龍青学園GCSA

楓和

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第1章「ガクエン・コミット・スペシャル・アタッカーズ」

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 夜空に浮かぶ丸い月の下、やぐらを囲んで踊っている人々がいる。その周囲には夜店が並んでいた。

 「くれるの?」

小学校高学年位の、大きな目をした浴衣姿の女の子が手に持っている何かを見た後、近くに居た男の子に聞いた。
女の子の頬には涙の跡があった。

 「おうっ。だから、もう泣くなっ。」

ジーパンに、薄いグレーのシャツを着た同い年位の男の子が言う。

 「…うんっ。」

思い切り笑顔になる女の子。その笑顔に、思わず顔を赤らめてかまぼこ型の目を逸らす男の子。

 「そ、その代わり…俺の彼女になってくれよっ。」

照れ隠しにか、そんな事を言った後、ニカッと笑う男の子にその大きな目を更に大きくして驚いた表情をする女の子だったが、その後すぐ笑顔になって…そしてうなずいた。


…キーンコーンカーンコーン。

 「ん?ふぁ~あ…」

チャイムの音で目を覚まし、伸びをする男子生徒。
彼の名は『竜沢(りゅうざわ)神侍(しんじ)』。身長百六十四センチ。本人にその気はないのだが、どこか面倒臭そうな雰囲気を醸し出す男である。ややクセ毛の前髪がかまぼこ型の目に軽く掛かっている。鼻は割と高く、整った顔をしていた。
学園都市の中にある龍青(りゅうせい)学園中等部、二年雪組に在籍している彼は少々変わり者…いや、周囲の人からはかなりの変わり者と言われており、生徒達だけでなく、教師達からも色んな意味で一目置かれている存在である。

 「おお竜沢、寝てたんでっかいな?」

奇妙な話し方の、体格の良い男子生徒が近付いてきた。しかし背は低い。

 「あ?何だ高瀬(たかせ)か。まぁな、何か…祭りの夢見たなー。」
 「ほぉ?余裕やのぅ。来週、英語のテストやっちゅうのに。ま、ちなみに…」

眼鏡をクイっと上げ、体をのけ反らせるようにして、何故か勝ち誇ったかのような態度を取るクラスメートの高瀬。だがしかし背は低い。

 「六十点以下は中庭の草むしりやらされるらしいで。」

そう言って、高瀬はニヤりとしながら去って行った。それは不敵な笑みだった…が、背は低い。

 「な、なに~?」

英語が苦手な竜沢は、かまぼこ型の目を見開き、頬を引きつらせた。


 龍青学園南校舎の二階にある生徒指導室。昼休み、ここに数人の生徒が集まっていた。
ちなみに龍青学園は、四階建ての南校舎と三階建ての北校舎の、二つの校舎からなっており、南北それぞれの校舎が「く」の字になっている。そして真ん中には全ての校舎から見える中庭がある。
三階以下は屋根の色が違う渡り廊下で繋がっていて、上空から見下ろすとまるでカギカッコの様な形に見える。
そこに隣接して運動場があるのだが、南北足した校舎のおよそ三倍の大きさがあり、この学園を初めて見る人でも運動面にかなり力を入れている学園だと分かる。体育館も大きく、更にその横には屋根付きのプールもある。

 「え~…っと、言う訳で、夏休み明け早々、我がガクエン・コミット・スペシャル・アタッカーズは今度の鬼緑(きりょく)学院との運動部対抗戦でバレー部の助っ人をする事になった~ドンドンドン、パフォパフォ。」

奇妙な擬音を使って無理矢理盛り上げようとする竜沢。

 「おい神侍よー、何で俺等までお前のテストの為に働かなあかんのや?」

勝手な話しを勝手に始めた竜沢に対し、呆れて言い返すのは『山嵐(やまあらし)隆正(たかまさ)』。身長百六十五センチ(竜沢より一センチ高いのを自慢にしている)で、やや細身。その勝気な性格がにじみ出ているツリ目、ツリ眉、そして長髪ボサボサ頭の男であり、竜沢とは中学入学時に知り合ってからの悪友である。

 「それはな隆正…俺がこのGCSA(ジーシーエスエー)のリーダーであり、次の英語のテストも…めっちゃやっばいからだ!」
 「そんな事を力説しないで下さい。でも竜沢くん、英語の小テストですよね?それくらい調べれば簡単に分かるでしょう?」

ニコニコしながら丁寧な口調で話すこの男は『川波(かわなみ)鏡(きょう)』。こちらは竜沢と小学五年生からの親友である。身長百六十センチ。きれいな二重瞼に、スラリと通った鼻筋。そしてさらさらの黒髪は、その綺麗な目を隠さない程度の長さ。女装すればかなりの美人になるであろう美男子。

 「それがな鏡、どいつもこいつも弱小バレー部が勝つにはそれしかないって言いやがって教えてくれないんだ。高瀬の奴がそこら中で言い回ってるらしい。」
 「なるほど。今まで鬼緑との対抗戦でバレー部だけは一度も勝った事がないのは、もはや伝説ですからねぇ。みなさんが同情するのも分かりますが…。それにしてもさすが高瀬くん、根回しが早いですね。」

ここで少し説明しよう。竜沢が言っていたガクエン・コミット・スペシャル・アタッカーズ…略してGCSAとは、生徒や先生からの依頼を現金以外の報酬で請け負う、いわばお助け集団だ。勝手に生徒指導室を部室にしており、メンバーは二年ばかりの四人。
まずはGCSAを一年生の時に発足した男、二年雪組、竜沢神侍。
そして頭を使わない依頼を担当する凄まじい持久力を持った男、二年風組、山嵐隆正。
更に何でもそつなくこなす、眉目秀麗成績優秀の、二年夢組、川波鏡。
そして最後に紅一点、学園一の才女でもある、二年月組、天野(あまの)流香(りゅうか)である。

 「ふぅ~…話しは変わるけど、今日、七月(なつき)来てた?」

今まで黙って話しを聞いていた流香は、ややため息をついた後、ノートをめくりながらそう言った。
流香は、身長百五十三センチで瞳の大きな女の子。透き通るような色白で神秘的な雰囲気がある。艶のある長く美しい黒髪を、赤いリボンで結んでいる。と言ってもポニーテールではなく、うなじの下あたりで緩めに結んでいる感じだ。

 「七月?そういやあいつ今日休んでたな。吉馬(きちま)先生が風邪だって言ってたぞ。」
 「何ぃ?!ほんまか神侍!七月さんが風邪?!」

声が大きくなる隆正。本気で心配している様子だ。

 「う~ん…七月に頼みがあったのにな~。」
 「何です流香さん?七月さんに頼みって。」
 「例のテニス部の助っ人、七月に手伝ってもらおうと思って。七月ってテニス得意だし。さ、出来たっ。はい。」

流香はノートを閉じ、竜沢に手渡した。

 「ごくろーさん。え~と、確か三年空組の木島先輩のだったな。隆正、頼む。」
 「了解!」

竜沢からノートを受け取り、生徒指導室を素早く出て行く隆正。

 「ふぅ~、やっとお昼御飯が食べられるわ。ん~っ。」

伸びをする流香。実は怪我で入院していた木島という男子生徒から、休んでいて授業を受けられなかった間の内容をノートに書き写して欲しいと依頼を受けていたのだ。その仕事をやっと終らしたという訳である。
ちなみに報酬は後払いで『作りたておばさん』のチーズケーキ四個である。一日二百個限定販売で、朝一並ばないと手に入らないほどの人気商品である。

 「でもノートに書くぐらいなら僕達でも出来るんですがねぇ。パソコンで入力すれば早いですし。」
 「まだ言ってんのか、鏡。流香の手書きってところに価値があるんじゃないか。」
 「まぁ、そういう事らしいですね。」

竜沢の言葉に、微妙に納得する鏡。流香は男子生徒からの人気が高く、実はファンクラブまであるのだ。特に上級生にファンが多く、木島もその一人なのである。ちなみにノートの最後のページには流香のサインを入れるサービス付き。これはもちろん竜沢の提案。流香ファン達には生唾物である。

