603 / 700
第三十四章
弱者の小細工と王者のこだわり
しおりを挟む
太陽が真上を少し過ぎた頃。審判のドラゴンさんが銀色に光る小さな楽器をくわえ、キックオフの笛が鳴らされた。
『クリアー!』
試合はフェリダエボールで開始。早速、あちらから見て右サイド前方へパスが出されザックコーチが大声で怒鳴る。
『分かってる……』
そのボールをルーナさんがジャンプの最高点でヘッドで外へ弾き出す。フェリダエは最初からガンガン攻めるつもりでボールも選手も前へ前へ、の構えだ。序盤から圧倒し派手に攻めて攻め倒す。横綱相撲とも違う、サッカードウ王者の王者らしい選択である。
「ナイス、ルーナさん! ごめんだけどスカウティングと違ったら……」
「うん。随時、伝えに来い、でしょ?」
前半はアローズの左サイドがチームのベンチ前だ。テクニカルエリアの端まで行けばハーフエルフの左SBに声をかけられる。しかも彼女は日本語が話せるので、ナリンさんの通訳抜きでコミュニケーションが可能だ。ちょっとした僥倖だな!
と言うのは嘘で、最初からそれを狙ってこちらのエンドを取った。本当の幸運はアウェイベンチがメインスタンドから向かって右にある事の方だ。
何故かと言うと、ここには副審さんの中の1名がすぐ側にいるからである。普通、副審2名はセンターラインを中心に対角線に位置する。なのでどちらかのベンチ前に片方がいれば、もう片方は逆のチームのすぐ前にはおらず、ピッチを挟んだ反対のサイドにいる事となるのだ。
今日の場合、我々ベンチの近くには副審さんがおりフェリダエベンチの前にはいない。つまり俺達は簡単に副審さんとコミュニケーションが取れるが、相手チームはできないのである。
これは些細な事かもしれないが、シーズンを通せば塵も積もれば山となる。積み重ねれば大きな差だ。余談だがリーブズスタジアムではそれを考慮して、ちゃんとホームチームのベンチを副審さんのおられる側にしている。特にオフサイドトラップを多用するアローズにとっては死活問題とも言えるだろう。
一方で、こういう細かいディティールを無視しても勝ちまくっているフェリダエ族というのが、やはり強者なんだよな……。
そんな事を考えている間に、フェリダエチームは強者の強者である部分を出してきた。DFライン5名――今日はクエン、リストの2CBとガニアさんをスイーパーに置いた3バックだが、左WBのルーナさんと右WBのティアさんが下がると5バックにもなる――の中で最も身長が低い、ティアさんのエリアへ立て続けに2本のハイボールを打ち込んできたのである。
「ティアさん、リストさんと上手くコミュニケーションとって!」
『ティア! リストをよく見て!』
どちらも無難に対処できたが俺は早速、声を張り上げナリンさんが通訳する。ただ俺達がルーナさんと近いと言うことはティアさんとは遠いという事である。たぶん、聞こえていない。
「これがプレデターの振る舞いか。イヤになるな」
俺は思わず愚痴を吐く。流石キング・オブ・捕食者の猫族。開始5分で弱点を突いてきた。しかもルーナさんサイドとティアさんサイドを比べた上で、だ。
「ティアは頭が良いですし、リストも負けはしない筈であります」
その弱音を聞いたナリンさんは励ますように言った。
「そう願いたいですね。そうでなくても中盤が大変ですし」
俺はそう答えながら、より劣勢を強いられるエリアの方へ目をやった。
『中はギュっと締めたままにして下さい! 外に出す分は私たちが汗を流しますから!』
