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第三十一章
生半可な気持ちでは……
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全体に向けての具体的な助言はあまり出来ず、気合いを入れた他は若干名に幾つかのお願いをしただけでロッカーアウトとなった。
「あの、ナリンさん?」
俺は選手と他のスタッフが出て行き、ナリンさんと二人きりになったのを確認してから彼女を呼び止める。
「どうしたでありますか?」
俺が翻訳魔法のアミュレットを外すのを見て、語学も堪能なエルフはすぐその意図を察し日本語で返事する。
「実は、その……」
「今日はいろいろと上手く行っていませんが……そういう日もあるでありますよ!」
しまった。先に慰められてしまった。しかし聞きたいのはその手の言葉ではなかったのだ。
「いや、そうじゃなくてですね。うーん、聞き辛くなってしまった」
「何でも聞いて欲しいであります! 自分とショーキチ殿の仲ではありませんか!」
そう言われると更に苦しい。だがこちらが遠慮する事は、あまり彼女に喜びをもたらさない。それは今までの経験で理解している。仕方なく俺は口を開いた。
「それではですね。さっき、シャマーさんが『生着替え』って言いましたよね? じゃあ『生』じゃない着替えって何ですか!?」
俺は一度、更衣室を出る時にキャプテンからかけられ、その後もずっと脳裏の残っていた疑問を口にした。
「……はい?」
「生じゃなかったら『焼き着替え』とかもあるんですかね!? それとも翻訳アミュレットのエラーで、本当はもっと違うニュアンスだったとか!?」
決して見たかった訳ではないが、シャマーさんが口にした以上は何か卑猥な意味があるのだろう。その点では俺の、あのドーンエルフに対しての信頼は揺るがない。
「しょ、ショーキチ殿は……」
「はい?」
「自分が思っていたより、ずっと……」
いつの間にか俯き、そう呟くナリンさんの両肩は震えていた。何かとてもヤバイ、エルフ語の深淵に触れるような事を聞いてしまったのだろうか?
「ずっと?」
「ずっと大物であります! あーおかしい!」
ナリンさんはそう言って顔を上げ、目の端に浮かんだ涙を拭った。どうも下を向いている間、笑っていたらしい。
「ええっ!? おかしいですか?」
「だってずいぶん深刻に聞いてくるから、何か大事なことかと!」
美貌なコーチは破顔一笑しながらもその美を保っていたが、口調は珍しく崩れていた。
「いや気になりますし!」
「そ、それでしたらこれを!」
少し傷ついた気分で話す俺を片手で制し、ナリンさんはもう片方の手でロッカーの端末を操作した。
『さあ、後半だよー!』
『一人足りない分、みんなが声援で11人目の選手になってくれよな』
するとハーフタイム中はオフにされていた魔法のモニターが点灯し選手がピッチへ入っていく姿と、ノゾノゾさんとステフの声が流れた。おそらく後半開始に向けて観客を煽っているのだろう。
「これが?」
「今、ご覧になられているのが魔法による『生放送』、過去の試合の記録等を見られるのが『録画』であります」
「えっと、つまり?」
俺自身、自分がだいぶ察しの悪い生徒であるのを自覚していたが続きを促す。
「今現在の様子が『生』で過去の記録などが『生でない』で状態。つまりシャマーは撮り貯めた映像ではなく、着替えを行っているその時に直接見るか? と訊ねたのであります」
しかしナリンさんは嫌な顔ひとつせず――というか非常に嬉しそうだ――説明をし終えてくれた。
「あーなるほど。いや撮ったりしませんけど!」
なるほど合点がいった。言われてみれば自分のいた世界でも普通に『生放送生配信』といった言葉があった。つまりそれの着替え版という事か。
「ショーキチ殿、こちらからも質問、良いでありますか?」
「はい、どうぞ?」
ふむふむと頷く俺に、更に笑顔のエルフが問う。
