上 下
43 / 71
4章 われても末に

悪夢の再来

しおりを挟む



「ラミスカ、何故一人で出て行ったの?」

悲しげなメルルーシェの声が高音が響き渡る中辛うじて聞こえる。
迷いながらどう答えようか、と口を噤む。

ラミスカの身体はメルルーシェの魔力を吸い上げていた。あのまま近くにいればメルルーシェの身体が危険だった。しかしそれを相談しなかったのは、自分の存在がメルルーシェとアルスベルにとって邪魔になると思ったからだ。

結局、こうしてメルルーシェが国内で一番危険な場所にいるのは自分のせいだ。自分とメルルーシェの魔力の繋がりについては話しておくべきかもしれない。

「終わったら話す」

突然耳障りな高音が止んだ。声量をあげて話していた兵士たちが困惑した表情で顔を見合わせる。耳に残る音の余韻が尾を引く。ひとりが通信状態を確認しようと仮面魔具を頭にかけた瞬間、空が暗くなった。

頭上を見上げる間もなく、かなり正面に近い場所へ何かが落ちて爆発のような音と地響きが起こる。

ラミスカは咄嗟にメルルーシェを掴んで伏せた。

砂煙が引くと巨大でいびつな球体が現れた。地面にめり込んだその球体は蕾が花を開くように広がって、立ち上がった。

「拠点に走り込め!魔兵器だ!」

ラミスカが誰よりもはやく警鐘を鳴らすと、唖然としていた兵士たちが我に返った。目前に迫っていた第2拠点に向かって駆け出す。

「負傷者を拠点に運んでから、拠点を守れ」

互いを奮い立たせるように声をあげて、隊列を組んで進むも数人が魔兵器の足に絡めとられて叩きつけられる。反射的に飛び込んだラミスカが飛ばされた兵士をひとり受け止めた。互いの腹鎧がぶつかり合って鈍い音を立てる。

「あ、ありがとう」

震える声で礼を述べる兵士を押しのけて、メルルーシェがいる位置を確認する。

戦える兵士が最後尾で魔法を放ち、負傷で進みの遅い者の後援をしながら拠点側へ移動している。飛んできた球体はひとつだけではなく、2体、3体と数を増していった。それらはこちらに近付いている大型魔兵器から放たれていた。

魔兵器はラミスカを捉えると、何本もの足を鞭のように伸ばした。避けずに義脚と槍で捌きながら数を減らしていく。

「ラミスカ!」

後ろに立つメルルーシェが、左側から回された魔兵器の足を槍で振り払った。兵士たちも応戦しているものの、魔兵器の攻撃はラミスカに集中していた。

(俺を狙っているのか。)

遠方の大型魔兵器から妙な高音が一定の間隔を開けて鳴り始め、地下の坑道に反響している。後ろで槍を構えるメルルーシェに一瞬視線を向ける。魔兵器が自分を狙っているから囮になる、とは悟られないように告げる。

「メルルーシェ、拠点までひとりで走れるか?
拠点から攻撃する方が有利だ。俺もすぐに向かう」

「分かった。ラミスカ、無理はしないで」

何か言いかけるのを飲み込んで頷いたメルルーシェが足を潜って走り出す。
負傷者たちは無事に拠点内に運び込まれたようで、拠点から支援の水魔法が放たれる。次に氷魔法が放たれ、動きを封じ込められた魔兵器に槍を投擲する。

攻撃をかいくぐりながら自分の槍を引き抜くべく駆け出すと、魔兵器が拠点に向かって走るメルルーシェに標的を変えた。

(何だあの動きは?)

魔兵器の足が数いる兵士の中から、明らかにメルルーシェを狙っているように見える。

柔軟に伸縮する足を兵士に突き壊されると、足を戻してメルルーシェに向かって固めた脚を振り下ろそうとする魔兵器。

槍を引き抜いてから全身に魔力を滾らせて地面を蹴る。

魔兵器の顔に飛びついて目を槍で貫こうとしたものの、想定よりも硬く槍が突き抜けなかった。引き抜こうと力を入れている間にまた別の魔兵器がメルルーシェを捕らえようと足を伸ばした。

下から一斉に氷が放たれて魔兵器の頭部分が撃ち落とされた。槍をそのままに、こちら側に倒れてきた魔兵器を蹴って地面に降り立つ。

(俺じゃない……メルルーシェを狙っているんだ。)

明らかにメルルーシェを狙っているように見えたのは錯覚ではなかった。しかも大型魔兵器から鳴る高音の間隔が速くなっている。大元に目を向けると、空間が揺れているように見えた。

ラミスカは嫌な胸の高鳴りに、地面を蹴りありったけの声で叫ぶ。

「伏せろ!」

走りながらこちらを振り返ったメルルーシェが、大きく転倒するように伏せたのが見えた。


刹那、光がラミスカの視界を遮った。

「っ…メルルーシェ!!」

拠点を狙ったのかメルルーシェを狙ったのか定かではないが、大型魔兵器から魔力の凝縮された光線が放たれたようだった。そんな攻撃が出来るという情報は入っていなかった。

光に手を伸ばしている時間が数秒にも感じられたが、背筋が凍りそうな思いで光に飛び込んだときには既に破壊の痕が残されていた。

間一髪光線の軌道が上向きにずれたことで、拠点もメルルーシェも無事だった。拠点の方も防衛魔具が発動し、一部破損しているが軽い損傷だった。

地面から顔をあげたメルルーシェの元に走りつつ大型魔兵器へ顔を向けると、どうやらどこかの隊が交戦している様子だった。

(軌道をずらして助かったのか。)

