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4章 われても末に

再会

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カシムとエジークは第6師団長直轄隊として最前線へと回されたようだった。

仮面魔具から聞こえてくる限り、自分たちが位置する東側の第3拠点は比較的魔兵器が少ない。拠点に連れ込まれた負傷者が5班の癒やし手に振り分けられてやってくる。

薬類管理の兵士が振り分けられた重軽傷の者に薬を与えている。今までは助かる見込みなしと判断されていただろう重体の者は、癒し魔法と薬両方で対処する。癒し手たちはサークレットを装着していて、せわしなく人が動き回る中でも集中力を保って魔法を使役していた。

(少ない状況でこれ程なら、応援を要請している第2拠点は一体どうなっているのかしら。)

メルルーシェはサークレットを使用せずに癒し魔法を施す。サークレットは魔鉱石に自分の魔力を注いで使用するが、普通に癒しをかけるよりも魔力を消耗する。これは持久戦だ。温存できる魔力は温存しておく必要がある。

同じ隊の癒し手が、薬を手に驚きの視線を送っていることには気付かないまま、癒し魔法で止血を終えてすぐに薬を練り込み、治療を終えた兵士を外へ送る。

メルルーシェの頭にあったのは勿論ラミスカの事だった。昨晩カシムとエジークは戻らないラミスカのことを、巡回に出ている可能性があると話していた。

(もしもあの崖側で戦っていた見張りの隊の中にラミスカがいるとしたら。)

背筋がぞっとする想像を押し込めて拳を握りしめる。

「第2拠点の癒し手がやられたらしい。癒し手を最低2人第2拠点に送るように、と通信が入ったがあまり警備に兵を割けない」

「危険を冒して危険な場所まで連れていく訳だしな。まぁ気が重いが指示するしかない」

外でメルヘル同士が話している声が聞こえた。隠し布をかき分けて外に出たメルルーシェはふたりに話しかける。

「私が行きます」

メルルーシェにとっては渡りに船の話だった。行く最中にラミスカを探せる。しかし勿論、相当な危険を伴うだろう。

「君は…8隊の癒し魔法の使い手か。いいだろう」

話を聞く限り混戦状態の場所には、癒し魔法の使い手よりも薬類管理の兵士を送ったほうが適正が高いと判断できるが、それを言及するものは居なかった。皆自分の隊から死人は出したくはないのだ。

その後連隊長達は各々の隊から誰を出すか選び、薬類管理兵が1名と警備に4名が集められた。中には少し異国の血が混ざっている事が分かる兵もいた。


魔兵器の探知から身を隠すため、拠点以外の移動には癒し手も仮面魔具を取り付けてサークレットは腰鎧にかける。

命令を受けて第3拠点から出発した6人は、基本陣形を組みながら戦場を横断し始めた。味方の魔法に被弾しないようにかつ、出来るだけ戦闘を避けて移動する。魔兵器は崖から登って来たり、坑道を通ってトンネルから現れる。

「おい!癒し手がいるのか?頼むこっちで治療を頼む」

交戦中の隊の近くを通り過ぎたときに必死に呼び止める声が聞こえる。

第2拠点に向かう任務を優先するべきだという意見と、通り過ぎる内に癒しをかけるだけだ、と意見が割れて隊の空気は緊迫していた。

少し立ち止まったその間に、トンネルから現れた魔兵器がメルルーシェたちの隊目掛けて伸縮する足を伸ばした。

兵士がメルルーシェともう一人を庇って横に飛ぶ。地面にぶつかる前に受け身を取ると同時に、魔兵器の足が地面に突き刺さり激しい音を立てる。

ひとりが土魔法で壁を展開するが、壁に足をかけた魔兵器が巨大な一つの目と錯覚する球体でメルルーシェたちを見下ろした。すかさずふたりが氷魔法を目に放って撃ち落とす。

「あの隊に合流するぞ、急げ」

走り出した瞬間巨大な土の塊が反対方向から投げ込まれた。ひとりが巻き込まれて吹き飛ばされる。先ほどメルルーシェを庇った兵士だ。メルルーシェはすぐにその兵士に駆け寄る。

「やめろ、こっちに来い!」

前方で引率する兵士が叫ぶも、またもや土の塊が投げ込まれて土埃で視界が遮られる。

「行って!すぐ向かいます」

メルルーシェが叫ぶとこれ以上犠牲を出せないと踏んだのか、4人は別の隊に合流するべく前進したようだった。

吹き飛ばされた兵士は半身を酷く打撲していて片足は押し潰されている。当たり具合から即死ではないとは分かっていたが、酷い状態だった。でも助からないことはない。

「君は…愚かだな、何故、来たんだ」

口から溢れる血でむせながら兵士が浅い呼吸を繰り返す。

「一度助けてもらったからよ。大丈夫、私が癒すわ」

メルルーシェは身体を強化して土の塊を肩で押し上げると、兵士の脇を抱えて押し潰されている片足を救い出す。呆気に取られていた兵士が、仮面魔具を取りサークレットを装着したのを見て苦し気に呻く。