「ハイかイイエだけで答えて欲しいであります」
「ハイ」
「ショーキチ殿は、選手の着替えを盗撮するのをもう辞められましたか?」
「えっ!? それは……いや待って下さい!」
俺はその設問の罠にたちどころに気づき、慌てて抗議する。
「ハイって答えたらもう辞めたけど以前は盗撮していたのを認めてしまうし、イイエって答えたらまだ盗撮している事になる!」
そう、これは有名な『イエスノー殺し』の設問だった。説明ができる状況なら
「辞めるも何も行った事がないので辞められない。そういう意味ではノーです」
等と言えるが、本当にハイかイイエしか言えない状況なら詰みだ。それにもし聴衆がいて、どのように応えるべきか悩んだりしたら、それだけで悪印象を与えたりもする。
「質問に罠が潜んでいるから異議アリ! ですよ!」
「クックック……。ご存じでありましたか」
ナリンさんは少し悔しそうに、しかしそれ以上に楽しそうに笑った。
「ナリンさんも意外と意地悪ですね……」
「すみません、以前リュウに教えて貰った悪戯であります」
ナリンさんはそう言って頭を下げた後、モニターに目をやり
「そろそろ行きましょう!」
と俺を先導する。
「そっかー。でもデイエルフでもそういう性格の悪いこと、考えられるんですねー」
俺も彼女を追いながらボソリと呟いた。しかしまあ、ルーナさん情報だとモーネさんもそういうタイプだもんな。
「あっ……。あれ? モーネさんからじゃなくて?」
「いえ、リュウからであります。モーネはもっと素直でしたし」
ふと疑問に思って訊ねたが、ナリンさんは迷うこと無く応えた。
「素直!? 素直ですか……」
そんな子がエルエルをひっかけたりできるモノだろうか? それとも軍隊経験が彼女を変えてしまったとか? いやそれとも……
「自分は! リュウからよりも、ショーキチ殿から教わった事の方が多いであります!」
突如、ナリンさんが立ち止まり俺の両手を握った。
「はい? あ、そうですか。光栄です」
「ええ。では行きましょう!」
ナリンさんは俺の返事を聞くとすぐに身を翻して走り出す。何だ? 今の?
「まあいっか……」
考える事は他にもあるし、そろそろベンチだ。俺は気持ちを切り替えて後半に挑む事にした。
「あの、ナリンさん?」
俺は選手と他のスタッフが出て行き、ナリンさんと二人きりになったのを確認してから彼女を呼び止める。
「どうしたでありますか?」
俺が翻訳魔法のアミュレットを外すのを見て、語学も堪能なエルフはすぐその意図を察し日本語で返事する。
「実は、その……」
「今日はいろいろと上手く行っていませんが……そういう日もあるでありますよ!」
しまった。先に慰められてしまった。しかし聞きたいのはその手の言葉ではなかったのだ。
「いや、そうじゃなくてですね。うーん、聞き辛くなってしまった」
「何でも聞いて欲しいであります! 自分とショーキチ殿の仲ではありませんか!」
そう言われると更に苦しい。だがこちらが遠慮する事は、あまり彼女に喜びをもたらさない。それは今までの経験で理解している。仕方なく俺は口を開いた。
「それではですね。さっき、シャマーさんが『生着替え』って言いましたよね? じゃあ『生』じゃない着替えって何ですか!?」
俺は一度、更衣室を出る時にキャプテンからかけられ、その後もずっと脳裏の残っていた疑問を口にした。
「……はい?」
「生じゃなかったら『焼き着替え』とかもあるんですかね!? それとも翻訳アミュレットのエラーで、本当はもっと違うニュアンスだったとか!?」
決して見たかった訳ではないが、シャマーさんが口にした以上は何か卑猥な意味があるのだろう。その点では俺の、あのドーンエルフに対しての信頼は揺るがない。
「しょ、ショーキチ殿は……」
「はい?」
「自分が思っていたより、ずっと……」
いつの間にか俯き、そう呟くナリンさんの両肩は震えていた。何かとてもヤバイ、エルフ語の深淵に触れるような事を聞いてしまったのだろうか?
