瑞稀の季節

compo

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日光東往還

おおたか

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南さんとお姉ちゃんは、まだまともだった。
お酒が入っていないのだろう。

まだ夕方の4時だというのに、酔っ払られていたら、たまったもんじゃない。

一応、「脇街道」プロジェクトで編集者チームは(間抜けな事をしてれば)なんでも良いってフリーハンドを持っているようだけど、さすがに仕事は仕事として真面目にやって欲しい。
大体、お姉ちゃんは、陸前浜街道の回では率先して私達を引っ張ってくれたし、あの取材から、北村薫さんや月光仮面の仕事に繋がって行ったというのに。

なのに、先月はなんだ?
初日にリタイアした後は、ずっと死んでたし、今日に至ってはカレー屋の看板を見つけただけじゃないか。

「何しようとOKではあるんだけど、さすがにそれは良くないと、葛城と話し合った結果、なんとかしようじゃないかと。」
「うぅん。」

チェックインした、これまたお高い私達の部屋に、南さんとお姉ちゃんがやって来て、打ち合わせに入る。
打ち合わせも何も、豊四季駅の辺りで勝手に離脱してしまったんじゃないか。
私と社長は、ちゃんと初石駅まで歩いたぞ。

「理沙くんは今日歩いてみて、どうだった?」 
「街中が今までの''脇''と比べると面白味にはかけましたけど、体力的にはまったく問題ないですよ。それに道の高低が殆ど無いルートでしたから。」
「私と葛城もさすがにあれじゃという事で、カレー屋から歩き直しました。女の足でも、せいぜい3駅分なら、まったく問題は無いですね。」
「流山市の歴史的メインストリートは、やはり流山街道になるからね。ほら、先月に穴子丼だか、天丼だかを食べた''関宿屋''をあと少し北上した辺りで、旧水戸街道と分岐して、江戸川沿いにずっと北上して、流山宿から野田まで続く道がそれだよ。」

そういえばこの辺りは、江戸幕府の牧場だったんだっけ。
この地方で1番栄えているであろう(駅前の大型店舗、殆ど閉めちゃうけど)柏は、木戸があるだけの人家稀な田舎だった。
古地図散歩アプリを見ても、明治初期の日光東往還は畑と山林の中を突っ切りているのに、交差する流山街道にはビッシリと人家が建ち並んでいる様子が描かれている。

「松戸とか流山は、江戸川の水運と内陸への陸運基地として栄えたんだ。先月松戸宿を歩いて、古い街並みが残っている様子を確認したろ。」

「流山は鉄道の開通が遅かったせいもあって、更にメインルートが江戸川沿いだったから、1本内陸寄りに新しい道が開拓された。つまり、開発されなかったから、古い街並みは松戸以上に残っているよ。」
「そっちも歩きたいですね。」
 
この「脇」を始めて、古い街角歩きが趣味に加わったお姉ちゃんが、久しぶりに口をきいた。

「理沙?」
「わかってる。私の担当になるのね。」
「先生、流山市街の見どころを簡単に教えて下さい。」

「そうだね。味醂工場と宿場で栄えた街で、今も細い裏道を歩けば昔の名残がわかるよ。有名なところだと、新撰組屯所の跡で、近藤勇と土方歳三が今生の別れをした場所とか、流山線の味醂工場への引込み線跡とか、廃藩置県直後に沢山作られて、今は合併されてなくなった印旛県の県庁跡とか。」
「ちょっとちょっと社長。記憶が追いつきませんよ。」
「あと、具志堅ラーメンの跡地とか。」

「……社長?最後のなんですか?」
「具志堅用高さんについて聞きたい?」
「思いっきり話が逸れますが、まぁそれはいつもの事ですから。」
「今は真面目な時間だから簡単に言うと、元ボクシング世界チャンピオンで、ちょっちゅねーの人。」
「あぁ。」

