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第三十五章
海と森と安らぎ
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同じ失敗を繰り返す様では監督失格である。監督室だとまた早朝にムルトさんと遭遇するかもしれないし、来賓用寝室の一つにはアリスさんの両親、ターカオさんとシンディさんが泊まっている。どちらも下半身的な意味でアクシデントがあるかもしれない。
と言うわけで俺が睡眠を取る場所は、視聴覚設備の予備室一択であった。監督室に寄って少し仕事をした後、俺は安住の地へまっしぐら向かった。
「今日は何を流そうかな~」
壁一面に並んだ魔法円盤のケースを眺めながら呟く。ここには過去50年間のアローズの全試合と、他のチームのビックマッチの映像が保管されているのだ。
もちろん基本的には分析の為に視聴しているのだが、俺は稀に自分自身の楽しみの為だけに過去の試合を流すこともあった。正直、この狭い部屋で過去の映像に囲まれて静かに過ごすのは非常に楽しい。仮にチームのスタッフがもっと増えて監督を他人に任せられる様になったら、俺は映像分析専門としてこの部屋に籠もりたい位だ。
「あーこの辺が一番、多いかな?」
俺は時代別に分けられた棚を指でなぞり、バートさん達の全盛期付近の円盤を抜き出した。今回トークショーとア・クリスタルスタンド撮影の為に来日、もとい来王国してくれる元選手の多くが含まれる時期のだ。
これを視聴しておけば会話のネタになるのに加え、単純に観ていて楽しいというのもある。普通、過去の試合というのは意外とつまらない――もともと戦術面が緩い異世界サッカードウだが、昔はそれに輪をかけて適当だ――モノだけどね。
ただアローズがサッカードウを牽引していた時代はタレントも揃い、優雅に勝利を重ねていたので本当にエンタメしているのだ。デニス老公会の皆さんが
「あの時代よもう一度!」
と言いたい気持ちも今なら分からないでもない。
「ほい、セット……と」
魔法円盤を再生装置に挿入し、枕を椅子にセットして灯りを消して視聴を開始する。予備室にあるのはあまり大きくないモニターだけで、それから漏れる光が部屋全体を照らす。日の光が届かない深海で、チョウチンアンコウのアンテナが放つ光に吸い寄せられる獲物の気持ちが少し分かる気がする。
そんな海の底の様な雰囲気の中、俺が寝落ちしてしまうのに長い時間はかからなかった……。
少しだけ恐れていた襲撃はシャマーさんからもムルトさんからも無く、俺は無事に朝を迎えた。いや、無事どころかこれほど深く朝までぐっすり眠れたのは久しぶりだ。
俺は気分よく食堂へ向かい、朝食用に果物や軽食を拾って窓辺のテーブルの腰を落ち着けた。
「ショーキチ殿! おはようございます!」
果物を一つ齧ったところでナリンさんが食堂へ現れ、俺を見つけて歩み寄ってきた。
「おはようございます。ニャンダフルでは逃げる形になって……」
「いえいえ。最終的にはセンシャも盛り上がって、選手達も深くは考えてないようであります」
まだ朝早いクラブハウスは人影もまばらで、二日目のオフとあって選手も殆どいない。だが俺達は念のため日本語でそんなやりとりをした。
「メモは見て頂けたでありますか?」
「はい。ご実家でゆっくりできると良いですね」
俺は方向が合っているかは分からないが、窓の外を見て遠方を思う。昨日、監督室で仕事をした際に受け取ったメモには
『ニャイアーコーチは実家に寄るので帰りが少し遅れる』
との旨が書いてあったのだ。
ウチのスタッフは多種族多国籍で、地元を離れて仕事をしている単身者も多い。異国暮らしは何かとストレスも多いだろうと、俺は全員が三ヶ月に一度は帰郷する事を認めその旅費もクラブが負担する事にしていた。
従業員満足度が上がれば顧客満足度も上がる、というのが俺の信念だ。スタッフが幸せに仕事をすれば選手も幸せだろうし、選手が幸せに過ごせば試合で良い結果が出てファンも喜ぶ。俺はその良いサイクルを確立したいのである。
もっともコーチ陣はじめ遠征に帯同する対象者についてはアウェイの試合にタイミングを合わせて、という形が多いけどね。その場合でも帰郷費用は規定通り出している。なんかそういうところで吝なところを見せられると不満になるじゃん?
