瑞稀の季節

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房総往還

サイトーさん

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「意外と高速でも楽そうね。前のモコってもっと一生懸命に走ってたよね。」

相変わらず後ろでもっちゃもっちゃ、何かを食っちゃ飲み食っちゃ飲みしている編集長様が、初めて乗るモコが高速運転でも静かな事に感想を漏らしてる。

ご本人は、アリストなる3リットルの大排気量(660ccのモコと比べると)の車の性能を持て余している人だし、それと比べるとねぇ。

「まぁ製造から10年経ってる中古とはいえ、今時の車だからねぇ。父が若い頃にジムニーとかハイゼットとかを運転すると、時速が80キロ超えたあたりで警告音がピンコンピンコン鳴り出して、車体が細かくガタガタ振動し始めたって言ってたよ。バラバラになりそうで怖かったって。」


ジムニーって小さなジープみたいな車?
ヒロシですのヒロシが乗ってた。

あの車もエアコンは効かないし、普通車のレンタカーに乗ったら「快適!」って本音バラしちゃってたよね。
ぼっちキャンプで。


「南さんが乗っているアリストって、あの大多喜街道に行った時の車ですよね。あれだとやっぱり大きいから楽なの?」

モコしか運転した事がない私にはわからない領域なので、隣のドライバーの人に聞いてみた。
この人はあの日、二日酔いで死んでいた持ち主(達)代わって、房総半島の南端から帰りの運転も勤めていたよね。

「大きいって事は、長時間運転の肉体疲労は減るよ、確かに。ほら、小湊から上総中野に抜ける道路を通った時に、とんでもない急坂を登ったよね。覚えているかい?車が地面から剥がれそうな上下だけでなくカーブの時は左右にも傾いてる坂。」
「ええと、大雨の中、スリップしない様に運転してた時ですよね。ひと様の車だから慎重に運転させられるからヤダヤダって言ってた時。」

「あの車、ウチの父ががっつり保険に入っているから、なんならぶつけて廃車にして良かったのに。私も都内は軽で充分だし。」

結構な高級車(今は私でも知ってるレクサスが後継車だそうですよ)をお父さんに譲ってもらったのに、親不孝な娘が軽口叩いてますよ。
お父さん。
あ、お歳暮(新米50キロ)、ありがとうございました。
両家で分けて、美味しく頂いてますよ。

「って鍵をお預かりした時に言われたけどね。尚更慎重になりました。あのあと内陸に北上して行くと、道が狭く舗装もぼろぼろになって行ったし。検索した脳内地図だけでルート選びしたから大変な事になったよ。あれ、県道なのになぁ。昔は路線バスも走っていたのに。」

脳内地図だけで、初めて走るあのルートをすぐさま検索したウチの変態社長ったら何者かしら。

「でもあの坂さぁ。養老渓谷の粟又の滝みたいに、大量の雨水が凄い早さで滑り落ちる舐め滝と化したあの坂を、このモコでも前のモコでも登りたくないよ。さすがに坂の途中で止まるって事はないだろうけど。…あ、前に久留里の山の中で、スピードが落ちて登れなくなりかけた事あったな。」

ロクでもない思い出が、本当の走馬灯になりかけてましたね。
冗談でも貴方は私より先に死んじゃダメだからね。
…死んじゃう!死んじゃう!って私に言わせるのは可。
暇に任せて何書いてんだか。

「そうだね。電動サイクルとママチャリくらいの差はあるかな。軽だとやっぱりエンジンが頑張っちゃう。」
「ふぅん。」 
「どうでしょうでカブが箱根峠を越える時に、マルシン出前機を付けられたミスター機が原付じゃパワー不足で、大泉だったか髭だったかが、カブからラジコンみたいな音がしてるって言ってたろ。あんな感じ。」
「番組のひと場面を、理沙くんならわかるだろみたいに言われても困りますよ。」

だからといって、アリストやハリアーだっけ?
モコに慣れちゃったから、もう普通車も運転したくないけど。
ましてや3ナンバーなんか、絶対お断りします。
あと、ハイエースも嫌。
ごめんね。松本さん。

