相馬さんは今日も竹刀を振る 

compo

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出発(護送車で)

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「光ぃ!瑞穂ちゃぁん。お義父さん!お迎えが来ましたよ。」
「はいはい。今行きます。」

母に呼ばれて、僕らは玄関に置いておいた重たいバッグを肩に掛けて外に出る。

日本での最終合宿(場所は自分ちだけど)を終わらせて、なんやかんやとパスポートだの航空券だの押し付けられた翌日。
今日はスペインに発つ日です。
今日も朝から猛暑です。
穴熊くんは、塀際の木陰で尻尾を池につけて寝てます。

「お兄様、行ってらっしゃいませ。」
「お兄様はやめなさい。」
「ちゃんと瑞穂ちゃんのご両親にご挨拶して来なさいよ。」
「お前はどの立場でモノ言ってんだよ。」
「義妹として。」
「うるさいよ。」

帰って来るまで大体1週間。
この家に実家から家族が泊まりに来るのだ。
うちにはピーちゃんとたーくんという家族が居るし、穴熊くんという居候もいる。
更には庭の池に錦鯉やガーも居るから、長期間留守することは出来ないのだけど、両親と妹と、この間、数ヶ月ぶりに会ったらすっかり僕を忘れてやがった馬鹿犬が来てくれる。

合宿中は母と祖母が(何故か)大量に出入りする女性陣を仕切ったり、その中には弓岡警視正の奥さんや、良玄寺さんとこの奥さんと娘さんがいたり。
カオス極まりない地獄(僕にとって)を切り盛りしている間に、祖父が金に任せて集めた最新家電やセ◯ム、家主すら把握し切っていない調度品を、何がどこにどれだけあってどう使うかを実践で使い熟していた。

父は父で、倉庫やガレージにある農機具や電動工具を弄る事を楽しみにしていて、

「親父、ガレージのボール盤使っていいか?」
「構わんが、何か作るんか?」
「うん、庭に棲みついているたぬきの小屋をね。ほら、昼間は暑そうにしてるから、ホームセンター行って何か買ってこようかと。」
「そういや、お前は餓鬼の頃から工作好きだったな。」

穴熊くんの小屋?
もう、あるけど?
あと、ガンプラを作る調子で作るの?
あれ、工場にあるようなプロ仕様だよ?
……器用な父の事だから、出来そうな気がする。
普通そういうのって木材で作るものだけど、金属で、なの?

「日陰に置いておけば、触るだけで涼しいだろう?ステンレスで作って、一部を池に浸けておくとかさ。」
「そうですか。」

まぁ、庭のど真ん中にある組み立てユニット式の犬小屋よりは冷たかろう。

「領収書はコッチに回しておけよ。光の家のもんなら俺が金出すから。」
「あのさ、光は俺の息子なんだけど?」
「俺の孫でもあるな。」
「祖父と父に取り合いされてもなぁ。」

そんなこんなで賑やかに僕らは送り出された。
 
「それじゃ、行くぞ。」
「待ってよ、爺ちゃん。このバス、窓に鉄格子が付いてるんだけど。」 
「護送車だからな。」
「窓から見える阿部さん達の顔が死んでるんだけど。」
「護送車だからな。」

そう。
我が家の前に止まっている深緑色の車は、犯罪者を裁判所だとか留置所に送り届ける護送車だった。

「こんなバス、見たコトナイ。」
「そりゃあねぇ。」

確か瑞穂くんと縁のある県警施設では見たことない。
やたら祖父に連れ回された僕は、あちこちで散々見たけど。

あとさ。
この家は隣の良玄寺さん以外原野と墓場しかないから良いけど、あの2人と後藤夫妻のマンションは普通の住宅街なわけで。
どこまで迎えに行ったのかは知らないけど、悪目立ちしただろうなぁ。

後、早瀬助教と一ノ瀬先輩は?
まさか大学に迎えに行ったとか?

更には普段は「そう言う人」が座る、決して座り心地の良い席ではない座席に座らされているわけで。

「…確か、ハイエースみたいな青いワゴン車があったでしょうに。」 
「ありゃ移動交番だ。何の用もない民間人を乗せられるか。」
「これと大差ないじゃないですか。」
「この車は、''民間人''も乗れる車だぞ。荷物もたくさん積める。」
「手に銀色のブレスレットを嵌めてる人ですけどね。」
「ハヤクノロウヨ。みんなマッテルヨ。」

瑞穂くんに急かされて、仕方なく護送車に乗り込んでみると…
強化ガラスで仕切られた運転席に座っているのは、弓岡警視正でした…。
貴方この県で2~3番目に偉い人でしょ。
何やってんの? 
 
