【完結】百怪

アンミン

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1章 怪異・不可思議

02「髪」

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聞いた話。


誰しも幼少期の頃は、納得のいかない、

説明の出来ない経験を

一度か二度はした記憶があると思う。




「まだ幼稚園に上がる前だったと思うん

 ですけど」




そう話し始めたのは、お寺に来た未婚の

女性だった。

髪を肩口で切りそろえた彼女は、

幼い頃の記憶が、10年ほどして

蘇った時の事を話してくれた。




「公園で遊んでいたんですが、

 和装……というんでしょうか。

 着物を着た、あまり年の変わらない

 子供達が誘ってきたんです」




男の子も女の子もいたが、彼女は

彼らに混じって遊んだ。

そのうち、相手の女の子が着ている着物が、

たまらなくうらやましくなってきた。




「いいなぁ、いいなぁって。

 その中では、自分だけ普通の洋服でしたから。

 触らせてもらえたけど、やっぱり

 自分でも着てみたくなっちゃって。

 でも、さすがにそこまでは言えなくて」




それを見ていた男の子の1人が、彼女に言った。




「そんなに欲しいの?」


「うん!」




元気良く期待を込めて答えると、彼はついっと

彼女の顔に自分の額を寄せてきた。




「じゃあ、僕のお嫁さんになったら?

 そうしたら着れるよ」




着物につられて―というのもあったが、

何よりその男の子が高貴というか、

並外れた目鼻立ちをしていたという。

まるで少女漫画からそのまま出てきたような―――



そんな少年から“プロポーズ”された彼女は、

一もニも無く首をぶんぶんと縦に振った。




「それじゃあ、約束したよ。

 それで、僕のお嫁さんになる方法なんだけど……」




その後、小・中と有名な進学校への道を

進まされた彼女は勉強漬けの毎日で、

約束の記憶も薄れていった。




高校進学の際、それまでの進学校ではなく、

一ランク下の学校を選んだ。それは親への

反抗でもあったという。




「中学校までは校則校則また校則でね。

 何から何まで。

 で、高校へ入って一番最初にやった事は」




それは“髪を伸ばす”という事だった。

時間が経つのを待つしかないが、それでも

“前髪は眉の上まで”だの、“後ろ髪は

首下まで伸ばさないよう”といった規則に

今まで縛られていた彼女に取っては、

それだけでも“解放”を実感出来る

ものだった。




やがて1年経ち、2年生となり―――

髪は順調に伸びて、自慢の長髪は腰まで

たなびくようになっていた。




「その頃からかなあ……

 妙に疲れを感じるようになったというか、

 疲れが取れなくなってきたのは」




常に倦怠感が体を覆い、なぜか食の嗜好も

変わってきた。

高校生といえばそれなりに肌やニキビを気にする

年頃で、極力避けてきたと言ってもいい油物まで

目が無くなり、気持ち悪くなるまで食べるように

なってしまった。




「甘い物は元から好きだったからともかく―――

 唐揚げとか天ぷらとか、とにかく

 あるだけ食べる!

 みたいな感じになっちゃってた」




日常では相変わらず体のだるさは抜けず、

やがて家に居る時は布団の中、という事が

珍しくなくなっていった。

ある日、目覚めるとイスに座っていた。

そこは家の中ではなく、どこか木造の広い

空間だったという。




「ああ、動いてはなりませんよ。

 今、切っておりますので」




背後から優しい声が聞こえるのと同時に、

痛みが走った。

それは、髪からくるものだった。

ショキ、ジョキ、という音と共に髪を

切られていたのだが、まるで髪の一本一本に

神経が通っているかのように、首筋に

引っかいたような痛みを受ける。




「もう少しで終わりますので……

 仕上げは床屋でやってもらいなさい」




パッパッと背中をはたかれ、ああ、あの長髪は

もう無くなってしまったのだと思うと同時に、

肩が急激に軽くなるのを感じた。




すると今度は一体何が起きたのか、ここはどこなのかと

状況判断に追われ、辺りを見回すと部屋の一角に、

心配そうな顔をして座っている両親を見つけた。




「え? 何でこんなところに?」




彼女が両親に声をかけると、2人は飛びついてきた。

母親は泣いていて、全く現状が理解出来ない

彼女に、また背後からあの優しい声が聞こえた。




「もう大丈夫でしょう。

 もう少し伸びていたら危ないところでしたが」




声の主はそのお寺の和尚さんで、彼女の事も

幼い頃から知っていた。

そこでやっと、大方の事情を聞かされたという。




「何でも、朝なかなか起きない私を起こしに来たら、

 すでに昏睡状態だったって。

 それで、慌てて病院に連絡を取っていたところ、

 檀家の和尚さんが現れたのよ」




両親は言われるがまま彼女をお寺に運び込むと、

イスに座らせた。

そして和尚さんが彼女の散髪を始め、その最中に

正気を取り戻したのだという。




「それであの男の子との約束を思い出したの。

 『髪を伸ばして欲しい。

 それが腰下からしっぽの長さになるまで。

 そうすれば、僕のお嫁さんになれるから』

 って」




美容院に寄って髪を切りそろえてもらい、

家に帰った彼女は、その夜夢を見た。

そこには、自分と同じくらいの年頃の、

平安風というか綺麗に和装に身を包んだ

少年の姿があった。




中身もまた、その格好に負けず劣らず―――

一目で、あの時約束した男の子だと思ったという。




彼は怒るでもなく、ただ悲しげに目を伏せると、

そのまま背中を向けて立ち去ってしまった。

その後姿、腰下には、ふさふさとしたしっぽが

揺れていた。




「命が危なかったという事ですか?」




「和尚さんの話によると、だけど。

 “着物も着れなかったし、おあいこですよ。

 それに、向こうはこちらが死ぬのを待つなんて、

 カップラーメンに湯を入れて待っている程度の事。

 それくらいは我慢しろと言っておきなさい”

 って」




“彼”が夢に現れたのはその一度きりで、

以後は姿を見せていないという。

そしてその日を境に、彼女の体調は回復し、

通常の高校生活を過ごせるまでに戻った。




その後大学を卒業し、現在、社会人○年目の

彼女は、一通り話し終えるとふぅ、

とため息をついた。




「子供の頃の約束とはいえ、後悔したわ、

 あれは」




自分も苦笑しながら、




「まあ、命あっての事ですから―――」




すると彼女は首を左右に振り、




「あんないい男を振るなんて……

 今からでも髪を伸ばしたら、

 お嫁さんにしてくれるかな」




彼女はショートの髪をなでながら、

残念そうにつぶやいた。
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