瑞稀の季節

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房総往還

社長の趣味

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モコに戻ってナビをポチポチ。
今晩の宿泊先は、1度社長とお姉ちゃんで泊まった事がある宿だった。

前回はぼやかしたけど、ここまでなんでもありな原稿なので、今更名前を出してもいいだろう。
紀伊乃国屋。
前回、寝ぼけたお姉ちゃんがおっぱい丸出しでふらふらしていた旅館です。

なんでもお姉ちゃんのグループ会社の缶詰め用の旅館なので、無理を聞いて貰っている分、たまには無理を聞くそうで。
その無理を聞かされるのは、私と瑞稀さんなんですが。


で。
自宅の車は私もお姉ちゃんも普段座るのは後部座席なので、私が触れるナビはこれだけ。
前の外付けナビは、新しい道が悉く載っていなくなってた地図の古さはともかく、精度と登録されているポイントは豊富だったので、割と使えたのです。
…瑞稀さんは地図いらないくらい、道路には精通してるし。

(1度何処からか社長が貰って来た新しい安物ナビは、登録されているポイントが少ない上に、必ず広い道を走らせる様に指示するのと、頭が悪くてリ・ルートを開始しますの嵐だったから、私がキレてお婆ちゃんナビに戻した。私も瑞稀さんも、バイパスより裏道や旧道をのんびり走って、古い街並みを楽しむのさ。)

そうそう。
三丸さんに会いに鷲宮神社(私ですら国道16号と4号で幸手までナビ無しで行けるけど)に行こうとすると、鷲宮町があった頃(いつだ?現在は久喜市と合併)のお婆ちゃんナビなので、最初は戸惑ったもんさ。

(因みに捨てた方のナビは、柏かどっかの違う鷲宮神社を表示した挙句、本家の鷲宮神社が登録されていない馬鹿ナビだったぞ。住所登録して行こうとしたら、勝手に登録ポイントを無視して、違う鷲宮神社に案内する陰険な野郎だった。捨てて良かった。)

「あれ?社長?なんか円盤入ってるよ。」
「あぁ、一昨日出かけた時に聞いていたままだね。音声を絞っていたからすっかり忘れてた。」
「…あのう。AVボタン押したら、達磨さんを積んだ大泉洋がウィリーしてんだけど。」
「せっかくDVDが見れるんだから、いつも歩いている時に聞いてる副音声を聞いてみた。」
「で、カブ?東日本?」
「うんにゃ、西日本。」
「知らんがな。」

この取材では乗車中に音楽をかける事はないからなぁ。

(後ろの2人はともかく)我が社にとっては取材なので、仕事なので、ある程度のケジメは付けているのです。

「ケジメなさいあなぁたぁ。」

なんか瑞稀さんがぶつぶつ言ってるけど、歌詞的な判断は付かないようにしちゃうからね。

★  ★  ★

「さて社長。どこから高速乗るの?」

瑞稀さんのご両親じゃないんだから、この時間に鋸山の向こうまで下道で行こうとか、やだよ。
 
「青葉の森あたりから、松ヶ丘からかなぁ。」
「社長って、本当に道知ってるよね。」

瑞稀さんに奢られて自動車免許を取って、モコを運転する様になってから、自分の行動範囲は覚えたよ。

というか、埼玉の久喜だとか、茨城の常総だとか、瑞稀さんのお手伝いで無いと絶対に行かない場所ばかりだけど。

「私は電車で行った事が無い場所って、土地勘湧かないなぁ。方向音痴じゃ無いつもりだけど、社長みたいに地図も見ないで青看板の土地名だけを頼りにずんずん行っちゃうとか、多分無理。迷子になる自信あるもん。」

威張れた事じゃないけどさぁ。

「理沙ちゃん、わかるわぁ。私も江東区民でございって顔して暮らしているけど、中身は未だに関宿民だから、都内は結局知ってる道しか知らないわ。」
「デスヨネー」

南さんが言っている事は、多少文意が滅茶苦茶だけど、よくわかる。
対する瑞稀さんは、自分の行動範囲に知らない道があると、喜んで突っ込んで行く人なので。
だからこんな「脇街道を歩く」なんて仕事に繋がって来たわけで。


だからといって、私が一緒に居る時に交差点を知らない方向に曲がるのはやめてほしい……なんて事は言わない。
それは一緒に居られる時間が増えるって事だし、今の私は外泊は平気、問題なし。
翌日の学校まで送ってくれればラブホ泊まりも大歓迎だ。

「いや、僕だってプロのドライバーじゃないから、知らない道なんか地元でもあるよ。歩いたか、見たかだよ。」
「歩いた?歩いたの?」
「うん。」

モコは千葉県庁に近づいて行く。
…千葉県民とはいえ、県庁に行く用事なんかあったっけ?

