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2章

マルコ

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 ベッドで目が覚める。
 どうやら結構な時間寝ていたようで、瞼の重さが相当だった。
 いつもはもっと眠りが浅いからか、結構あっさり瞼が開くんだが。
 そう思いながら、俺は着替え、指輪を忘れないようポケットの中に入れると、部屋の外に出た。
 外を見る。太陽の位置から......九時くらいだろうか。

 そう思いながら、怪我人が連れられている部屋を訪れた。
 そこには一応回ってはいるものの、怪我人が待つという事態が発生していた。
 寝起きだが......失敗はしない。

「失礼。魔法を使います」

「な......聖者様!」

 俺が聖者認定を受けたことはこの遠い地には届いていないだろうから、恐らく以前の崇拝するための言葉としての聖者か、と勝手に納得し、魔法を使用した。

 広範囲に広がる治癒の円。光と共に、瞬く間に怪我人の傷が治っていく。

「無詠唱で、この治療......? どうして、そんなことが出来るの!」

「これくらい出来ないと怒鳴られましたから......」

 俺は遠い目で、昨日半日を使いやがった宮廷治癒術師を思い出した。
 が、それもすぐにやめる。ためにはなったが思いだしたくはない。

「ありがとうございます、聖者様!」 という声に返事を返しながら、俺はフィアさんの元を訪れる。
 治療院に訪れていた二人が――――訪れるとすれば周期的には恐らくケルヴィンだが――――来る可能性があるからだ。
 そして俺が治療院に帰ってきたから、きっと彼女は部屋に待ってもらって、俺が来るのを待つだろうと、そう思っていた。
 その予想は的中した。だが、一部だけ。

「ロードさん」

「はい」

「マルコさんが部屋で待っています」

 フィアさんはある一部屋を指す。
 俺はその部屋から目を離せなかった。
 ケルヴィンではなく、マルコ。
 まぁ、とりあえず暴力沙汰にはならなさそうだ。
 だが、俺はまた別の俺は覚悟を決める。

「わかりました」

 俺はずっと胸の内に抱えていた疑問と共に、その部屋のドアを叩いた。





「久しぶりだな、マルコ」

「......やぁ、もう会えないかと思ったよ、ロード」

 いつもとは違い、どこか萎れたような印象を与える声色でマルコは話す。
 これだけ訪れるということは、何かしら要件があったんだろう、と予想はついている。だが、マルコは一考に話そうとしない。
 俺はマルコと向かい合える場所にある椅子に座ると、話を切り出す。

「なぁ、マルコの話の前に一つ、俺の中でずっと疑問だったことを教えてくれ」

「......なんだい?」

「なぁ、マルコ。なんであの日、俺を追放したんだ」



「なんでも何も、多数「俺が聞きたいのは多数決という言葉じゃあない。マルコのあの日の意見は何故賛成だったんだ?」

「......どういうことかな」

 マルコは続きを促す。

「俺も知らない俺の力を、ただ一人お前だけが知っていて、それがパーティーの利益になると分かっていてそれでも彼らに同調し、そして俺を追放した。俺が抜ければ崩壊するものだと分かっていて」

 わからないという感情の波が押し寄せる。

「なら、争いを収めるため、中立を貫くため、マルコの票は、リーダーとしてパーティーが崩壊すると分かっているなら、俺と同じ反対に入るべきだろう。決して、賛成には入らないはずだ。だけどそれなら多数決は同票、否決される。あの日のようにはならなかった」

 戻りたいわけではない。
 ただ、マルコのその不可解な行動だけが、ずっと胸にしこりを残していた。

「いつも中立を貫く、マルコという人間はそうすることを知っている。だからあの日の行動だけは不可解だった」

 俺を手放したくないなら反対に入れるし、中立を貫く、その言葉の通りならそれこそ対立を収めるために多数決という正義を用いて同票にして、諍いを収める方法を取るだろう。

「マルコにだけは怒りが湧いてこない、ただ純粋に疑問だけがどんどん積もっていく――――あの日の詳細を、俺の疑問の答えを教えてくれ、マルコ」

 そう簡単には納得してやらない。そう思っていたが、あっけなくマルコの一言で打ち砕かれた。

「そうだね。ロード――――


 ――――それはあの日の多数決において、君の言うマルコの票があったとすれば、という前提条件のもと成り立った間違った仮説だ」


「まさか」

「いつも言っていただろう。それに今、君も言っただろう。何があっても中立を貫く、と。君はわかっていたはずだ。マルコという人間は中立しか、貫けないと。あの日は、真に中立として立っただけだ......いや、そうすることしかできなかった」