 「サインには驚きましたよ。」
 「ファンサービスだよっ。」

親指を立ててニヤける竜沢。

 「そのせいで僕らまでサインの練習させられたんですよね。」

鏡に攻められる竜沢だが、内心『鏡のサインは使い道多そうだな。だが…一応書いてもらって何だが、隆正のは必要ないな』と失礼な事を考えていた。

 「ま、まぁお陰で流香の参考になったじゃないか。なぁ?」
 「ふぅ~、腑に落ちないけどね。」

参考にはしたが納得して書いた訳じゃないと言いたげな、ため息交じりの流香。

 「流香~、ファンサービスは大事なんだよ~?今後の依頼を増やすためにも~。」

甘えた声で流香をなだめる竜沢。

 「はいはい。それはそうと竜沢くん、英語をしっかり勉強しときなさいって、私言ったわよね?何回も言ったわよね?…それにバレーって言ってたけど…大丈夫なの?」

鞄から出した弁当箱をあけ、即行卵焼きを頬張りながら、ちょっと説教じみた言い方をする流香。

 「う。い、いや英語は何か苦手意識が…。まぁそれよりも、もっとどうしようもないのがバレーなんだなー。」

苦笑いの竜沢。

 「そうよね、確か。お姉さんに『バレーボールだけはするな』って、ずっと言われてたんでしょ?そのせいで体が拒否反応をおこすって前に聞いたから。」
 「あぁ、そう言えばそうでしたね。ははっ、変な人だ。ホント変。」
 「うるせー、『変』を強調するなっ。」

笑顔で言う鏡に怒る竜沢。

 「まぁどうせやるんですよね?じゃあ竜沢くん…その報酬はなんです?」
 「…へ?」
 「ふぅ~、自分で決めといて忘れた…なんて、通らないわよ。」

流香と鏡の、二人に問われる竜沢。

 「え~と…何の事やら。」
 「とぼけたって駄目ですよ。今回の依頼は竜沢くんからという事ですよね。」
 「GCSAがGCSAに頼む時も報酬を出さないといけないんでしょ。」
 「う…よ、よ~し、わかった。昼飯一回分!」
 「ふぅ~、じゃあ仕方ないわね。」
 「竜沢くんの頼みですからね。では僕は日替わり定食で。」

その時、生徒指導室の扉が開いた。

 「俺はカツ丼な!」

隆正は帰って来るなり言った。

 「私、琉球トン定ね。」

校内食堂で一番高い物を言う流香。

 〝こ、こいつら…〟

竜沢は、いい友達を持ったもんだと心で泣いていた。


 次の日の早朝。龍青学園を含む数々の学校が立ち並ぶここ学園都市、その中心を二分するように流れる藍川(あいがわ)の堤防沿いにGCSAの男ら三人が集まっていた。

 「鏡はともかく、俺と隆正は猛練習が必要だ。そしてやるからには必ず勝たねばならん!その為には対抗戦まで特訓だ!…という訳で、流香の組んだこのメニューに従って…グッと行くぞ!」
 「グッ…アァ~…」

気合いを入れている竜沢とは対照的に、立ったまま寝る隆正。

 「きぃさぁまぁ~…」

握り拳を作って隆正を見る竜沢。

 「わーった、わーった。昼飯の為にちゃんとするがな。」
 「さぁ真面目にやりましょう。ではまず…準備の体操ですね。」

ニコニコして言う鏡に、ちょっと気が抜ける竜沢。

 「おや、どうしました?」
 「たまに天然だな、鏡…。」

こんな感じで、特訓は雨の日も風の日も晴れの日も曇りの日も…続ける覚悟で始まった。

 「ところで神侍よぉ…七月さん、どないしたんか知らんか?」

三人は堤防をランニングしながら話している。

 「まぁ、隆正さんってば七月さんの事がそんなに気になりますの~?祝日の金土から日曜ときて、月曜一日休んでるだけですのに~?」

オカマ言葉でおちょくる竜沢。

 「ち、違うわい!」
 「ムキになるところがアヤシイですわ。ねぇ、奥さん。」
 「だ、誰が奥さんですか…。」

突然、話しを振ってきた竜沢に、嫌な顔をする鏡。

 「き~っ!何よ何よ~!」

オカマ言葉を使いながら竜沢をコツく隆正。

 「あ、やりましたわね~!」

オカマの様にやり合う二人が実に気持ち悪い。

 「僕はこの手のギャグはちょっと…」

一人でさっさと走って行ってしまう鏡であった。



 数時間後の龍青学園、二年雪組教室。

 「バレー部の助っ人するんだって?」
 「どわっ!…な、何だ、七月か。」

自分の席でバレーの事を考えていた竜沢の背後から突然現れたのは『北神(きたがみ)七月(なつき)』という竜沢と同じ二年雪組の女生徒。名前からはとても連想出来ないが八月生まれ。身長百五十三センチで、細身の流香よりは、ややふくよか…と言っても太っているのではなく、胸の話である。まつ毛が長く、目も大きい。
流香と同じく男子生徒からの人気は高く、その綺麗な瞳に惹き付けられている者は多い。ハッキリと物を言う性格だが、それはキツいという訳ではなく、相手への思いやりから発言する事が多い。時々小悪魔的要素も出し、異性をうまく利用しようとする事もある。しかしその半面、同性からも慕われるさっぱりした性格も持ち合わせており、男子生徒のみならず、下級生の女子から告白された経歴もあるというツワモノで、竜沢達と同じく学園都市内でも有名な女の子である。
背中まで伸びた髪は茶色がかっており、耳から下辺りからは軽くウェーブがかかっている。

 「久しぶりに会ったってのに『何だ』はないでしょ?」
 「ったく。」

怪訝な顔つきの竜沢。

 「ん~?ひょっとして神ちゃん、心配してくれてたのかな?」

ニコッとして竜沢の顔を覗き込む七月。

 「お、俺じゃねーよ。心配してたのは隆正の奴だ。」
 「ふ~ん…隆正くんは優しいもんね~、誰かさんと違ってっ。」

嫌味っぽく言う七月に、少しドキッとする竜沢。こんなところが小悪魔的な七月。

 「で、何してたんだ?どうせ風邪じゃないんだろ。」
 「えっへっへ~、さすが神ちゃん、バレてたか。ちょっと名古屋までまゆのコンサートに行って来たっ。サインもゲットしたよ。」

満面の笑みを見せる七月に、ずっこける竜沢。まゆとは『まゆみん』という若者に人気のシンガーである。

 「お、お前なぁ、それなら関西付近で開催の時とか…夏休み中とかに行けよっ。」
 「仕方ないでしょ、チケット取れたのがその日その時その場所だったんだから。あ、サインと言えば…みんなもサイン考えたんだって?ねぇ、神ちゃんのサインも後で見せてよっ。」
 「お、お前な…。」

呆れつつも何故かちょっと嬉しい竜沢。

 「さて、吉馬先生まだ来ないよね?ちょっとトイレに行って来る。じゃ~ね~。」

教室を出て行く七月。

 「まったく…相変わらずな奴。」
 「りゅっうざっわさんっ。」

体勢を立て直した途端、またも背後から声を掛けられる竜沢。

 「うわっ?!さ、咲ちゃん!」

この女生徒は『園花(そのはな)咲子(さきこ)』。身長百五十センチ。一学年下の一年月組にいる、いつも甘えた声を出して竜沢に引っ付く、竜沢の事が大好きな可愛らしいショートカットの女の子である。
何かのアンケートで書く自分の特技欄には必ず『元気』と記入する、独特なセンスの持ち主である。