「くもじいが通った時は、森田健作が手を振っていたなぁ。」 
「アレまでチェックしてんの?」
「ブックオフの500円コーナーで見つけたからね。」 
「そうですか。」
 
まぁ、お金も収容スペースもたっぷりあるから、好きにしなさい。

「んん?京成千原線の千葉寺駅で下車して、千葉県の地名由来となった千葉寺に参拝して、青葉の森の県立博物館を見学して、千葉城の博物館を見学して、本千葉のブックオフを覗いて、千葉中央駅前にあった潰れたゲームやDVDのソフト屋覗いて、CoCo壱で飯食って、京成電車で帰った。1日仕事で20,000歩くらい歩いたよ。」
「…。」

相変わらずというか。
そりゃ、それだけ歩ってれば脳味噌に道が叩き込まれるわなぁ。

「ポイントポイントを把握しておけば、何年経とうと迷わないものだよ。お寺や公共の建物なんか10年20年じゃ変わらないだろ。」
「はぁ。」

それはアレかしらね。
地図を読める人と読めない人の差なのかしらね。

「僕の知り合いに高校野球、それも千葉県大会マニアが居て、大会開催中は県内中の球場を廻る人が居てね。」 
「アンジャッシュ渡部みたいな人?」
「うん。その人は昔からそんな事をしていたから、球場の老朽化やそもそも取り壊された球場の事も、高校野球の開催歴があるなら全部知ってるし、全部行った事があるそうだ。」
「はぁ。」

まぁ瑞稀さんの知り合いだからなぁ。
後ろに座る「瑞稀さんの知り合い」を横目でチラ見する。

「理沙?何か?」
「なぁんにも。」
「でも理沙ちゃん。プロ野球を開催した球場の跡地を歩く書籍なら何冊も出てるわよ。昭和の娯楽の王様だった映画と野球は、その舞台に思い入れを持つ人が多いから。」 
「なるほど。」 

そう言えば子供の頃、お父さんに連れられて神田の「山の上ホテル」に、池波正太郎お薦めの天ぷらを家族で食べに行った時、「日活」の直営店だったという潰れた映画館を見たなぁ。
山の上ホテルも一時期は建物がヤバかったんだっけ。

お父さんとお母さんがデートで入った事あるって言ってたっけ。

「このあたりだったら、千葉寺球場と千葉公園球場があったけど、どちらも老朽化で取り壊されたよ。今は青葉の森に一つあるだけだ。」
「へぇ。野球も下火になっているって聞いたな。」
「それでも少年野球や草野球の選手には、バックスクリーンやナイター照明のある球場で試合をするって言うのは、素人には憧れだよ。だから国府台球場みたいに全面改修したりお金をかけるとこも多い。」

あぁそう言えば、市川の運動公園ってなんかずっと工事してたね。

「昔はさ。自治体の運動公園は、野球場・陸上競技場、武道館がセットだったんだ。だから余程のど田舎でない限り野球場って言うのはどこにでもある。」
「ふむふむ。」
「で、高校野球では春や秋の大会では地区ごとのブロック予選がある。単なる公立校だと、離れた野球場に試合に行くのはお金がかかるからね。地元の球場に地元の学校が集まってブロック代表を決めて、県大会に出場するわけだ。」

ウチの大学は私学なので、中学から大学まで運動部は県大会どころか全国大会にだってよく出場する。
その予算捻出の為に、あらかじめ学費にクラファン?分が組み込まれているけど。
それでも足りない分は、選手の親がその都度出しているって言ってたな。

インターハイやインカレが遠い道府県で開催されて、いつまでも負けないで勝ち残ったりしたら、お金がジャブジャブ消えていくって言ってた。

「これはあくまでも聞いた話だよ。松戸に近年茨城県から招いた監督の元で力をつけて、甲子園の常連になった学校がある。」 
「はいはい。聞いた事あります。」
「ところが予選大会の会場になっている松戸の球場は、昭和の時代に作った軟式野球場らしい。昔は畑の真ん中に地面を掘って作った球場だから全然問題もなく、そもそもその地域に強い学校もなかったからなんの問題もなかった。」

「やがて松戸市は人口50万人を数える立派な自治体に成長したので、畑の真ん中にあった運動公園の、東側を除く西南北はぎっちり住宅が建っちゃった。」

「そんな場所で、甲子園常連校が試合をしたらどうなるか。ゴジラが空き地で打って、ドロンパもいるカミナリさんちの窓ガラスを壊しちゃう事態が連続した…って話は聞かないけど、とりあえずその球場ではライト方向に打つ事は禁止にしているとかどうとか。」 
「はぁ。あとドロンパとか知らないけど、誰か化けるんですか。どろんどろんぱ!って。」

「惜しい!」

南さんが指を鳴らしたけど、何?

………


「あと、見たとも言ってましたね。」

モコは県庁を超えて、鉄道の高架を右に南下していた。
勿論、私が初めて走る道だ。
県都の銀行や庁舎の高いビルが並んだ風景から、信号ひとつ過ぎただけで、道の両側に飲食店や眼鏡屋のチェーン店が並ぶ「いかにも」的な郊外の街道になった。

「今走っている道がそうだよ。」
「へぇ。」
「僕が仕事中に環境ビデオとして、どうでもいい映像を流しっぱなしにしてる事は見てるだろ。」 
「さっきの話の高校野球を環境ビデオにしてるけしからん話ですよね。」
「もう一個、車載前面探訪映像もね。」
「木更津のブックオフで買ってました。」
「中にはさ。鉄道じゃなく、バスの映像もあるんだ。大体館山の駅前から、横浜や新宿のバスターミナルに向かって、館山道とアクアラインを通って行くんだけど、見つけたのがね、千葉駅前から久留里街道を抜けて鴨川に、それこそ房総丘陵を縦断していくバスだ。」

「その中にはね、東京ドイツ村の入り口にバス停があったり、僕らが歩いたあの道のあの風景がある。僕は今、そのバスのルートを辿っているだけだよ。」

なるほど。 
だから見たか、か。

「あぁ、また私のアマプラお気に入りが増えるのね。」

お姉ちゃんも律儀な人だね?
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