相馬さんは今日も竹刀を振る 

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バレンシアへ

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「嫌じゃ、知らん知らん。」

スペイン王家主催(またか)の晩餐会を、参加した剣士全員でこなした翌朝。
やっとこさっとこ、マドリードでのスケジュールを消化した僕達ですが。

あ、なんかスペインの方とか、ヨーロッパの方とか、やたらガチガチになってましたが、まるっきり独自の皇室体系を持つ日本人の僕らには、ブルボン家だのハクスプルグ家だのに必要以上のリスペクトなんか出来なかったので、普通に礼を正して、普通に食事をいただきました。
…王家の前での食事も、もう3回目だし。

で、です。

なんか祖父がスペインのなんか政府筋の人っぽいスーツの人っぽいぽいぽい、なんかそんな感じの人にタダ捏ねてます。
日本語で。
王宮の前で(また僕らは王宮に宿泊させられたんだよ)。
スペイン語(どころか数ヶ国語)話せる祖父が、スペイン語をきちんと聞き取った上で、日本語で対応しているんだから、あれ結構腹を立てているんじゃないかな。
罵詈雑言が出てこない分、まだマシだけど。

今日はこれからバレンシアに行くんですから、早くしないと飛行機出ちゃいますよ?
チャーター便じゃなく、普通の定期便を予約しているんでしょ?



「どうもですね、警視監は受勲を国王陛下から打診されてましてね。」

弓岡さんが解説してくれました。
昨日の大使や外相との打ち合わせはそれでしたか。

「へぇ。さすがはじいちゃん。」
「それがですねぇ。受勲って事は、この国においては金羊毛勲章を意味しまして。」
「げ」

それって上皇陛下が昔、所属していた名誉騎士団に入れって事?
そりゃじいちゃんは、上は警視総監しかいないって、警察官としては相当の出世をしたけど、剣士としても相当の腕前だけど。
そんな地位と待遇になれ、と?
まさか中森日本大使まで?

「いや、さすがにそれは政治的配慮がかなり必要になりますから、日本側の関係者は大使も本人も、あと失礼ながら私も全員お断りしたんですが、スペイン王家側が"相馬一族"と誼を結びたいとおっしゃってまして。」
「弓岡さん?ちょっと待ってください。」

相馬一族って言った?
相馬一族って、僕も入るの?
瑞穂くんも?
いや、弓岡さん。後藤警部補の言種だと貴方も入りますよ?


「だから、面倒ごとからは全力で逃げますよ。駆け足よおぉい!」
「軍隊ですか?」
「警察組織も似たような物です。内務省管轄ですし。」
「いや、帝国軍は内閣から外れた天皇直属の組織だったような…。」
「憲兵なんて存在が幅を利かせ出したあたりから、警察の独立性なんか無くなりました。」 
「……川路利良が聞いたら、怒り出すでしょうね。」
「明治の元勲がみんな死んでしまったから、戦前の日本はああなったんです。」

弓岡さんと歴史談義しているのは楽しいけど、それでも祖父の弟子だし。
みんなキャスター付きのトランクを引きずっているので、朝から走らされたら溜まったものじゃない。一生懸命話を逸らしてみました。

まぁ、さすがにそんな非礼な事はせずに、みなさんに何やかんやとお茶を濁して空港に向かいます。

…スペイン政府が回したリムジンも使わず地下鉄で空港に向かいますよ。
祖父がそう指示したので。
人の親切は素直に受ける人なのに、あれは結構怒ってるね。

内務省の方々が慌てて追いかけて来ますが、知らん顔して改札を通ります。
ここら辺は警察の連携と言いますか、後藤さん夫妻と隊長が先に乗車券を買ってくれていたので、さっさと逃げます。
さっさ。
ちょうど地下鉄が来たので乗ります。
内務省の方々が改札であれこれやっている間に逃走に成功ですな。
…どうせ空港で待っているだろうけど。

「朝からなんなの?」

地下鉄に乗り込んだものの、ラッシュというほどでは無いにせよ座れません。
早瀬さんがフーフー言いながら(この人だけバックが2つある)、僕に聞いて来ますが、僕だってわからないよ。

