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第一章 神様が家にやってきた
第十三話
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「久永求」と名乗ったM性へと目を転じ、
「私たち、以前お会いしたことありましたか?」
再度、質問を突きつける。
いつでも逃げ出せるよう、さらに一歩後退することも忘れない。
「いいえ。私たちが実際に会話をしたのは、今朝がはじめてよ」久永がからりとした口調で答えた。
「でも私はあなたのことをよく知っているわ。……龍源寺美美子さん」
街は静かだ。
人も車もこの場に来ない。
漠然とした恐怖を胸に抱えつつ、久永の顔を見つめる。
「目を逸らしたい。そしてここから逃げ出したい」と願うが、なぜか体がいうことを聞いてくれない。
彼は一見、親しみの持てる笑みをその頬に浮かべていた。ひどく柔和な笑みだった。けれど、どことなく威圧感のある笑みのようにも感じられた。
美美子はさらに一歩、後ろへと退く。
踊るような足取りで、久永が二歩、前に進む。
(……駄目だわ。逃げられない)
美美子は胸の中で助けを求めた。何度も何度も、祈るような気持ちで「誰か来て!」と叫んだ。けれど、やはり誰も来なかった。
この場にいる第三者といえば、上空を飛ぶ小鳥ぐらいのものである。
「無駄よ。誰も来ないわ」久永が言った。
また一歩、前に進んだ彼が笑む。冷酷非情な獣のようにしたたかに。
全身が竦む。背筋にひとしずくの汗が垂れる。
なのに、足が動かない。まるで地面に縫い付けられたかのようだ。
あと少し後ろに下がれば自宅に逃げ込めるのに、全身が硬直してしまっている。久永求から少しも目を逸らせずにいる──。
心のどこかにあきらめを感じた。助けを呼ぶ声を止めて、ただただ久永の顔へと視線を据えた。
……そのときだった。
「その人にさわらないで!」
閃光が荒れ狂うようにほとばしり、二人の間を綺麗に分断した。音なき光が、前触れもなく、この場に出現したのである。
わずか一秒にも満たない出来事だった。突然の展開に美美子はまぶたを伏せるのも忘れ、眼前の光景にひたすら見入った。
光が収まる。
静寂が戻る。
電線で戯れていたスズメたちが、一斉に空へと飛び立つ。
そして、美美子は見た。久永と自分の間に制服姿の少女が立っているのを、その目で。
「ジュエル……」
美美子は彼の名を呼んだ。
けれど、返る声はなかった。
ジュエルの顔も体も久永求に向いている。──いまだ笑顔を崩さぬ謎のM性の方へと。
「トムちゃん、なにしに来たの?」ジュエルが言った。「美美子ちゃんを脅すような真似をするなんて、いくらあなたでも許せないな」
「あら。そんなこと、私、していないわよ?」
「嘘つき」
ジュエルが語気を荒げる。一歩前へと詰め寄っては、久永の真正面で立ち止まる。
「美美子ちゃん、いまさっきすごく怯えていたんだよ!? それにこの人はね、F性なの。普通の女子高生なの! なのにわざわざ怖がらせたりなんかして……。
ねえ、トムちゃん、いったいなにを企んでいるの? 場合によってはここで叩きのめすからね!」
「嫌ねえ、若い子は。すぐに手を出そうとするんだから」
「とぼけても駄目だからね。美美子ちゃんを怖がらせたこと、絶対に絶対に許さないんだから!」
「あ、あの……」
声をかける。
二人分の視線が突き刺さる。
「美美子ちゃん……。無事だったんだね」
ジュエルがはじけるように笑った。
それから、軽く地を蹴って、
「よかったー! 美美子ちゃんになにもなくて、ほんとによかった!」
歓喜の声とともに、強く抱きついてきた。
【続く】
「私たち、以前お会いしたことありましたか?」
再度、質問を突きつける。
いつでも逃げ出せるよう、さらに一歩後退することも忘れない。
「いいえ。私たちが実際に会話をしたのは、今朝がはじめてよ」久永がからりとした口調で答えた。
「でも私はあなたのことをよく知っているわ。……龍源寺美美子さん」
街は静かだ。
人も車もこの場に来ない。
漠然とした恐怖を胸に抱えつつ、久永の顔を見つめる。
「目を逸らしたい。そしてここから逃げ出したい」と願うが、なぜか体がいうことを聞いてくれない。
彼は一見、親しみの持てる笑みをその頬に浮かべていた。ひどく柔和な笑みだった。けれど、どことなく威圧感のある笑みのようにも感じられた。
美美子はさらに一歩、後ろへと退く。
踊るような足取りで、久永が二歩、前に進む。
(……駄目だわ。逃げられない)
美美子は胸の中で助けを求めた。何度も何度も、祈るような気持ちで「誰か来て!」と叫んだ。けれど、やはり誰も来なかった。
この場にいる第三者といえば、上空を飛ぶ小鳥ぐらいのものである。
「無駄よ。誰も来ないわ」久永が言った。
また一歩、前に進んだ彼が笑む。冷酷非情な獣のようにしたたかに。
全身が竦む。背筋にひとしずくの汗が垂れる。
なのに、足が動かない。まるで地面に縫い付けられたかのようだ。
あと少し後ろに下がれば自宅に逃げ込めるのに、全身が硬直してしまっている。久永求から少しも目を逸らせずにいる──。
心のどこかにあきらめを感じた。助けを呼ぶ声を止めて、ただただ久永の顔へと視線を据えた。
……そのときだった。
「その人にさわらないで!」
閃光が荒れ狂うようにほとばしり、二人の間を綺麗に分断した。音なき光が、前触れもなく、この場に出現したのである。
わずか一秒にも満たない出来事だった。突然の展開に美美子はまぶたを伏せるのも忘れ、眼前の光景にひたすら見入った。
光が収まる。
静寂が戻る。
電線で戯れていたスズメたちが、一斉に空へと飛び立つ。
そして、美美子は見た。久永と自分の間に制服姿の少女が立っているのを、その目で。
「ジュエル……」
美美子は彼の名を呼んだ。
けれど、返る声はなかった。
ジュエルの顔も体も久永求に向いている。──いまだ笑顔を崩さぬ謎のM性の方へと。
「トムちゃん、なにしに来たの?」ジュエルが言った。「美美子ちゃんを脅すような真似をするなんて、いくらあなたでも許せないな」
「あら。そんなこと、私、していないわよ?」
「嘘つき」
ジュエルが語気を荒げる。一歩前へと詰め寄っては、久永の真正面で立ち止まる。
「美美子ちゃん、いまさっきすごく怯えていたんだよ!? それにこの人はね、F性なの。普通の女子高生なの! なのにわざわざ怖がらせたりなんかして……。
ねえ、トムちゃん、いったいなにを企んでいるの? 場合によってはここで叩きのめすからね!」
「嫌ねえ、若い子は。すぐに手を出そうとするんだから」
「とぼけても駄目だからね。美美子ちゃんを怖がらせたこと、絶対に絶対に許さないんだから!」
「あ、あの……」
声をかける。
二人分の視線が突き刺さる。
「美美子ちゃん……。無事だったんだね」
ジュエルがはじけるように笑った。
それから、軽く地を蹴って、
「よかったー! 美美子ちゃんになにもなくて、ほんとによかった!」
歓喜の声とともに、強く抱きついてきた。
【続く】
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