瑞稀の季節

compo

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瀬戸井街道

やっとお参り大宝八幡宮

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不思議。

神社とかお寺とか、こう言うところって、空気が違うんだよね。
神域って言うの?
なんか深呼吸したくなるし、取り入れた空気が、身体中の細胞に行き渡り、それまで身体を濁していた空気が追い出される感じ。 
神社仏閣を基本的に歴史からの視点しか見ない瑞稀さんにくっついてよく行くけど、この深呼吸の気持ち良さの差に、この空間には神仏の居る居ないが分かる…気がする。

「緑が深いからね。そりゃ光合成で生まれた酸素は豊富だし、綺麗だよ。」
「こら瑞稀。私が感激してるんだから、例え正解でも事実を分析するな!」
「ごめんなさい。」

夕べあんな経験しておいて何だけど、そんな能力はまったく皆無の私が感じる不思議。

あれだけ「宝くじ宝くじ」ってガチャガチャ騒いでいた南さんも、入り口に掲げられた案内板を静かに真剣に読み込んでいる。
お姉ちゃんは、案内板自体をデジカメに納めてる。
あとでデータが読めるか、丁寧に画面をスワイプして確認してる。
それは大宝八幡宮の由来書きではなく、この地に南北朝時代に隆盛を迎えた「大宝城」の由来書き。

それによると、やはりこの地の周りは沼で囲まれており、攻めるに難く守るに易い難攻不落の城だった様だ。
ただし、南北朝の騒乱の最前線になると、物量的に対抗し得なくなり落城した、と。

地形や字名を読み解いて、その地に眠っている小さな歴史を掘り起こす。
私とお姉ちゃんは、そんな瑞稀さんのフィールドワークに付き合っている内に、その面白さにハマってしまった。

「古地図アプリを見ると、この集落の西側の田んぼは、明治時代はまんま沼になってるよ。」

慌てて3人でアプリを開いてみる。

南さんはこれがやりたくてiPhoneに機種変した人なので、時折瑞稀さんが指示すると本当に嬉しそうな、幸せそうな顔をする。
お姉ちゃんもそうだけど、元々文系頭脳労働が好きで今の仕事を選んだ人なので、瑞樹さんと言う無駄知識お化け(お馬鹿)に知的好奇心をくすぐられる事が、実は大好き。

その直前にどれだけ馬鹿騒ぎをしてようと(して酔うと)、すぐさま切り替えられる人。
そこら辺は瑞稀さんの秘書を名乗りながら追いつかない、社会人としての経験値の差なんだろう。



「大寶村」と大書きされた地図は、今私達が歩いて来た正面参道と、鳥居の手前で直角に曲がる古道がはっきり書かれている。
これは、千葉県松戸市の北小金がそうなっているね。
「紫陽花寺」で有名な本土寺の参道と旧水戸街道が分岐する辻には昔、八坂神社があって、直進して来た水戸街道がやはり直角に曲がっている。

今は常磐線の駅が出来て、更に再開発もされて久しいから、神社も移転されて、ただのよくある駅前ロータリーになってる。

瑞稀さんに教えてもらわなければ、そんな地元民しか知らない歴史、分かるわけない。
この時は瑞稀さんが北小金宿にあったと言う「徳川家の御殿跡」の現状を見に行くって突然言い出したので、デート(お姉ちゃん達が散々言って・行っているインディ28にも行ってみたい、あと流山宿の跡も)かたがた、とある日曜日に発作的に行ったのさ。

「発作的座談会か、あの本どこにしまったかな。」 
なんかぶつぶつ言ってますけど、出かけるよ。早く着替えなさい。
作務衣で電車に乗る気ですか?




本土寺と水戸街道の歴史を考えると水戸街道の方が当然整備された時代は後なので、多分、寺社の参道と街道が当たる辻は、そんな法則があるんだろう。

「面白いね。考えたこと無かったな。理沙くん、調べてみないかい?」
「ええと、後期試験やレポートにぶつからなければ。」
「まぁ、推測は付くけど。」
付くんかぁぁい。
あ、教えなくていいです。






夫婦して馬鹿なことをしていたら、アプリを覗いた南さんがある事に気が付いた。

「あれ、でも南側は干拓が始まって見えますね。」
「干拓と言うよりは新田開発だね。今でもその辺は田んぼだし、人家は更に南側の微高地まで行かないとないよ。」
「下妻市に、そこまでの開発の必要性を認めなかったんですかねぇ。」
「だって東の方、筑波山の麓までずっと田んぼだったでしょ。」
「なるほど。」

………

酒樽の積まれた随身門を潜ると、左右には小社が並び、そこら辺は神社って雰囲気だ。

「あれ?御神酒って神道だけでいいんだっけ?」
「仏教では不飲酒戒って言って、5つの戒めに入っているからね。だからこっそり呑む時は、般若湯って隠語を使う。」
「……ど腐れ坊主…。」
「高輪にかつら坂って坂があるけど、タモさん曰く品川の飯盛女、まぁ売春婦だね。そこでたっぷりいいことした坊主がかつらを脱いだから、その名がついた坂があるよ。」
「……生臭坊主…。」

