何にでもなれるおっさん

白紙 津淡

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 ついに何にもなれなくなったおっさんが黄泉路を歩いていると、とっても神々しい神様に出くわしました。
 聞けばありがたいことにその神様、わざわざおっさんをねぎらいに来てくれたそうなのですが……一方で、あらあらどうしたことか、何やら困り顔と言うか、浮かない顔と言うか、何ともこないようなあの微妙な顔をしているではありませんか。

「きみは本当に、きみのなりたいものになれたのかね?」

 そうたずねてくる神様に、しかしおっさんは、ただただへらりと笑い返しました。

「いやあ、それがどうにも、そもそも何になりたかったのかすっかり忘れちまいまして」

 そのおっさんの笑顔があんまりへらりとしていたので、微妙な顔をしていた神様もつられるように、思わずへらりと笑ってしまいました。

「そうかい、それでもきみは、きみ自身をやりきったのだね」

 神様がそう言うと、おっさんは少し苦笑いして「ええ、まあ多分」とだけ自信なさげに答えました。
 そして神様に小さく会釈をしてから、再びゆるやかに黄泉路を歩み始めました。

「きみは良くやった方だ、誰もきみを笑えはすまい……私も決して、きみを笑いはすまい」

 何にでもなれたそのおっさんの背中を見送りながら、神様はどこかもの悲しげに呟きます。

 そうです。
 おっさんは基本的に、いつしか自分が何になりたかったのか忘れてしまう生き物なのです。
 それでも常に何かにならねばならなくて、何かであらねばならなくて、それでいて本当は決して何にもなれはしない、哀れな哀れな生き物なのです。

 でもだからこそ、もちろん神様はよく分かっていましたし、おっさんはおっさんでまた、とりあえずに気付くことが出来たのですから、まあまあ上出来と言えるのでしょう。

「しょせん誰しも、結局はみんな、なのさ」

 最後に響いたその声は果たしておっさんのものだったのか、それとも神様のものだったのか。
 それは定かではありませんが、つまりは要するに、特に定かにする必要もないとも言えるのです。



 〈おしまい〉
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