かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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幕間 或る女の独白

或る女の独白

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女が目覚めて最初に目にしたのは、浮きりの施された木造りの天井であった。
「……」
ほつれがみもそのままに、ゆっくりと起き上がる。おそらく長い間眠っていたのだろう。四肢しし顕著けんちょなこわばりを感じた。
頭の中はすっきりしない。眠りにつく前の記憶は曖昧だ。
それでも女はまわりに視線をめぐらせて、状況把握じょうきょうはあくを試みた。
その部屋は、およそ十二畳ほどの広い和室だった。染みもほこりも付着ふちゃくしておらぬ障子より、暖かな日の光がし込んでいる。
部屋に調度品ちょうどひんと呼べるものはほとんどなかった。というよりも、室内の中央に敷かれた布団の他には、なにもなかった。机も椅子もテレビもラジオもない、殺風景さっぷうけいな空間が荒れ野のように広がっている。
「ここは……」
言いさして、女は口を閉じた。「ここは私の家だ」とようやく思い出したのだ。
「そうか……。私はあの娘に殺されかけて──」
唇を怒りのかたちにねじ曲げて、女はすっくと立ち上がった。
「あやつめ! この私に逆らうなんて、なんて罰当ばちあたりな奴なんだ!」
純白のころもの裾を引きずって、ゆっくりと歩き出し、障子を開ける。視界に映る光がまぶしくて、思わず目を細める。
障子の先には縁側えんがわがあり、そのまた向こうに松の木が植えられた庭があった。まるで盆栽のように美しく整えられた小枝に、スズメが数羽止まっている。
「許せない……。あの娘だけは絶対に許すことができない……!」
ひとしきり呟きを落としたあと、女は目の前に人さし指をやった。そして、す……、と空気をなぞるように指を左右に振った。
目の前に半透明はんとうめいなスクリーンが現れ、緑豊かな場所を映す。
「なるほど。あやつは櫻場さくらば公園に……」
女の唇に──紅を引いたように真っ赤な唇に、わずかな笑みが浮かぶ。
「ならば、私もそこへ行くとしよう。……あの娘に──あの小生意気な奴に報復をするためにも」
それから女は狂ったようにケタケタと笑い、素足のまま庭先にわさきへと歩き出した。

あとには、スズメの鳴き声だけが残った。

【第三章に続く】
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