瑞稀の季節

compo

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久留里街道

さっさと歩け

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本日の宿舎、シアトルハウスに着きました。
まだ10時前です。
あれだけ朝からガチャガチャやっていながらまだ午前中です。
昨日の実績からすれば、この後の取材(ウォーキング)時間は長くて4時間。
…時間的にはちょうどいいのかな。
帰って来たら夕方かぁ。

などと独り言を溢したら、運転席から降りてストレッチをしていた社長に食い付かれた。



「水曜どうでしょうって、昔はミスターの合宿とか言って、宿に泊まらないで一晩中運転してたろ。」
「あれが''ええじゃないか運動''になって、良い宿ありきの番組になって、夕方にはチェックインする''堕落''になってましたね。対決列島の頃からでしたっけ。」
「甘いもの大食い対決なのに、宿の晩御飯が食べられなくなるから、適当な時間で対決を切り上げるって、本末転倒な企画になってたけどね。」
「あれ、視聴者から苦情とか来なかったのかなぁ?」
「全然。というか1番ブー垂れてたのは大泉洋だし。」 

社長が1人で移動中に聞くウォークマン(DVDから直線ケーブルを繋いで録音出来るから、昔からコレ一択なんだって)には、水曜どうでしょうの副音声も入っている。
私は聞いた事無いけど、副音声の中でバラされたエピソードで、ミスタさんと髭と嬉しーは還暦超えてすっかりヤル気が無くなった分、「一生どうでしょうします」って言っちゃった大泉洋が、なんなら企画まで出してレギュラー放送を復活して欲しいって言ってるそうだ。

その割には、「家を作ろう」では、娘と会いたい、変な時間にスケジュールを入れるな、何故私がいないのに番組が進んでる?ってボヤき続けた後の、あの大オチ。
最新作の「西表島再訪」でも、大泉が売れ過ぎたせいでスケジュールが取れずに、シリーズ前半が酷いことになってたけど。



さて、着きましたよ。
木造ログハウスっぽい、先月泊まったハワイがどうたらってグランピング施設的なシアトルハウスにですよ。
貸別荘って発想はなかったなぁ。  
言っちゃあアレだけど、千葉に別荘って印象ないし。


「千葉なら鵜原理想郷って場所があるよ。」
「どこですか、そこ。」
「勝浦の方だね。風光明媚は場所で昔から歌人・文人に愛された場所だよ。三島由紀夫よ与謝野晶子が愛した場所だ。」
「へぇ。」

社長の見聞の広さは相変わらずですが、千葉県民として18年生きてきた私には初耳です。
後ろを見ると、本籍千葉県野田市、現住所江東区なアラサー女子がサッと視線を外しました。

「私は学生時代に海遊びで御宿の方に何回が行きましたから。地名だけは知っています。」

先輩の南さんがそんなザマなので、お姉ちゃんが恐る恐る手を挙げてます。
この完璧女子のことだから、「海遊び」の中味がロクでもないレベルであっても、実の妹は驚きませんけどね。

サーフィンやってたなら、素潜りで漁の真似事して地元の漁協と揉めてても…
辞めよう。
お姉ちゃんの口元に「悪魔の笑み」が浮かんでる。

「その、鵜原ってとこには、貸別荘ってなかったんですか?」
「房総丘陵とリアス式海岸がぶつかるところだから、そもそも別荘を作れる平地がない。」 
「駄目じゃん。」



シアトルハウスでは、チェックイン・チェックアウトの時だけ係員について頂き、あとはオールフリーです。
南さんはBBQだの何だの、オプションをいっぱい付けました。  

「それでも、昨日一昨日の宿よりお安いのよねぇ。」 
相変わらず罰当たりな編集長様ですね。
「ん?理沙ちゃん。先月面白半分に止まったグランピングの水着シーンが好評なのよ。ウチと葛城んとこの偉い人に。」

しまった。
今度は南さんに捕まった。

「…写真は1枚も撮って無い筈ですよ?」

私の原稿は、身バレが怖いので、基本的に人物写真は指だけとか、背中の一部だけとかしか挙げてません。
私と社長がいないところで撮ってて、それが流出してたら、そりゃ我が社は感知しませんが。

「ふふふ、理沙ちゃん?おじさま達はね、普段はガッチガチなスーツな私達が白いビキニではしゃいでいるって理沙ちゃんの書いた文字や、その時の同録の文字起こしで頑張れちゃうのよ。」

知らんがな。
あと、貴女はそれで良いんですか?
婚約者同士の我が社だって、コンプライアンスは(社長が一方的に)気にしてるのに。

「あとね、普段なら旅行で泊まらないようなホテルや貸別荘に宿泊しているレポが新鮮で好評なのよ。おかげで選択肢に余計な条件が付いちゃった。毎月、選ぶの大変なの。」」
「…社長が最近溢すんですが。それ意味あるんですか?」
「あら、忘れたの?理沙ちゃん、貴女の原稿も2社共同で書籍化するって言ってたでしょ。あの話はまだ生きているわよ。」
「しまったぁぁぁ。」 

