かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

文字の大きさ
32 / 103
第二章 恋に落ちた日

第十二話

しおりを挟む
体育の時間、体操服たいそうふくに着替えて外に出た。
風は涼しく、日は暖かい。天をゆく雲は一朶いちだとてない。抜けるような青空が一面に見える。平穏な景色を阻む要素はここにない。
美美子らの通う初海高はつみこうは住宅街のど真ん中にあるが、幸いなことに事件事故とは無縁な学校であった。数年前、新聞に記事が大きく掲載されたことがあるのだが、その内容は不祥事ふしょうじなどではなく、「吹奏楽部が全国大会への出場を果たした」という名誉あるものであった。


樹齢じゅれい百五十年ほどの大木たいぼくがどっしりと地に据わっている。青々と色づいた葉やたくさんの細枝ほそえだを茂らせたその木の名前は、コナラという。
「へえ、すご~い! あの子って球技も得意なんだぁ」
大樹たいじゅの木陰に座った美美子の左隣ひだりどなりで、あらたが大声を上げた。
「さすがは神だね。勉強だけじゃなく、ソフトボールもできるなんてびっくりした」
美美子はマウンドに立つジュエルを見た。
いま、目の前ではM性たちによるソフトボールの試合が行われていた。M性もF性も元は同じ「女性」であるのだが、体力や腕力に大きく差があるということで、体育の時間は分かれるのが通例つうれいとなっていた。
多くのF性が運動場を走る中、美美子と新は、コナラの木の下でジュエルの活躍を見守っていた。長距離走を走り終えた者は休憩をとっていい──体育教師がそう告げたため、木陰で休んでいるのであった。 
M性たちの姿を見守る者なら、他にもいた。その中には、制服姿の上月巴こうづきともえも含まれている。彼女はもとより体が弱いらしく、毎回、体育の授業は見学しているのだった。
ジュエルが腕を回転させる。白球が横に大きくを描いて、ミットに吸い込まれていく。
審判役のソフトボール部員が高い声で「アウト!」と叫ぶと、キャッチャーを務めていた狭霧さぎりがにこりと笑った。
神城かみしろさん、すごーい!」
「かっこいい!」
「私の彼氏になってほしーい!」
試合を見物けんぶつしていたF性たちが、黄色い声を上げる。彼女らの視線は、マウンド上のジュエルに釘付けだ。
 「……」
──一瞬。
一瞬だけ、胸の奥が痛んだ。激痛でなく、針の先で刺されたような微細びさいな痛みだったけれども、その感覚はいつまでも尾を引くように残った。
(……なによ)
美しいフォームで投球をする婚約者に、鋭い視線を向ける。
(わかってるわ。ジュエルはなにも悪くないの。私が勝手にすねただけなの……)
そうだ、悪いのは彼でない。彼の活躍に惹かれたF性たちでもない。勝手に嫉妬して勝手に落ち込んでいる自分だ。ジュエルからたくさんの愛をもらっているのに、まだまだ欲しがっている自分自身だ──。
(欲しがっている……? そうなんだ。ということは、私、ジュエルのことが──)
それから先に続く言葉は、あえて形にしなかった。そんなことはせずとも、答えは出てしまったのだから。
もし彼のことを「年下のかわいい友人」だとしか考えていないのならば、妬むことはないはずだ。落胆したりもしないはずだ。多くのF性が彼を見て大歓声を上げたとしても、笑って見守ることができるはずなのだ。

「ねえ、新」
美美子は、マウンド上のジュエルの姿から目をらさぬまま、隣にいる友人へと声をかけた。
「私……。
ジュエルに恋しちゃったみたい」

美美子は本音を口にした。
「はじめて誰かに恋をした」と自覚した瞬間でもあった。

【続く】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...