静まり返り、いきなり名前を出されたお父様とお母様はポカーンとしている。
お父様が「……何を……」と言いかけたところで、宴なみに広場が沸いた。
「伝説の儀式をまた見れるの!?」
「死ぬまでにまた見れるとは!」
「絶対に見たい!」
あちらこちからそんな声が聞こえる。私やスイレン、同世代の子どもたちは呆気にとられているが、大人たちは二人に儀式をやらせたいのは理解できた。
「待て待て待て……」
「無理よ……」
お父様とお母様は唖然としながらつぶやくが、歓声にその声はかき消された。
「皆が望んでいるのに、この国の王は民の声を無視するのか?」
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