相馬さんは今日も竹刀を振る 

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女子個人戦3

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阿部さんの相手を見て驚いた。
とんでもない肥満さんだ。
いや、向こうの控えに姿は見えてはいたんだよ。姿は。
のっぽとでぶっちょが。

正座して待っているし、試合場の向こうだから背が高いのはわかっていたけど、プロバスケットボールの選手かWWEのプロレスラーかと見間違う人だとは思わなかったくらい凸凹コンビ。
アメリカの古い喜劇役者にいそうなコンビ。

そのでぶっちょさん。単純な腕力勝負なら、対戦する阿部さんどころか機動隊の類人猿ウッホウッホウッホッホでもあやしいかもしれない。 
後藤警部補も(未だに名前を知らない)隊長さんも180センチオーバーだけど、さすがにウェイトに差があり過ぎるか。

で、ですよ。
次の阿部さんに当たる方は

「全英チャンプだそうです。」

あ、弓岡さんが悪巧みの思考から帰って来た。
僕が奪っていた対戦表を奪い返してチェックしてる。

「身長185センチ、体重140キロですか。内臓疾患を抱えていそうですね。」
「県警では採らないタイプですか?」
「さすがにアレはねぇ。まともな生活を送っていないと思いますし。」

酷い言われ方だなぁ。
まぁ、白人特有のって言っていいのかな、日本ではあまり見ないタイプの体型だ。
鏡餅というか。
マツコデラックスに肉襦袢を着せたみたいな。

「ハジメ!」
「ドリャァ」
「ヤァ!」

阿部さんは田中さんと違って、僕に特に話しかけては来なかった。
先ずは相手の力量を測るつもりかな?
普段は真面目担当田中さんに対する巫山戯担当だけの阿部さんだけど。

実は根はどこまでも生真面目で不器用な女の子だと、僕は知っている。
田中さんがもっと不器用な事が目立たないように普段は道化ていると知っている。

「あの子には策を授けないんか?」

あまりに普通に当たりに行ったので、祖父がヒョイと口を出して来た。

「阿部さんはコッチに来てから、剣道の話はしませんでした。彼女の事だから多分、何か考えがあってのは事だと思います。」
「そうなのか?愉快な姉ちゃんではあるけどよ。」
「ええ。」

そして、負けず嫌いな女の子な事もね。
対婦警戦で田中さんは引き分けたけど、阿部さんは負けた。
腕前的には田中さんの方が確かに上だし、それは試合結果でも出ている。
田中さんは常に阿部さんを破って日本一になって来た。
だからといって、阿部さんは田中さんに負けることを一度たりとてヨシとは思っていない。

それは、僕と瑞穂くんだけに洩らしている本音だ。
田中さんが勝ったなら自分も勝ちたい。

「けどよ。鍔迫り合いで負けてるぞ。」
「まぁねぇ。体重イコール力だし。」

でも、僕は既に彼女に教えている。

「やぁ!」

身体を軽く相手の正中線からずらして体重を抜けば、簡単に身体のバランスを崩してくれる事を。

つまり、竹刀の剣先を相手の竹刀で滑らせれば、バランスを崩した相手は体勢を立て直さねばならないのだけど。
阿部さんが滑らせている竹刀が邪魔で、直ぐには立て直せない。

それだけで十分。
そのまま竹刀を伸ばしていけば。

「小手ぇぇぇぇ!」
「コテイッポン!アカ!」


「ほう。」
「ほう。」

県警の元・警視監と現・警視正が感嘆の声をたてた。

「アイツ、あんなに上手かったか?」

後藤さんにまた絡まれたけど、まぁ今更だ。
阿部さんは水野さんと瑞穂くんの顔を見て、更に気合いを入れる。

「彼女は、彼女達は僕らみたいに先の先を読むなんて事出来ませんけどね。でも2人とも大学選手権の優勝者と準優勝者ですから。基本的な腕前は相当なものですよ。それに我が家に出入りしている名人・達人とずっと手合わせをして来ているんです。貴方の奥様がやたらと強くなられたように、ウチの女子大生達も無闇に強くなっている…みたいですね。」

