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4 どきり
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三十分後、グレイヴが戻ってきた。
ほんの少し前に重度の患者の治療を終えられて良かった……。
「何か食いたいもんとかあるか?」
お昼休憩なしでずっと治療を続けていた私を気遣ってくれているのか、心配そうに訊ねてくる彼に「大丈夫です」と答える。
実際、空腹のピークは過ぎてしまったし、お腹の中はエリクサーで一杯だ。次に町に寄る機会があれば、また購入して補充しておかなければ。
「だいぶ人数減ったな」
「ええ。後は軽度の方々を診れば終わりです」
広場を埋め尽くしていた人だかりは、だいぶ少なくなってきていた。頑張った甲斐があったというものだ。
「まぁ、無理はするなよ。お前さんに何かあったら、俺も皆も大変だからな」
背中を優しく叩かれ、にこやかな笑みを向けて顔を覗かれる。どきりと胸が高鳴った。
「つ、次の方どうぞっ」
慌てて、次の患者を呼ぶ。
心配してくれたのが嬉しいだけ。きっとそうだ。そう何度も自分に言い聞かせ、治療に専念しだした。
最後の患者が治療を終えたのは、日が沈む頃合いだった。
「おわったぁ……」
椅子の背もたれに体を預け、深く溜め息を吐く。後ろでずっと待機しててくれたグレイヴからコップを差し出される。
「お疲れさん」
「あ、ありがとうございます」
受け取ると、並々と注がれた水で喉を潤す。気付かなかったが、相当喉が渇いていたらしく、一気に飲み干した。ほぅ、と一息吐くと、疲れがどっとでてくる。
「さて、宿に戻ってさっさと休憩するか」
彼の言葉に頷き、椅子から立ち上がり一歩踏み出す。
「おっと……」
ずっと椅子に座りっぱなしだった所為か、足がもつれかけた。咄嗟に、グレイヴが肩を掴み支えてくれる。
「……また無茶したか?」
じとりと睨まれ、背中に嫌な汗が伝う。
「ずっと座り続けていたので、足に力が入らなかっただけです」
何とか誤魔化そうとするが、彼の視線が痛い。グレイヴは深く嘆息し近寄ってくると、ひょいと体が浮いた。気が付いた時には彼に抱え上げられていて、所謂お姫様抱っこというものをされていた。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから、そのまま大人しくしてろ。疲れてるんだろ?」
歩きだされ、宿へと向かわれる。確かに体力的にも魔力的にも疲労は出ているが、まだ大丈夫な方だ。
「じ、自分で歩けますっ」
彼の腕から抜け出そうと胸元を叩くが、聞く耳持ってもらえない。それ所か、益々腕に力が籠った。
「いいから、な?」
屈託のない笑みを向けられ、抵抗も大人しくなってしまう。うう……顔が近くて困るよ……。あんなにやさし気な、自然体な笑顔は反則だと思う。頬を紅潮させながら、宿に着くまで彼の腕の中で大人しくしているしかなかった。
宿に入り漸く降ろして貰うと、料理のいい香りが鼻腔を擽った。焼き立ての香ばしいパンの匂いに、スープの香辛料の香り。朝から何も食べてなかった体は、空腹を訴えるように小さく鳴った。
小さな食堂へと向かい、食事にありつく。焼き立ての穀物の練り込まれたパンは表面がカリカリ、中はふわっとしていてとても美味しい。川で汲んだ水を使った豆とハムのスープに、生野菜のサラダ。どちらも鮮度の良い野菜のシャキシャキとした歯ごたえが良く、疲れた体に染み渡るこの食事の温かさが、聖女として職務を全うしたご褒美だ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、合掌する。どのメニューもシンプルながらもとても美味しかった。
ちなみに、この世界では小さな村でも必ず宿が一件ある。理由は一つ、聖女に休息をとってもらうためだ。それが功をなし、行商人も小さな村へ商売に来て宿に泊まるというサイクルが出来上がる。
聖女の巡回というのは、いわば村への行商にも直結していっているのだ。
食堂を出て、階段を登る。本当はすぐにでも湯に浸かりたいくらいだが、今日はやらなくてはいけないことがある。
「グレイヴさん、先にお風呂どうぞ。私は調べものがあるので」
部屋に入る直前、グレイヴへ声を掛ける。彼の顔はどこか不満げだった。
「……それ、風呂上りには出来ねえのか?」
どうやら、まだ仕事を続けようとしていることが不服のようだ。だが、私としてはお風呂でさっぱりする前に終わらせておきたい。その旨を伝えると、彼は渋々ながら納得してくれた。
「本当に無茶はするなよ?」
「はい」
宛がわれた部屋に入る際に小言をいわれながら、部屋に入っていく。ドアを閉めると、早速、連絡用の魔石に手を伸ばした。
対応してくれた方によると、西地区は二人の聖女でやりくりされているらしい。西地区を東と西に分け、分担して巡回しているとのことだ。どちらを担当する人もベテラン。だが、最近は西側の担当をしている聖女は碌に定期連絡をしてこないとも話す。
だから、ミダスに一番近いアイラトに、医師が派遣されていないのか……。
原因もわかり、魔石通信を切ると、タイミングを見計らったかのようにドアがノックされる。
「次、お前な」