『はい、ありがとうございます!』
『ダリオにゃん、言い方がエッチだにゃん……』
俺が見た先ではダリオさん、シノメさん、マイラさんが早くも身振り手振りを加えて何か話し合っていた。本来であれば今日の中盤はボランチにマイラ、シノメ、攻撃的な位置にダリオ、ツンカ、それに両サイドのWBを加えた6名である。対するフェリダエ族のシステムは中盤が逆台形の1442。4枚の中盤に6枚で対抗して優位を得る予定であった。
しかしアローズはWBが最終ラインに吸収されてしまった結果、実質4名に減ってしまっている。MFの数で言えばまだ同数ではあるが、そもそも同じ数でフェリダエを押さえる事ができれば世話ないのである。できるようになったら強豪チームだ。
取り敢えずそこまで至っていない我々の中盤は攻撃的MFの2名が守備も頑張る! という根性論で乗り越えるしかなかった。実の所、そこまでは想定の範囲内である。
問題はどのエリアをカバーするか? なのだが……。
「前半20分、ダリオがニャニーニョに逆を取られ突破されるがマイラがクリア。同25分、シノメと対峙したニャバウドを帰陣したツンカが背後から挟むも反則を取られる。続く26分。そのニャバウドの左足から放たれたFKをボナザがフィスティングでかろうじて弾いてエンドラインへ逃げる……」
この時、ベンチでアカサオが魔法タブレットへ記録する試合経過にはフェリダエチームの攻撃の様子だけがひたすら残されていったらしい。因みに双頭の蛇人である彼女達にはブラインドタイピングは必要ない。片方の頭が画面を、片方の頭が文字盤を見て打てるのである。しかし今日は試合展開を見る為の第三の頭が必要になりそうだった。
『あーもう! いい加減、こっ、こっちの攻撃シーンも欲しいよぉ!』
「そうだねー。フェリダエの記録ばかりで飽きてきたねー」
サオリさんが何事か叫び、アカリさんが淡々と答えた。潜入担当側の言葉は恐らくゴルルグ族の言語だが分析担当は日本語だ。それで、何となく会話の状況が伝わった。
「大丈夫、そろそろこちらのチャンスが来ます」
俺は彼女達の脇に立ちピッチを見ながら呟いた。他のコーチ陣は大忙し――ジノリコーチやボナザコーチは守備の指示に、ザックコーチとナリンさんはもはや指示と言うより励ましに――だったので、このゴルルグ族が俺の一番の話し相手だったのだ。
「そっすよね」
「ええ」
俺とアカリさんは恐らくチームで最もサッカードウを『ゲーム』として分析している存在だ。どこか突き放して試合を見ている時が多々ある。
そんな俺達が共通してチャンスが来るだろうと考えていたのがこの瞬間だった。しかし、実際に訪れたのはチャンスどころではなかった……。
『クリアー!』
試合はフェリダエボールで開始。早速、あちらから見て右サイド前方へパスが出されザックコーチが大声で怒鳴る。
『分かってる……』
そのボールをルーナさんがジャンプの最高点でヘッドで外へ弾き出す。フェリダエは最初からガンガン攻めるつもりでボールも選手も前へ前へ、の構えだ。序盤から圧倒し派手に攻めて攻め倒す。横綱相撲とも違う、サッカードウ王者の王者らしい選択である。
「ナイス、ルーナさん! ごめんだけどスカウティングと違ったら……」
「うん。随時、伝えに来い、でしょ?」
前半はアローズの左サイドがチームのベンチ前だ。テクニカルエリアの端まで行けばハーフエルフの左SBに声をかけられる。しかも彼女は日本語が話せるので、ナリンさんの通訳抜きでコミュニケーションが可能だ。ちょっとした僥倖だな!