あぁ、般若湯大好きの編集者チームがよそ見し出した。
これは、あの。
ガキの女特有の潔癖さって事…になりませんかねぇ。
肉食の潔癖ってなんだよって怒られそうだけど。

 
 「重軽石。」

お参りの前に1度持って、神様に願い事した後帰りにもう1度持ってみて。
軽ければ願いが叶うけど、重かったら叶わない。
そんな石(岩)が手水場の手前に置いてある。
 
「なんか聞いた事あるなぁ。」
「その手の話は日本中にあるよ。伏見稲荷の重軽石は落語にもなってる。」
「へぇ、落語ですか。」
「欲張りしても意味ないよって、どちらかと言うと講談よりの説教臭い話だけど。」
「日本昔話的な?大きな葛籠と小さな葛籠的な?」 
「そ。舌切り雀的な。裏の畑でポチが鳴く的な。」


まぁ、お姉ちゃん達は順番に持ち上げているんですけどね。
お化けの葛籠を引きやがれ。

「これで帰りが軽くなったら宝くじ当たるわよ。」 
「なるほど。楽しみですね。」
「これから宝くじ売り場を探すんだから。」

あのさぁ。
意地悪婆さんがね。
聞いてる?

「いじわるばあさんと言えば長谷川町子。何故か演じたのは青島幸男。青島ダァ。」 「いや、社長。それはなんか違う。」
「ところで僕らはこれから茨城の田舎街道を走って行くわけだけど、日曜日に開いてる宝くじ売り場ってあるのかな。」

「あ。」
「あ。」
「あ。」

女、3人して固まったぞ。

「ええと、古河の駅前とか。」
「調べてみますね!」

何という先輩・後輩の連携だろう。
たちまち日曜の18時くらいまで開いている宝くじ売り場を3箇所くらい検索していた。


「先生!」
「先生!」

あぁあぁ。
いい歳した編集者チームが瑞稀さんに合掌して、目をキラキラさせてるよ。
お姉ちゃんさぁ。
どうして瑞稀さんの前だと、そんな面白女になるの?

★  ★  ★

って後から聞いたら。

「理沙の旦那さんてさぁ。私が女として守っている「常識」とか「セオリー」とか「考え」とか。私が必死になって意識しているのに、あの人無意識のうちにひょいひょい剥ぎ取って行くんだもん。あんなん私の手に負えないから理沙にあげる。」
「要するに社長相手じゃマウント取れないと。」
「私は旦那さんとは並立の立場でいたいの。嫁に行くのではなく婿に来てもらうからね。旦那さんにはきちんと堂々といて欲しいし、逆に私が依存とか一方的なお世話とかしたくないの。…先生相手だと、そうなりそうな自分が怖いわ。」

だってさ。
あんたはウチの亭主をなんだと思っているんだよ。

★  ★  ★

拝殿の前でお賽銭をあげて、二礼二拍手一礼。
ぱんぱん。

みんな仲良く過ごせますように。
瑞稀さんと幸せな生活が送れますように。
むにゃむにゃむにゃ。


目を開けると、ガラス扉の向こう、今日は人影がない。
大きな神鏡と和太鼓が透けて見える。

で、私が当てた宝くじさんの方を見ると真剣な表情でお祈りしているわけで。
この人がこうまでしてお祈りしている事ってなんだろう。
コイツの事だから、私が真っ赤になりそうな恥ずかしい事を、顔色変えずにイケシャアシャアと言い出すに決まっているから、後で2人きりになった時に聞き出してやるか。
私が真っ赤になるほど、幸せになってニヤニヤしたいから。



「さて、そろそろお昼を考えましょう。」

参拝を終えて、いつも通り私とお姉ちゃんは、おみくじと御朱印を頂きまして。

2人とも中吉。
ええと、中吉って大吉の次だっけ?

「大吉の次が吉だよ。中吉はその下。」

わからないことは瑞稀さんに聞くのが一番手っ取り早い。

「因みに僕はこの間、鹿島神宮で引いたおみくじが平だった。」
「へ?へい?」
「鹿島神宮とは相性が悪くてねぇ。前に引いた時は凶だった。中山法華経寺でも凶だったなぁ。他でたくさん引いたけど、そこだけは相性悪いんだよ。」
「神社やお寺に相性ってあるんだ。」

「そうそう。さっき先生がそこのお土産屋さん、草団子だけは美味しいって言ってましたね。食べた事があるんですか?」
「海の家の、具の少ない味が薄いラーメンが食べたければどうぞ。僕は鸚鵡のおもちゃを買って、モコで寝てます…」

なんでも美味しく食べる人が嫌がるお店。
逆に興味あるけど、具体的な味をいくらHP連載で書くわけにもいかないので。

「あ、さっきココスがあったから、包み焼きハンバーグを食べようよ。」
「ええええ。ファミレスじゃあ領収書を稼げないじゃん。」
「先輩大丈夫です。和牛レストランが鬼怒川を超えた先にあるので。なんとか稼げます。」
「お姉ちゃん。いつの間に調べたのよ。」

ワイワイガヤガヤ。
ワイワイガヤガヤ。

「…まぁ、なんでも良いですよ。」

私達のテンションが上がると、何故瑞稀さんは下がるんだろう。

「あ、重軽石上げてくるの忘れた。」
「あ。」

知らんがな。
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