かけがえのない君に告ぐ

春原しずく

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第二章 恋に落ちた日

第三十四話

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「これ……。『龍源寺りゅうげんじさんに』って渡されたんだけど」
笑みを収めたともえがそう言って、一通の白封筒を手渡してきた。
「三組の前を通ったときに預かったんだ。F性の子だったみたいだけど」
巴に礼を述べたあと、すぐさま差出人の名前を確認する。そこには、達筆たっぴつな文字で「川上かわかみあゆか」と書かれてあった。
「知ってる人?」
横からひょいと覗き込みながら、あらたが尋ねてくる。
「ううん。聞いたことのない名前だわ」
「……だよね。三組の前で預かったってことは、たぶん、そのクラスの子なんだろうけど」
頭の中をじっくりあさって記憶を呼び起こしてみたが、期待した結果は得られなかった。
初海高はつみこうは、県内でも生徒数が多いことで有名だ。一学年につき、およそ四百人もいる。知らない顔があったって、別段べつだん不思議ではない。
「川上あゆかさん、か……。はじめて聞く名前だわ」
手紙に目を落としながら、美美子は呟く。
名前どころか顔すら知らない相手がどうして、私てに手紙を寄越よこしたのかな。川上さん、いったいなにを考えているんだろう……。
難しい顔でうんうんうなっていると、
「ごめん。私、絵を描くから」
自席じせきのほうをちらりと見ながら、巴が声を出した。
「あ、うん。ありがとう、上月こうづきさん」
礼を言う。
しかし、相手からの返事はなかった。
反応を返ってくるのを待たずして、巴は席へと戻ってしまったのだ。
「上月さん……」
去りゆく背中を目で追いながら、美美子はその場に立ち尽くす。
──と。
「ねえ。龍源寺りゅうげんじさん、大丈夫?」
横から声をかけてきた者がいた。ゆるく編み込んだ髪と頬に浮いたそばかすが特徴的なクラスメイト・島田柚羽しまだゆずはであった。
「大丈夫……って? いったい、なんのことなのさ」新がすかさず口を挟んだ。
「や、上月さんって変な噂があるから、大丈夫かなーって心配しちゃったの」
「噂? そんなの聞いたこともないわ」美美子は言った。
放課後の教室は騒がしい。あちらこちらで、談笑だんしょうの声が響いている。
「あたしたち、噂にはあんまり興味ないから、そういうのとは無縁むえんなんだよね」新が言う。
「そっか。じゃあ、上月さんが県外から入学してきたこととか知らないの?」
「初耳だわ」美美子は言葉を差し挟む。「私も新も、上月さんとは滅多に話さないから」
「そうなんだ。なら、殺人未遂事件を起こしたことも聞いてないの?」
「えっ」
目を大きく見開いて、島田の顔を凝視する。
「うん、そう。上月さん、……母親を殺しかけたらしくって」
「ここだけの話ね」と言わんばかりに、島田が声を低めて言った。
「上月さんの家って結構なお金持ちらしいんだけど、親子仲は最悪だったみたい。それで家から追い出されて、入学と同時にひとり暮らしを始めたって噂だよ」
美美子は困惑した。混乱のあまり、声を出すことすらできない。
「あと、これは眉唾まゆつばものなんだけど、あの人、空を……飛んでたみたいなの」
「空ぁ!?」新が大げさに反応する。
「人が空を飛ぶなんて、ありえるわけないだろ~! そんな芸当げいとうができるのは、化神けしんくらいのものじゃんか」
「だから、『これは眉唾ものなんだけど』って、前置きしたじゃない」島田が即座に返す。
「……けど、自分のお母さんを殺しかけた噂はほんとらしいよ。同じ中学にいた子から話を聞いたから、事実だと思う」
美美子は黙り込んだ。見るからにおとなしそうな巴が母親に手を上げるなんて、どうしても想像できない。
「でもさ、ただの人間が空を飛べるわけないじゃん」新が言った。
「上月さん、F性だろ? M性だったら、『実は私、化神でした~』って線もありえるだろうけど」
「──待って」美美子は口を挟んだ。
「そういえば、上月さんって、人前で脱いだりしたことないよね……?」
島田と新の顔色が一気に変わった。
「そういや、身体検査もひとりだけ別に受けてたよな……?」新がぼそりと呟く。
「上月さんが人前で脱いでいるとこ、私も見たことないよ」島田も呟き声を放つ。
「もしかしたら、あの人、実はM性なのかも」
沈黙が降りてくる。
教室の中は変わらず騒がしい。
美美子は、右手に握った白封筒にあらためて目を落とした。「川上あゆか」という名前には、やはり、覚えがない。
(なぜだろう。胸騒ぎがするわ……)
鼓動の高鳴りを体全体で感じながら、封筒を見下ろす。

──と。

「きゃっ……!」
右のてのひらが、いきなり熱くなった。まるで炎にあぶられたような、強い熱だった。
封筒を左手に持ち替えたうえで、右てのひらを確認する。

すると、そこには──。

【幕間に続く】
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