【完結】百怪

アンミン

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1章 怪異・不可思議

41「引き潮」

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聞いた話。


ゲーム会社に勤める20代の男性、

その父親に関するお話。


彼の父親の実家は茨城にあり、海に近い場所にあった。

後に自衛隊の駅伝代表にまでなった父は体力があり、

大学生の頃はいろいろなトレーニングを自分に

課していた。


その中で、夜の海で泳ぐというのがあった。

どうしてそんなトレーニングをしていたのかは

知らないが、元々体力があり、体を動かすのが

好きという性格からか、疲れるまで運動するには

並大抵の事ではダメだったらしい。


ある日、どうしても沖に出てから戻れない事態になった。

1キロ沖に出てから浜辺に戻る、というのを日々続けて

いたのだが、その日は泳いでも泳いでも浜に近づく事が

出来ない。

幸い、ちょうど通りかかった漁船に拾われたが、

そこの漁師に説教された。




「引き潮の時は、どんなに泳いでも沖まで出るな、

 絶対に戻れなくなるから、みたいな事を言われた

 らしいんです」




翌日、彼は再びその時間、つまり引き潮の時を狙って

沖へ泳ぎだした。

“確かめてみたかった”という。




「聞いてて、“バカ”というのが精一杯でしたね」




1キロほど沖へ泳ぐと、なるほど潮に乗って

スイスイ進む。

しかし、帰ろううとすると浜辺から押し戻されるような

力を受けて、戻る事が出来ない。




「それで、漁師から聞いていた方法を試したって

 言うんです。


 “浜辺を一直線に目指すな、ジグザグに泳げ”って。


 緊急時の対処法として教えてもらったらしいん

 ですけど、それを確かめるって……

 やっぱりバカでしょ」




確かに、ベクトルとしては真正面から行くよりも、

斜めに突っ切って泳いだ方が理にかなっている。

時間はかかるが、段々と浜が近づいてくるのを見て、

“おお、本当だ”と実感しつつ泳いでいた。


浜辺まで後半分くらいか、と思った時、

ふと何かの気配に気付いた。

自分と並んで、何かが海中にいる。

暗くて良く見えないが、かなりの大きさのものが。


“こんな大きな魚がこの近辺にいたか?”


サメが出るなんて話は聞いた事はないし、何より

背びれは見当たらないからその心配はしなかった

ものの、暗闇の海中でいきなり現れた同伴者に、

いい気分はしない。


なるべくそれを見ないようにして、浜辺を

視界の中心に置いて泳ぎ続けたが、何せ

ジグザグに泳いでいるので、いずれはそいつの方へ

舵を切らなければならない。

そして、その時に全体を見てしまった。




「大きい、何てものじゃなかったそうです。

 海中の影が沖までずっと続いていて―――

 どこまで続いているのか全くわからないくらいに」




驚き慌てたものの、ここは海の真っ只中。

この大きさの物に襲い掛かられたら、

どうなるものでもない。

観念して、少しでも浜に近づくよう泳ぎに

専念する事にしたという。


やがて浜の明かりが地平線のように全体に広がり、

足がつく深さにまで来ると、それは姿を消していた。

姿が消えると同時に恐怖が蘇り、泳ぎも何もなく

浜辺を目指した。


陸上へ上がり、体を拭いて火を起こし冷え切った

全身を暖めていると、昨夜、自分を拾ってくれた

漁師がやって来た。


漁師は“またお前か”みたいな顔をしたが、

彼はそれに構わず今起きた事を早口で漁師に

伝えたという。




「カイジンか」




驚くでもなく、漁師は開口一番そう言った。

おそらく、海神、という事だろう。

あれを見たらどうなってしまうのか、自分は

これから大丈夫なのかをたずねると、




「こんな夜中に身一つで沖まで泳ぐバカがいるから、

 珍しくなって見にきただけだろう。

 機嫌損ねないうちに、こんな事ァ止めるんだな」




事も無げに言うと、そのまま去って行ってしまった。


その父も、今はすでに定年退職しているが、時々は

公共機関に頼まれて水泳指導に行っているらしい。

しかし彼の記憶では、プール以外で海でも川でも

水に入る父親は見た事が無いという。



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