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本編
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吹く風にすら熱が染み入るとある晩、愛奈は自転車を止め、公園の奥へと目を向けた。ビャクシンの木立に囲まれたその空間は、夜の闇の中、不気味に沈黙している。
園内に人の気配はない。野良猫や鳥の気配もない。生き物の気配はひとつもない。生ぬるい熱を含んだ夜風のほかに、動きを示すものはひとつもなかった。
郊外のとある小さな町はずれにある公園は、昼間もひっそりとしていた。そこで遊ぶ子どもは滅多にいなかった。近所に住む大人ですら、この場所を通るのをためらうほどだった。
理由はよくわからない。「過去にここで自殺した人がいる」とか「通り魔に襲われた人がいる」とか物騒な噂を耳にしたことならばいくらかあるのだが、どれも確証には結びつかなかった。事の真相は不明だったのである。
いつもならば、さっさと前を通り過ぎる。
立ち話はしない。中に入ったりもしない。園内の奥を覗き込むこともしない。
けれど、今夜はなぜか、公園のことが気になる。「中に入って内部の様子を観察してみたい」とすら思う。
「……」
愛奈は無言で考えた。中に入るか立ち去るか、たっぷり時間をかけて悩んだ。即断即決を信条とする自分にしては、とても珍しいことだった。
制服を着た塾帰りの女子高生がひとりで夜歩きするなんて、我ながら危ないなと思う。パトロール中の警察官に見つかったら、補導はまぬかれないであろう。
しかし、それでも──「中に行ってみたい」と願った。照明の光少ない空間を探索したところで、なにも得られないことはわかっているのだが、募る好奇心が蛮勇を後押しするのだった。
やがて風が綺麗に静まった頃、愛奈は公園の敷地内に足を踏み入れた。
一歩一歩前に進むごとに、乾いた砂泥の感触が靴裏に響く。静寂に覆われた夜のさなか、足音を立てぬよう慎重に歩く。
園内に遊具はない。舗装路もない。噴水もない。
広々とした空間を囲むようにして立ち並ぶビャクシンの木と、土でできた細い通路、小道沿いに植えられている低木ばかりが目に入ってくる。
その夜は奇妙なまでに静かであった。
土でできた細道をしばらく歩いてみたのだが、やはり生き物の気配は感じられなかった。
と。
木立の向こうに、うごめく影を認めた。
(誰かいるみたい……)
樹木の幹に身を隠し、目を凝らして影の正体を探る。
瞳が闇に馴れてきたのとほぼ同じ頃合い、暗闇の奥に二つの人影が見えた。
直立する木の下より、控えめな呼吸音が響いてくる。
(えっ……!?)
闇の中を凝視した愛奈は、驚きに目を見開いた。
暗がりのただなか、二人の少女が抱き合っているのが見えた。他校の制服を着た少女同士が、手足を絡ませ合うようにして互いの体をまさぐり合っている。
「──、……ぁ……」
声が聞こえる。背の低い、巻き毛の少女が愛撫を受け、控えめな嬌声を発したのであった。
もうひとりの少女は、往年の名優のように凜々しい姿かたちをしていた。
細面の顔にきりりと引き結んだ口、それから白蛇のように美しい手肌──相手の服を丁寧に脱がし愛撫を施すその娘の外見は、どことなくは虫類に似ていた。
愛奈は戸惑った。
昔から、は虫類は苦手であった。亀もとかげも苦手だった。
小学生の頃、自宅の庭で蛇を見かけた際、涙を流して家に逃げ帰った。苦手なものを間近で見てしまったショックで、全身がひどく震えた。
動物は好きだけれど、は虫類は──特に蛇は嫌いだった。どんなに時が過ぎようと、好きになる日はたぶん来ないと思われた。
