かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第一章 神様が家にやってきた

第四話

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「なら、いいんじゃない? この際、好きな人を作ってみるのも悪くないかもしれないよ?」
晴れやかな表情で、父が言った。
「けど……。私に婚約者だなんて」
「お前もよく知っている人物が相手だとしても、そう言うのかな?」
──私のよく知る人物?
目顔めがおで問う。
父が一度大きくうなずいた。
「美美子、君は父さんの紹介で文通していただろう……。年下の子と」
「え、ええ」
美美子は慌てて肯定の返事をする。
長い髪を無造作にかき上げてしばらくしたのち、父親が話を進めた。
「スリーデイズが過ぎたあと、この世界に残された人類は男と女でなく、M性とF性という性差を設けるようになった。それはどこかの研究者やお偉いさんが定めた決まり事ではなく、世界各地で自然発生的に起こった事象である……。ここまでは美美子も知っているよね?」
「学校の授業で習ったもの。ごく初歩的な知識だわ。小学生でも知らない子はいないはずよ」
突然、会話が違う方向に行き、美美子はひそかにうろたえた。けれど、あえてなにも言わずに、落ち着きのある口ぶりで話に付き合った。
CMはいまだに終わらない。
「では、M性とF性について説明できるかな?」
「M性はMale《男性》の略よ。スリーデイズ後、股間に……えっと、あるものが生えてきた女性たちのことを指すわ」
テレビの音声に負けないぐらいにはきはきと、美美子は答えた。さすがに「股間」という単語を言うときだけは声量せいりょうを落としたけれど、それ以外の言葉はすべて、おのれにしては大きな声できっぱりと言いのけた。
「M性はF性に比べて、出生率が低い。それに、M性の中から超能力みたいな特殊な力を持つ人が──いわゆる、『化神《けしん》』と呼ばれる神様が生まれるようになったから、余計に尊ばれるようになったの。ちなみに、スリーデイズからしばらくの時が経過した現在、『彼』という代名詞は、眠ってしまった男たちとこの世にいるすべてのM性のことを指すわ」
「続けて」
父が言った。やはり笑みながら告げた言葉であった。
「F性は、Female《女性》を言い換えたものになるわ。足の間になにも持たないごく普通の女性たちのことね。彼女たちから、特殊な力を持って生まれる人はいないの。いや、……確かいたような気もするけれど、M性と比較したらとても少ないはずだわ」
「ご名答めいとう
拍手がぱらぱらと響いた。父が反応を示したのである。
「美美子ちゃん、すごいわ。ちゃんと勉強しているのねえ」
母もまた、父にならって拍手をした。こちらも笑顔である。
「ごく一般的な知識よ。M性とF性について知らない人間なんて、いまの地球上にはいないと思うんだけど」
「けど、勉強嫌いな子も中にはいると思うもの。美美子ちゃんはその点、抜かりないから安心ね」
「だよなあ」父が呟いた。
勉強熱心な娘を持ったことがさぞかし嬉しいのだろう。彼は満足げに微笑んでいる。
拍手をなおも浴びながら、美美子は「こんなの、褒められるまでもないことよ」と考えた。勉強こそが学生の本分なのに、二人ともどうしてこんなに喜んでいるんだろう。

「真面目なのはいいことだ」父が言った。
「──けれど、お前はいささか真面目すぎる。その調子だと恋愛をしたことはないんだろう?」
「当然よ。私、好きな人すらいないんだもの」

食卓近くの壁に掛けられている時計をちらりと見やったところ、まだ七時前であった。
龍源寺家の朝は早いのである。

【続く】
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