 「竜沢さぁん、今日お昼ご飯一緒に食べませんかぁ?」
 「ん、そ、そうだなぁ…」

口ごもる竜沢の近くに、鏡が来た。

 「いやぁ、相変わらずモテてますねぇ、竜沢くん。」
 「鏡…いや、お前それ嫌味にしか聞こえんぞ。」

鏡の後ろには十人以上の女生徒が集まっていた。

 「おい!七月さん来てるん?!」

隆正も雪組の教室に来た。

 「おー、めずらしく情報が早いな。ま、残念ながら今はトイレだ。」

かまぼこ型の目を細めてニヤケる竜沢。

 「い、いやまぁ、何や…クラスの奴がちらっと言うてたんでやな。ま、まぁ、が、学校に来てるっちゅう事やな。ほなっ!」

七月が居ないと分かり、そそくさと去る隆正。

 「分かり易い奴。よっぽど七月が好きらしいな。」
 「そう言う竜沢くんはどうなんです?」

ニコニコして聞く鏡。

 「んぁ?」
 「何の話ですかぁ?」

複雑な顔をする竜沢と、キョトンとする咲子。そして多くの女生徒を連れてニコやかに去って行く鏡であった。

 「何だ鏡の奴、肩で笑いやがって。」

学園内にチャイムが鳴る。

 「あ、ホームルームの時間ですぅ。それじゃあ、また来ますね。バイバーイ。」
 「あ、ああ。」

引きつりながら咲子に手を振る竜沢。その後、担任の『吉馬(きちま)柾六(まさろく)』が、寝癖がついたままの髪をかきながら相変わらずの冴えない顔で教室に入って来た。

 「ああ…おはようみんな。あ~眠っ。さあ適当に席に着けよー。」

生徒達は思った。相変わらずヤル気ねぇな、この先生…と。

 「おや?北神は今日も休みか?」
 「い~え~、私はここで~すっ。」

後ろの扉から腰を低くして愛嬌良く入って来る七月。

 「おお、えらく元気だなー。もうすっかり風邪は治ったようだな。」
 「はいなっ!お陰様でっ。」

七月は元気良く吉馬に敬礼をした後、一番後ろの席に着いた。竜沢は『けっ』という顔をしていた。

 「あ~、イキナリだが転校生を紹介するぞー。」

一瞬クラスがざわついて、前方に注目した。学生服ではなく、青いシャツに白いスラックスをはいた私服姿の男子生徒が教室に入って来た。背が高くて少し垂れ気味の目をした、かなり体格の良い仏頂面の男である。

 「じゃあ自己紹介を。」
 「…谷角(たにずみ)甲(こう)。よろしく。」

ムスっとした表情のまま、低い声で無駄のない挨拶をする甲。

 「あ、え~と…彼は今まで北海道の山奥の分校に通っていた。色々分からない事があるだろうから、みんなでテキトーに教えてあげるよーに。じゃ、あの一番後ろの席にでも着きなさい。」
 「…。」

甲は無言で歩き出した。竜沢は、変わった奴だなと思っていた。そして甲が席に着くと隣の女生徒が声をかけた。

 「私、北神七月。よろしくっ。」
 「…よろしく。」

その時、竜沢はちらっと横目で見て少し眉を引きつらせた。そして一時間目が終わった後の休み時間。甲は女生徒の質問攻めを受けていた。
 「ねえねえ、何で私服なの?」
 「前の学校は制服が無かった。今サイズの合う制服を作ってもらっている。」
 「うわ~、足も大きいし背も高いねぇー。何センチなの?」
 「二十七。百七十。」

甲は無表情で淡々と答えていた。それを見て竜沢…

 「デカけりゃ良いってもんじゃなかろうが。」

一人でぶつぶつ言っていた。

 「竜沢さぁん、何ぶつぶつ言ってるんですかぁ?」
 「おわぁぁ!ななな何だ咲ちゃんか!」

またも咲子に背後から声をかけられて驚く竜沢。

 「ンン?あの人ぉ…。」
 「え?咲ちゃん、あの転校生知ってるのか?」
 「はいっ。昨日不良さんに囲まれているところを助けてくれた人ですぅっ。」
 「ふ、不良さん…」

またも眉を引きつらせる竜沢。

 「昨日のお礼してきまーす。」

甲を囲んでいる女生徒達の中に突っ込んで行く咲子。

 「む、ぐぐ…。」

何かおもしろくない竜沢。そこへ現れたのは…

 「おやおや、すごい人気ですね。」
 「…鏡か。ふん、お前の方が…って、今は安全時間か?」
 「ええ。」

『安全時間』とは…鏡のファンクラブが作っているルールの一つで、いつもゾロゾロと引っ付いていては鏡が困るという事で、ファンクラブ内でスケジュールを組み、鏡がプライベートタイムを取れるようにしているものである。

 「よしっ、じゃあ食堂にパンでも買いに行くか。」

席を立つ竜沢。

 「いいですけど、今日は余分に持ってきてないんですよ。」
 「う~…わかった、今回はおごるっ。」
 「へ~、こりゃまた珍しい事があるもんですね。」
 「何だよ。」
 「いえいえ。」
 「ちぇっ。」
 「ははっ。」

仲良く食堂へ向かう二人。と、そこへ…

 「鬼緑だー!鬼緑学院の奴等が乱入して来やがったぞー!」
 「何っ?」

食堂の手前でその声を聞く竜沢と鏡。

 「鏡、行ってみよう!」
 「そんなこと言って、パンをおごらない気ですね?そうはいきませんよ。」

上目使いの鏡に、ずっこける竜沢。


 龍青学園南校舎と北校舎の中間にある中庭。
ここで鬼緑学院の生徒三人と隆正がにらみ合っていた。鬼緑学院とは、龍青学園と事ある毎に対立している中学校で、どちらかと言うと血の気が多い生徒が集まっている学校だ。

 「何や?俺らはちょっと見学しに来ただけやがな?」

ガラガラ声の男が言う。男は目付きが悪い上に眉毛が薄く、顎がしゃくれているという、子供が見たら泣くレベルの顔付き。その上身長が高くて体格も良いので、かなり威圧感が有る。

 「うるさいわっ!どっから入ってきたんや!とっとと帰れや!」

隆正が鬼緑の生徒らに怒鳴っている。そこに来た竜沢は、呆れた様に顔を押さえた。

 「あちゃ、あの馬鹿。熱くなってやがる。」
 「おやおや、吠えてますよ。ははっ。」

この後の展開が分かるかの様に、落ち着き払っている鏡。

 「俺が通さへん!」

隆正が両手を左右に広げて吠えた…次の瞬間、竜沢と鏡は『やっぱり』という顔をした。

 「ほな、見学させてもらうわ。」

隆正は一発殴られ、仰向けに地面に転がっていた。

 「あ~あ、あの恥かき。転がってやがる。」
 「おやおや、鼻血出てますよ。ははっ。」

予想通りの展開に笑っている鏡。そこへ、ぬうっと現れる一人の生徒。

 「あぁ?何やお前。」

鬼緑学院三人の前に出た大きな男…谷角甲だ!甲が無言で立ちはだかる。

 「転校生?あいつ、何のつもりだ。」

不思議顔の竜沢と違い、鬼緑の生徒達は驚いた表情をしていた。

 「あ、安郷(あんごう)さん、こいつ…」

安郷とは一歩前に出ているリーダー格らしきガラガラ声の男であり、その安郷に後ろの男が何かを耳打ちしている。ちなみに後ろの二人は顔に絆創膏を張り、指の数本に包帯を巻いていた。

 「…昨日、こいつらをやったのはお前かぁ?」

安郷の目付きが変わった。だが甲は表情ひとつ変えない。安郷よりも背が高く、見下ろす感じになっている。

 「…デカブツが。お前を見付ける為に龍青のチビ女を探しに来たんやが、こりゃ話し早いわ。」

ボキボキと指を鳴らして甲に向かって歩き出す安郷の形相に、周囲で見ている龍青の生徒達は尻込みしていた。が、やはり甲の表情は全く変わらない。

 「どうなってんだろうな、鏡。」
 「どうやら咲子さんが言っていた事と関係ありそうですね。」
 「…昨日助けてもらったっていう、あれか!」

そこに騒ぎを聞きつけたチビ女…いや、咲子が走って来て、竜沢の腕をつかんだ。

 「竜沢さぁん!あの人、助けてくださぁい!あの鬼緑サン達、昨日私をイジメてきた人達なんですぅ!」
 「…やっぱり。」

顔を見合わせる竜沢と鏡。

 「竜沢さん、お願いですぅ。」
 「咲子さん、その心配はいりませんよ。」

鏡が言う。

 「え?」
 「僕らが助けるまでもありません。」

ニコニコ顔の鏡。

 「ぐぎゃああぁぁぁーっ!」

安郷の断末魔の叫びが中庭に響く。安郷は地に転がった。

 「す、すげえ…」
 「い、今吹っ飛んだぞ…」

ザワつく龍青生徒達。

 「さっさとこいつを連れて去れ。それと一つ言っておくが…これはボクシングの練習…だ。」

スポーツ精神を重んじる龍青学園では、ケンカに関しては他の学校より重い処罰が与えられる。生徒指導室呼び出し、親呼び出し、また長期の停学になる可能性もある。それを避ける為に一言断っている甲。