だから、白蛇に似たその少女を「美しい」と表現した自分にまず驚いた。蛇なんて地球上でいちばん醜い生き物だとすら思っているのに、どうしてあの子に惹かれてしまうのだろう。私ったら、いったいどうしちゃったのかな。
「あ、……っ……、」
娘が巻き毛の少女の服を丁寧に脱がしていく。巻き毛の少女は、陶酔しきった表情で相手にしがみついている。
「この二人、付き合っているのかもしれない」と、愛奈はとっさに考えた。彼女たちのまなこに、恋人たちだけが持つ「熱」を感じたためである。
情熱。熱情。あるいは、愛に根ざした狂おしい感情。
少女たちの瞳には、そういった切実な想いが宿っていた。黒目がちの目の奥を妖しく輝かせ、固く抱き合う彼女らは、淫魔のように淫らな風情を醸していた。
「ふ……、っ……」
少女二人がキスをする。口内までもを犯すような、熱烈なくちづけを交わす。互いの唾液を水のようにすすっては、むき出しの唇を求め合う。
愛奈はぎゅっと胸許を押さえた。一瞬、心臓がどきんと跳ねたような心地がして、思わず身じろぎしてしまったのだった。
娘たちは気づかない。屠るように唇を合わせ、舌を絡め、腰と腰とをぴったり重ねている。淫靡な睦言を言い合いながら、素肌と素肌を絡めている。滴る唾液はそのままに、欲と欲とを真正面からぶつけ合っている……。
どきん、と。
心臓はまた跳ねた──ような気がした。
自分でも信じがたい話なのだが、このときはじめて、女の子相手に欲を覚えた。「体中をめちゃくちゃにいじられてもかまわないから、あの二人に愛されてみたい」と望んだ。「汚されてみたい」と感じた。
同性同士の激しいキスを目の当たりにし、体が濡れた。心も熱く潤った。二人の拡散する「熱」が、──理性を食い殺すほどに強力な「熱」が空気を通して皮膚に浸透したような気がしてならなかった。
木陰に身を潜めたまま、愛奈は二人の様子にじっと見入った。「邪魔をしたらいけない」と思ってはいるのだが、どうしても目を逸らすことができなかった。ずくずくと疼く心と体を持て余したまま、観察を続けた。
邪魔するつもりはまったくなかった。
しかし、立ち去るつもりもなかった。
狂ったように求め合う恋人たちの姿を瞳に焼きつけたい。妨害なんてしないから、ただただ彼女らの行為を記憶したい。
心底そう願った。
どうしてそんな気持ちになってしまったのか、我ながら説明がつかないけれども、願ってしまったのは確かであったのだ。
「沙月」
巻き毛の少女が、長身の娘の目をまっすぐ見ながら言った。「私の体、どう思う?」
「とても綺麗よ」沙月と呼ばれた少女が答える。「あなたの体、どこも甘いわ。砂糖漬けの果物みたいにとても甘い」
「よかった……」少女が、ほ、と吐息をつく。
「沙月の口に合わなかったらどうしようかと考えていたわ」
「そんな心配、する必要ないわ」
巻き毛の少女の額にそっと唇を押し当てたあと、沙月が瞳をすがめて言った。「あなたの全部、私が食べてあげる。一片たりとて残したりなんかしないわ」
少女が笑う。生まれたての赤子のように汚れなく。清浄無垢な天使のように清らかに。
「……ありさ」
少女の目を見返しながら、沙月が名を呼んだ。それからためらいがちに少女の体を抱き寄せて、またも深いキスを与えた。一連の動作に無駄はなかった。
綺麗だった。
満月の下で愛を交わす少女たちの姿は、極上の美術作品のように美しかった。淫らで卑猥で汚らわしくて、──なのに、そのくせ尊かった。
ありさが少し背伸びをし、沙月のうなじに唇を寄せた。そのしぐさにも無駄はなかった。
少女たちは明らかに、互いの肉体を知り尽くしているようだった。深まっていく夜の底、二人の呼吸がひそやかに響いた。
純白のブラウスがはらりと地に落ちる。沙月がありさの服をそっと剥ぎ取ったのだった。
「あ……、っ……」