自分の力だけではメルルーシェを守れなかっただろうことにぞっとする。

顔に土をつけたメルルーシェがきょとんとした顔でラミスカを見上げる。軽く指で撫でて土を拭って抱きしめる。近くにいた兵士たちも無事で顔を見合わせていた。

「ラミスカ…震えてるわ」

メルルーシェが周りの目を気にして、戸惑いがちにラミスカの背に手をまわす。落ち着かせるように背中を叩かれる。一層抱きしめると「い、痛い」と声が漏れたので慌てて力を緩める。

「ここにいてはいけない。今すぐここから離れよう」

「だめよ、拠点が狙われてる。大勢が死んでしまう」

小声で告げたラミスカにメルルーシェが囁く。メルルーシェは自分が狙われていたとは思っていないようで、命の危険に晒されたにも関わらず、いつもと変わらない穏やかな声だった。どう伝えよう、と口籠ったラミスカの隣から野次が飛ぶ。

「おいお前ら抱き合ってる場合じゃないさっさと拠点に入れ」

呆れた顔でせっつかれてふたりは第2拠点に向かった。
拠点に到着すると、兵士が大型魔兵器の方向を見てざわめいていた。

「あんな常識外れの身体強化……師団長直轄隊だろ」

「もう大丈夫だ」

「ゾエフ師団長が他の師団からの援軍も連れて到着したらしいぞ」

安堵と歓声にも似たどよめきが広がっている。ラミスカも目を凝らすが、大型魔兵器がこちらに向かっていることには変わりなかった。足止めをしようと交戦しているものの、止められないのだろう。

「ラミスカ、私は負傷者の癒しに向かうわ」

仮設の癒し場に向かおうと離れるメルルーシェの手を掴む。どうすればいい。ここから一人で逃げてくれと言って頷く人間じゃない。

「メルルーシェ…」

「戦争が終わったら、ふたりでゆっくり話しましょう。ね?」

柔らかく微笑むメルルーシェに言葉が詰まる。目の前を光線が遮ったとき、メルルーシェを失ったかと思った。あんな思いは2度としたくない。

「分かった。…メルルーシェ、これを」

首元のスファラ鉱石の首飾りを探って外した。

「身につけてくれていたのね」

「細工が取れかけているんだ。失いたくないから持っていてくれ」

思わず顔が綻んだメルルーシェが、留め具が緩んでいるのを見て頷いた。

メルルーシェを逃がすのではない。敵を滅ぼせばいい。ラミスカはメルルーシェの背を見送ると、拠点から一人大型魔兵器へと向かって飛ぶように走り出した。

途中で地面から現れる魔兵器を槍で貫き、爆風を起こしながら大型魔兵器の目前に迫る。仮面魔具を外していても大剣を振るうエジークはすぐに判別出来た。

大型魔兵器は体内に幾つかの魔兵器を内蔵しているようで、身体から幾つもの足が飛び出して兵士を襲っている。それが妙に魔力の暴走を起こしたときの人の姿に似ていた。

まわりの魔力を吸い上げているらしく、身体に倦怠感を感じる。苦戦している理由はそのためか。幾分か弱々しい水魔法と氷魔法連携で固めた足を、エジークが大剣で叩き潰している。

「ラミスカ!」

顔を上げると疲労が滲んだミュレアンが飛び降りてきた。

「遅くなりました」

襲いかかってきた魔兵器を息のあった動きで仕留める。

「あれを内部から爆発させられるか?」

拠点に向かって速度を上げる大型魔兵器に飛び移り、槍を突き立てて掴まった。
ミュレアン曰く、魔鉱石の塊の核が内に存在するが、恐ろしく堅い装甲で核まで到達するのが難しいという。別の1体は崖側で足止めしているらしい。

状況を聞いている内に、着々と敵は拠点に近づいている。

「もう足止めするための魔力が残っていない」

ミュレアンが悔しそうに呟く。先程光線の軌道を変えたのもミュレアンの土魔法なのだろう。この速度で進まれていてはすぐに拠点に到着されていたはずだ。

「全員ここから離れてくれ」

ラミスカの言葉にミュレアンが頷いてすぐに指示を出す。

「全員拠点に撤退!急げ!」

ラミスカの炎魔法が周りにどう影響を及ぼすか理解しているミュレアンは、何も尋ね返すことなくラミスカの要求を受け入れた。

拠点はもうすぐ目前だった。ラミスカが身体に炎を纏って大型魔兵器に槍を突き立てる。槍に炎を伝わせて爆発させても動きは止まらない。このまま突っ込めば拠点は潰されるだろう。

(拠点まで行かせるわけにはいかない。絶対に)

拠点で治療を行なっているであろうメルルーシェの姿が思い浮かんだ。

ラミスカの突き出した腕を纏う炎がどろどろとした性質に変わり、今までと比にならない熱を発する。上半身の服は溶けて、筋肉質な褐色の身体が露わになった。

巨大魔兵器の中心に炎を送り込み穴を広げていくと、内側から魔鉱石の光が漏れ出る。魔力を吸い込もうとする魔鉱石に、義脚が溶けて重心が保てないまま全力で槍を差し込む。

爆風と共に、大型魔兵器が拠点の手前で歩みを止めた。槍を引き抜こうとするも、切っ先が溶けて壊れているようで舌打ちする。

全力の炎魔法で溶かしたため、空間が歪んで見えるほど熱気が立ち込めていた。拠点側に目を向けると、水蒸気が立ち上っていた。熱風を氷魔法で相殺したのだろう。

巨大魔兵器の放射で空いていた穴から、たくさんの兵士が顔を覗かせていた。兵士たちの顔には、ラミスカがよく知る恐怖が浮かんでいた。

「や、やった!」

「倒れたぞー!!」

静寂の後に戸惑いがちに歓声が響き渡った。


しおりを挟む

処理中です...