 「おう!分かってるぞ、転校生!」
 「私達はスパーリングを見ていたのね!」

分かっていながら『今のはスパーリング』と言う生徒達。

 「するとアレは鬼緑選手とのスパーリングの結果…という事か。」
 「そうなりますね。それにしても転校早々なのに…頭の回転が良い人ですね。」

地に転がる隆正を指す竜沢と、ニコやかに納得しながら甲に一目を置く鏡。

 「早く…去れ。」

鬼緑の男達に向かって無表情で言う甲。

 「う、うひい!」

奇妙な声を発して、安郷を担いで去って行く鬼緑生徒達。

 「ざまーみろ!」
 「もう来んなー!」

去って行った途端に歓声が上がった。

 「いーぞぅ転校生!」
 「谷角くん、すてき~!」
 「惚れたぜー!」

皆に囲まれている谷角を見て、やや口元に笑みを浮かべるような微妙な顔付きの竜沢。その竜沢の表情を見て、鏡はニコニコしていた。

 「わ~川波先輩の言った通りだ~。かっこいい~。」

咲子の言葉に、打って変わって少しムスっとする竜沢。

 「鏡、パン買いに行くぞ。」
 「もうすぐ授業始まりますよ?」
 「うっ、じゃ、じゃあ一人で行くわいっ。」
 〝くくっ、飽きない人だ〟

イラついている竜沢を見て、楽しそうに肩で笑う鏡。

 「分かりました、行きますよ。」
 「…別に無理しなくていいんだぞ。」
 「おごりだからついて行くだけです。」
 「く~っ…分かってるよ!」
 「はははっ。」
 「何で笑う!」

そんなこんなで購買に到着し、竜沢のおごりで好物のチョココルネを手に入れた鏡がニコやかに食べ始めた時、竜沢はふと何かを思い出した。

 「あれ?何か忘れてないか?」
 「お釣りならちゃんともらいましたよ。ほら。」
 「いや、そうじゃなくて…ってかお釣り返せよ。」
 「思い出さない位だから大した事じゃないんでしょう。」
 「それもそうだなぁ。いや、だからお釣り返せよ。つーかお前、今食ってる?!早くない?!」

…その頃中庭では誰もいなくなった後も地面に這いつくばっている隆正がいた。

 「あ、あの薄情者ども~…」

ちょっとここで制服について説明しておこう。
龍青学園含めてこの学園都市では九割が詰襟で、一般的な形状の物となっている。シャツも白の半袖と長袖であり、特別変わったところは無く、学校毎の特徴は無い。もちろん校章(龍青学園では園証(えんしょう)と呼んでいる)は違い、ボタンに付いているマークに表れているが、それ以外は同じ。胸ポケットに付けている名札(クリップ&ピンタイプ)に関しても大した違いは無く、ほぼ全校アクリルプレートである。
鬼緑の生徒が甲を見付ける為に目を付けたチビ女…いや、咲子を探しに龍青に来たのは、女子の制服だけ若干違いがあるからだ。各中等部の女子学生服についても説明しよう。
龍青の女子学制服はまず白のブラウス(半袖と長袖有り)だが、男子と違い襟に角が無く丸くなっている。長袖の袖口はキュッと閉まっているが全体的にフワッと余裕がある作りであり、ここまでは鬼緑も同じなのだが、龍青ではブラウスの襟に紐タイプの青いリボンを巻くのが決まりで、ここで違いが分かる。また、スカートも九割は車ヒダのプリーツタイプだが、紺一色の鬼緑とは違い、龍青はチェック柄(黒とグレーに白ライン)である。冬は上に黒ブレザーを羽織る。この黒ブレザーは左胸部分とサイドにポケットが有り、前(ボタンのライン)にはグレーの色が入っている。ちなみに鬼緑女子は紺のブレザー(ラインは無い)である。


 そして昼休み。GCSAの部室、生徒指導室でムスっとしている隆正。

 「いや~すまんすまん。すっかり忘れてた。」

ヘラヘラしながら頭をかく竜沢。

 「全く忘れてましたね。ははっ。」
 「ぷっ。」

笑顔で言う鏡に、軽く笑ってしまう流香。

 「お前等な~…俺はあん時、友情ってもんが信じられん様になったわい。」
 「まぁ、そうむくれんなよ。」
 「そうですよ。だいたい挑発した隆正くんが悪いんですよ。」

鏡はニコやかにズバッと言う。その時、生徒指導室の廊下側の扉が開いた。
ちょっとここで生徒指導室について説明しよう。広さは十二畳程で長方形の部屋。中庭に面した廊下から扉を開けて中に入ると手前左側に冷蔵庫があり、部屋の真ん中にテーブルとソファがある。向かって右には流香専用パソコンデスク、左側の奥には職員室へつながる扉がある。そう、この部屋には扉が二つある訳だ。
そして廊下側の扉を開けて入って来たのは…長身の男、谷角甲であった。

 「入部したいんだが。」
 「へ…?」

思わず顔を見合わせる四人であった。そして甲がGCSAに入った事は瞬く間に学園中に広まった。

 「あの転校生が竜沢のとこに入ったってよ!」
 「GCSAにっ?!またか!」
 「川波も俺達ボクシング部が誘った時にはもう竜沢んとこに!」
 「山嵐だってそうだぜ!陸上部が欲しがってたのに!」
 「天野さんだって、私たち弓道部が…!」
 「…全部あいつだ!」

話しは遂に竜沢のところにきた!

 「な、何だ何だっ?」

甲が入部した次の日の朝、訳も分からず数人の生徒に裏庭まで連れて来られて囲まれている竜沢。生徒達は尋常じゃない雰囲気である。

 「何だじゃないよ!我々の部は多大な損失をしてるんだ!」
 「な、何を言ってるのやら…」
 「確かに今までGCSAには助けられてるけどっ…そうじゃなくて!」
 「そのままこっちのクラブに入ってくれればいいのに、みんなGCSAに~っ!」

竜沢は詰め寄られ、今にも潰されそうだ。

 「待って下さい。」

そこへタイミングを計った様に鏡が現れた。ザワつく生徒達。

 「皆さん何か勘違いしているんじゃないですか?僕らは何も、竜沢くんにあんな事やそんな事で脅されてる訳じゃないんですよ?」
 「おいおいっ。」

鏡の意味深な言葉に慌ててツッコむ竜沢。

 「あ、違った。竜沢くんに無理矢理付き合わされてる訳じゃない…でした。」

シナリオがあるかのような鏡の軽いボケでさっきまでの空気が一変、生徒達も少し冷静になれた。

 「じゃ、じゃあどうして?」
 「決まってるじゃありませんか。竜沢くんが好きだからですよ。」
 「きょ、鏡~。」

ジーンとくる竜沢。

 「あ、同性愛って訳じゃないですよ。」

急に真顔で言う鏡に、どどっとずっこける竜沢達。

 「ま、つまりそー言うこっちゃ。俺らは好きでGCSAにおるって事や。」

何故かその場に隆正も現れた。

 「わかったらさっさと解散や!ほれほれっ。」

竜沢から生徒達を引き離す隆正。しかし、生徒達はまだ納得がいかずにブツブツ文句を言っている。

 「だー!ブツブツうるさいわい!ええか、俺らはなぁ、この神侍と一緒にアホな事したり、えー…へ、変な事したり…な、なんやったかいな?と、とにかく色んな訳わからん事したりすんのが楽しいんや!」
 〝隆正~、お前結局全部おかしな事ばっかりじゃないかよー〟