あらわになったふくらみにてのひらが這う。白蛇のようにしなやかな手が、小ぶりな乳房をゆるやかに揉む。
「……ふ、ぁ…………、」
ありさの声に、甘い響きが混じる。募る快感に全身を震わせながら、彼女は愛撫を受け入れる。
「あ……、…………いい……」
てのひらの動きはそのままに、沙月が瞳に微笑を宿す。雛鳥の捕食に成功したけもののようにしたたかに笑んでは、嬌声を上げるありさの胸を乳首ごとなぶり尽くす。
「ふぁ……、っ……」
すっかり赤く色づいた尖りが、節の目立たぬ細指につままれる。揉まれ、擦られ、扱かれて、女の急所が硬く張りつめる。
「あっ……、あ……っ……」
乳房への愛撫をひととおり終えた頃、沙月が空いた手でスカートをめくり上げた。
と、そのとき、淡い光が射し込んできた。薄雲の先に隠れていた満月が、突然姿を現したのである。
「あ……!」
愛奈の口から、小さな悲鳴が漏れた。沙月の股ぐらにある「それ」を見た瞬間、頭の中が真っ白になってしまったのだった。
大きくめくり上げられたスカートの下は、裸だった。下着はなかった。
短い悲鳴を上げたのはそのせいもあった。なにも履いていないのに外を歩く女を見たのは、今夜がはじめてだったから。
けれど──、愛奈を驚かせた最大の理由は、沙月の股間に息づく太々とした男性器だった。
(あの子、どこからどう見ても女の子なのに……。胸もちゃんとあるのに、どうしてあんなものをぶら下げているの……?)
跳ねる鼓動の強い響きを全身で感じながら、愛奈は考えた。しっかり考えた。
しかし、満足のいく解答は出てこなかった。自分自身の中に答えを求めても、まったく無駄なことであった。
ペニスを持つ女がまさかこの世に存在するなんて、ありえるはずがないのだから。
だが、愛奈は見てしまった。男の器官を持つ女性を、女でありながら立派なペニスを生やしている美しいけものを、この目で見てしまった。
──鼓動が高鳴る。
沙月が、ありさのスカートの中に手を差し込む。
やがて粘った汁音が聞こえ出した。ありさの秘部から漏れ出した愛液が、沙月の指に絡んで音を立てはじめたのだ。
「あ、あぁ……」
同性の腕に抱かれ、ありさが甘い声を上げる。かすかに腰を打ち震わせてはみずから足を開き、さらなる愛撫を無言のうちに要求する。
ぐじゅぐじゅと猥雑な音を響かせて、指はうごめく。小さなペニスのように硬い指が、女の秘め処を存分に犯す。
そして、熱を高めたあと、──沙月が腰を大きく突き出した。
「……、っ……!」
欲情に濡れた声が、両者の口からあふれ出す。二人ともに体を硬直させ、快感に耐えている。
それは愛奈とて同じであった。下着の中はすでに愛液でぐちゃぐちゃだ。
熱を持った体を自分の指で慰めたい。誰も慰めを与えてくれないのなら、せめて自分の手で欲を放ちたい──欲情した心が、身のうちに兆した疼きをどうにかしたくて焦れている。飢えを感じている。
けれども、それよりもなによりも、目に映る少女たちの痴態を追うのに必死だった。濡れた声を上げる二人を懸命に凝視しては、展開される淫らな景色に意識を集中させる。
「あ、……ぁ、ぁ……っ……、」
ありさが悶える。硬く勃ち上がったペニスで貫かれながら、細腰を揺すられながら、娼婦のように淫らに四肢をくねらせる。
(ああ、この子も「蛇」なんだ)
ふいに、愛奈の脳裏でひとつのイメージが像を結んだ。檻の中で絡み合って交尾をする二匹の白蛇の映像が、頭の中に浮かんだのである。
──踊る白蛇。
「夜」という広大な檻の中で、淫らなダンスをする二匹の白蛇。
それは自分の思い描いた勝手な空想に過ぎない。
しかしその空想は、これまで想像してきたどんなまぼろしよりもリアルなものに感じられた。
──檻の中で踊るように絡む二匹の白蛇。
苛烈なまでに美しいまぼろしは、夜の闇にとても馴染んだ。