「ば、やめ、ろ。場所が、ばれる」

魔兵器がいる戦場で、拠点以外で仮面魔具を外すことは極めて危険だ。それは理解した上だった。

一瞬で集中力を高めて自分の魔力を兵士に注ぎ込む。粉々になった骨に黒く固まっていく兵士の魔力を溶かしながら骨の再生を促す。

すぐに仮面魔具を装着して、持ち物から痛みを和らげるための薬を取り出す。骨の再生はとてつもなく痛むのだ。

その時、突然後ろから手首を掴まれた。

「何故……女が、こんな場所にいるんだ。ここで何してる!」

突然現れたベルへザード兵を睨みつける。
手早く薬を飲ませる処置をしなければ激痛が身体を襲うだろう。

「今そんなことを気にしている場合?」

メルルーシェが男の仮面を睨みつけて手を振り払うと、飲み薬に調合してある痛み止めを男の口に流し込む。

「癒し魔法の使い手を…第2拠点に連れて行く任務の途中、だ。
身体が、熱い」

苦しそうに引き継ぎを行おうと口を開く兵士の口元の血を拭って、楽になるように腹鎧を外してやる。

身体の大きなベルへザード兵は珍しい全仮面だった。普通は円滑な意思疎通を図るために口元は見せるのが礼儀だ。首元がしっかりと隠れるマネラを着ていて、手袋までしている。もしかすると高い地位の兵士なのかもしれない。

(仮面魔具を外して癒しをかける一瞬に、顔を見られたのね)

メルルーシェは元々平均的に身長の高いベルへザード人女性の中でもさらに長身の部類だ。髪を切ってからは、後ろで結んで仮面魔具を装着しているときは女だと気付かれないことも多い。

「第2拠点に…」

身分の高そうな兵士がすっと顔をあげて、徘徊する魔兵器を見やる。

「ここはお前のいるべき場所じゃない。帰るんだ」

メルルーシェを見据えてそう呟いた。

見ず知らずの兵士に突然帰れと言われて少し苛立った。
けれどきっとこの人も、自分は弱者を守るべき者だという自覚があるだけの人なのだ。

(言葉の選び方は気に食わないが。)

メルルーシェが微笑みながら首を横に振る。

「いいえ、帰らないわ。私は息子を探すためにここにいるの」

男は何故か固まってしまった。仮面で何を考えているのか分からないが、自分がつい突拍子もないことを宣言してしまっていることに気付いて慌てて訂正する。

「癒し魔法の使い手として派遣されましたので、任務につかなければ多くの兵士が困るわ」

取り繕った言い訳を述べたと同時に、激しい音と共に近くに魔兵器の足が突き刺さった。身分の高そうな男が身体を縮めて一瞬で跳躍すると、メルルーシェたちを探していたらしい魔兵器に槍を突き立てて爆発させた。

こちらに倒れてこないようにしっかりと蹴ってから着地する。やはりこの身のこなしは一般兵ではないだろう。アルスベルの動きを見ているような美しい体捌きだった。

男は黙ったまま負傷兵に肩を貸して、その身体を持ち上げると小さく呟いた。

「安全な場所まで移動する」

歩き出した男についていく形で進む。転がる死体の中には腹鎧に白札が差し込まれている者もいた。候補兵だ。

(ラミスカ…無事でいてちょうだい。)

胸を押し潰しそうな不安を飲み込む。

男が急にメルルーシェの手を引いて窪みに負傷兵を降ろした。黙るように動作で示される。すぐ近くで数体の魔兵器と交戦している隊がいた。

「ここでじっとしていろ」

男はメルルーシェに言い聞かせるように告げて隊の応援に向かった。周りを見渡すも、魔兵器は前方の隊との交戦に集まっていた。

交戦の様子に目を凝らすと、数体の足が一斉に男を襲っているのが見える。土埃で見えづらいが、わざと仮面を外して自分に攻撃を誘っているようだった。


「ここは安全よ」

メルルーシェは少し悩んでから、薬が効いてきているせいで意識朦朧としている負傷兵にそう囁いて窪みから出た。

走りながら近くに落ちているベルへザード兵の槍を拾い上げる。
魔兵器は目を潰せば動きを止められるが、何本もある長い足によってその位置は高く、武器で戦おうとするならば投擲しなければ届かない。しかも普通に投擲しても弾かれるだけだった。

男はひとりで戦っていた。背中を向けているため顔は見えないが仮面は外しているようで、5体もの魔兵器の攻撃が集中している。紙一重で避けながら宙を踊るように舞っている。内心はらはらしながらも、周囲に転がる負傷兵に視線を移す。

すでに手の施せない状態の者も多くいた。
半数は動けそうだったが、皆あの男に釘付けだった。連れてきた負傷兵がいる方を指して移動するように声をかけて、動けない状態の者は数人で運び出す。

2体、3体と頭の部分が地面に大きな音を立てて転がる。動ける者は氷魔法を放って男を援護している。

負傷者から顔をあげると、仮面を着け直した男が槍を振りながらこっちを見ていた。既に集まっていた魔兵器は全て破壊したようで、大股でメルルーシェに近付いて見下ろす。

「その身に何かあったらどうする」

まるで心配しているかのように男が声を荒げる。

「自分の身は自分で守れるわ」

メルルーシェが男を見上げて淡々と言い返しながら、転がっている邪魔な魔兵器の足に槍を刺して振り払う。

「そんな問題じゃない、ここはお前のいる場所じゃない」

「どういう意味かしら?癒し魔法は不要なの?」

全員で負傷者の集まっている場所に向かいながら、男と言い合いをしていると後ろから呆れたような声が降ってくる。

「おいおい、痴話げんかは他所でやってくれ」

「痴話喧嘩じゃないわ。この人は知らない人です」

疲れた様子の兵士に尋ねられて、第2拠点に派遣される最中だと説明する。サークレットを身に着けて集まった負傷者に順番に癒し魔法を施していく。

「いや、しかし凄かったな」

集中を解いたメルルーシェの耳に会話が聞こえてくる。窪みで背を預けて休んでいる兵士が男のことを口々に話していた。

少し離れた場所で遠くを見ていた男に声をかける。癒し魔法を施す最中守ってくれていたのだろう。不愛想だがこの男には何となく親しみが沸いた。

「私の名前はメルルーシェ。あなたの名前は?」

メルルーシェを黙って見下ろしていた男は仮面に手をかけた。

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