ドア越しに声を掛けられ、着替えを用意する。石鹸などの用品を持ち、浴室に向かった。
ほんの少し前に重度の患者の治療を終えられて良かった……。
「何か食いたいもんとかあるか?」
お昼休憩なしでずっと治療を続けていた私を気遣ってくれているのか、心配そうに訊ねてくる彼に「大丈夫です」と答える。
実際、空腹のピークは過ぎてしまったし、お腹の中はエリクサーで一杯だ。次に町に寄る機会があれば、また購入して補充しておかなければ。
「だいぶ人数減ったな」
「ええ。後は軽度の方々を診れば終わりです」
広場を埋め尽くしていた人だかりは、だいぶ少なくなってきていた。頑張った甲斐があったというものだ。
「まぁ、無理はするなよ。お前さんに何かあったら、俺も皆も大変だからな」
背中を優しく叩かれ、にこやかな笑みを向けて顔を覗かれる。どきりと胸が高鳴った。
「つ、次の方どうぞっ」
慌てて、次の患者を呼ぶ。
心配してくれたのが嬉しいだけ。きっとそうだ。そう何度も自分に言い聞かせ、治療に専念しだした。
最後の患者が治療を終えたのは、日が沈む頃合いだった。
「おわったぁ……」
椅子の背もたれに体を預け、深く溜め息を吐く。後ろでずっと待機しててくれたグレイヴからコップを差し出される。
「お疲れさん」
「あ、ありがとうございます」
受け取ると、並々と注がれた水で喉を潤す。気付かなかったが、相当喉が渇いていたらしく、一気に飲み干した。ほぅ、と一息吐くと、疲れがどっとでてくる。
「さて、宿に戻ってさっさと休憩するか」
彼の言葉に頷き、椅子から立ち上がり一歩踏み出す。
「おっと……」
ずっと椅子に座りっぱなしだった所為か、足がもつれかけた。咄嗟に、グレイヴが肩を掴み支えてくれる。
「……また無茶したか?」
じとりと睨まれ、背中に嫌な汗が伝う。
「ずっと座り続けていたので、足に力が入らなかっただけです」
何とか誤魔化そうとするが、彼の視線が痛い。グレイヴは深く嘆息し近寄ってくると、ひょいと体が浮いた。気が付いた時には彼に抱え上げられていて、所謂お姫様抱っこというものをされていた。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから、そのまま大人しくしてろ。疲れてるんだろ?」
歩きだされ、宿へと向かわれる。確かに体力的にも魔力的にも疲労は出ているが、まだ大丈夫な方だ。
「じ、自分で歩けますっ」
彼の腕から抜け出そうと胸元を叩くが、聞く耳持ってもらえない。それ所か、益々腕に力が籠った。
「いいから、な?」
屈託のない笑みを向けられ、抵抗も大人しくなってしまう。うう……顔が近くて困るよ……。あんなにやさし気な、自然体な笑顔は反則だと思う。頬を紅潮させながら、宿に着くまで彼の腕の中で大人しくしているしかなかった。
宿に入り漸く降ろして貰うと、料理のいい香りが鼻腔を擽った。焼き立ての香ばしいパンの匂いに、スープの香辛料の香り。朝から何も食べてなかった体は、空腹を訴えるように小さく鳴った。
小さな食堂へと向かい、食事にありつく。焼き立ての穀物の練り込まれたパンは表面がカリカリ、中はふわっとしていてとても美味しい。川で汲んだ水を使った豆とハムのスープに、生野菜のサラダ。どちらも鮮度の良い野菜のシャキシャキとした歯ごたえが良く、疲れた体に染み渡るこの食事の温かさが、聖女として職務を全うしたご褒美だ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、合掌する。どのメニューもシンプルながらもとても美味しかった。
ちなみに、この世界では小さな村でも必ず宿が一件ある。理由は一つ、聖女に休息をとってもらうためだ。それが功をなし、行商人も小さな村へ商売に来て宿に泊まるというサイクルが出来上がる。
聖女の巡回というのは、いわば村への行商にも直結していっているのだ。
食堂を出て、階段を登る。本当はすぐにでも湯に浸かりたいくらいだが、今日はやらなくてはいけないことがある。
「グレイヴさん、先にお風呂どうぞ。私は調べものがあるので」
部屋に入る直前、グレイヴへ声を掛ける。彼の顔はどこか不満げだった。
「……それ、風呂上りには出来ねえのか?」
どうやら、まだ仕事を続けようとしていることが不服のようだ。だが、私としてはお風呂でさっぱりする前に終わらせておきたい。その旨を伝えると、彼は渋々ながら納得してくれた。
「本当に無茶はするなよ?」
「はい」
宛がわれた部屋に入る際に小言をいわれながら、部屋に入っていく。ドアを閉めると、早速、連絡用の魔石に手を伸ばした。
対応してくれた方によると、西地区は二人の聖女でやりくりされているらしい。西地区を東と西に分け、分担して巡回しているとのことだ。どちらを担当する人もベテラン。だが、最近は西側の担当をしている聖女は碌に定期連絡をしてこないとも話す。
だから、ミダスに一番近いアイラトに、医師が派遣されていないのか……。
原因もわかり、魔石通信を切ると、タイミングを見計らったかのようにドアがノックされる。
「次、お前な」
ドア越しに声を掛けられ、着替えを用意する。石鹸などの用品を持ち、浴室に向かった。
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