と言うのは嘘で、最初からそれを狙ってこちらのエンドを取った。本当の幸運はアウェイベンチがメインスタンドから向かって右にある事の方だ。
何故かと言うと、ここには副審さんの中の1名がすぐ側にいるからである。普通、副審2名はセンターラインを中心に対角線に位置する。なのでどちらかのベンチ前に片方がいれば、もう片方は逆のチームのすぐ前にはおらず、ピッチを挟んだ反対のサイドにいる事となるのだ。
今日の場合、我々ベンチの近くには副審さんがおりフェリダエベンチの前にはいない。つまり俺達は簡単に副審さんとコミュニケーションが取れるが、相手チームはできないのである。
これは些細な事かもしれないが、シーズンを通せば塵も積もれば山となる。積み重ねれば大きな差だ。余談だがリーブズスタジアムではそれを考慮して、ちゃんとホームチームのベンチを副審さんのおられる側にしている。特にオフサイドトラップを多用するアローズにとっては死活問題とも言えるだろう。
一方で、こういう細かいディティールを無視しても勝ちまくっているフェリダエ族というのが、やはり強者なんだよな……。
そんな事を考えている間に、フェリダエチームは強者の強者である部分を出してきた。DFライン5名――今日はクエン、リストの2CBとガニアさんをスイーパーに置いた3バックだが、左WBのルーナさんと右WBのティアさんが下がると5バックにもなる――の中で最も身長が低い、ティアさんのエリアへ立て続けに2本のハイボールを打ち込んできたのである。
「ティアさん、リストさんと上手くコミュニケーションとって!」
『ティア! リストをよく見て!』
どちらも無難に対処できたが俺は早速、声を張り上げナリンさんが通訳する。ただ俺達がルーナさんと近いと言うことはティアさんとは遠いという事である。たぶん、聞こえていない。
「これがプレデターの振る舞いか。イヤになるな」
俺は思わず愚痴を吐く。流石キング・オブ・捕食者の猫族。開始5分で弱点を突いてきた。しかもルーナさんサイドとティアさんサイドを比べた上で、だ。
「ティアは頭が良いですし、リストも負けはしない筈であります」
その弱音を聞いたナリンさんは励ますように言った。
「そう願いたいですね。そうでなくても中盤が大変ですし」
俺はそう答えながら、より劣勢を強いられるエリアの方へ目をやった。
『中はギュっと締めたままにして下さい! 外に出す分は私たちが汗を流しますから!』
『はい、ありがとうございます!』
『ダリオにゃん、言い方がエッチだにゃん……』
俺が見た先ではダリオさん、シノメさん、マイラさんが早くも身振り手振りを加えて何か話し合っていた。本来であれば今日の中盤はボランチにマイラ、シノメ、攻撃的な位置にダリオ、ツンカ、それに両サイドのWBを加えた6名である。対するフェリダエ族のシステムは中盤が逆台形の1442。4枚の中盤に6枚で対抗して優位を得る予定であった。
しかしアローズはWBが最終ラインに吸収されてしまった結果、実質4名に減ってしまっている。MFの数で言えばまだ同数ではあるが、そもそも同じ数でフェリダエを押さえる事ができれば世話ないのである。できるようになったら強豪チームだ。
取り敢えずそこまで至っていない我々の中盤は攻撃的MFの2名が守備も頑張る! という根性論で乗り越えるしかなかった。実の所、そこまでは想定の範囲内である。
問題はどのエリアをカバーするか? なのだが……。
「前半20分、ダリオがニャニーニョに逆を取られ突破されるがマイラがクリア。同25分、シノメと対峙したニャバウドを帰陣したツンカが背後から挟むも反則を取られる。続く26分。そのニャバウドの左足から放たれたFKをボナザがフィスティングでかろうじて弾いてエンドラインへ逃げる……」
この時、ベンチでアカサオが魔法タブレットへ記録する試合経過にはフェリダエチームの攻撃の様子だけがひたすら残されていったらしい。因みに双頭の蛇人である彼女達にはブラインドタイピングは必要ない。片方の頭が画面を、片方の頭が文字盤を見て打てるのである。しかし今日は試合展開を見る為の第三の頭が必要になりそうだった。
『あーもう! いい加減、こっ、こっちの攻撃シーンも欲しいよぉ!』
「そうだねー。フェリダエの記録ばかりで飽きてきたねー」
サオリさんが何事か叫び、アカリさんが淡々と答えた。潜入担当側の言葉は恐らくゴルルグ族の言語だが分析担当は日本語だ。それで、何となく会話の状況が伝わった。
「大丈夫、そろそろこちらのチャンスが来ます」
俺は彼女達の脇に立ちピッチを見ながら呟いた。他のコーチ陣は大忙し――ジノリコーチやボナザコーチは守備の指示に、ザックコーチとナリンさんはもはや指示と言うより励ましに――だったので、このゴルルグ族が俺の一番の話し相手だったのだ。
「そっすよね」
「ええ」
俺とアカリさんは恐らくチームで最もサッカードウを『ゲーム』として分析している存在だ。どこか突き放して試合を見ている時が多々ある。
そんな俺達が共通してチャンスが来るだろうと考えていたのがこの瞬間だった。しかし、実際に訪れたのはチャンスどころではなかった……。
0
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる