相馬さんは今日も竹刀を振る 

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次鋒戦

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田中さんは、この福島巡査には苦手意識がある(あった)らしい。
後藤さん曰く、どれだけ学生で結果を残しても、社会人を1年でも経験すると全く違うらしいし。

「師匠。多分福島さんて、警察道場じゃ私と1番仲の良い人です。高卒で採用試験に受かって2年目だって言ってたから私達より1コ上な人ですけど、物凄い大人の人なんですよ。普段はニコニコ笑って優しいのに剣道で立ち合うと別人なんです。」

………

警察道場でどんな風に過ごしているのか、つい先日何気なく聞いたことがある。
僕にとっては地獄だったし、今でも地獄な事には変わりない。

この間、いきなり大学から連行されて、確か都築さんの指導を請負わされた後もエライ目にあったもん。
あの流れから、弓岡警視正がスペインに来る事になったし。


「後藤警部補が怖くて、師匠の家には来たくないそうです。」
「後藤さんって、乱雑に見えるけど優しいと思うけどなぁ。」

なんで僕が、後藤さんを庇っているんだろう。

「ほら、口調がべらんめぇ調で声が大きいじゃないですか。お父さんに叱られているみたいで、ビクって縮こまっちゃうそうですよ。」

後藤さん、お父さんって言えばお父さんだなぁ。
確かに。

「3~4年指導を受けて慣れて来ると、ゴリラって言い出すみたいですけど。」
「て言うかさ、後藤さん忙しすぎない?機動隊員しながら、後輩の指導もして、祖父の話では人事の仕事もしているらしいよ。」
「大師匠の運転手もして、奥様の送り迎えもしてますしね。」
「君達がいる時は、送ってあげれば良いのに。」
「うふふ。新婚さんの大切な時間を邪魔しませんよ。」

僕ん家でぶつぶつ言いながら、僕ん家のご飯を食べて、「明日も早ぇのになぁ」とか言いながら仲良く帰って行く姿は、新婚さんの大切な時間だったのか。

繰り返すけど、人ん家で。

………

「大きいんです。」
「はい?」
「身長的には私の同じくらい、むしろ私の方が少し高いと思うんですけど。いざ前に立つと威圧感が凄くて。」
「ふむ。」

「勝てる様になるには、どうしたらいいのかわからないです。」
「無理じゃね。」

一言で否定したった。

「そんなぁ。師匠、見捨てないでぇ。」

よよよよっと泣きながら(金色夜叉かよ)縋り付いて来たので、瑞穂くんが力任せに剥ぎ取ってくれた。

「これワタシの!」

…余計な事言いながら。
あと、瑞穂くんは僕と身長差が殆ど無いので、普通の女の子な身長の田中さんは首根っこを摘まれて猫みたい。


さて、僕が教えられる事と言えば。
何があるかな。
あ、アレを使ってみよう。

「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」

女の子を引っ叩くわけにもいかないので、猫状態でニャアニャアふざけ始めた田中さんをデコピンした。

「師匠!女の子にデコピンは酷い!」

瑞穂くんにぶらぶら吊されながら、田中さんが涙目で抗議して来た。
というか、女の子1人を片手でぶら下げてる瑞穂くんは何者なんだよ。


「因みに今のは、歳をとって引退が噂されていたアントニオ猪木が、試合の直前に引退について質問したアナウンサーをぶん殴った時に言ったセリフだよ。」

「知らんがな。というか女子にプロレスのエピソードトークされても困るわ!」
「反対側の控室では、橋本ってレスラーが、時は来た!ただそれだけだ!ってカッコつけて、後に大晦日に山崎邦正をぶん殴ぐる事でお馴染みの蝶野が後ろで吹きだしてる。」
「だぁかぁらぁ。知らんがなぁ。」
 
普段は真面目な田中さんの口調が乱れまくってますが、僕がふざけ出すと彼女達は切り替えて合わせてくれるのです。

あ、あとこのやりとり。
瑞穂くんは知ってます。
日本文化を学ぶ為に、割と無軌道にDVDや配信を見まくっているそうです。
…僕が学校に行っている間、寂しがっていたらどうしよう。
って僕の心配を返せ。


「その福島さんとの腕の差は?」

たまに田中さんがふざけ出すと、良いなぁって顔をしてる阿部さんに聞いてみた。

「んんと。ごぶごぶ?警察じゃ私達じゃ全く敵わない相手がたくさんいるけど、福島さんは手も足も出ない相手ってほどじゃないよ。…勝てないけど。」

勝てないんかい!
って野暮なツッコミはしないで、少しは対策を考えてみようか。

「手も足も出るなら勝てるだろ。」
「無理なのか勝てるのか、どっちなのよ!ニャア。」
「言っちゃあアレだし、陳腐だけど、精神的なものだね。その福島さんが後藤さんを苦手としていると同じだ。」

イップスみたいなものだ。
違うかもしれない。

「…なんとかなるの?」
「田中さん次第かな。田中さんの覚悟次第。大体、その福島さんに勝ってどうするの?」
「どうする?」
「そ。田中さんは何になりたいの?まぁさ。瑞穂くんは身内だけど、田中さんは変な言い方だけど他人だから。この先の扱い方のレベルが変わってくる。」
 
「それは、私を本当の弟子として扱ってくれるって事ですか?」

「違う」
とは言えないな。
だから僕の弟子になって、貴女は何者になりたいの?って事だから。
つまり、もっと深く追求しちゃうって事だから。





僕の弟子として認めるのはやぶさかでないけど、僕は別に剣道で生きていくつもりはないし、剣道場を続けて行く気もない。
僕がこの道場を閉めた時、君はどうするつもりだ?




一晩経って、彼女が出した答えは。


★  ★  ★


「ヤァ!」
「エイ!」

「相打ち!」

福島巡査と田中さんは、同時に飛び込み、的確にお互いの面を取り合っている。
その速度も竹刀の入りも力強さも、僕が側から見た限りでは全くの同着だ。

主審を務める後藤警部補は、迷いなく相打ちと判断した。
副審を務める宮沢さんも宮崎さんも、両手に持つ旗は上がる事なく、2人の前でクロスさせただけだ。

「双方、元の位置へ!始め!」

2人の気迫と気魂が道場に響く。
まさに寸時とズレる事なく、小手や胴を捉えているが、遂に旗が上がる事はなかった。


「はて、福島くんってあんなに強かったかな?」
弓岡さんが首を傾げている。
「国体選抜候補だろ。しかも後藤がここまで残したんだから、強くて当たり前じゃないんか。」
「いや、まだ若い婦警ですからねぇ。将来的に楽しみな存在ではありましたけど。」
「大学生に引き分けたがな。」
「いや、そっちの大学生も、前に私が見た時とは動きが全然違います。動きに迷いがまったくありません。」

って、僕の顔を見ないでください。
僕は大したことやって…なくは無いけど、全部田中さんの頑張りなんだってば。

あぁ、後藤さんまでこっち見て中指立ててる。
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