瑞稀の季節

compo

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陸前浜街道

里見公園

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矢切から南下して行く、元・矢切村のメインストリートと思しき道を私達は歩いています。
確かに道幅と言い、微妙に畝る道形(そんな言葉があるのかどうか知らないけどね)は、なんとも忘れ去られた旧道の趣があるね。
ほら、バイパスが出来て寂れた旧国道みたいな。
うん。

問題は直ぐ道路自体かなくなっちゃった事で。
こら、社長?これの何処が東海道じゃ。

「まぁ、最初から想定してたし。」

だよねぇ。
この道は地図とかGoogle mapとか、見れば数百メートルで北総線矢切駅の雑踏に消えているのが分かるもん。
その先も無理矢理辿れば里見公園まで、家を何十戸も戦車かゴジラで破壊して行けば、何となく道は繋がるように思える。(そりゃそうだ)

また北を向けば、こちらはこちらで住宅街を縫うように道は残っていて、これまたウチの軽自動車・モコじゃ悲鳴をあげるような急坂なパス通りに繋がってはいる。

けど。

「寺社が無いんだよね。この道には。」

とは、社長のお言葉です。
確かに鎮守社の矢切神社以外、何にもない。
単なる住宅街が続くだけ。

「表の松戸街道は多分新しい道路だから敢えて候補から外したけど、平行する道路はまだ2本あるんだ。その内1本は、台地の下を通る、間違いなく農道を拡張したものだから同じく候補を外した。でも、そちらの方が古いお寺と神社があるんだ。矢切の隣の集落、栗山になるけど。」

ええと。
お姉ちゃんと2人してGoogle先生を検索すると、日枝神社と本久寺が並んでいるのがわかった。
ざっと調べただけでも、矢切神社より100年早く建てられている。
ふむうん。

「あの、先生?」
「なんですか?」
「北村薫先生の御本の主人公の''私''は、どの道を歩いたんでしょうか。」
「さぁ。彼女達は手児奈礼堂から里見公園を抜けて、野菊の墓文学碑を見学した後、矢切の渡しに乗るコースを楽しんだけど。まぁ文系女子大生なら、下の道じゃないかなぁ。」

そりゃ文系女子大生への偏見では?
ウチの超肉食系お姉ちゃんを見てみなさいな、社長。

「里見公園の直ぐ下は、堤防すらない江戸川の辺りだし、さっきも話に出た本久寺は六地蔵で有名だ。隣の日枝神社は、僕も1度参拝した事があるけど、途轍もなく危険な急階段を上り下りしないと拝殿に行けないし、坂川っていう人工河川が江戸川に注ぐ河口が天然のビオトープになっている。」
「へぇ。」
「真似したんだか知らないけど、市川市も下流にビオトープを作ったよ。」
「へ、へぇ。」
「女子大生が散歩、というかウォーキングだね、この距離は。だとしたら、つまらない住宅街よりも、そっちを歩くんじゃないかな。景色もいいし。」
「そう言った、聖地巡礼って言うんですか?そんな想定を考えるのもフィールドワークの楽しみですね。」 
「その分、フィクションの読書経験値が必要だけどね。」
「…精進します。」

そうだよ、お姉ちゃん。
ウチの社長とお付き合いするには、(無駄)話の相手が務まるほどの(無駄な)知識と知性が要るんだぞ。

★  ★  ★


矢切から先は松戸街道に移って、これまた狭っ苦しい歩道を歩く。
この辺は古い商店街になっているので、歩行者や自転車も多くて、社長的にあまり好きではない通り。
なので再びドラクエ2態勢になった。
車道には路線バスや大型車が乗用車と一緒に走っていて、とにかくうるさい。
なので、サマルトリアの迷子王子もムーンブルグのワンコ姫も会話を交わす事もせず、国府台の古い商店街を足早に通り過ぎる事に専念した。


とは言っても距離的には大したものではないので、10分そこそこで里見公園の入り口に辿り着いた。

そこは大きな国立病院の向かいであり、医科歯科大の隣という文教地区の入り口でもあった。
この更に南に行けば、高校・商業大学・女子大学などが並んでいる。
台地の痩せ尾根の終点でもあり、その地形ゆえ、古くから栄えた土地でもある。

何しろ、ここを右折すれば直ぐに江戸川なのだ。
社長がさっき言っていた通り、ここには堤防がない。
多分、江戸川から急激に台地が立ち上がるせいだろう。
水害という面からすると、最強の地形だとも言える。