って書いたからって買うなよ瑞稀さん。
ダチョウの「押すなよ」パターンじゃないぞ。
いや、節税策で買ってもいいけど、運転はしないからな。
今造ってるガレージに止められるし。




「でもあれね。この車を買った時って、レジでお金を払ったの理沙なんでしょ。なんだかもう奥さんが始まってる?」
「ぶっ!」

この、お姉ちゃん野郎。
まだ微妙にくすぐったいとこを突いて来やがった。

「…まぁ。2人で買い物に出た時に、お会計をするのはしばらく前から私になったけど…。」

どうせ私達が使うお金は、最初から最後まで瑞稀さんの稼ぎだし、プロポーズされてからは家計(私が個人で使うお金含む)のお財布も一つにしてるから、必然的に私が払う事が増えたのだ。

前にも書いたけど、会社資産や社長の個人口座とは別の、私が生活費として預けられたこの通帳には、建売り住宅が買えちゃう額が入っているのですよ。
しかも毎月毎月増えていくんですのよ。
勝手に入金しやがるのですのよ。
0が5~6個付く額を。
だからお義母さん、助けて。
瑞稀さんの信頼(愛)が重たいの。



このモコを買う時は、「たまたま」ゲンナマをお財布がいっぱいになるまで詰めてたから、現金で払ったけど。

「おさいふいっぱいクイズQQQのQ。」
「社長、うっさい。」

ほっといたら余計な無駄知識に行きそうだから、ここはインターセプトで。
…インターセプトの使い方、合ってる?

ぶっちゃけちゃえば社長のクレカの極度額なら余裕でその車が20台くらい買えるのだけど、あとで経費に充てるから領収書1枚で事足りる現金払いにしました。
信販会社を間に噛ませると、なんか手間が増える気がしたので。
手間暇の確認?
しませんよ、そんなもの。
そのまんま会計ソフトに打ち込んで、領収書を専用のスケッチブックに貼ればいいから。
で、あとは会計士さんに丸投げです。
一応、私ら公認会計士と簿記2級持ちの2人ですけどね。
チビ法人は、身軽なら身軽な程、決算月が楽になるのです。
なので、「たまたま」たくさんイチマンエン札をいっぱい持って行きました。
ええええ。わざとですよ。

「ここから笑っていいともの裏で消えていった番組話に持って行こうとしたのに。」
「それは今晩、理沙ちゃんが聞いたげるから。」
「横澤さんがいいともにタモリを如何に誘ったかって話もあるよ。」
「う。それはちょっと聞きたいかも。」

って言うか、横澤さんって誰?

「横澤さんたら松戸に住んでて、ADの頃、問題が起こると河田町までタクシーで駆けつける毎日だったんだって。」

河田町って新宿だよね。
なんか凄えなぁ。

………

「そう言えば。」

瑞稀さんの真似をして、Googleマップで現在地を測りながらボケっとしていると(←駄目女房)、そろそろ市原市に入ったあたりで、この4人が揃う時には珍しく、瑞稀さんから話を始めた。


「今回の取材スケジュールを何も聞いてませんけど。どうなりました?」
「未定!」
「おい。」

南さんに言い切られたので、また珍しく瑞稀さんが乱暴に突っ込んだ。

「仕方ないじゃない。昨日まで年末進行だったんだから。そんな暇なかったの。」
「私も直接な年末進行はなかったんですが、以外と年内に片付けないとならない仕事が多くて。異動後最初の年末だったから勝手がわからなくて。」

あれま。
だったら今日、拉致のごとく私らを連れ出すな。
うん、当事務所として本当は今晩、事務所の資料をひっくり返してあらかたの目星をつける予定だったんだよね。
用意していた資料は、千葉県の歴史本が数冊。
瑞稀さんが使ってた「地図帳」や「すすむ千葉県」っておい!
千葉県民にしかわからない、小学生4年生・社会の副読本やんけ。
よくこんなもの、残してたな。