あまりフォローになっていない隆正の演説であった。しかもちょっと芝居っぽい。

 「おや、アドリブですか。じょあ僕も…」

小声でそう言った後、話し出す鏡。

 「この人といるとおかしな事ばっかりで、退屈しませんから。」

こちらもフォローしていない…て言うかフォローする気無し。

 「そうらしいな。」

そこに現れたのは甲だ。

 「谷角…。」
 「俺もこの男となら…退屈しないと聞いてな。」
 「ふぅ~…ま、そういう事なのよ。竜沢くんは何でもおもしろくしちゃうのよね。ヤル気なさそうな顔してるのに。」

最後に流香が登場。こちらも褒める気は無い。

 「まぁ、そんな訳です。僕らは僕らの意思でGCSAに入ったんです。さぁ皆さん、教室にお帰り下さい。」
 「う、う~ん…」
 「鏡さまがそう言うなら…」

皆の説得により納得した生徒達は去って行った。こうして竜沢は救われた。

 「うう、お前ら、俺は猛烈に感動している。ありがとう、みんな!」
 「いえいえどういたしまして。流香さんが即座に作ったシナリオを、これまた即座に覚えるの大変だったんですよ?ほぼアドリブになってしまいましたが…。と、いう事なので…僕はまたチョココルネでいいです。」
 「…へ?」

何を言われているか分からず、素っ頓狂な声を出す竜沢。

 「俺はクリームパンやな!」
 「ふぅ~、シナリオ台無し。ま、いいけど。あ、私はホワイトチョコクロワッサンでいいわ。」

やはり芝居だったのである。そして相変わらず一番高い物を言う流香。

 「…カレーパン。」
 「ぐ…谷角までも…。」

つぶやく谷角に、竜沢は血管を浮き出して握り拳を作っていた。

 「もちろんおごってくれるんですよねぇ、竜沢くん。」

にっこりする鏡に、竜沢は納得するしかなかった。

 「お前等みんなろくでなしだー!」

竜沢、負け犬の遠吠え。

 「うまくいったみたいね。」

生徒指導室前の廊下の窓から、下の中庭を見ていた七月がつぶやく。
実は、強い奴を探しているという甲にGCSAを勧めたのも、生徒達に連れて行かれる竜沢の姿を見付けて流香達に連絡したのも七月なのである。七月はこうやって、いつもGCSAを影ながら支えているのである。
そんなこんなでGCSAに谷角甲が加わり、メンバーは五人となった。


 次の日。朝日が昇り始めた頃、藍川堤防沿いを走る影四つ。

 「ファイト!」
 「オウ!」

鬼緑学院との対抗戦を明日に控え、更に気合いの入る竜沢、鏡、隆正、そして甲。それぞれスポーツウェアを着ているのだが、竜沢と鏡は黒色を、隆正と甲が青色を主体とした物で、何故か全員『シロノ』というメーカー。
この『シロノ』はこの学園都市に本社を構えるスポーツメーカーで、安くて丈夫なのが売りである。

 〝英語のテスト!〟
 〝日替わり定食♪〟
 〝楽しみやなー!〟
 〝…………………〟

それぞれの思惑を胸に、明日に向かって走る!そんな時…

 「ん…?」

四人の走る前方百メートル程先に学生服の集団が見えた。

 「スト~ップ!」

妙な雰囲気を悟り、号令を掛けて全員を止める竜沢。

 「あいつ等、俺らの方睨んどるで。めっちゃ武装しとるし。」
 「鬼緑の生徒ですね。この前谷角くんが相手した人もいますよ。」
 「ちっ…。」

舌打ちする甲。自分への復讐に違いないと思ったからである。

 「どうするんや、神侍?」
 「う、む~…対抗戦前にケガすんのだけは避けたかったんだがなぁ…。」
 「…。」

甲は無言で一歩前に出た。

 「これは俺の問題だ。お前らは行ってくれ。」

そう言って、鬼緑集団の方へ歩き出す甲。

 「待てよ谷角。お前…どうやらまだGCSAの一員になってないようだな。」
 「何…?」

竜沢の言葉に、しかめっ面をする甲。

 「俺は正直、中庭で鬼緑の奴らとやり合った時からもうお前の事を気に入ってる。だからお前が部室に来て入部したいと言った時…実はかなり嬉しかったんだ。」
 「む、う…。」
 「それなのにお前はそんな事を言うのか?谷角、俺が仲間を一人で行かせるような奴に見えるってのか?」

竜沢の言葉に、甲は何か大事なものをつかんだ気がした。

 「竜沢…。」
 「俺の問題だと?…俺らも混ぜろよ。」

ニヤっとする竜沢に対し、嬉しくて思わず逆に目を逸らしてしまう甲。
そうこうしてる内に木刀等を持って武装した鬼緑集団がどんどん近づいて来ていた。

 「よぅし…」

竜沢のそのセリフに合わせる様に隆正が屈伸を始め、鏡は両拳にドライバーグローブをつける。そして甲も構えた。

 「出来るだけ怪我すんなよっ。」
 「おう、わかっとる!」
 「はい。」
 「ふん。」

最後に竜沢が気合いを入れる!

 「じゃあ…グッと行くぞ!」

ジョギングする老夫婦も多いこのほのぼのとした藍川堤防で、GCSA四人対鬼緑学院武闘派の戦いが始まった!


 数時間後、龍青学園生徒指導室。

 「ふぅ~、朝も早くから大変な目にあったわね。」

傷だらけの甲に、ため息交じりに声を掛ける流香。隆正に至っては、もはや倒れる寸前。

 「最後は何とか早めに撤退して長期戦は避けたんだがな。疲れるし。」

何故かあまり怪我が見受けられない竜沢。

 「ホント、まいりましたよ。」

鏡はドライバーグローブがちょこっと破れているのを嘆いていた。怪我は全くない。

 「しかしこれじゃ…バレー勝負に谷角と隆正は無理かな?」

ちらっと甲の方を見ながら、ボソッと言う竜沢。

 「ふん、冗談じゃない。俺は出る。」

甲は立ち上がり、そう言い放つ。

 「これぐらいどうという事はない。」

甲の言葉に、ニヤリとする竜沢。

 「…?」

竜沢の表情に不思議顔の甲。

 「いや、実は仲間だと言いながらもちょっとお前を観察してたんだ。本当にお前が俺の思った通りの奴なのか…ってな。そしてよく分かった。やっぱ俺の目に狂いはなかった。甲、これからもよろしくな。」
 「…むぅ。」

竜沢が『甲』と呼んだ事に、不覚にもちょっと照れてしまった甲。しかし今回は目を逸らす事は無かった。

 「甲、明日の勝負一緒に出て、一緒に勝とう。」
 「…ああ。」

今この瞬間、GCSAは本当の意味で五人になったのだ!!