愛奈もまた、夜の虜になった。荒々しい律動をともにするけものたちに、心ごととらわれた。
沙月が腰を振る。
ありさも腰を振り乱す。
二人して快感に耐え、貪欲に求め合う。
ぐちゅぐちゅと粘る音がする。精液と愛液が絡む音がする。
濡れた喘ぎが場に満ちる。狂ったように喘ぎを散らして、二匹の白蛇が欲に溺れる。
──と。
(あ……、)
愛奈は見た。ひときわ大きく腰を突き上げる直前、沙月がこちらを見てにいっと笑いかけてきたのを。
(まさか……。まさか、あの子、すでに私の存在に気づいていて……)
そんなことはない、と胸に思った。
けれど、確かに、沙月と目が合ったのだ。そしてそのとき、彼女は微笑みかけてきたのだ。「あなたも混じってみない?」と誘うような笑みを、まっすぐ向けてきたのである。
「あ、あぁ…………ん…………!」
二つの女体が同時にのぼりつめる。けものと化した少女たちが、無言のうちに絶頂を果たす。
あとに残るは、荒れに荒れた二人分の吐息のみだ。
やがて夜が静けさを取り戻した頃、愛奈はみずから前へと進み出した。
沙月はなぜ、男の器官を持っているのか。
ありさはどうしてそれを受け入れているのか。
理由は知らない。……知らなくていい。
体に染みる熱や疼きを晴らさぬことには、どこにも行けない。戻れない。
だから、二人の前へと進む。愛されたいから、前に出る。
吐息が響く闇の底、愛奈はさらに前へ進んだ。
「夜」という名の檻の中、新たな蛇が静かに目覚めた。
【了】
園内に人の気配はない。野良猫や鳥の気配もない。生き物の気配はひとつもない。生ぬるい熱を含んだ夜風のほかに、動きを示すものはひとつもなかった。
郊外のとある小さな町はずれにある公園は、昼間もひっそりとしていた。そこで遊ぶ子どもは滅多にいなかった。近所に住む大人ですら、この場所を通るのをためらうほどだった。
理由はよくわからない。「過去にここで自殺した人がいる」とか「通り魔に襲われた人がいる」とか物騒な噂を耳にしたことならばいくらかあるのだが、どれも確証には結びつかなかった。事の真相は不明だったのである。
いつもならば、さっさと前を通り過ぎる。
立ち話はしない。中に入ったりもしない。園内の奥を覗き込むこともしない。
けれど、今夜はなぜか、公園のことが気になる。「中に入って内部の様子を観察してみたい」とすら思う。
「……」
愛奈は無言で考えた。中に入るか立ち去るか、たっぷり時間をかけて悩んだ。即断即決を信条とする自分にしては、とても珍しいことだった。
制服を着た塾帰りの女子高生がひとりで夜歩きするなんて、我ながら危ないなと思う。パトロール中の警察官に見つかったら、補導はまぬかれないであろう。
しかし、それでも──「中に行ってみたい」と願った。照明の光少ない空間を探索したところで、なにも得られないことはわかっているのだが、募る好奇心が蛮勇を後押しするのだった。
やがて風が綺麗に静まった頃、愛奈は公園の敷地内に足を踏み入れた。
一歩一歩前に進むごとに、乾いた砂泥の感触が靴裏に響く。静寂に覆われた夜のさなか、足音を立てぬよう慎重に歩く。
園内に遊具はない。舗装路もない。噴水もない。
広々とした空間を囲むようにして立ち並ぶビャクシンの木と、土でできた細い通路、小道沿いに植えられている低木ばかりが目に入ってくる。
その夜は奇妙なまでに静かであった。
土でできた細道をしばらく歩いてみたのだが、やはり生き物の気配は感じられなかった。
と。
木立の向こうに、うごめく影を認めた。
(誰かいるみたい……)
樹木の幹に身を隠し、目を凝らして影の正体を探る。
瞳が闇に馴れてきたのとほぼ同じ頃合い、暗闇の奥に二つの人影が見えた。
直立する木の下より、控えめな呼吸音が響いてくる。
(えっ……!?)