今の阿部さんは、僕らのような妖術?を使っていない、真っ当な競技者としての剣士だ。

「惜しいな。アレは一度弾ければ一気に伸びるぞ。」
「既に本人達にも大学側にもお誘いは掛けてますよ。無駄強いはしませんが、まぁじっくり攻め落とします。」

元・警視監と現・警視正が悪い顔してるけど見ないふり。
僕は前に問うてるもん。


「僕はこの先、剣道で食べて行く気はないよ。親に倣って普通の公務員になりたいし、そうなったら道場(道場なのかな、アレ)を閉めるだろう。君達は大学卒業後はどうするんだい?」
って。

田中さんは考え込んだし、阿部さんは「お嫁さん!」って間髪入れず答えたもん。
阿部さんは、自分の剣道における限界点は知りたいみたいだけど、剣道はあくまでも自身が社会人としてのし上がっていく武器、指針でしか無いんだろう。
だからこそ、逆に中途半端な事はしたくない。

「ニホンメ!ハジメ!」

正々堂々。
例え性差があっても、例え体格が2倍違っても。
竹刀という武器が有れば互角の戦いが挑める。
俗に言う「剣道2倍論」或いは「剣道3倍段」って奴だ。
相手も竹刀を持っていた時は当て嵌まら無いってか?
そんな事はない。

女性にしか使えない、女性なりの剣があるから。
矢鱈滅多ら強い女性が揃っている我が家、我が流派で鍛えられているから。
ついでに男性は化け物しかいない中で、おそらくは1番弱い彼女が上手く立ち回って来た、来れた理由があるから。

「えい!」

再び2人は鍔迫り合いを始める。
ただし、今度は太っちょさんが力を抜き気味だ。
阿部さんの腕の緊張感でわかる。
1本目で上手い事阿部さんに操られた事に後悔があるのだろうか。
太っちょさん(そう言えば名前わからないや。名前呼ばれた時、僕は何してたっけ?)としては、相手が(彼目線では)小さな女の子だし、力任せに行こうとして良い様にやられたって意識もあるのだろう。

けど。

女の子に対して全力を出してない事こそ、阿部さん最大の付け入る隙だったりする。

★  ★  ★

「ねぇ師匠ぉ。何か全然勝てないんですけど。」
「なんだい?相談ことかな?」




あの、婦警だらけの大合宿大会の真っ最中、僕は、お婆ちゃんお母さん連合に台所から追い出され、婦警組合から稽古を求められるので逃げ出して、あと現役警察官達が20歳未満の僕に飲酒を勧めてくるので、一応謄本上では家主になっている僕が隠れていた場所。

それは敷地外に新しく作ったガレージだった。

祖父が無駄に豪華にした我が家は、ガレージにすらエアコンとサーキュレーターがついているので、普通なら汗だくになる車庫の中も快適だ。
快適過ぎて、祖父が何やら持ち込んだプロ仕様のボール盤を父が楽しそうにいじっている。

あれれ、45リットルくらいの直方体冷蔵庫まで置いてあるよ。

「……この冷蔵庫、新品じゃないの。」
「Amazonで一万もしなかったぞ。」
「何で父さんがあまり来ない息子の家の電化製品を買ってるのよ?」
「親父が思ったより金かけてるみたいじゃないか。ここまで車でせいぜい1時間だし、もっと遊びに来ようかなってな。母さんもよく来るんだろ?」

母は自宅の家庭菜園じゃ飽き足らず、ほぼ毎週やって来ては無駄に広い我が庭で汗だくになって鍬を振っている。

それは育てる事に重点を置いているので、なった野菜は僕や瑞穂くんのおかずになったり、アナグマくんのご飯になったりする。
(本人は持って帰るのが荷物になるからと、まさに地産地消、の割には狭いけど、それで満足みたいだ)