とりあえず弓岡さんから教えてもらった概要を伝えると、助教は心底呆れかえった様だ。

「阿部さん達に悪さをしたせいで、どこまでバチが当たるんだろう。」
「早瀬ちゃん。相馬くんが我が校にいる限り、いつかはこうなったよ。」

一ノ瀬先輩、それは酷い。
って言うか、阿部!田中!
君達もうんうん頷くなぁ。

「ウンウン」
「瑞穂くんはわかって頷いているのかな?」
「ナニガ?」
…この娘だけは平和だ。



さて、残念ながら空港に近づけば近づく程地下鉄は混雑してくるのですが。
車両の端っこにいる僕らは、女性陣を中に入れて、ゴリラ2頭と化け物爺いとカミソリみたいなおじさんとぽやぽやした大学生が囲んでいるので、なんか海外名物の荒くれ者が近寄らないばかりか現地の女学生さんが、むしろ虫除けに固まって来たので。

男共は、蒸し返す様な(外国人特有の体臭とか)女性の匂いにウンザリして、そろそろ気分が悪くなって来た頃、マドリード・バラバス空港に到着しました。


ら、駅のコンコースにグアルディア・シビルと呼ばれる、さっき話しに出てきた憲兵さんが出迎えてくれました。

あぁ、スペインの市民さん達が逃げていく。

そりゃぁねぇ。
なんか知らないけど歳も性別もごちゃ混ぜな東洋人の集団を、捧げ銃で出迎えている軍人だもんね。

あぁ、祖父の顔が歪んでいくぅ。

★  ★  ★

政治的なことは、政治的地位と権限がある警視正と元・警視監にお任せして、僕らはさっさと搭乗手続き……。

「オニモツ、オモチシマス」
「ドリンクハ、イカガデスカ?」
「オカシ、アリマスヨ」

あのぅ。
僕らの乗る便は、エコノミーですよね。
バレンシアまで1時間やそこらだし、一応スペインのご招待を受けたマドリードと違ってバレンシアは完全なる私用だから、余計な金使わないって事ですよね。

大体、最初の計画だとレンタカーで行こうって事になってたし。
なんか参加人数がやたら増えたから公共交通機関を使おう、ちゃっちゃと飛行機で行って、空いた時間で遊ぼう(僕らは瑞穂くんちにお邪魔)って事ですよね。

なんでCAさんが僕らに群がってんの?

「どうもなぁ。警視監を怒らせたんで、スペイン側がビク付いているんだよ。」

後藤さんが種明かししてくれましたけど。

「あの、ウチのじいちゃん、現役時代はそりゃ偉かったんでしょうけど。今はご隠居さんですよ?ぶっちゃけ、県警にだって権限残してないでしょ?」
「だけどなぁ、影響力はあるんだよ。」

あ、隊長さんも頷いてる。
貴方、空港機動隊で1番偉い人ですよね?

「一応、警視って事になってる。」
「しかも隊長は警察庁出向だ。ある意味じゃあ、県警所属の弓岡警視正より偉い。」
「ある意味な。」

…なんだよ僕ら。
警察組は水野さんが退職したから、警部補の後藤さんが1番下っ端という、ずいぶん頭デッカチな人員なんだな。

それはともかく。

「じいちゃんが臍を曲げたら、なんでCAさんが日本語喋り出すんだろ。」
「そりゃぁなぁ。相馬一族はスペイン王家のVIPになっちまったからな。内務省の裏はかくわ、安い便で移動するわ。かと言って今更便や座席の変更も効かねぇだろうし、余計な事したら、尚更怒り出しそうだし。エコノミーの予算で出来るだけのサービスするしかないと考えたんだろ。」
「後藤さん。僕はなんだか精神的にげっそりです。」
「警視監の世話している俺にはよくある事だ。」
「なんかもう。ごめんなさい。」
「言うな。相馬に関わった俺たちが悪い。大体、麗香の奴が1番どっぷり沼に浸かっている。」

沼、ですか。

1番似合っているかもしれない。

「相馬沼」
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