かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第一章 神様が家にやってきた

第十五話

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「もう! せっかくいい雰囲気だったのに……。トムちゃん、邪魔しないでよ」
憤慨ふんがいするジュエルを見て、久永が明るく打ち笑った。
「ごめんね。『青春っていいなあ』と思ったから、素直に声に出してみたの」
「別にいま言わなくてもいいじゃない。美美子ちゃんにもう一度キスするチャンスだったのに……!」
「え。ジュエルったら、そんなこと考えていたの?」
美美子は右手で口を塞いだ。
浴室でしたときは二人きりだったからまだ許せる。けれど、往来おうらいで──他人の目につくところで接吻せっぷんするのは、さすがに気が引けた。
そもそも、ここには久永求ひさながもとむがいるのだ。彼の目の前でキスなどしようものなら、なにを言われるか知れたものではない。
(久永さんって他人をからかったりするの、なんとなく好きそうな感じがするし。……とにかく、人前でのキスは諦めさせなきゃいけないわ)
そう結論づけたところで、美美子は、
「外でキスするのは駄目だからね」
と告げた。
「私、いままでキスなんてしたことなかったから……。だから恥ずかしいの。どうしても照れちゃうのよ」
案の定、ジュエルが頬をふくらませ、不服そうな表情を作る。
「いいじゃない、減るものじゃなし。私は、私と美美子ちゃんのラブラブっぷりを全世界に向けて広めたいんだから」
「駄目よ」
美美子は苦笑しつつ、言った。「世の中には、『秘すれば花』という言葉があるわ」
「知ってるー。世阿弥ぜあみちゃんのお言葉だよねっ」
美美子はまたしても苦笑いをした。教科書に登場するような有名人を「世阿弥ちゃん」と呼ぶのは、おそらくジュエルぐらいのものだろう。
「とにかく、私は美美子ちゃんといちゃいちゃしたいの! 二人で愛をはぐくみたいの! だから、私と美美子ちゃんのスーパーラブラブタイムを邪魔しないでよね、トムちゃ……、」
──突然、ジュエルが黙り込んだ。
美美子も思わず口を閉ざした。
ついさっきまで、久永はここにいた。それはまぎれもない事実だ。
なのに。
……なのに、彼の姿がどこにも見当たらない。気配すら消えてしまっている。
驚きのあまり立ちすくむ美美子のすぐ傍で、ジュエルが、
「あーあ、また逃げられちゃったか」
と大きな声で言った。
「あの人、気配を消すのがめちゃくちゃ上手いんだよね。いつものことながら、ほんと感心しちゃうよ」
「そうね……」
「まるで忍者みたいだわ」という感想は、あえて口にはしなかった。
久永が自分に声をかけてきた理由は、いまだ謎に包まれている。
だが、その理由を知りたいとは思わない。彼のように一癖ありそうな人物とは、あまり関わりたくないから──。
「それにしても、私が久永さんに絡まれているってよくわかったわね。いきなり私と久永さんの前に現れたときなんて、私、びっくりしちゃったわ」
言うと、彼はにっこり笑った。
「うん。私、空間移動《ワープ》するの、すっごく得意なんだ。だから、車とか電車とかに乗ったことないんだよね」
「……本当に?」
「そうだよー。だって力を使えば、一瞬で目的地に着いちゃうんだもん。だから、乗り物に乗ったことはほとんどないんだ」
「へえ……」
「面白いことになったわ」と、美美子は思った。
非日常の代名詞とも呼べる存在が、手の届く場所にいる。本物の神様がここにいる。
私のことだけを熱烈に愛する、そんな素敵な神様が──。
「ねえ、美美子ちゃん。学校に行っても、私といっしょにお喋りしようね。君に話したいこと、たくさんあるんだから」
「ええ。……私もよ」
返事をしながら、「こんな楽しいファンタジー、私が手放すわけないじゃない」と胸に思った。
人前でキスされるのはさすがに困るが、本物の神様になつかれているこの状況は捨てがたい。

恋なんてしたことないし、これからだってたぶん、「したい」とは思わない。

だけど、「ジュエルが相手ならばしてもいいかな」と考えている自分がいるから、困る。
とても困る。

【第二章に続く】
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