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1章 怪異・不可思議
99「ごめんね」
しおりを挟む聞いた話。
父親が山小屋の管理をしていたという男性から、
こんな話を聞いた。
「もちろん、他に何か仕事はしていたでしょうが―――
僕が幼い頃に離婚してしまいましたので」
夏になると、彼は登山客相手の山小屋でその手伝いを
していた。
もちろん、学校に上がればそれは夏休みに限られたが。
基本的には夏しか手伝いに行かなかったが、一度だけ、
冬に手伝いに行った事があるという。
「夏とは全くの別世界でしたね。
これが本当に同じ山か、と思うくらいに」
雪が降れば、一面真っ白の銀世界となった。
あまり標高が高くない、中腹よりも下に山小屋は
あったが、それでも吹雪があったりすると、
遭難の危険性も高くなる。
夏とは違い、近くの川で釣りをしたり
虫を取ったりは出来ない
が、その初めての経験に彼は興奮していた。
「晴れていれば、足跡すらない世界に飛び出して
行けるんですから。
雪だるまを作ったり、つららを折って鍋に入れて
溶かしたり。
それなりと言うか、かなり楽しんでいたと思います」
それは、山小屋に来てから一週間ほど経った夜の事。
彼は父親と一緒に布団を並べて寝ていたのだが、
コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
風か何かだと思っていた彼は、薄く開けた目を
再び閉じる。
しかし、今度は何かボソボソと声が聞こえた。
女性の声で、どうやら彼の名前を呼んでいるらしい。
「お母さん……?」
山小屋に来るのは父親と自分だけで、母親は家で
留守番をしているのが常だった。
山小屋に行くのは魅力的だったものの、母親と
離れる事に対する寂しさは当然彼にもあって―――
そこへ自分の名前を呼ぶ女性の声。
飛び起きると、すぐに木の扉を開けた。
「でも、開けるとそこには誰もいなくて」
勢いよく開いた扉の向こうには、チラチラと雪が
降り始めているだけだった。
どこかに隠れて、驚かせようとしているのかも―――
そんな考えを持つのは、やはり子供だからだろうか。
それほど広くも無い山小屋の周りを、母親の姿を求めて
走り始めた。
すでに周囲は暗かったものの、山小屋から漏れる
ランプの光が一面の雪に反射して、暗闇という
ほどではない。
ちょうど扉のある場所から反対側に回った時、
それはいた。
少し離れた場所に、白い和服を着た女性が立っている。
当時は和服とは認識していなかったが―――
その足は地面には着いていない。
文字通り宙に浮いていたのだ。
母に甘えられるという希望は、一気に恐怖へと
変わった。
同時に、本能が身を隠せと全身に告げる。
彼はまず、10メートルほど離れたところにある、
夏の間に冬用の薪を溜めておく簡易小屋に走った。
鍵は掛かっておらず、飛び込むと同時に体を縮める。
「うふふ……
どこにいるのかしら?」
突然、頭の上から聞こえたその声に耐えられず、
全力疾走で簡易小屋を離れる。
次に目指したのは、昼の間に作った雪だるまだった。
その影に身を潜めて、様子を伺う。
「それで隠れているつもり?」
今度は背後から声が聞こえた。
観念して、父のいる山小屋へ戻ろうと駆け出す。
雪に足を取られて上手く走れないが、笑うような声は
容赦なく後ろから迫ってくる。
山小屋まで後数メートル、というところで前のめりに
転んでしまった。
声はそのまま冷気と共に彼に覆いかぶさるように―――
もうダメだ、そう思った瞬間。
ふと、風が一瞬だけ止んだ気がした。
そして、あの女性の声が―――
「あはははは、
ごめんねえ~……」
それはボリュームを最大から最小へ絞るように、
小さく消えていった。
顔を上げると、父親がこちらに駆けてくるのが
見えた。
そこで彼は意識を失ったという。
気が付くと、白い天井が見えた。
寝ている場所も、山小屋のせんべい布団ではなく、
ふかふかのベッドで―――
彼は病院へ搬送されていた。
首を横に曲げると、そこには両親がいて、
目を覚ました彼に気付くと、母親はそのまま
彼を抱きしめた。
同時に、父親に対して罵声を浴びせたという。
「その後すぐに両親が離婚してしまって。
僕の親権は母が取りましたから……」
父親も争う姿勢は見せず、親権もあっさりと
手渡したという。
その後、父との交流は無い。
連絡も全く来ないそうである。
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