復讐は、冷やして食すのが一番美味い

Yuito_Maru

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第2章 混乱 ― 過去と違う現在 ―

[21] 量られる価値

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 私は、木々の間を一気に駆け抜けた。
 少しすると、「残り3分です」と繰り返す無機質な機械音が私を追いかけるように鳴り響く。
 枝が顔を掠め、頬に痛みを感じたが、気にしている暇はない。
 足を止めれば、その瞬間にもつれて転ぶ気がした。
 視界の先にゲートはまだ見えない。
 それでも、私は速度を落とさず走り続けた。
 「残り60秒です」と機械音が、容赦なくハーラク全体を覆った。
 それを聞いて、私はさらにスピードを上げた。
 無駄な動きを削ぎ落とし、速度だけを残す。
 久々に、身体の制限を外した走りは、意外にも心地よかった。
 走る視界の中で、前方にひときわ大きな動きが跳ねた。
「あ! ぴ、ピオニー様だ! ピオニー様!」
 木々の隙間の向こうで手を振っているアンナをようやく捉えた。
 「残り30秒です」と機械音が、ハーラク全体に冷たく響いた。
「何してたんだ。遅いじゃないか!」
 サイラスが怒気を含んだ顔をした。
「サイラス先輩、怒るのは戻ってからでいいだろう? もう行こう!」
 レイモンドがいらだって、ピオニーの代わりに答えた。

 私たちは、ゲートをくぐり、元の場所へ戻ってきた。
 そこには、マスクをつけた白い服の人たちが3人いて、私たちを待っていた。
 全員、アカデメイアの腕章をつけていた。
「お疲れさまでした。私たちは、剣術Eチームの救護隊です。私が、リーダーのパウル・レスラーです。早速ですが、みなさんは、ハーラクの救護所にはいらっしゃいませんでしたが、怪我した方はいなかったのですか?」
「僕! 僕! ヤトゥシュに刺されました!」
 レイモンドは、卵くらいに腫れている頬を見せた。
 アカデメイアの救護隊員は感嘆した。
「これは、素晴らしい。だいぶ、腫れが引いたようですね。他のチームはもっと酷いですよ」
「これも、アンナちゃんのお蔭だよ!」
 レイモンドは涙で濡れた目でアンナを見た。
 アンナは恐縮し、頭を振った。
「いいえ、そ、そんな……く、薬を持ってたので、幸運でした」
 女性の救護隊がアンナの前に立った。
「アンナ・ギーニさんですね。私は植物を研究しているフリーダ・ボックと言います。アンナさんの薬は、提出してもらえますか。成分を確認させてください」
 アンナは少し躊躇したが、うなずいて、救護隊員に渡した。
 その間、パウルやフリーダより若い救護隊員がピオニーの頬に視線を向けた。
「私は、ダーフィト・ブラントと言います。ピオニー・レノドン嬢、頬に傷がいくつかありますね。こちらで薬を塗りましょう」
 この救護隊員は、事前に剣術Eチームの顔と名前を把握していたらしい。
「はい、ありがとうございます」
「ああ、その前に」
 パウルが、丸いテーブルに置いた四角い箱を指さした。
「先に、お一人ずつ、封印袋の中身をあの箱の中に出してください。計量します」
 封印袋の外見からは、魔石の量を測れない。
 そのため、計量用の箱が用意されていた。
 サイラスが封印袋を腰から取り出し、中身を箱の中に入れた。
 箱の表面に重量が出る。
「45.5グラーネ」
「一粒、約1グラーネって、ことか。思ったより少ねぇな」
 サイラスが不機嫌そうにつぶやいた。
 続いて、レイモンドが中身を出す。
「23グラーネ」
 サイラスの唇の端がほんの少し吊り上がった。
 次にフィリップが中身を箱に入れる。
「20グラーネ」
 フィリップは、ちょっとだけ肩をすくめた。
 次は、私だった。
 私は、腰から封印袋を二つ出した。
「こちらが、私で、こちらはアンナさんのです」
 パウルが笑みを浮かべた。
「どうしてアンナさんの封印袋をお持ちなのですか」
「預かりました。アンナさんはチームを守る必要がありましたので」
「代わりにあなたが入手したんですね」
「はい」
 私が返事をすると、パウルはアンナに視線を移した。
「アンナさん、間違いないですか」
「え?」
 アンナの視線が一瞬泳ぎ、その後、私を見た。
 私は安心させようと、小さくうなずき、ほんのわずか口角を上げた。
 アンナも小さくうなずいた。
「ええ、は、はい。預けたのは事実です」
「わかりました。では、あなたの封印袋から箱に出してください」
 私が封印袋をひっくり返すと、箱の中に4つの魔石が落ちた。
「4グラーネ。では、続いてアンナさんの封印袋を」
 私はアンナの封印袋をひっくり返した。
「こ、これは?」
 一瞬で空気が張り詰めた感じがした。誰もが、凝視していた。
「ふ、2つも? ……」
 パウルは言葉に詰まったまま、私を見つめた。
「すみません。魔石を取り出す時間が無かったので、そのまま袋に入れてきました」
 私は頭をかいた。
「何なんだ、これは!」
 張り詰めた空気は、サイラスの怒鳴り声で破られた。
「クィーン・ウシュの頭ですけど。何か?」
 サイラスは顔を赤らめた。喉から手が出るほどほしかったクィーン・ウシュの頭が、二つ、目の前にある。
 だが、ここで言い張れば、手柄を横取りしたと噂される。
 その代償は、赤の騎士団の団長候補としての面目だった。
 さて、サイラスはどう出るのか?
 己の欲と体面の間で揺れるその表情が、あまりにも分かりやすくて可笑しい。
 私は喉の奥で笑いがこぼれそうになるのを、なんとか飲み込んだ。
 突然、笑い声が響いた。パウルだった。
「すばらしいですね、ピオニー嬢。この2体の魔石は私たちで取り出しましょう」
 パウルはフリーダとダーフィトに目で合図をすると、長いテーブルを用意した。
 テーブルの上に魔法陣を書き、クィーン・ウシュの頭を2つ並べた。
 ダーフィトが鑑定用の魔道具を取り出し、スキャンした。どこに魔石があるのか確認するためだろう。
 スキャンの結果をパウルが目にし、つぶやく。
「こっちは随分大きな魔石ですね。もう一つのほうは2グラーネくらいのサイズかな」
 そうこうしているうちに、パウルたちは魔石を2つ取り出した。
「1ルーブルと2グラーネ」
 私は向かい側にいたアンナを思わず見た。
 アンナもまた、目を丸くしてこちらを見ていた。
「すごいな! 1ルーブルって、この国では1,000グラーネってことでしょう? すごいです。アンナさんの努力も報われましたね!」
 フィリップも嬉しそうにアンナを見る。
 アンナはすかさず、私の傍に来ようとしたが、驚きで腰が抜けたらしく、膝が崩れた。
 床に手をついて、涙目で私を見上げている。
「ぴ、ピオニー様、わ、私、いいのですか?」
 私は膝をついて、微笑んだ。
「あなたは危険を顧みず、私たちを守ろうとしてくださった。その献身に報いるのは当然のことですわ」
「そうだよ。僕も嬉しいよ、アンナちゃん」
 レイモンドまで喜んでいる。
 しかし、サイラスは俯いたまま無言で立っていた。
 ようやく顔を上げたサイラスの目は、嫉妬と屈辱が混ざり合って鈍く沈んでいた。
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