 「いやいや、ちゃうやん?!お前ら何かおかしぃやろ!俺倒れる寸前やん!ほっといて盛り上がんなや!」

ヘロヘロの隆正が精一杯の威勢で吠える。

 「ああ、忘れてた。まぁお前は元気だろうがヘロヘロだろうが、バレー対決に関して言えばあんま戦力的に変わらんだろ。」
 「お前に言われたないわ!神侍!」
 「んだとぉ?!」

ヘロヘロの隆正の腰を叩く竜沢。

 「はぐわっげっ!」

奇妙な声を出してもだえ苦しむ隆正。かなりダメージがあるようだ。

 「ふぅ~…明日の試合、始めは谷ず…甲くんは温存するから。鏡くん、全員をフォローして。その後、改造した竜沢くんと甲くんをいつ出すか私が判断するわね。だから始めは鏡くんを中心に試合を進める形でシミュレーションしてみるわ。」
 「俺を温存?その必要は…」
 「甲くんを軽く見ている訳じゃないの。ただその腕…木刀でやられたんでしょ?見た目以上のダメージよ。自分でも分かってるでしょ?」

甲が右腕をかばっている動きをしているのを見逃さず冷静に語る流香に対し、何も言い返せない甲。図星だった。
甲は元々頑丈な体をしているのだが、さすがに鬼緑の武闘派…木刀で同じ場所を何度も攻撃してきており、甲は右腕にかなりのダメージを受けていたのだ。
というか…『改造した竜沢くん』って?…と思いながらもそこの部分、実は怖くて突っ込めない竜沢であった。

 「鬼緑のバレー部には弾丸の野乃平(ののひら)と呼ばれるエースがいるの。その弾丸サーブや弾丸スパイクを、その腕で受け続けるのは危険よ。」
 「野乃平か…噂だけは聞いた事あるなー。変わり者の多い学園都市の中でも割と有名な奴だ。」

と言った竜沢に対し、冷たい目を向ける流香。

 「な、なんだよ。」

冷や汗を垂らしながら流香に尋ねる竜沢。

 「聞くの?」

真顔になる流香。知名度なら竜沢の方が数倍も上だと言いたげ。特に『変わり者』としての知名度なら数十倍は上だろう。

 「ま、まぁそういう頭脳戦は流香に任せる。か、改造は引っ掛かるが…とにかく俺達はバレー部を勝たせるだけだ。グッと行くぞ!」

無理矢理気合いを入れる竜沢に、呆れ顔の流香とニコやかな鏡。そしてヘロヘロの隆正と無表情の甲。
これからこの五人が学園都市にその名を轟かすまで、それほどの時間はかからないのである。


 そしてついに対抗戦の日がやって来た。
盛大な花火と共に開幕!前回は鬼緑学院で行われたので今回は龍青学園での開催…そういう両長同士の取り決めである。

 「ひ、昼間から花火…相変らず派手好きだな、青葉(あおば)園長。」

感心する体操服姿の竜沢。そして運動場、体育館、体育館横に設置されているプールの三ヵ所で試合が始まった。対抗戦は全部で十種目。そして運動場の一角、ここにはボクシングのリングが用意されていた。

 「きゃー!川波さーん!」

黄色い声援を一身に受ける鏡。ニコッと微笑み、グローブをつけた手を軽く上げる。

 「調子に乗りやがって。あれが本当に噂の川波なのか?あんな青白いチビ、一発でしとめてやる!」

鬼緑側は、体格は良いが顔は不細工な男で、かなり強そうだ。だから…という訳でもないが、鬼緑の女生徒の声援は全て鏡に向いていた。

 カーン!

ゴングから三秒後、鬼緑の『体格は良いが顔は不細工な男』はマットに沈んだ。

 「さて、これでボクシング部からチョココルネ三つ頂けますね。」

どんだけチョココルネ食うねん。その頃竜沢もバスケで活躍し、お菓子とジュースを手に入れていた。
GCSAはこの様な大会がある度に様々な運動部から依頼を受け報酬を得ているのだ。

 「いや~今回も大漁だな。」

お菓子を食っている竜沢。

ここで体操服について説明しよう。
学園都市内中等部では、学生服と同じく体操服もほぼ同じ物を使用。半袖は白色メインで、首周りと袖口にそれぞれの特色を出したカラーリングがされており、龍青は青のライン、鬼緑は緑のラインが入っている。ジャケットとジャージも同じ様に龍青が青色、鬼緑は緑色となっている。男子用の短パン及び女子用のブルマー等は無い。
※陸上部には競技用の短パン有り。

お菓子を頬張っている竜沢の横で、ぐったりしている隆正。

 「おや隆正くん、どうしたね?」
 「分かってて言うなや!まだ足腰痛いねん!いてててっ!」

鬼緑とやり合った時のダメージに苦しむ隆正。

 「ったく。お前がそんなんだから百メートル走の出場を断る羽目になっちまったじゃねーかよ。あ~あ、報酬のグレープフルーツジュースが…。」
 「うるせーわっ。」

隆正は走る事が大得意で、出場していれば確実に優勝していたであろう実力者である。報酬のジュースが手に入らなかった事をぼやく竜沢に、力無く文句を言う隆正。

 「しかしホンマ、お前は相っ変わらずダメージ無いなぁ。」

呆れたように言う隆正。竜沢は運動神経は人並み以上に持っており、ケンカも人並み以上には強い。が、鏡のようにずば抜けている訳ではない。
では何故、鬼緑武闘派らとの戦いでほとんどダメージを負っていないのか?

 「まぁなぁ。俺の回復力は半端ねーからなぁ。」

実は竜沢は凄まじい回復力の持ち主なのだ。その力が身に付いた裏には、幼少期のある事が関係しているのだが…。
そして対抗戦は進み、いよいよ龍青対鬼緑の戦いも佳境を迎える。

 「さて、いよいよ本日のメインだな。」

竜沢が立ち上がる。バレーが行われる体育館に向かう為に!


 龍青学園体育館。ここにGCSAの五人が集まっていた。

 「試合までもう少しよ。しっかりウォーミングアップしなさいっ。」

流香が四人に『喝』を入れる。竜沢がボールを手に持った。

 「分かってるって。グッと行くぞ!」

スカッ。

いきなりサーブを空振り(しかもアンダーサーブ)する竜沢に、ずっこける隆正。

 「痛っ!ス、スカすんなや!スカを!」

ずっこけた時に、痛めている腰を打って苦しみながら怒る隆正。

 「うう、すまん。もう一度チャンスをくれ。」
 「あー痛っ!」
 「やれやれ、先が思いやられますね。」
 「…ふん。」
 「ふぅ~…ある意味おもしろい四人だわ。」

こんなので本当に大丈夫なのか?…そんな心配を余所に、いよいよバレーの試合が開始される!

 「きゃー!鏡さまー!」
 「甲くん、頑張ってー!」

両校の女生徒からの声援を受けコートに立つGCSA四人と、背が低いのにバレー部部長の高瀬&その他部員一名(名前は脇屋くん)。

 「けっ、きゃーきゃー言うなら俺達に言えってんだよ。」

かなり丸顔の鬼緑バレー部エース、野乃平が言う。実は鬼緑バレー部は学園都市内最強バレーチームなのである。

 「あれが鬼緑バレー部エース、別名・弾丸の野乃平ね。顔は弾丸というより砲丸か。」
 「七月?あんた水球に出るんじゃなかったの?」

龍青側コート脇のベンチに突如現れ野乃平を軽くディスる七月に、驚きながら問い掛ける流香。

 「いや~それが、今回はアレがソレでコレがコウなのよ。分かる?」
 「それで分かりゃエスパーよ。大体分かったけど。」

コート脇で訳の分からん会話がされている頃、遂に試合開始の笛が鳴った!

 「しんちょ~…そーれっ!」

スカッ。(アンダーサーブ)

いきなりの展開に鬼緑のメンバーは腰が砕け、周りのギャラリーはずっこけた後ザワつき出した。

 「スカすんな言うたやろー!あいてててっ!」

サーブを空ぶった竜沢に、痛がりながら怒る隆正。

 「な、何だ?ほ、本当にこれが噂の龍青学園GCSAか?」

鬼緑側は拍子抜けしていた。
噂というのは、竜沢達が一年の時…龍青学園や鬼緑学院と同じくこの学園都市にある中学、真橙(しんとう)中学校と龍青学園との真龍対戦運動大会での事だった。この時、真橙中学校には学園都市の中でも三本の指に入ると言われているクラブがあった。それが陸上部、野球部、ボクシング部。これらの試合は真橙中学校の楽勝と思われていた。しかし、その三つともが龍青学園に敗れた。
それが竜沢達のGCSAが原因であるという事は瞬く間に学園都市中に広がり、それからと言うもの勝敗に関係なく龍青学園GCSAの他校との試合は注目を集めるものとなったのだ。

 「噂ってのは勝手に大きくなるもんだ。そういう事でしょ、主将。」
 「なるほど。ふん、GCSAなんかこんなもんかよ。」

鬼緑側は竜沢達GCSAを見下していた。

 〝かかった〟

流香は、鬼緑選手達の顔つきを見て、心の中でそう呟いた。

 「ん…?」

横にいた七月はその流香の表情を見て一瞬不思議そうにしたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。今度はその七月の表情を見て、逆に流香が不思議そうな顔をした。

 「何よ七月、ニヤニヤと…。」
 「いやいや。あんたの顔がさ、難しい数式を解いた時みたいだったから。あの神ちゃんのスカも計算通りなんだろうなぁって思ってね。」
 「ふぅ~…全く、七月はそういうとこホント鋭いんだから。」

女二人が何やら納得し合っている間に、試合の方は…

 「あ~あ…」

ため息をつく龍青生徒達。竜沢は二度スカをして相手に一点取られた上にサーブ権をも取られていた。そして、鬼緑のサーブを打つのはエースの野乃平。弾丸の野乃平の異名を持つ男である。

 「けっ…くらえ!」

野乃平の弾丸サーブが火を吹いた!まず狙われたのは鏡だ!