「ニャイアーは『すぐ帰るから!』と言っていたでありますが」
ナリンさんはそう言って笑った。あのフェリダエ族はナリンさんにご執心で、この美貌のエルフを猫かわいがりし常に一緒にいたがる。自分の方が猫の癖にね!
「本当に早く帰って来てくれたらスケジュールを変更しないといけませんね」
「そう、それでありますが……」
そう言ってナリンさんは資料を取り出した。今週はかなり変則的な日程になる。俺はさっと気持ちを切り替え、改めて確認を始めた。
今回はセンシャの為にオフが二日あり、マンデーナイト開催の為に試合が一日後ろへずれる。その結果、試合までの五日間の予定は以下の通りとなる。
まず明日水曜日が試合明けのコンディション調整の日。と言っても休養はとれているので、遠征に行ったメンバーとクラブハウスに残っていたメンバーとのテンションを合わせるのと、次の日に備えるのがメインだ。
木曜日は前の試合の振り返り日だが、ここは運動能力測定日とする。シーズン前にも行っているが、ここらで一度、フィジカルトレーニングの結果やここまでの疲れがどれほどか大々的に計測するのだ。良い感じに上がっていれば、その数字が自信となってドワーフ戦に良い影響を与えるだろう。
金曜日は全体練習。フェリダエ戦ではややイレギュラーな戦い方をしたので、改めてゾーンプレスの確認を行う。
土曜日はドワーフ戦への対策とセットプレイ。幸い学校が休みなのでレイさんとポリンさんが朝から参加できる。
日曜日はスタジアムでの前日公開練習だ。今回は特別に全てのトレーニングを公開するつもりだ。何故なら練習後は例のトークショーがスタジアムで行われるのである。ならばお客さんを最初から入れて、そのまま座席にいて貰えば良いのではないか? と思ったのだ。
そして月曜日が試合。初のマンデーナイトだ。自分で提案しておいてアレだが、不思議な感覚だな。選手はどんなパフォーマンスをみせてくれるだろうか……。
と言うわけで俺が睡眠を取る場所は、視聴覚設備の予備室一択であった。監督室に寄って少し仕事をした後、俺は安住の地へまっしぐら向かった。
「今日は何を流そうかな~」
壁一面に並んだ魔法円盤のケースを眺めながら呟く。ここには過去50年間のアローズの全試合と、他のチームのビックマッチの映像が保管されているのだ。
もちろん基本的には分析の為に視聴しているのだが、俺は稀に自分自身の楽しみの為だけに過去の試合を流すこともあった。正直、この狭い部屋で過去の映像に囲まれて静かに過ごすのは非常に楽しい。仮にチームのスタッフがもっと増えて監督を他人に任せられる様になったら、俺は映像分析専門としてこの部屋に籠もりたい位だ。
「あーこの辺が一番、多いかな?」
俺は時代別に分けられた棚を指でなぞり、バートさん達の全盛期付近の円盤を抜き出した。今回トークショーとア・クリスタルスタンド撮影の為に来日、もとい来王国してくれる元選手の多くが含まれる時期のだ。
これを視聴しておけば会話のネタになるのに加え、単純に観ていて楽しいというのもある。普通、過去の試合というのは意外とつまらない――もともと戦術面が緩い異世界サッカードウだが、昔はそれに輪をかけて適当だ――モノだけどね。
ただアローズがサッカードウを牽引していた時代はタレントも揃い、優雅に勝利を重ねていたので本当にエンタメしているのだ。デニス老公会の皆さんが
「あの時代よもう一度!」
と言いたい気持ちも今なら分からないでもない。
「ほい、セット……と」
魔法円盤を再生装置に挿入し、枕を椅子にセットして灯りを消して視聴を開始する。予備室にあるのはあまり大きくないモニターだけで、それから漏れる光が部屋全体を照らす。日の光が届かない深海で、チョウチンアンコウのアンテナが放つ光に吸い寄せられる獲物の気持ちが少し分かる気がする。
