かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

文字の大きさ
2 / 103
序章 運命の夜

第二話

しおりを挟む
その黒いかたまりを目にして、「スライム」だと回答できる人間はいったいどれほどいるだろう。
けれど、目も鼻も口もない無貌むぼうの怪物はまさしく、「スライム」としか言いようがなかった。粘性の強い半透明な皮膚といい、自在に変形する肉体といい、不定形な異形ならではの特徴を鮮やかなまでに呈している。
美美子は、ほっと息をついた。
こういうとき、趣味のロールプレイングゲームで培った知識が役に立つのだから、世の中って本当によくわからない。
もっとも、ゲームを通して得た情報なんてたかが知れているけれど……。

物音を立てぬよう気を配りながら、ジャングルジム上での攻防に視線を集中させる。輝く金髪を腰のあたりまでのばした少女と、泥のように鈍重な動きを見せるスライムを交互に見やっては、戦いの行方をじっくりと観察した。
「あんたに恨みはないけれど、その命、ここで頂くからね」少女が言った。とても綺麗な発音だった。
「あんたたちとそのお仲間ときたら、若い子ばっかり狙うんだもん。人間の男はいま、ぐっすり眠っているからしょうがないのかもしれないけどね」
そうなのだ。
少女の語ったとおり、西暦2020年現在、全世界の男性たちは深い眠りについているのである。どんなに強く揺さぶっても、耳許で大声を出しても、脇の下をくすぐっても一向に目覚めようとしない。
そして、これまた奇妙な現象なのだが──、眠っている男たちはなぜか老化しないのだ。若者はいつまでも若者のまま、年老いた男はいつまでも年老いたままで、ずっと死の予兆を見せないのである。

ある日突然、男たちは原因不明の眠りに落ちた。
結果、女性しか存在しないいびつな人間社会ができあがった。美美子もまた、大きく偏った世界の住人である。

「それにしても」と美美子は思う。「ジャンルグルジムの足場ってひどく不安定なのに、あの子、軽々と移動しているわ……」と、胸のうちにて驚きの声を上げる。
あの少女は何者なのだろう? このあたりでは見慣れない顔だが……。
もしかして、サーカス団に所属する異国の軽業師かるわざしなのだろうか。それとも、なにか特殊な訓練を受けた少女兵なのだろうか。だって、身のこなしにまったく無駄がないんだもの……。
──と、そこまで考えを深めたところで、美美子はバニラアイスの存在を思い出した。
「早く帰らなきゃ……」
一歩あとじさりをし、そのまま静かに体を半回転させた。──そのときだった。
「ギギッ、」
きしむ木の床のように不快な音が聞こえた。信じがたいことだが、スライムが──鳴いたのだ
「ふむ……。あの黒髪の女、いい体をしてやがるな。胸もなかなかでかいし……。よし、決めた! まずはオマエから食ってやる!」
ジャングルジムのてっぺんから、スライムが身を投げ出す。そして華麗に着地を決めたのち、のそりのそりと美美子のほうへ迫ってきた。
「う、嘘」
美美子はうめいた。
こんなところで、化け物の餌になどなりたくないのに。
録画していたアニメ番組をまだ全部見終えていないのに。
……死にたくないのに。
「嫌ぁ……」
しかし、どうしても足が動かない。いますぐにでも逃げたいのに、体がいうことをきかないのだ。
「嫌、お願い。やめて……!」
シャツとブラジャーの隙間に、粘っこい感触がするりと入ってくる。どろりと垂れる湿った感触が大変厭わしい。

「おいしくいただいてやるよ。お嬢さん」
スライムが言った。その口調には、みなぎる興奮が混じっていた。

【続く】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...