あ、こら逃げるなお姉ちゃん。

★  ★  ★


さて、やっとこさっとこの出発です。
久留里から東横田は久留里線だとたった20分11キロですが、昨日に引き続き半日かけて歩きます。

「調べた限り、昨日と同じく見るべきものはないんだけどなぁ。」
「楽しければいいですよ。そこまでアカデミックな物が無くても大丈夫な雑誌ですよ。歩く事自体の楽しみが伝わってくれるのが1番です。あと、アフェリエイトのスニーカーが売れてくれれば、スポンサーが喜びます。」
「細かい部分は理沙に拾わせますから。」

昨日買ったマッサージ機で、今日も編集者2人は元気いっぱいです。
いっぱい過ぎて、2人ともけしからん事言ってますが。
特にくそ姉貴が。

「この道は久留里街道ではないんですよね?」

今歩いている道は、シアトルハウスから久留里の城下町に伸びる県道です。

「古地図アプリを見てみると、明治期の段階で佐貫とか、現在の富津市に抜ける道があるのがわかる。チーバくんのちんちんのとこだね。」
「社長、それ千葉県民全員が思ってても言わなかった事です。」

あとついさっき、コンプライアンス云々書いてた私に謝れ!
(って書いたのを読まれると、本当に謝る人です。社長。冗談ですからね。私の地の文のツッコミですから、本当に謝らないで。もし謝るならエッチな事をして!ほら、私もコンプライアンスを守ってない!でも、しよ!)


「久留里街道自体は明治期の地図からは消えているね。おそらくは、この谷間を水田にした際だと思う。この山の向こう辺りまでは木更津から辿れるから、江戸時代には既に道自体が消滅しているんじゃないかなぁ。」
「社長は、そこを辿れるだけ辿るつもりですよね。」
「ん?僕らが2日かけて歩こうとしている現代ルートに比べると、かなりの内回りだから。15キロ程度で済むんじゃないかな。道端のお地蔵さんや石碑を見ながらゆっくり歩くけど、多分僕らの昨日今日よりは楽だよ。」
「私も歩いていいですか?」
「ううんと。理沙くんには久留里で待ってて欲しいかな。」

おお。
一緒に歩けないのはアレだけど。
これこそ社長の秘書の役割。
社長を助ける女の役割!

「わかりました。いつまでも社長をお待ちしてますね。」

決まった!待つ女。
これはこれでなかなか素敵!

「そう言えば、ときめきメモリアルってゲームがあってね。」
「お前が待て!くそ社長!今、恋人として甘いひと時じゃなかったのかよ.
「姉と南さんがいるのにね。」  

うるせえよ。
普段は事務所にいる時でも抑えてるだろ。
私達は。

「ま、いっか。一応聞きましょ。」
「いいんだ…。」
「お姉ちゃん。ここから月光仮面とか立花道雪とかのビジネスに繋がって行った事を思い出して。」

あ、編集者チームが黙った。

「では社長、どうぞ。」
「いや大した話じゃない。派生作品のドラマシリーズで、何故か勝手に走り出した主人公がゴールしたら藤崎詩織が待ってただけって作品。ふと思い出したから。」
「………そんな何故かの為に、私の幸せ妄想タイムをぶち壊しやがりましたか?」
「幸せ妄想タイム?」
「うっさい!時間(とスペース)をあげるから、もっと広げなさい!」
「無茶振られた。」

相変わらず瞬時に造語を作る男だな。

「と言われてもなぁ。僕はときメモやってないし。」
「社長の家にゲームハードがない事は知ってますよ。あと、何故やってないゲームの内容を知っているのかは問いません。」

なんか変な交友関係とか出てきそうだから。

「そうは言ってもなぁ。筋肉少女隊の大槻ケンヂが古式ゆかりでプレイしてたら、ゲーム中に自分の名前が出てきて驚いたとか?」
「前に聞いたような?」
「あとは無いよう。Switchでリメイクされる事しか知らないもん。」
「はい?」

あれ?
私も驚いたけど、南さんも驚いてる。
って言うか、いつのゲームよこれ?
(調べたら、ちょうど30年前でした)

………

「さて、やっと久留里の街に近寄って来ました。ここで私から提案が一つあります。」

シアトルハウスを出発して10分くらい。
私達は相変わらず馬鹿話をしながら歩いているので、体感的にはあっという間に目の前に久留里線の踏切です。


「久留里城に先に行くって提案には却下ですよ。」 
「え?」

はい、提案は発表される前に却下されました。
南さん、目が点になってます。

「久留里城って標高180メートルの山の天辺にあるんですよ。しかも道はほぼ直線で登坂しないとならないし、登り切っても帰りは転がるかも。今日はこれから歩く訳ですから、明日のスケジュールに回しておく方がいいです。ついでに久留里城は東横田駅とは反対方向です。」
「しょぼん。」

…何で社長に関わる女性は、普段見せない剽軽部分を丸出しちゃうんだろうか。

そう言えば、船橋大神宮ので階段で、こんなような心配されたな。
私達。
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