「つまり」

「あぁそうさ。あの日の多数決は、三人の票のみ。まぁ、君の意見は決まっていたようなものだから、聞いたのは二人だったけど。まぁつまるところ君に伝えたものにも、私の意見は一切入っていない。多数決の結果が出た理由を、淡々と述べたのみ」

 マルコは、ぽつりぽつりと、しかし確実にどんどんと話し始めた。

「君の不遇さは知っていた。だけど、それも私が真に中立として立った多数決の決定だった......いや、今さらこんなことを言っても免罪符にすらならない。いつしか、それが普通になっていたから――――

 ――――だから当然なんだよ」

 マルコは、下を向いていた顔を前に向けた。
 その顔は、どこか悲壮な、そして諦めた表情だった。

「――――どういうことだ」

 俺には全く「当然」の意味が分からない。
 が、そのままマルコは続ける。



「彼らの意見が多数決により通ってしまうこの歪なパーティーの崩壊は、この結果は、そしてこれからの運命はあの日、決まったのさ――――現在所属しているパーティーメンバー三人に対し、国からの命令で世界の果ての調査任務が与えられることも全て」

「んな馬鹿な」

 世界の果て、つまり国外の、さらに奥。地図にすら乗っていない場所を救援物資無しで捜索する、という名目の――――公に死刑に出来ない人へと与えられる死刑のようなもの。

 萎れた表情に納得する。そして、これがきっとマルコの本題だ。これが「当然」の指す先だ。
 もう会えない、という言葉の示す通り、出発はもうすぐなんだろうことが容易に想像できる。
 
 そしてその言葉で、ケルヴィンが何度も治療院に顔を出す本当の理由が分かった。
 
 普通なら拒む、迫りくる死。ケルヴィンもそれを避けたいがために俺の元を訪れるのだろう。だが、マルコはそれを「当たり前なんだ」と受け入れていた。
 そして後悔するように、言葉を漏らした。

「この任務が与えられた理由はパーティーの失態だけじゃない。私たちは、ギルド最高位として動いて――――知りすぎたんだ」

 その内容が何を示しているのかは、俺にはわからなかった。
 正直、俺は橋渡しが主な日中の活動時間だったから、マルコが、そしてパーティー全体が最高位としての権限を使用して何を調べていたのかはまさに俺の知らないことだった。

「その内容を明かし、パーティーで正義を執行し、誰も苦しまない世の中にしたかった。まぁそれは、中立しか貫けないマルコという人間ができるはずはなかったさ」

 声に宿るそれは自虐ではない。それは間違いない、後悔だった。

「追放してから、自分の首を絞めるだけのこの情報は全部墓まで――――いや、世界の果てに持って行き、歴史にも残さないつもりだった」

「だった?」

「君が、聖者認定を受けるまでは」

 その言葉で、すべてがつながったような気がした。その、言葉の意味以外のことも。
 思えば、マルコには俺が治療院に来たことを言っていない。だが、魔物の一件の時には、あたかも俺がいると知っているうえで、重傷者を連れ込んできた。
 つまり、マルコが知りすぎたこととは、ギルド最高位として調べたことは

 ――――七神教の情報なのか。

 その考えに至った瞬間だった。
 マルコは俺の両肩につかみかかった。

「頼む。この事実を君が引き継いで、そして――この腐った世界を、救ってくれ」

 マルコは、四つ折りにされた紙を俺に手渡した。

 きっと、聖者の俺なら、知ってもそう簡単には消されないだろうと、そう思ったから俺に託したんだろう。
 だが、そこに書かれていることを読む気にはならなかった。
 そしてその様子を見てか、マルコは手を離した。

「ケルヴィンを呼んでくるよ。もちろん、同席しよう」

 その時マルコの浮かべていた表情を俺は理解できなかった。


 笑っていたのだ。


 何故だ、何故、笑っていられる。
 だが、その問いを投げる前に、マルコは部屋から退室してしまった。
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