闇の中を凝視した愛奈は、驚きに目を見開いた。
暗がりのただなか、二人の少女が抱き合っているのが見えた。他校の制服を着た少女同士が、手足を絡ませ合うようにして互いの体をまさぐり合っている。
「──、……ぁ……」
声が聞こえる。背の低い、巻き毛の少女が愛撫を受け、控えめな嬌声を発したのであった。
もうひとりの少女は、往年の名優のように凜々しい姿かたちをしていた。
細面の顔にきりりと引き結んだ口、それから白蛇のように美しい手肌──相手の服を丁寧に脱がし愛撫を施すその娘の外見は、どことなくは虫類に似ていた。
愛奈は戸惑った。
昔から、は虫類は苦手であった。亀もとかげも苦手だった。
小学生の頃、自宅の庭で蛇を見かけた際、涙を流して家に逃げ帰った。苦手なものを間近で見てしまったショックで、全身がひどく震えた。
動物は好きだけれど、は虫類は──特に蛇は嫌いだった。どんなに時が過ぎようと、好きになる日はたぶん来ないと思われた。
だから、白蛇に似たその少女を「美しい」と表現した自分にまず驚いた。蛇なんて地球上でいちばん醜い生き物だとすら思っているのに、どうしてあの子に惹かれてしまうのだろう。私ったら、いったいどうしちゃったのかな。
「あ、……っ……、」
娘が巻き毛の少女の服を丁寧に脱がしていく。巻き毛の少女は、陶酔しきった表情で相手にしがみついている。
「この二人、付き合っているのかもしれない」と、愛奈はとっさに考えた。彼女たちのまなこに、恋人たちだけが持つ「熱」を感じたためである。
情熱。熱情。あるいは、愛に根ざした狂おしい感情。
少女たちの瞳には、そういった切実な想いが宿っていた。黒目がちの目の奥を妖しく輝かせ、固く抱き合う彼女らは、淫魔のように淫らな風情を醸していた。
「ふ……、っ……」
少女二人がキスをする。口内までもを犯すような、熱烈なくちづけを交わす。互いの唾液を水のようにすすっては、むき出しの唇を求め合う。
愛奈はぎゅっと胸許を押さえた。一瞬、心臓がどきんと跳ねたような心地がして、思わず身じろぎしてしまったのだった。
娘たちは気づかない。屠るように唇を合わせ、舌を絡め、腰と腰とをぴったり重ねている。淫靡な睦言を言い合いながら、素肌と素肌を絡めている。滴る唾液はそのままに、欲と欲とを真正面からぶつけ合っている……。
どきん、と。
心臓はまた跳ねた──ような気がした。
自分でも信じがたい話なのだが、このときはじめて、女の子相手に欲を覚えた。「体中をめちゃくちゃにいじられてもかまわないから、あの二人に愛されてみたい」と望んだ。「汚されてみたい」と感じた。
同性同士の激しいキスを目の当たりにし、体が濡れた。心も熱く潤った。二人の拡散する「熱」が、──理性を食い殺すほどに強力な「熱」が空気を通して皮膚に浸透したような気がしてならなかった。
木陰に身を潜めたまま、愛奈は二人の様子にじっと見入った。「邪魔をしたらいけない」と思ってはいるのだが、どうしても目を逸らすことができなかった。ずくずくと疼く心と体を持て余したまま、観察を続けた。
邪魔するつもりはまったくなかった。
しかし、立ち去るつもりもなかった。