「実家に行くと、父の時代のすすむ千葉県があるよ。」
「貴方達親子はもう!もう!」




「そうですね。今日はなんでもOKで、宿泊先もかなり無理は効きますよ。」
「いや、今日はさっさとチェックインしましょ。僕も理沙くんもお疲れ気味です。」
「だねぇ。私さっきまで授業受けてだんだよ。明日からの予定でお願いします。」
「あひたかぁ。」

ま、また何か食ってやがる。

「ごっくん。1日目館山城、2日目鋸山、3日目市原ってのはどうでしょうか?」

『普通だ』

あ、瑞稀さんと被った。

「でも内房よ。この3つは欠かせないでしょ。」
「房総自体に観光地ってあまりありませんよね。」

本籍地千葉県の編集者チームが、身も蓋もない事言い出したぞ。

「館山は、そうですね。館山城から崖観音。鋸山は鋸山。市原は上総国分寺から八幡宿にある八幡様でどうですか?急遽捻り出したにしては、歴史を辿るって意味では王道だと思います。」

あの、八幡宿って?

ダッシュボードを開けると、青い車検関係の書類ケースが買った時のまま入ってる。
表紙に付いてる名刺入れを見ると、担当が斎藤さんで、お店が八幡海岸通り店。

って事は八幡様ってあそこかぁ。
瑞稀さんとお参り済んでんなぁ。

「あら。理沙ちゃんどうしたの?」
「あの八幡様って飯香岡八幡ですか?」
「よくご存知ねぇ。結構由緒ある八幡様だから見ておこうかなってね。」

ええと、由緒書きは見た覚えあるなぁ。

「はい、あの。この車を買った中古車が、この神社の側の16号沿いにあったから。」

過去形なのは、閉店しちゃったから。
騙された?とか思ったけど、ちょうど切れる車検に出したら、タイヤもバッテリーもブレーキ周りの消耗品が全部新品に交換されてたのよ、奥様。
所さんが歌ってるCMでお馴染みの
コバックの定員さんが、勧めるもの何もないって苦笑いしてたわ。

「斎藤さん。いい人だったね。」
(瑞稀さんのおバカな世間話に付き合ってくれてたし)

「そう言えば、斎藤の斎ってたくさんあるけど、どれか元祖なのかな?」
「ん?1番書き順の多い齋だよ。」
「菊地と菊池は同族だけど、どっちかのキクチが滅ぼされたから、生き残ったキクチが漢字を変えて、誤魔化したんだっけ?」

九州まで、立花道雪一族と(何故か)田原坂の取材を主催(駄洒落)したお姉ちゃんを見ると、

「菊池氏って言うのは、肥後の名族で、南北朝時代の内乱で東北地方に逃げた一族が菊地に変えたの。だから本家のキクチが滅んだあとも、北関東や南東北にキクチさんは名門として、現代まで続いているわ。」
「でしたね。だったらサイトウも?」
「ん?役場の担当がマメか字が上手ければ齋藤。面倒くさがりか字が下手だったら斉藤。」
「何それ?」

「理沙くんは、戸籍謄本を取った事、あるかな?」
「ないなぁ。多分。」

戸籍謄本って何に使うの?

「理沙はもうすぐ必要になるわよ。結婚して籍が移る時に手続きが必要になるから。」
「はぁ。」

婚姻届を提出するだけじゃいけないの?
ま、いっか。
その時は、瑞稀さんとお義母さんに頼もう。

「今はPC入力に変わったけど、昔は和紙に筆で書いて、役場にしまっていたんだ。和紙に筆だぜ。悪筆の人が齋とか書いたらどうなると思う?」 
「どうなるって。」

ぐちゃぐちゃに真っ黒になるかな。

「そ。だから、係の人次第では複雑な字はどんどん簡略化されて、しかもそれが正式な名前になったと。今だって子供の出産届けで、届けを出す方も受ける方も間違えて、成長した子供が困惑するなんて事は絶えないよ。」
「そうなの?」
「秋野暢子って女優さんいるだろ。あれ本当は''ちょう''子にしか読めないんだ。お父さんが木偏と間違えて役場に提出しちゃったんだって。」

むう。
それは、いずれ生まれてくる私達の子供に対する、最初の責任ですね。
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