「ずっと?」
「ずっと大物であります! あーおかしい!」
ナリンさんはそう言って顔を上げ、目の端に浮かんだ涙を拭った。どうも下を向いている間、笑っていたらしい。
「ええっ!? おかしいですか?」
「だってずいぶん深刻に聞いてくるから、何か大事なことかと!」
美貌なコーチは破顔一笑しながらもその美を保っていたが、口調は珍しく崩れていた。
「いや気になりますし!」
「そ、それでしたらこれを!」
少し傷ついた気分で話す俺を片手で制し、ナリンさんはもう片方の手でロッカーの端末を操作した。
『さあ、後半だよー!』
『一人足りない分、みんなが声援で11人目の選手になってくれよな』
するとハーフタイム中はオフにされていた魔法のモニターが点灯し選手がピッチへ入っていく姿と、ノゾノゾさんとステフの声が流れた。おそらく後半開始に向けて観客を煽っているのだろう。
「これが?」
「今、ご覧になられているのが魔法による『生放送』、過去の試合の記録等を見られるのが『録画』であります」
「えっと、つまり?」
俺自身、自分がだいぶ察しの悪い生徒であるのを自覚していたが続きを促す。
「今現在の様子が『生』で過去の記録などが『生でない』で状態。つまりシャマーは撮り貯めた映像ではなく、着替えを行っているその時に直接見るか? と訊ねたのであります」
しかしナリンさんは嫌な顔ひとつせず――というか非常に嬉しそうだ――説明をし終えてくれた。
「あーなるほど。いや撮ったりしませんけど!」
なるほど合点がいった。言われてみれば自分のいた世界でも普通に『生放送生配信』といった言葉があった。つまりそれの着替え版という事か。
「ショーキチ殿、こちらからも質問、良いでありますか?」
「はい、どうぞ?」
ふむふむと頷く俺に、更に笑顔のエルフが問う。
「ハイかイイエだけで答えて欲しいであります」
「ハイ」
「ショーキチ殿は、選手の着替えを盗撮するのをもう辞められましたか?」
「えっ!? それは……いや待って下さい!」
俺はその設問の罠にたちどころに気づき、慌てて抗議する。
「ハイって答えたらもう辞めたけど以前は盗撮していたのを認めてしまうし、イイエって答えたらまだ盗撮している事になる!」
そう、これは有名な『イエスノー殺し』の設問だった。説明ができる状況なら
「辞めるも何も行った事がないので辞められない。そういう意味ではノーです」
等と言えるが、本当にハイかイイエしか言えない状況なら詰みだ。それにもし聴衆がいて、どのように応えるべきか悩んだりしたら、それだけで悪印象を与えたりもする。
「質問に罠が潜んでいるから異議アリ! ですよ!」
「クックック……。ご存じでありましたか」
ナリンさんは少し悔しそうに、しかしそれ以上に楽しそうに笑った。
「ナリンさんも意外と意地悪ですね……」
「すみません、以前リュウに教えて貰った悪戯であります」
ナリンさんはそう言って頭を下げた後、モニターに目をやり
「そろそろ行きましょう!」
と俺を先導する。
「そっかー。でもデイエルフでもそういう性格の悪いこと、考えられるんですねー」
俺も彼女を追いながらボソリと呟いた。しかしまあ、ルーナさん情報だとモーネさんもそういうタイプだもんな。
「あっ……。あれ? モーネさんからじゃなくて?」
「いえ、リュウからであります。モーネはもっと素直でしたし」
ふと疑問に思って訊ねたが、ナリンさんは迷うこと無く応えた。
「素直!? 素直ですか……」
そんな子がエルエルをひっかけたりできるモノだろうか? それとも軍隊経験が彼女を変えてしまったとか? いやそれとも……
「自分は! リュウからよりも、ショーキチ殿から教わった事の方が多いであります!」
突如、ナリンさんが立ち止まり俺の両手を握った。
「はい? あ、そうですか。光栄です」
「ええ。では行きましょう!」
ナリンさんは俺の返事を聞くとすぐに身を翻して走り出す。何だ? 今の?
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考える事は他にもあるし、そろそろベンチだ。俺は気持ちを切り替えて後半に挑む事にした。
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