ちょっちゅねーでアフロの人か。

………

「明日は野田に入って市街見学をしましょう。」

幾つかの資料が共有ファイルとしてOCRしてあるタブレットを開いた。
あらかじめポイントが打ってある。
南さん、仕事している時は有能な編集長としてリーダーシップを発揮している。
部下から、月に1度くらいは滅茶苦茶羽目を外させて欲しいと懇願されるんだから、好かれてもいるんだろう。

「キッコーマン関連の史跡、博物館などを回れるので、今日みたいな退屈な歩きにはならないと思います。」

それは助かるぞ。

「私達も先生達に便乗して、初石駅を9時に出発します。お昼はホワイト餃子。宿泊は決してお高いわけではありませんが、割烹旅館の最上級コースを予約してあります。それでもこのホテルより安いんですけどね。」
「連泊すれば良いだけなのでは?」

ねぇ、社長。

「それじゃ面白くないですよ。まぁ東武線沿線は普段使いの路線で観光路線では無いので。ここか大宮まで出ないとビジネスホテルすらありませんから。明日、明後日のスケジュールを考えたら、出来るだけ現地に泊まったほうがいいです。
それに。」

それに?

「今月はいつもの1泊2日では無く、私と葛城のスケジュールが合えば、いくらでも経費使いたい放題だから、頑張って高い宿を無理矢理見つける必要もないんです。」

色々ぶっちゃけちゃったよ、編集長様。

「3日目は私達の体力次第になりますが、川間まで行きます。宜しければ今回はここまで。そこから先は野田線が埼玉県に入りますので、自動車必須のルールとなります。どちらが車を出すかについては話合いになりますが、我々のゴールは関宿城にしたいと思います。」
「僕らにばかりかまけてないで、本業も大切にして下さいよ。新雑誌に異動先って、お2人ともお忙しいのに。」
「大丈夫ですよ。私が先日フェイクで出した企画が、役員会まで上がっちゃってんです。決済下りたら、理沙と先生に振りますから。結構結果出てんですよ。」

つまり、私と社長でお姉ちゃんの尻拭いをまたしないとならないんだ。

★  ★  ★ 

打ち合わせを終えた編集者チームは、晩御飯の約束をして、部屋に戻って行った。
珍しくお酒の出ない(出ても口を湿らせる程度のワインくらい)、おフランスのコース料理を予約したそうな。

まぁ、明日も明後日も歩く!って南さん本人が宣言しているし、お姉ちゃんが南さんに逆らえるわけがない。
今月くらいはまともな取材が出来るだろう。

「社長、お水か何か飲みますか?私も喉が渇きました。」

高いホテルに泊まっても、結局は出版社持ちだし、そもそも私には「贅沢」とは何を指すのかわからない。
せいぜい、お財布を気にしないでお買い物が出来るくらいだ。

私の私物の買い物だって、会社の経費で落としているんだよ。
じゃないとウチの社長は領収書を貰ってこないから、税金がウンタラカンタラって税理士さんに言われるんだ。

で、こんな高級ホテルで私が出来る贅沢は、冷蔵庫の中のウェルカムドリンクを勝手に飲む事くらい。

「うん、何か甘く無いもの、貰おうかな.

そう言う社長は、さっきから窓の外に釘付けだ。
何を見てんだろう。
社長用にミネラルウォーターを片手に社長の隣に立ってみたら。
  
……向かいの建物に鳥が止まってるよ。
この窓からは少し離れているけど、あいつこっち見てる。
白い顔に茶色い身体。
黄色い嘴もわかる。

「社長…あれって…。」
「タカだねえ。まぁ大鷹なんかは都会の自然公園でも繁殖するから、駅名通りまだ生息しているんだね。」
「こっち見てますよ。」
「窓が開けば、ビーフジャーキーでもあげるのに。」
「やめて下さい。」

社長の事だから懐きそうだし、鷹匠とか始めてもおかしくないぞ。

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