狂ったように求め合う恋人たちの姿を瞳に焼きつけたい。妨害なんてしないから、ただただ彼女らの行為を記憶したい。
心底そう願った。
どうしてそんな気持ちになってしまったのか、我ながら説明がつかないけれども、願ってしまったのは確かであったのだ。
「沙月」
巻き毛の少女が、長身の娘の目をまっすぐ見ながら言った。「私の体、どう思う?」
「とても綺麗よ」沙月と呼ばれた少女が答える。「あなたの体、どこも甘いわ。砂糖漬けの果物みたいにとても甘い」
「よかった……」少女が、ほ、と吐息をつく。
「沙月の口に合わなかったらどうしようかと考えていたわ」
「そんな心配、する必要ないわ」
巻き毛の少女の額にそっと唇を押し当てたあと、沙月が瞳をすがめて言った。「あなたの全部、私が食べてあげる。一片たりとて残したりなんかしないわ」
少女が笑う。生まれたての赤子のように汚れなく。清浄無垢な天使のように清らかに。
「……ありさ」
少女の目を見返しながら、沙月が名を呼んだ。それからためらいがちに少女の体を抱き寄せて、またも深いキスを与えた。一連の動作に無駄はなかった。
綺麗だった。
満月の下で愛を交わす少女たちの姿は、極上の美術作品のように美しかった。淫らで卑猥で汚らわしくて、──なのに、そのくせ尊かった。
ありさが少し背伸びをし、沙月のうなじに唇を寄せた。そのしぐさにも無駄はなかった。
少女たちは明らかに、互いの肉体を知り尽くしているようだった。深まっていく夜の底、二人の呼吸がひそやかに響いた。
純白のブラウスがはらりと地に落ちる。沙月がありさの服をそっと剥ぎ取ったのだった。
「あ……、っ……」
あらわになったふくらみにてのひらが這う。白蛇のようにしなやかな手が、小ぶりな乳房をゆるやかに揉む。
「……ふ、ぁ…………、」
ありさの声に、甘い響きが混じる。募る快感に全身を震わせながら、彼女は愛撫を受け入れる。
「あ……、…………いい……」
てのひらの動きはそのままに、沙月が瞳に微笑を宿す。雛鳥の捕食に成功したけもののようにしたたかに笑んでは、嬌声を上げるありさの胸を乳首ごとなぶり尽くす。
「ふぁ……、っ……」
すっかり赤く色づいた尖りが、節の目立たぬ細指につままれる。揉まれ、擦られ、扱かれて、女の急所が硬く張りつめる。
「あっ……、あ……っ……」
乳房への愛撫をひととおり終えた頃、沙月が空いた手でスカートをめくり上げた。
と、そのとき、淡い光が射し込んできた。薄雲の先に隠れていた満月が、突然姿を現したのである。
「あ……!」
愛奈の口から、小さな悲鳴が漏れた。沙月の股ぐらにある「それ」を見た瞬間、頭の中が真っ白になってしまったのだった。
大きくめくり上げられたスカートの下は、裸だった。下着はなかった。
短い悲鳴を上げたのはそのせいもあった。なにも履いていないのに外を歩く女を見たのは、今夜がはじめてだったから。
けれど──、愛奈を驚かせた最大の理由は、沙月の股間に息づく太々とした男性器だった。
(あの子、どこからどう見ても女の子なのに……。胸もちゃんとあるのに、どうしてあんなものをぶら下げているの……?)