ええと、現役の警察関係者は後は後藤警部補くらいか。

「変わってくれないんだよ。」

その現役警部補がバツ悪そうに教えてくれた。
ゴリラ夫妻は仲良く並んで1番前の席に座っている。

女子大生3人と、あれれ?なんか着飾っている早瀬さん(だよな?髪を下ろしているから印象違うなぁ)は、げんなりしてたり俯いてたり、あ、一ノ瀬さん寝てる。

「相馬師匠は助手席にどうぞ。」

弓岡さんにご招待されましたけど。

「待ってください。そろそろ僕の頭がおかしくなって来てますが、色々変ですよ?護送車で来るとか、民間人を助手席に乗せるとか。」
「大丈夫です。私は今日の午前中までは職務なんです。有給は午後からです。元々、この車を空港警備隊に移管する業務がありましたから、私が代役をかって出ただけです。立派な業務です業務。」
「それでも僕が助手席に座るのは、問題ないですか?」

外から丸見えですよ。

「そっちも大丈夫。公安委員会と外務省に申請認可済みです。忘れましたか?我々の行動は外務省の指示でもあるわけですよ。戦前なら内務省と外務省のダブル依頼ですね。」
「ほら、早く前に回れ。あ、一度外に出んと中からは行けないからな。」
「なんか面倒くさいバスですね。」
「乗客は悪漢ばかりだからな。運転手が襲われたら困んだろ。」

悪漢て。
まぁ乗る人の大半は悪漢だろうけど。

なるほどと言う前に蹴り出されたので、ぶつぶつ言いながら助手席の扉に取り付く。

「ヒカリ、アトデネ。」
「はいはい。」

瑞穂くんに手を振られたので、手を振り返して乗り込んだ。

「これで全員ですね。それじゃ空港まで行きます。」
「行ってらっしゃぁい。」

母と妹に見送られて、護送車は良玄寺前の急坂を降りて行った。
…一応、パイパスに抜ける細い非舗装道路はあるけど、こんなデカい車じゃ脱輪しかねないし。(つまりは事実上行き止まりの1番奥にあるのが僕ん家ってわけ)

★  ★  ★

谷の下にあるJRの駅を越えて、中途半端に開発した駅前(欅の木が並んだ駅前大通りを突き進むと、荒野になって行き止まりになる)から線路沿いに伸びる細めな県道を迷惑な大型警察車両が、同じ道を走行する一般の乗用車に無言のプレッシャーを与えている。

なんか、ごめんなさい。

そう言えば、実家は近所に陸自の駐屯地があったから、カーキ色のデカいトラックとかがよく走っているけど、あっちはまぁ戦力的には上だろうけど、捕まったユりはしないので、後ろにつけられてもなんともない。

などなど、どうでもいい事を考えて現実逃避をしていると、ドライバーさんから話しかけられた。

「どうもですね。警視監とスペイン大使とスペイン王室が何やら企んでいるみたいですよ。」
「今更、何が起ころうと、もう驚きませんけどね。」 
「師範は航空券をご覧になりましたか?」
「いいえ。昨夜渡されたばかりですし、そもそも飛行機に乗る事自体初めてですから。見方もわかりません。僕と瑞穂くんは祖父について行くつもりでしたし。」

…まさか朝っぱらから、こんな仕打ちが待っていたとは思わなかったけど。

「私はね、ヨーロッパの端までどのくらいかかるのだろうとネットで時刻表を調べてみたんです。」
「はい。」
「そうしたら、航空券に書かれた時刻の便がなかったんです。」
「…はい?」
「特別チャーター便なんです、今日乗る飛行機。」

あぁ。ダニエルさんだっけ?
スペイン大使さん。
ウチの祖父の弟子だっけ。
あぁそう言えば、外務省に連れて行かれた時も、お腹が真っ黒そうな人ばかりだったなぁ。

「ウタの祖父が、なんかすいません。」
「面白いじゃないですか。イベリア航空のファーストクラスなんか、そうそう乗れませんし、たっぷりと味わおうじゃありませんか。」

ええと?
この人も、所詮は祖父の部下なのかな?
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