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第一章 神様が家にやってきた
第十四話
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朝早くから強い力で抱きしめられて、美美子は大いに戸惑った。
「ち、……ちょっとジュエル! 久永さんもここにいるのよ!?」
と小声で注意を促すものの、当の本人は一向に離れようとしない。
「美美子ちゃんが今日もかわいくて、ジュエル、とっても幸せだよー!」と声高に叫んでは、美美子の髪に鼻先を押しつけてくる。そのしぐさはまるで、飼い主をこころから慕う大型犬のようである。
「あー……。すごくいいにおいだね」
「あなたがシャワーを浴びる前に、浴室で体を洗ったの」
すると、ジュエルが急に顔を上げた。
「あのね、美美子ちゃん。さっきはありがとう。ナメクジを退治してくれて、ほんとにありがとう。私、カタツムリは平気だけど、ナメクジはどうしても苦手なんだよね……」
「私はあのとき、ちょっと驚いたわ。だって、化神であるあなたに苦手なものがあるなんて、想像すらしていなかったんですもの」
すると、ジュエルが自嘲の笑みをおもてにあらわした。
「うん……。苦手なものはどうしても苦手なんだよね。ナメクジを見ると、なんだか胸がぞわぞわするし」
「わかるわ。私にだって苦手なものはあるもの」
そのひとつは、「恋愛に関係する話」であった。
友人が彼氏を作っても素直に祝福できるのだが、なぜか、「私も恋人が欲しいな」とは思わないのである。
(私、恋愛よりファンタジー小説のほうがずっと好きなんだもの。しょうがないじゃない)
胸の底に本音を隠しながら、努《つと》めて明るい声で、
「ねえ、下校したあとにでも、さっきのナメクジのお墓を作りましょうよ」
と誘いをかけた。「彼は私からの誘いを断らない」と予想したうえでの発言であった。
ジュエルがきょとんとした面持ちで、
「お墓……?」
と聞き返してくる。
無垢な表情を浮かべる彼に向かって、美美子はさらに話を続けた。
「そうよ。ナメクジにだって命はあるのよ。だから、お墓を作りましょうよ。……それとも、ジュエルはこういうことするの、嫌なのかしら」
「そんなことないよ」ジュエルが答えた。
「そうだよね、ナメクジだって生きているんだもんね。本当はもっと長生きしたかったのかもしれないし」
腕組みをしながら、彼がうんうんとうなずく。
そして、一秒にも満たない沈黙が流れたのち、ふいに視線が合った。
ジュエルは美美子を見下ろしている。美美子はジュエルを見上げている。
五センチほど上にあるジュエルの顔に向かって、美美子は「ありがとう」と呟くように言った。
「わがままに付き合わせてごめんね。ジュエル、ナメクジを嫌っているのに……」
「それとこれとは話が別だよ」
ジュエルが声なく笑う。そして、
「私、美美子ちゃんのことが大好きなの。だから、君のいうことならなんでも聞くよ」
満面に明るい笑みを浮かべ、ジュエルが言った。
彼の表情は朝焼けの空を照らす太陽よりも力強い。
「ありがとう」美美子は言った。
「ジュエルが手伝ってくれるのなら、お墓作り、すぐ終わりそうだし……。感謝するわ」
ジュエルが得意げに胸を反らす。
小さな子どものように無邪気な反応を見て、美美子は頬をゆるめた。
いま一度、「ありがとう」と礼を述べる。
こうして会話が一段落ついた瞬間、
「若いっていいわねえ。道端で堂々と『二人だけの世界』を作れるんだから」
──羨望の言葉を向けてくる者がいた。
「そういえば、ここには久永さんもいたんだわ」と思い出す。
とたん、両の頬に強い熱がのぼった。きっと、いまの自分は相当、顔を真っ赤にしていることであろう。
【続く】
「ち、……ちょっとジュエル! 久永さんもここにいるのよ!?」
と小声で注意を促すものの、当の本人は一向に離れようとしない。
「美美子ちゃんが今日もかわいくて、ジュエル、とっても幸せだよー!」と声高に叫んでは、美美子の髪に鼻先を押しつけてくる。そのしぐさはまるで、飼い主をこころから慕う大型犬のようである。
「あー……。すごくいいにおいだね」
「あなたがシャワーを浴びる前に、浴室で体を洗ったの」
すると、ジュエルが急に顔を上げた。
「あのね、美美子ちゃん。さっきはありがとう。ナメクジを退治してくれて、ほんとにありがとう。私、カタツムリは平気だけど、ナメクジはどうしても苦手なんだよね……」
「私はあのとき、ちょっと驚いたわ。だって、化神であるあなたに苦手なものがあるなんて、想像すらしていなかったんですもの」
すると、ジュエルが自嘲の笑みをおもてにあらわした。
「うん……。苦手なものはどうしても苦手なんだよね。ナメクジを見ると、なんだか胸がぞわぞわするし」
「わかるわ。私にだって苦手なものはあるもの」
そのひとつは、「恋愛に関係する話」であった。
友人が彼氏を作っても素直に祝福できるのだが、なぜか、「私も恋人が欲しいな」とは思わないのである。
(私、恋愛よりファンタジー小説のほうがずっと好きなんだもの。しょうがないじゃない)
胸の底に本音を隠しながら、努《つと》めて明るい声で、
「ねえ、下校したあとにでも、さっきのナメクジのお墓を作りましょうよ」
と誘いをかけた。「彼は私からの誘いを断らない」と予想したうえでの発言であった。
ジュエルがきょとんとした面持ちで、
「お墓……?」
と聞き返してくる。
無垢な表情を浮かべる彼に向かって、美美子はさらに話を続けた。
「そうよ。ナメクジにだって命はあるのよ。だから、お墓を作りましょうよ。……それとも、ジュエルはこういうことするの、嫌なのかしら」
「そんなことないよ」ジュエルが答えた。
「そうだよね、ナメクジだって生きているんだもんね。本当はもっと長生きしたかったのかもしれないし」
腕組みをしながら、彼がうんうんとうなずく。
そして、一秒にも満たない沈黙が流れたのち、ふいに視線が合った。
ジュエルは美美子を見下ろしている。美美子はジュエルを見上げている。
五センチほど上にあるジュエルの顔に向かって、美美子は「ありがとう」と呟くように言った。
「わがままに付き合わせてごめんね。ジュエル、ナメクジを嫌っているのに……」
「それとこれとは話が別だよ」
ジュエルが声なく笑う。そして、
「私、美美子ちゃんのことが大好きなの。だから、君のいうことならなんでも聞くよ」
満面に明るい笑みを浮かべ、ジュエルが言った。
彼の表情は朝焼けの空を照らす太陽よりも力強い。
「ありがとう」美美子は言った。
「ジュエルが手伝ってくれるのなら、お墓作り、すぐ終わりそうだし……。感謝するわ」
ジュエルが得意げに胸を反らす。
小さな子どものように無邪気な反応を見て、美美子は頬をゆるめた。
いま一度、「ありがとう」と礼を述べる。
こうして会話が一段落ついた瞬間、
「若いっていいわねえ。道端で堂々と『二人だけの世界』を作れるんだから」
──羨望の言葉を向けてくる者がいた。
「そういえば、ここには久永さんもいたんだわ」と思い出す。
とたん、両の頬に強い熱がのぼった。きっと、いまの自分は相当、顔を真っ赤にしていることであろう。
【続く】
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