 〝けっ!女にきゃーきゃー言われていい気になりやがって!この俺様の弾丸サーブでその顔をグシャグシャにしてやるよ!〟

野乃平は心の中でそう言いながら、鏡が吹っ飛ぶのを想像し口元に笑みを浮かべた。しかし次の瞬間…

 「はいっ。」

渾身の弾丸サーブは、野乃平の思惑とは裏腹に鏡が普通にレシーブ。しかもその弾丸サーブの威力は鏡のレシーブで完全に相殺されていた。アゴが外れそうになり『開いた口が塞がらない』状態になった野乃平。

 「よっしゃ!任せとけぇいてててーっ!」

鏡がレシーブしたボールを隆正が受けるも、腰が痛い上に気合いを入れ過ぎてボールは遥か彼方へ…。

 「アホかー!思い切りやればいいってもんじゃねーんだよ!」
 「へ、へん!お前には言われたくないで、スカ神侍!」

程度の低い言い合いをする竜沢と隆正。そしてまたも鬼緑側は呆然としていた。

 「こ、こいつら本当にド素人だ…。」

鏡の強さを知った鬼緑側は穴である竜沢と隆正を狙い撃ち、第一セットは龍青学園がストレートで負けた。

 「ちょっとあんたら…真面目にやってんの?」

七月の一言に、ため息をつく竜沢達。

 「私が思うに足引っ張ってるのは…神ちゃんと隆正くんね。」
 「言われんでも分かってますわっ!」

半べそ隆正。そう、確かに言われなくともほとんどの原因はこの二人である。もっとも野乃平が竜沢や隆正、高瀬らを狙って放った弾丸サーブは、避けるか、素早く割って入った鏡がレシーブするかで凌いでいたので今のところ怪我人は出ていない。ただその後が続かない。

 〝けっ、奴等がこんなド素人だったとはな。だがそんな事はどうでもいい。奴等に勝つ事が大きな意味を持つ!弱点を突き完璧に勝つ!そして俺はGCSAを倒した者として更に有名になるのだ!〟

ほくそえむ鬼緑の野乃平。このままでは負けてしまうという状況の中、流香が動く。

 「じゃあ、そろそろ動いてもらうね。」

流香がそう言った相手は甲であった。

 「…分かった。」

甲が少し嬉しそうに言った。そう、第一セット、甲は全くボールに触っていない。流香の指示でただ立っていただけであった。これは、やはり負傷した甲の腕への負担を短時間にする事を考慮しての事であり、また第一セットを相手に取らせて色々と油断させる事も含まれているという、しっかり計算された流香の作戦なのである。

 「相手は噂でしか鏡くん達の事を知らない。そして甲くんの存在も知らない。第一セットで完全にこちらの力を見誤ったわ。油断してる次のセットは楽勝だし、それ以降の勝負の流れも…一気にこちらが頂くわ。」

流れが自分の読み通りになる…今、流香は最高の気分である。

 「向こうは流香の事も知らないもんねー。ある意味この子が一番怖いのにねー。」
 「はぁ?七月っ!」

ふざけて言った七月に怒る流香。その光景を見て笑っていた竜沢だったが、次の瞬間ビビる事になる。

 「ふぅ~…ここでもう一つ、作戦を発動するわ。」

流香の目が竜沢の方を見て光る。

 「…え?」

一歩、後ずさりする竜沢。流香の手には信じられない物が握られていたからだ。

 「…お、おい流香。それは何だ?一体何を…」

竜沢の脳裏に『改造した竜沢くん』という流香の言葉が浮かんだ。危険を感じ、更に距離を取ろうとした竜沢に対して流香の声が上がる。

 「みんな、竜沢くんを押さえ付けて!早く!」

訳も分からず、高瀬達は竜沢を押さえ付けた。

 「ば、馬鹿!離せ!」
 「ふぅ~…観念しなさい、竜沢くん。」

流香の魔の手が竜沢に迫る…。

 「や、やめろぉぉー!」

…そして第二セット。コートに入って来る両チームの選手達。

 「よし、次もストレート勝ちだ!行くぞ!」
 「おう!…おうぶっ?!」

気合いを入れる鬼緑選手達は、竜沢を見て思わず胃液を吐き出しそうになっていた。

 「失礼ね~。」

女言葉を話す竜沢は、そのかまぼこ型の目の上に薄くアイシャドウを、そして唇にはピンクのルージュ、頬には薄くチークが施されていた。

 「ふふん、驚いてるわね。…竜沢くんは基本、運動能力は高い。けどバレーだけはお姉さんから『やるな』と言われ続けてきた。何故ならお姉さんはバレーをする男が嫌いだから。竜沢くんにとってお姉さんは絶対的存在…つまりお姉さんの言う事は絶対なのよ。そして竜沢くんは男であるが為に体が拒否反応を起こすわけ。つまり…女になれば万事解決!おまけに相手に精神的ダメージを与え、まさに一石三鳥という完璧な作戦!」

恐るべし天野流香!
もちろん鏡達は強い。しかし、GCSAの強さを引き出しているのは流香の頭脳なのだ。その真実を知られていないところも竜沢達には好都合なのである。

 「ぷ、くくっ…ん?何で三鳥?」

竜沢の顔を見ながら笑っていた七月だが『一石三鳥』を不思議に思い、流香に尋ねた。流香は微笑みながら答える。

 「それはまた後でっ。」

人差し指を立てる流香。

そんな流香の作戦で苦しんでいる鬼緑選手達。

 「しゅ、主将~!」

引きつりながら助けを求めるような目で野乃平を見る鬼緑選手達。

 「う、うろたえるな!奴を見なければいいんだ!」

必死に皆を励ます野乃平。しかしそれは甘い考えであった。

 「グッと行っ…くわよ~!」

竜沢が女になりきっているからである。その女言葉は嫌でも鬼緑選手達の耳に入った。

 「う、ぐぐ…」

竜沢の『なりきり』に、気が抜け力が抜け、やる気までもが抜けていく鬼緑選手達。そしてペースを乱されたところに女装したが為に急にバレーがうまくなった竜沢の活躍が重なる。更に…

 「ふぅん!」

ズドンっ!…甲の凄まじい破壊力のサーブが決まった。

 「な、何だ!何だあいつは!」

ビビる砲丸…いや、弾丸の野乃平。噂にも聞いた事が無い、谷角甲の存在感が大いに発揮される。野乃平に匹敵する…いや、それ以上の威力と思われるサーブ。そして…

 「グッと行くわよー。」
 「む、ぐぐ…」

甲の破壊力とは対照的に、気の抜ける掛け声を出す竜沢。これには鬼緑選手達だけでなく、観客達もコケそうになる。その静と動に翻弄された鬼緑チームは第二セットを落とす事となる。
龍青側のストレート勝ちである。

 「やったじゃないの甲くん!…と、神ちゃん…ぷっ、くくっ。」
 「いつまで笑ってるのよ、七月さん。人の顔見て笑うなんて失礼よ。」

完全に女になっている竜沢。

 「なりきってますね~。」

そう言って笑いをこらえる鏡。

 「ふぅ~…みんな、笑ってる場合じゃないわよ。」

皆とは違い、流香が真顔で言う。

 「第一作戦は成功。でも次のセットでは…効力低下は否めない。」
 「慣れ…ね。」

流香に合わせて急に真顔で返す七月に流香はうなずき、そして目線を鏡達に移した。

 「ま、まさか…」

鏡が気付くと同時に流香が吠える!