そのアナグマくんは、外で結局一番涼しい場所がここだとわかったので、丸いペットペットの中で大の字になって寝ている。
僕が居ようと父が居ようと起きやしない。

「こいつ、これで野生動物か?母さんが育てたミニトマトを貰って食わしたら、なんの警戒もしないで、俺の手から食ったぞ。」
「母屋のオカメインコや亀を見てくださいよ。あの仔達は店から買ったその日から、池で捕まえたその日から、あのまんまの甘えん坊でしたよ。」
「…ウチの馬鹿犬にも見習わせたいな。そういや、そのチビはどこ行った?」
「玄関の土間で寝てました。」

そんな、実家ではまずしない父と息子の気の抜けた会話をしていたところに阿部さんがやって来たのだ。
(父との距離が縮まったのは、僕の大学合格と無理矢理な独立からだ)


「今、道場で乱取り稽古してるんだけど、急に勝てなくなっちゃった。」
「今残っている婦警さんはみんな国体選手候補だよ。単純にみんな強いでしょ。」
「でも、昨日まではもう少し通用したんだよ。なんで急に敵わなくなったかなぁ。」


そうなんだよね。
社会人の国体候補選手に大学生が通用しているんだよね。
段にして、1~2段は高い選手の相手と互角に戦えていたんだから大したものだ。

「あぁ、だとしたら癖を見破られたかな。警察側で情報を共有してんだろう。」
「癖?私にそんなものあるの?」
「あるよ。」

わかりにくいけどね。
ただ上の方の人間なら、何回か試合をすれば見破れるだろう。

でもガレージは車で埋まっているので、外に出ないと。
あぁ、あちぃ。

………

ガレージの隅に立て掛けてあった緑色の植物用支柱を片手に炎天下に出て構えた。

「これ、竹刀の代わりね。暑いからさっさと終わらそう。」
「え?え?え?」
「稽古つけてあげるから。そのまんまかかって来なさい。」
「あの、防具は?」
「いつもの事だよ。」
「…師匠も大師匠に毒されてない?」


わかっている。
でも、これが1番手っ取り早いんだ。

★  ★  ★

鍔迫り合いを始めた時、阿部さんは右脇が上がる。
左脇が閉まっている分、右が流されやすいからだ。
これは単純に筋力の差だ。

マッチョではないものの、業務として鍛え上げられた婦警さんとは筋力も腕力も阿部さんは負ける。

田中さんの脇が空かない事は、本人曰く
「百姓の娘だから、自然とね。今でも時々帰って手伝っているし。」
だ、そうで。
体幹や筋力に優れているのは「育ち」だからとも言える。

筋力・体幹に劣る阿部さんが取るべき方法。
それは、逆に脇を開けちまえ。
つまり、上段の構えだ。
そして右手を起点に、いやいっそ右手だけで相手の左小手を打ってみろ。

「阿部さんの欠点は、筋力不足です。今すぐ筋量増加は難しいし、お嫁さん志望なら筋肉を付ける気もないでしょ。だったら、この手です。阿部さんは中段からの攻撃は見ている限り出来ているし、だから大会でも勝てるんでしょうし。だから、とりあえず上段からの右手片手で小手。これを狙いましょ。」

阿部さんがいつ、どこまで剣道を続ける気なのかわからないけど。
これはこれ。
次の階段を登る手立てにはなるだろう。
幸い、僕や彼女の周りには偉い剣道の先生がたくさんいるから、真摯に教われば良い。
まともな剣道を知らない僕にとっては、弟子に教えられるほんの少しの事だ。





「小手ぇぇぇぇ!」
「コテアリ!アカ!」


あれから今日まで1週間も経っていないけど、彼女は上段からの片手小手を身につけている。

阿部さんもまた、ヨーロッパ男子の強豪にストレート勝ちしたのでありました。
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