跳ねる鼓動の強い響きを全身で感じながら、愛奈は考えた。しっかり考えた。
しかし、満足のいく解答は出てこなかった。自分自身の中に答えを求めても、まったく無駄なことであった。
ペニスを持つ女がまさかこの世に存在するなんて、ありえるはずがないのだから。
だが、愛奈は見てしまった。男の器官を持つ女性を、女でありながら立派なペニスを生やしている美しいけものを、この目で見てしまった。
──鼓動が高鳴る。
沙月が、ありさのスカートの中に手を差し込む。
やがて粘った汁音が聞こえ出した。ありさの秘部から漏れ出した愛液が、沙月の指に絡んで音を立てはじめたのだ。
「あ、あぁ……」
同性の腕に抱かれ、ありさが甘い声を上げる。かすかに腰を打ち震わせてはみずから足を開き、さらなる愛撫を無言のうちに要求する。
ぐじゅぐじゅと猥雑な音を響かせて、指はうごめく。小さなペニスのように硬い指が、女の秘め処を存分に犯す。
そして、熱を高めたあと、──沙月が腰を大きく突き出した。
「……、っ……!」
欲情に濡れた声が、両者の口からあふれ出す。二人ともに体を硬直させ、快感に耐えている。
それは愛奈とて同じであった。下着の中はすでに愛液でぐちゃぐちゃだ。
熱を持った体を自分の指で慰めたい。誰も慰めを与えてくれないのなら、せめて自分の手で欲を放ちたい──欲情した心が、身のうちに兆した疼きをどうにかしたくて焦れている。飢えを感じている。
けれども、それよりもなによりも、目に映る少女たちの痴態を追うのに必死だった。濡れた声を上げる二人を懸命に凝視しては、展開される淫らな景色に意識を集中させる。
「あ、……ぁ、ぁ……っ……、」
ありさが悶える。硬く勃ち上がったペニスで貫かれながら、細腰を揺すられながら、娼婦のように淫らに四肢をくねらせる。
(ああ、この子も「蛇」なんだ)
ふいに、愛奈の脳裏でひとつのイメージが像を結んだ。檻の中で絡み合って交尾をする二匹の白蛇の映像が、頭の中に浮かんだのである。
──踊る白蛇。
「夜」という広大な檻の中で、淫らなダンスをする二匹の白蛇。
それは自分の思い描いた勝手な空想に過ぎない。
しかしその空想は、これまで想像してきたどんなまぼろしよりもリアルなものに感じられた。
──檻の中で踊るように絡む二匹の白蛇。
苛烈なまでに美しいまぼろしは、夜の闇にとても馴染んだ。
愛奈もまた、夜の虜になった。荒々しい律動をともにするけものたちに、心ごととらわれた。
沙月が腰を振る。
ありさも腰を振り乱す。
二人して快感に耐え、貪欲に求め合う。
ぐちゅぐちゅと粘る音がする。精液と愛液が絡む音がする。
濡れた喘ぎが場に満ちる。狂ったように喘ぎを散らして、二匹の白蛇が欲に溺れる。
──と。
(あ……、)
愛奈は見た。ひときわ大きく腰を突き上げる直前、沙月がこちらを見てにいっと笑いかけてきたのを。
(まさか……。まさか、あの子、すでに私の存在に気づいていて……)
そんなことはない、と胸に思った。
けれど、確かに、沙月と目が合ったのだ。そしてそのとき、彼女は微笑みかけてきたのだ。「あなたも混じってみない?」と誘うような笑みを、まっすぐ向けてきたのである。
「あ、あぁ…………ん…………!」
二つの女体が同時にのぼりつめる。けものと化した少女たちが、無言のうちに絶頂を果たす。
あとに残るは、荒れに荒れた二人分の吐息のみだ。
やがて夜が静けさを取り戻した頃、愛奈はみずから前へと進み出した。
沙月はなぜ、男の器官を持っているのか。
ありさはどうしてそれを受け入れているのか。
理由は知らない。……知らなくていい。
体に染みる熱や疼きを晴らさぬことには、どこにも行けない。戻れない。
だから、二人の前へと進む。愛されたいから、前に出る。
吐息が響く闇の底、愛奈はさらに前へ進んだ。
「夜」という名の檻の中、新たな蛇が静かに目覚めた。
【了】
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12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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