33 / 103
第二章 恋に落ちた日
第十三話
しおりを挟む
一年ほど前から、誰かの視線を感じることがあった。ひどい時には、一日に三度ほど気配を気づくことがあった。
けれど、いまだにその正体は把握できずにいた。
(まただ……)
体育の授業のあとの話だ。
着替えを済ませた美美子は、教室の外に出た。喉を潤すために水飲み場へと向かったのだ。
雑談したり移動したりしている生徒で賑わう廊下を、ゆっくりと進む。注意を払いながら進んだおかげで、誰にもぶつからないまま目的の場所にたどり着くことができた。
蛇口をひねる。においも濁りもない水に、直接口をつけて啜る。
美美子の住む街は、天然の地下水を供給していることで全国的に名を知られている。水質が抜群によいことでも有名だ。だから、水道水を口に含んでも、なんの害もないのである。
──視線に気づいたのは、蛇口を閉めたときのことだった。
勢いをつけて振り向く。
けれども、今日も視線の主を見つけきれなかった。
相手は、気配を消すのが得意なようだ。一年以上も美美子に正体を悟らせずにいるのだから。
(気味が悪いわ……。視線はたしかに感じるのに……)
しかし、美美子はこのことを誰にも相談せずにいた。「もしかしたら気のせいかもしれないわ」と考えているためであった。
(そうよ。気のせい。絶対気のせいよ。ジュエルや雲雀山さんみたいに目立つ人ならともかく、私が見られるわけはない。「ジミ子」と呼ばれている私を気にする人なんて、絶対にどこにもいないのよ)
念仏のように「気のせい」という言葉をぶつぶつ呟いていたところ、
「あ、美美子ちゃんだ!」
真正面から声をかけられた。
人と人の隙間をかき分けるようにして、ジュエルが現れた。彼はまだ、体操服姿のままだった。
「もう着替えたんだ。早いね」
「ええ。……あなた、まだ着替えていないの?」
「うん。試合を見ていたF性の人たちが、いっぱい寄ってきちゃって。いままでお話していたの」
ちくん、と胸がまたまた痛んだ。針の先ほどのわずかな痛み。「嫉妬」という名の小さな痛みだ。
「……ごめん。私には美美子ちゃんっていう大事な人がいるのに、他のF性とお話なんかしたりして」
「え……?」
「いや……。いま、美美子ちゃん、一瞬恐い顔をしたから……。『もしかして嫉妬してくれたのかな?』って思って……」
「ごめん!」と、ジュエルが大声で言う。
「ごめんね。美美子ちゃん、私よりもファンタジーのほうが好きなのにね。親同士が勝手に決めた婚約者だから、仲良くしてくれているだけなのに……」
ジュエルは渋い顔をしている。
好きな人の機嫌を損ねたくなくて必死なのだろう。
廊下には、多くの人がいる。休み時間はまだ終わらぬようだ。
「謝ることはないわ」
美美子はきっぱりと言った。
「私は、……ジュエル、あなたのことが好きなの」
目の前の想い人に伝わるように、はっきりとした口調で告げた。
【続く】
けれど、いまだにその正体は把握できずにいた。
(まただ……)
体育の授業のあとの話だ。
着替えを済ませた美美子は、教室の外に出た。喉を潤すために水飲み場へと向かったのだ。
雑談したり移動したりしている生徒で賑わう廊下を、ゆっくりと進む。注意を払いながら進んだおかげで、誰にもぶつからないまま目的の場所にたどり着くことができた。
蛇口をひねる。においも濁りもない水に、直接口をつけて啜る。
美美子の住む街は、天然の地下水を供給していることで全国的に名を知られている。水質が抜群によいことでも有名だ。だから、水道水を口に含んでも、なんの害もないのである。
──視線に気づいたのは、蛇口を閉めたときのことだった。
勢いをつけて振り向く。
けれども、今日も視線の主を見つけきれなかった。
相手は、気配を消すのが得意なようだ。一年以上も美美子に正体を悟らせずにいるのだから。
(気味が悪いわ……。視線はたしかに感じるのに……)
しかし、美美子はこのことを誰にも相談せずにいた。「もしかしたら気のせいかもしれないわ」と考えているためであった。
(そうよ。気のせい。絶対気のせいよ。ジュエルや雲雀山さんみたいに目立つ人ならともかく、私が見られるわけはない。「ジミ子」と呼ばれている私を気にする人なんて、絶対にどこにもいないのよ)
念仏のように「気のせい」という言葉をぶつぶつ呟いていたところ、
「あ、美美子ちゃんだ!」
真正面から声をかけられた。
人と人の隙間をかき分けるようにして、ジュエルが現れた。彼はまだ、体操服姿のままだった。
「もう着替えたんだ。早いね」
「ええ。……あなた、まだ着替えていないの?」
「うん。試合を見ていたF性の人たちが、いっぱい寄ってきちゃって。いままでお話していたの」
ちくん、と胸がまたまた痛んだ。針の先ほどのわずかな痛み。「嫉妬」という名の小さな痛みだ。
「……ごめん。私には美美子ちゃんっていう大事な人がいるのに、他のF性とお話なんかしたりして」
「え……?」
「いや……。いま、美美子ちゃん、一瞬恐い顔をしたから……。『もしかして嫉妬してくれたのかな?』って思って……」
「ごめん!」と、ジュエルが大声で言う。
「ごめんね。美美子ちゃん、私よりもファンタジーのほうが好きなのにね。親同士が勝手に決めた婚約者だから、仲良くしてくれているだけなのに……」
ジュエルは渋い顔をしている。
好きな人の機嫌を損ねたくなくて必死なのだろう。
廊下には、多くの人がいる。休み時間はまだ終わらぬようだ。
「謝ることはないわ」
美美子はきっぱりと言った。
「私は、……ジュエル、あなたのことが好きなの」
目の前の想い人に伝わるように、はっきりとした口調で告げた。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる