相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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まだまだ

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遠征直前合宿は、まだ続きます。

現在我が家には、後藤警部補に弓岡警視正、更には空港機動隊隊長まで。
県警現役の剣道強者が、一日中道場に詰めているのでいるので(あと、祖父も)、婦警さんが入れ替わり立ち替わりやって来て、へとへとになるまで絞られて帰って行ってます。


さすがにミニパトでは来ないけど、婦警さん達が乗合でやって来た自家用車は我が家のガレージには収まり切らず、良玄寺の駐車場も埋まり、終いには家の周りの空き地(僕ん家だから良いけどさ)に溢れ出す始末。
和尚さんすみません。
…そのご住職は、池の魚達を可愛がっているけど。

だからさぁ。
うちは道場とは名ばかりの古い公民館を移築したものだから、一度にそんなに来られても竹刀すら振れないでしょ。


「大丈夫だ。屋敷の中で準備体操して庭を2周ランニング、その後道場でいきなり試合しとるから。」
と、祖父。
「どこが大丈夫なのか、さっぱりわかりませんが?」
「警察官を舐めちゃいかんぞ。彼女達は単純な体力なら、居間で婦警共が持って来た差し入れを貪り食べている瑞穂達より上だ。」

とは、給水に出て来た祖父のお言葉。
あまりに沢山の人が来たせいで、道場の冷蔵庫に冷えているミネラルウォーターじゃ間に合わず、母屋の台所も水で溢れている。
祖父的には、そちらの方が落ち着くみたいで、一休みする時には道場からわざわざ移動して来ていた。

「僕の価値観がすっかり狂っているのは認めますが、せっかくの非番時間なのに、こんな片田舎のニセモノ道場に押し掛けますかね。皆さん。」
「そりゃお前、後藤も弓岡も全警大の優勝経験者だし、お前や瑞穂を加えれば今やここは剣道の梁山泊だ。国体も再来月だしな。婦警連中からすれば''自分がこの先手合わせ出来ない名人・達人''がゴロゴロいる訳だ。…そんな噂が立ち昇ってなぁ。伝を辿って辿って、全県から集まって来てる。」
「…なんで婦警ばかりなんですかね。男性警官は来ないんですか。」

来ても困るけど。
カミソリみたいな弓岡さんは別として、僕の知っている警察官はスーパー類人猿みたいな筋肉お化けばかりだ。
そんなのに集まられたら、うわぁ想像するだけで汗が出て来る。暑苦しい。

「奴ら、そんなに暇じゃなかろう。」
「婦警さんは暇なんですか?」
「警視正に機動隊員だぞ?お前なら進んで稽古に行きたがるか?」
「…警察がそれで良いのかなぁ。」
「隊長が、俺らから1本も取れなかったら空港3周の罰走って言ってたせいかな。」

僕はやはり、警察以外の公務員を目指そう。

………


「で、お前は何やってんだ?部屋に篭りっぱなしで。」
「レポートですよ。今は夏休みですけど、科目によっては宿題みたいなレポート提出があるんです。」
「学生みたいだな。」
「僕は大学生です!」

この時間、お昼が終わってお腹がそろそろ落ち着いて来た午後1時も長針が降り出した時間。

居間では、瑞穂くんと大学関係者が日がな一日何かを食べている。
早瀬さんは、そこに混じってていいんですかね?

台所じゃ奥様達から
「そろそろ洗濯物を仕舞おうかしらね。」
「この家良いわね。日当たり良くて風通し良くて。そりゃ乾燥機あっても使わないわ。」
「お布団ふかふかよね。」
なんて声が聞こえている。


「お前も少しは道場に顔出せよ。」
「もはや顔を見た事ない人が大半ですし、迂闊にこの部屋を出るとですね。」
「下着姿の婦警がウロチョロして、目のやり場に困るか?」
「当たり前です。たしかにこの家は和室しかありませんし、この家ならアップする場所はいくらでもありますけどね。そこらで着替えて、下手をすると下着姿でストレッチしてますから。」

襖を開けたら、下着姿で、しかもこっちを向いて開脚前屈してやがる。
足の付け根まで丸見えのご開帳スタイルだ。
しかも僕の顔を見て、ニコニコと言うか、ニヤニヤと言うか、いたずらに笑ってるし。
それも割とお美人さんが。
普通なら、悲鳴を上げてビンタの1つも入れる場面じゃね?
漫画なら。

「あいつらは一向に気にしてないぞ。たかだか18歳の若僧なんか相手にしとらんし、むしろ揶揄っているかもしれん。警察の男社会で生きるって事は、そう言う事だ。」

なんだろう。
ファッションショーで、モデルさんが男性スタッフの前で、平気で全裸になる的な?

「せっかくだから希望者を募って良いか?婦警を撫で切りにしまくっている瑞穂の師匠筋で、俺に勝てる大学生って有名なんだよ。お前の指導を受けて強くなった婦警も何人か居るしな。」
「……あと1時間くらいでレポートをまとめられそうですから、その後で良ければ。」

と言うわけで4時過ぎ、まだ残っていた婦警さん達を、瑞穂くんと一緒にボコボコにして差し上げました。 
我が家に2度と来ない様に。
あ、ついでに弓岡警視正もボコりました。
正統派王道剣道の日本有数の剣士な弓岡警視正ですが、邪道ガチャ押し「剣術」の相馬一族にとっては恰好の獲物なので。

★  ★  ★

「ねぇ、師匠。」

床に転がる大量のカエルから、一匹のカエルがゲコゲコ話かけて来た。
みんな面を被って転がっているから誰かわからないけど、声からすると田中さんらしい。

「なんですか?」

ひい、ふう、みい。
弓岡さんを含めて7人を(面も被らず)秒で倒したので汗もかいてません。

「師匠も瑞穂ちゃんも、なんか強くなってませんか?私達、もう少し通用してたと思ってたのになぁ。」
「そうかい?自覚はないなぁ。」
「それは師匠も強くなっているからですよ。弓岡警視正さんとの試合。師匠の竹刀が見えなかったもん。瑞穂ちゃんなんか知らないうちに面を取られた。何アレ?」
「あぁ。」

そうか。
それは瑞穂くんのレベルが上がったで間違いないな。

「瑞穂くんの高速剣法は、僕や祖父から見ると対処し易いんだよ。動きが早いから、切返しに弱い。左手を軸に動くとわかったら僕らは右に動く。それだけで瑞穂くんの剣は殺せる。筋肉の動きと逆に動けば瑞穂くんはバランスを崩すから。」
「そんな事が出来るのは師匠達だけですよお。」
「まぁ、剣道と言うよりは柔道の領域だね。…それか合気道かな。幸い、瑞穂くんの側には柔道の段持ちも合気道の段持ちもいる。その先生たちに習ったんだな。」
「先生?」
「後藤さんご夫妻だよ。警部補は警備部にいるし、奥さんは3月まで婦警だった。」
「そっか。お2人から習ったんだって何を?」
「体幹の鍛え方だな。瑞穂くんは女性にしては身長が高い。その分重心も高めだし、本人は足が太くなる事を気にして下半身を鍛える気はさらさら無いんだ。」
「あら、女の子。」
「後藤さん曰く、婦警には婦警の身体があって、別にムキムキマッチョにも、アジャコングにもならないんだって。でも筋肉をつける事が嫌だと。」
「そうよね。お婿さんが目の前にいるのにマッチョウーマンは恥ずかしいわよねぇ。」
「それは君の将来にブーメランにならないか?」
「うっ。」

田中さんは、胴の上から心臓を押さえる愉快なポーズで、そのまま転がった。
この人、こんな剽軽な人だっけ?

「まぁ、後藤さん夫妻はまだ泊まって行くみたいだから、今晩にでも稽古を頼んでみよう。面白いものが見れるかもよ。」
「…お願いします。」

その前に、このカエルの大群をかたさないと。
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