かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

文字の大きさ
19 / 103
第一章 神様が家にやってきた

第十四話

しおりを挟む
朝早くから強い力で抱きしめられて、美美子は大いに戸惑った。
「ち、……ちょっとジュエル! 久永さんもここにいるのよ!?」
と小声で注意をうながすものの、当の本人は一向に離れようとしない。
「美美子ちゃんが今日もかわいくて、ジュエル、とっても幸せだよー!」と声高こわだかに叫んでは、美美子の髪に鼻先を押しつけてくる。そのしぐさはまるで、飼い主をこころから慕う大型犬のようである。
「あー……。すごくいいにおいだね」
「あなたがシャワーを浴びる前に、浴室で体を洗ったの」
すると、ジュエルが急に顔を上げた。
「あのね、美美子ちゃん。さっきはありがとう。ナメクジを退治してくれて、ほんとにありがとう。私、カタツムリは平気だけど、ナメクジはどうしても苦手なんだよね……」
「私はあのとき、ちょっと驚いたわ。だって、化神けしんであるあなたに苦手なものがあるなんて、想像すらしていなかったんですもの」
すると、ジュエルが自嘲の笑みをおもてにあらわした。
「うん……。苦手なものはどうしても苦手なんだよね。ナメクジを見ると、なんだか胸がぞわぞわするし」
「わかるわ。私にだって苦手なものはあるもの」
そのひとつは、「恋愛に関係する話」であった。
友人が彼氏を作っても素直に祝福できるのだが、なぜか、「私も恋人が欲しいな」とは思わないのである。
(私、恋愛よりファンタジー小説のほうがずっと好きなんだもの。しょうがないじゃない)
胸の底に本音を隠しながら、努《つと》めて明るい声で、
「ねえ、下校したあとにでも、さっきのナメクジのお墓を作りましょうよ」
と誘いをかけた。「彼は私からの誘いを断らない」と予想したうえでの発言であった。
ジュエルがきょとんとした面持ちで、
「お墓……?」
と聞き返してくる。
無垢な表情を浮かべる彼に向かって、美美子はさらに話を続けた。
「そうよ。ナメクジにだって命はあるのよ。だから、お墓を作りましょうよ。……それとも、ジュエルはこういうことするの、嫌なのかしら」
「そんなことないよ」ジュエルが答えた。
「そうだよね、ナメクジだって生きているんだもんね。本当はもっと長生きしたかったのかもしれないし」
腕組みをしながら、彼がうんうんとうなずく。
そして、一秒にも満たない沈黙が流れたのち、ふいに視線が合った。
ジュエルは美美子を見下ろしている。美美子はジュエルを見上げている。
五センチほど上にあるジュエルの顔に向かって、美美子は「ありがとう」と呟くように言った。
「わがままに付き合わせてごめんね。ジュエル、ナメクジを嫌っているのに……」
「それとこれとは話が別だよ」
ジュエルが声なく笑う。そして、
「私、美美子ちゃんのことが大好きなの。だから、君のいうことならなんでも聞くよ」
満面に明るい笑みを浮かべ、ジュエルが言った。
彼の表情は朝焼けの空を照らす太陽よりも力強い。
「ありがとう」美美子は言った。
「ジュエルが手伝ってくれるのなら、お墓作り、すぐ終わりそうだし……。感謝するわ」
ジュエルが得意げに胸をらす。
小さな子どものように無邪気な反応を見て、美美子は頬をゆるめた。
いま一度、「ありがとう」と礼を述べる。

こうして会話が一段落ついた瞬間、
「若いっていいわねえ。道端で堂々と『二人だけの世界』を作れるんだから」
──羨望せんぼうの言葉を向けてくる者がいた。

「そういえば、ここには久永さんもいたんだわ」と思い出す。
とたん、両の頬に強い熱がのぼった。きっと、いまの自分は相当、顔を真っ赤にしていることであろう。

【続く】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...