そんな海の底の様な雰囲気の中、俺が寝落ちしてしまうのに長い時間はかからなかった……。
少しだけ恐れていた襲撃はシャマーさんからもムルトさんからも無く、俺は無事に朝を迎えた。いや、無事どころかこれほど深く朝までぐっすり眠れたのは久しぶりだ。
俺は気分よく食堂へ向かい、朝食用に果物や軽食を拾って窓辺のテーブルの腰を落ち着けた。
「ショーキチ殿! おはようございます!」
果物を一つ齧ったところでナリンさんが食堂へ現れ、俺を見つけて歩み寄ってきた。
「おはようございます。ニャンダフルでは逃げる形になって……」
「いえいえ。最終的にはセンシャも盛り上がって、選手達も深くは考えてないようであります」
まだ朝早いクラブハウスは人影もまばらで、二日目のオフとあって選手も殆どいない。だが俺達は念のため日本語でそんなやりとりをした。
「メモは見て頂けたでありますか?」
「はい。ご実家でゆっくりできると良いですね」
俺は方向が合っているかは分からないが、窓の外を見て遠方を思う。昨日、監督室で仕事をした際に受け取ったメモには
『ニャイアーコーチは実家に寄るので帰りが少し遅れる』
との旨が書いてあったのだ。
ウチのスタッフは多種族多国籍で、地元を離れて仕事をしている単身者も多い。異国暮らしは何かとストレスも多いだろうと、俺は全員が三ヶ月に一度は帰郷する事を認めその旅費もクラブが負担する事にしていた。
従業員満足度が上がれば顧客満足度も上がる、というのが俺の信念だ。スタッフが幸せに仕事をすれば選手も幸せだろうし、選手が幸せに過ごせば試合で良い結果が出てファンも喜ぶ。俺はその良いサイクルを確立したいのである。
もっともコーチ陣はじめ遠征に帯同する対象者についてはアウェイの試合にタイミングを合わせて、という形が多いけどね。その場合でも帰郷費用は規定通り出している。なんかそういうところで吝なところを見せられると不満になるじゃん?
「ニャイアーは『すぐ帰るから!』と言っていたでありますが」
ナリンさんはそう言って笑った。あのフェリダエ族はナリンさんにご執心で、この美貌のエルフを猫かわいがりし常に一緒にいたがる。自分の方が猫の癖にね!
「本当に早く帰って来てくれたらスケジュールを変更しないといけませんね」
「そう、それでありますが……」
そう言ってナリンさんは資料を取り出した。今週はかなり変則的な日程になる。俺はさっと気持ちを切り替え、改めて確認を始めた。
今回はセンシャの為にオフが二日あり、マンデーナイト開催の為に試合が一日後ろへずれる。その結果、試合までの五日間の予定は以下の通りとなる。
まず明日水曜日が試合明けのコンディション調整の日。と言っても休養はとれているので、遠征に行ったメンバーとクラブハウスに残っていたメンバーとのテンションを合わせるのと、次の日に備えるのがメインだ。
木曜日は前の試合の振り返り日だが、ここは運動能力測定日とする。シーズン前にも行っているが、ここらで一度、フィジカルトレーニングの結果やここまでの疲れがどれほどか大々的に計測するのだ。良い感じに上がっていれば、その数字が自信となってドワーフ戦に良い影響を与えるだろう。
金曜日は全体練習。フェリダエ戦ではややイレギュラーな戦い方をしたので、改めてゾーンプレスの確認を行う。
土曜日はドワーフ戦への対策とセットプレイ。幸い学校が休みなのでレイさんとポリンさんが朝から参加できる。
日曜日はスタジアムでの前日公開練習だ。今回は特別に全てのトレーニングを公開するつもりだ。何故なら練習後は例のトークショーがスタジアムで行われるのである。ならばお客さんを最初から入れて、そのまま座席にいて貰えば良いのではないか? と思ったのだ。
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