 「七月!咲ちゃん!応援席のみんな!さっき言った通り三人を押さえ付けて!」
 「ラジャー!」
 「了解ですぅ!」
 「きゃー!鏡さまに触れるー!」

素早く動く七月達と、ドドっと集まる女生徒達。鏡、甲、隆正の三人は女子に逆らう事が出来ず、なすがままに押さえ付けられた。ちなみに隆正は七月のみで押さえていた。隆正の表情は…言わずもがなフニャフニャである。
そして最終セット。コートに出る鬼緑チームは気合いを入れ直していた。

 「いいか!気力だ!根性で立ち向かうんだ!」
 「おう!…おうぶっ?!」

鬼緑チームの気合いも虚しく崩れ去った…。

 「行っくわよ~!あ痛っ!」

サーブをしようと構える女装隆正。化粧を施されているその顔は気持ち悪い上に、相変わらず足腰が痛いが為に時折表情が険しくなるので、流香の想像以上に恐ろしいものになっていた。

 「は~い、慎重よ慎重っ。」

女装竜沢。

 「う…むむ…」
 「ぼ、僕はこの手のギャグはちょっと…いやもう勘弁して下さいよ~。」

何とも言えない表情の女装甲と、泣きそうになっている女装鏡。

 「きゃー!鏡さま、かわいい~!」
 「谷角さん、惚れたぜー!」

おいおい…。

 「主将~!」
 「え、ええい!う、うろたえ…うろ…か、川波かわいい~…あ、いやいやいや。」

奇妙な感覚になっている野乃平を含め、鬼緑選手達全員、竜沢達の気持ち悪さ(と鏡の美しさ)に腑抜けていた。

 「ふぅ~、完璧。ところで七月、さっき言った通り…。」
 「分かってるって。お任せ。」

何かを企む流香と七月。そして試合は進んで行く。鏡のテクニックと美しさ、甲の破壊力と美しさ(?)、竜沢の急激な成長と気持ち悪さ、隆正の気持ち悪さを超えた半端無い恐怖の顔面…その全てが相まって、試合は龍青学園の一方的なものとなっていった。
そして…

 「ウォン・バイ・龍青学園!」

竜沢達は勝った!その快挙に龍青の生徒達は大いに喜んだ。が、しかし…この結果に納得できないのは鬼緑バレー部だ!

 「じょ、女装して俺達を混乱させるなんて、反則だー!」

審判につかみ掛かる野乃平。ザワつく生徒達。

 「こ、こんな試合は認めん!反則だー!うおおおお~!」

野乃平は我を忘れていた。その時!

 「馬鹿者がー!」

体育館に響き渡るその大きな声に全員が一瞬静止した!

 「だ、誰だ?!」

審判から手を放し、周りを見回す野乃平。竜沢達もその声の主を探した。

 「あ、あそこだ!」

誰かが舞台の方を指差した!そこには校長らが長い話しをする時に使用する卓がある!その卓上に立つ、謎の男!

 「な、なに~?!」

その場の全員が目を白黒させた!その男は、筋骨隆々の上半身を惜しみなく露出していた!つまり上半身裸!下には白いトランクス、白いスニーカー、そしてレスラーの覆面みたいな白いマスクに、目を隠すゴーグル!そしてよく風になびく白く薄い布地のマフラーをしていた!額には赤枠線で書かれた『白』の文字、マフラーには黒色で『根性』の文字、トランクスの尻側には青色で『努力』の文字が書かれている!変態か?!いや…

 「我が名は…スポーツを愛する男、白仮面!」
 「し、白仮面?!」

誰もが思った…カッコ悪ぅ~と。

 「とうっ!」

白仮面は飛んだ!と、いっても舞台から下にである。そして、ゆっくりと野乃平の方へ向かって歩いてくる!

 「審判はスポーツの神…その神にむかって何たる暴挙か!」
 「う、うわっ…く、来るな…」
 「先程、根性という素晴らしき言葉を放っておきながら何故その様な事をする!」
 「来るな…」
 「貴様のその曲がった考えを…叩く!」

白仮面の、ゴーグルの奥にある目が光を放つ!

 「来るなー!」
 「愛の…千本スパーイク!」

白仮面は、目にも止まらぬスピードで野乃平にスパイクを浴びせまくる!

 「うわあああああ!」

自分以上の威力を持った弾丸スパイクを何度も浴び、野乃平はコートに沈んだ。

 「分かったか!」
 「す、すびばせん…」

ガクリ。野乃平はゆっくりと倒れ、静止した…。

 「ふっ、分かれば良い。さらばだ!とうっ!」

白仮面はおもむろに体育館の外へ走り去った。

 「…な、何あれ?」
 「さ、さあ…?」

ただただ見送る七月と流香。嵐のような出来事に、全員の目が点になっていた。

何はともあれ鬼緑学院との運動部対抗戦は、バレー対決を制した龍青学園が総合成績でも勝利し、幕を閉じたのであった。



 龍青学園生徒指導室。

 「乾杯!」

竜沢達が祝杯をあげていた。
GCSAでは依頼が無事成功した場合、ミックスジュースで乾杯するという掟があるのだ。ちなみに失敗の場合は不味くて有名な『青汁&スイカ汁』という飲料で乾杯するという恐ろしい掟もあるが、失敗した事が無いのでGCSAの誰も実際の味を知らない。

 「いや~色々あったが、とりあえずオッケーだな。」
 「ふぅ~…何がオッケーなんだか。竜沢くん、もうバレーの依頼は受けないでね。」
 「うう、すまん。」
 「まったくやで!」
 「お前が言うな。」

偉そうに言う隆正に、ボソッとツッコむ甲。

 「谷角くんの言う通りです。お二人のお陰でヒヤヒヤしましたよ。」

そのセリフとは真逆な笑顔の鏡。

 「ま、良い事もあったけどね。」

そう言ってニンマリする流香に、何の事か分からず顔を見合わせる男四人であった。


 そして次の日の朝。登校して来た男四人はそのニンマリの理由を知った。

 「こ、これは…」

龍青学園の掲示板に竜沢達の女装写真が貼り出され『サイン入り画像一枚につき、ドリンク券一枚から五枚』と書かれていた。

 「こ、これは一体…ん?」

竜沢は気付いた。掲示板の一番右下に『欲しい画像の番号を、二年雪組・北神七月か、二年月組・天野流香まで♪』と書かれている事に。

 「あ、あいつら~…許せん!グッと行くぞ!」

その頃、二年雪組では…

 「はいはい、並んで並んで~。」
 「画像の保存は出来ますが、転送は出来ないですよー。」

長机を用意して、それを受付台にしている流香と七月。その前には、それぞれのサイン入り写真(甲は入部の際、GCSAみんなのサインを集めていた七月に、入部にはサインが必要と出鱈目を教えられ『?』になりつつも適当にサインを書いていたのだ。そしてそれを流香は知っていた)を手に入れる為に女生徒の行列が出来ていた。
そう、これが流香の言っていた『一石三鳥』であった!

 「は~い、あなたは鏡くんのサイン単品と画像を四枚ね。…はっ!」

七月は近づく足音(地響き)を察知した。

 「流香っ逃げるよ!」
 「来たの?!…みんな、また後日!」

竜沢達が教室に到着する直前、危険を察知した七月と流香は廊下に飛び出した。

 「いたぞ!」

そこに竜沢達が到着。

 「七月!こっちよ!」
 「了解!」

ダッシュで逃げ出す二人。

 「あっ、逃げましたよ!」
 「あかん!」
 「サインと画像を消せー!」
 「消せ。」

追う四人。

 「待ちやがれー!」
 「キャーだー!」

学園内を走り回る六人であった。
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