男だって夢をみたい

宮沢ましゅまろ

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その1

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 帝都にある、ディアッカの酒場。

 会員制の高級酒場である此処には、騎士団員や国政に携わる要職の者、高位の貴族などが日夜集まっていた。
 今日も、鍛錬を終えた騎士団の面子が奥にある一角を占拠している。

「ルートヴィヒ、そんな風に飲むと身体に良くないだろう?」

 第四騎士団長であるマルセルが、対面の席に座り酒を浴びるように飲み続ける、第三騎士団の団長であり、幼馴染でもあるルートヴィヒに苦言を呈していた。

 その周囲に居る騎士団の面子も、ルートヴィヒの行動に若干引きながらも心配そうに視線を送っていた。

「うるさい」

 努めて優しく声をかけていたマルセルだったが、そんな彼の気遣いなどこれっぽっちも配慮する事無く、ルートヴィヒは不機嫌な怒った声で吐き捨てるように言った。

 種族は人間であるルードヴィヒだったが、端正な顔は、元々目つきが鋭い美形なこともあって、不愉快である事を隠さない今、物語に出てくる魔王の様な形相である。

 マルセルは、幼馴染の形相に顔を引きつらせながらも、何故こんな事になってしまったのだろうかと深いため息を吐いた。

 今朝までは、ルートヴィヒはとても機嫌がよく、からかう騎士団員たちをあしらった後、愛する恋人との逢瀬を楽しんでいた筈だった。

 ルートヴィヒの恋人は、第二騎士団長であるローマンという 男で、ルートヴィヒが小さい頃から一途に思い続け、やっと昨年恋人になることが出来た人物だ。

 かなりの長身であるルートヴィヒよりやや背は低いものの、しっかりとした筋肉に覆われた褐色の肌と、くっきりとした甘い顔立ちは、間違いなく美男子と言って過言ではなく、同性愛に否定的な人物でさえ、この二人ならば許せるとこぼしてしまうほど、絵になる二人だ。

 苛烈な性格のルートヴィヒと違い、ローマンは無口だがとても穏やかな男だった。ローマンの方が七つ年上な事もあって、ルートヴィヒの言動を上手にコントロールしてくれているので、幼い頃から事あるごとに問題を起こすルートヴィヒの尻拭いをさせられていたマルセルからすれば、天使の様な存在である。

 そんな彼だからこそ、普段は心配する様な事も起きないし、今回も一足先に街に外出していった二人を、マルセルも他の騎士団員たちもにこやかに見送ったのだが、外出してから一刻程経った後、背中にどんよりとした雲を背負ったルートヴィヒが、マルセルたちが飲んでいた酒場に現れたのだ。

「この店で強い酒をくれ!」

 そう胡乱な目をして声を荒げるルートヴィヒの様子に、居合わせた面々は顔を見合わせた。

 それから更に二時間、ルートヴィヒは浴びるように酒を飲んで現在に至る訳だ。

 さすがにこの荒れ様を見れば、ローマンとの間で何かあったというのはまるわかりではあるが、ルートヴィヒがここまで荒れるのは久しぶりの話だ。

 この二人が付き合うまでには、過去に色々と紆余曲折があった。多くの騎士団員達も巻き込んでの大騒動を起こしたのは記憶に新しいし、当時のルートヴィヒの荒れ方は本当に酷いものだった。

しかし、二人が無事に恋人同士となって以降は、揉め事が発生してもすぐに二人は仲直りしていたし、はっきり言って今の騎士団の中で一番熱々な恋人なのは、ルートヴィヒとローマンの二人なのだ。

 比較的大人な関係を好む騎士団員たちの中で、ローマンとルートヴィヒの二人は所謂馬鹿ップルと呼ばれる類だった。

 だから、二人が喧嘩をして、なおかつ決裂までしていると言うのは大変珍しい話であり、とても大ごとであることは、居合わせた面々も気づいた。
 皆、本来ならば他人の恋路に首を出すつもりは無いが、ルートヴィヒがここまで荒れているのを、無関係だと放っておけるほど皆も薄情では無かった。

◆◆◆
 
 マルセルや騎士団員たちが心配している中、大して強くも無い酒を飲みながら、ルートヴィヒは心の中でパニックを起こしていた。

 ――パニックの原因は、恋人であるローマンとの大きな喧嘩である

 先日遠征から帰ったばかりの騎士団員たちは、3日間の休暇を数人で順番に貰っており、ルートヴィヒとその恋人であるローマンは幸運にも、一番初めに休暇を貰う事が出来た。

 最近は一段と魔物たちの動きが活発であり、騎士団の面々は常に遠征に出ているくらいに多忙だった事もあって、実を言えば今回は四ヵ月ぶりの休暇だった。

 あまりの忙しさから、色々な事件を経てやっと恋人という関係になれたのにも関わらず、恋人になってから蜜月を過ごすことが出来たのは、最初の三か月程度だったのだから、泣ける話である。

 やっと二人きりで過ごせるとルートヴィヒはローマンをデートに誘い、「私も寂しかった」と彼も快く頷いてくれたのは今朝の話だ。
 そして実は、ルートヴィヒにとっては、今回のデートは単なるデートでは無かった。

 ルードヴィヒは今日、最愛のローマンに、プロポーズをするつもりで彼を誘っていたのだ。

 同性同士での婚姻は、最近では決して珍しい事ではない。継承権が遠い者が多いものの、皇帝陛下の親族の中にも何人か同性で婚姻関係となっている者もいるくらいには受け入れられているし、子供は勿論生まれないが、代わりに能力の高い優秀な養子を取る事もある。むしろ、親の居ない恵まれない子供たちにも公平に機会が与えられる事もあり、歓迎されることも多いくらいだ。

 ルートヴィヒとローマンは、騎士団長という仕事柄、恋人関係であると言うだけでは、中々同じ休暇を得るのは難しい状況だ。平和な時代ならいざ知らず、ここ数年魔物の動きは最も活発だと言われている為、むしろ家族を持っていてさえ中々休みを貰えない状況が続いている。

 しかし、夫夫になれば、あくまで出来る限りではあるものの、同じ休みが配慮されるようになる。非常時の任務が多発しており、仕方ないとは思っては居るものの、出来る限り一緒の休日を過ごせるように、打てる手は打っておきたいというのは当然だろう。

 それに、騎士団の任務は危険なものが過半数を占めており、ローマンもルートヴィヒも怪我が絶えない。

 もしかしたらもう、明日には二人で笑顔で会話することも出来ない可能性だってあるのだから、限りあるこの時間を共に過ごしたいと、ルートヴィヒは考えたのだ。

 だからこそ、ローマンと正式に婚姻関係を結びたいと伝える事を決意し、今日という日を迎えた。

 ――そう、本来ならばすんなりと上手くいくはずだった。
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