「やれやれ。」
せいぜい歩いて20分程度だけど、交通量が激しい道は歩いていて疲れる。

「社長、ちょっと待ってて。」
「あ、理沙。待ちなさい。」

少し先にファミマの看板が見えたので、買い出しに走った。
50万円使わないとならないお姉ちゃんが慌てて後からついてくる。
私が社長を置き去りにして行く時は、社長はその場の隅っこで大人しくしてくれている。
良い子です。

買い出しと言っても、ポカリを3本買っただけなので、お姉ちゃんが即座に店内を一周して、お茶っ葉だのスジャータ(だからコーヒーフレッシュという名前は使いたくない)やら、とにかく事務所の消耗品になるものをまとめ買いして、なんとか領収書を貰っても恥ずかしくない額を揃えていた。

お姉ちゃん、常に経費を使う事を考えているみたい。
デジカメの電池や、iPhoneのバッテリーまで買ってるし。


………


「社長、いつものなかったよ。」
「ペッパーさんはコンビニにない事が多いからねぇ。スーパーで買うものかな。」
「仕方ないよね。」

冷たいポカリを渡すと、社長は直ぐにキャップを開けてゴクゴク飲んでくれた。
あら、珍しい。
今日は4月頭とは言え、気温はそんなに高くはない日。

…喋らせ過ぎたかな?

………

里見公園は桜の名所でもある。
近年、桜の開花時期は早まっていて、3月末には満開になってしまう。

事務所の近所にも桜並木があって、昭和の昔から桜祭りが開催されているけど、大体3月第3土日に開かれている。
温暖化だのなんだの言い出す前、つまり社長が子供の頃は普通に4月の第1土日曜に開かれていたそうだよ。

ところが今年は遅くて、丁度入学式の日に我が校の桜は満開になっていた。
さすがに4年目の風景なので、今更感動する気にもならなくて、ハイハイ綺麗だねバズるね、それよりも社長だ社長!と友達との写真撮影もおざなりに片付けたもんだよ。

でもね。
社長とお姉ちゃんと並んで見上げる桜はいいね。
自撮り棒でも持って来れば良かったかな。
このスリーショットは私達の宝物になる気もするよ。

「里見公園。」

うん、綺麗だね。
東半分は西洋式庭園に、西半分は昔のままの自然が残されている。

ただ社長は、公園の中には入らないで、そのまま坂を降って行っちゃった。

「あ、社長、待ってよ。」
「え?あ?お待ち下さい。」
お姉ちゃんと一緒に立ち止まって桜を見上げていた私達なので、慌てて後を追いかける。

社長が足を止めたのは1番奥で1番低地。
階段上の足場がコンクリートで作られていて、そのまま江戸川の水が洗っている。
その水面ギリギリまで行くと、反対岸を眺めている。
追いついた私達も並んで、社長の視線を追いかけた。

反対岸は東京都江戸川区になっていて、千葉県側と違って低地になっている為、河川敷と堤防がきちんと整備されているのが見える。

「ここはね、空軍の無い時代は関東有数の戦略拠点だったんだ。この先は上野の山まで地面は真っ平らだ。ゼロメートル地帯なんてのもある。」
「だから、国府台合戦の舞台になった、と。」

お姉ちゃんが、視線を北に向けている。

ここから北は、長い緑の崖線がさっきの矢切の先まで続いている。
確かにこの崖線の上に陣取れば、「江戸城」そして「宮城(皇居)」を見渡す事が出来る。

「だから、あの佐倉みちはここを通り、この国府台には徳川幕府が関所を作った。この里見公園は、明治陸軍が接収してる。もっと言うなら、古代の豪族が古墳を作った跡だし、太田道灌が城を作った跡であり、おそらくはここから、この先にある下総国分寺の台地上は市川国府が築かれていた。市川どころか北総地域の最重要地点だよ。」

はぁ。
国府台とか国分寺とかは知っていたけど、そこまでのものでしたか。

「ここから船橋までは別の日に歩いてみようと思うけど、今日はここからスタートしようと思う。」
「つまり今までのは?」
「プロローグだね。ま、君達が来なくても歩く予定だったから。」
「ですか。」

ってお姉ちゃん?まだ北を見てるの?

「先生が先程仰られていた、北村薫先生の推定ルートって、この道ですね。」
「うん。バス通りや住宅街を歩くより、遥かに楽しそうでしょ。」
「はい!私も是非、歩いてみたいです。」
「でも、今日はこれから別ルートを歩きますよ。」
「残念。それは残念です。また3人で来ましょうよ。」

あらら。
お姉ちゃんが本当に残念そうだよ。
私達家族の前以外で、こんなに本音を全身で漏らす姿も珍しいよ。

私もちびもヒロもそうだけど、社長の前ではつまらない見栄やカッコつけなんか自分から剥がして(剥がされて)いくんだ。

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