廻れマワれ

大山 たろう

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1-16:移動は長く静寂だけ

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 建物を出て、何故か少し遠回りをして路地を通り、大通りが見えてきた。
 さて、早く行ってしまおう、と思った所、手を引っ張られ止められた。
 手を引っ張ったのは弓の人。はぁ、とため息をつきながら、彼女はごそごそと何かを取り出した。

「さて、勇者様、これを羽織ってください」
「これは……ローブ?」
「はい、何の変哲もないローブです。勇者様の顔を昨日見た人は面倒な顔をすると思うので、先に用意していました」
「確かにそうだね、ありがと」

 渡されたそれを被る。
 確かに、私たちが入ってくるときのあの視線を考えると、どこかで刺されるかもしれなかった。
 うっ、と苦い思い出が蘇る。

 私は念入りに、顔が見えないようにフードを深めに被ると、今度こそ路地を出た。


 朝市に出ると、そこには昨日見えなかった、活気ある街があった。
 ここまでくると、私たちの何があそこまで警戒させたのか、と疑問になるレベルだった。

「活気ありますね」

 弓の人もそう思ったらしく、早く行きましょうと急かしていたくせに足を止めていた。
 私もまた、足を止めていたのだけれど。

「何か原因があるのかもしれないし。私たちは食料がないとだめだから、早く行かないと」
「そうですね。お金もしっかり持ってきました」

 用意周到で助かる。お金に無縁だったから、持ってくるのを忘れてしまった。
 というか、実際にお金と交換するところを見たことがない。見たことがあるのは教会に寄付しているような所だけで、何かと交換するわけでもなくただお金をもらうという光景だけだった。

「そうだ、私に買い物させてよ」
「いいですよ」

 弓の人は腰につけていた袋を外すと、それを手渡してくる。
 それを確かに受け取ると、ちゃんと両手で握りしめる。
 こういう人混みでは、そういったお金を盗む人がいると聞いたこともある。と、十分に注意して歩く。

「いらっしゃい、焼き鳥はどうだい!」
「干した魚、一つどうだ!」

 あちらこちらで声が飛び交っている。
 いろいろなものが並んでおり、目移りしてしまう。

「いらっしゃい、そこの旅の方、これとかどうだい!」
「ほら、呼ばれてますよ」

 トントン、と弓の人が腰を叩いてくる。
 あぁ、確かにこのローブだと旅の人に見えるか、と自分の見た目を見直した。

「ほら、ドライフルーツさ。日持ちも良くて、美味しいよ!」
「ありがとう、ならそれを一つ」
「あいよ、毎度あり!」

 流石にお金の単位は本で知っていたから、書かれていた通りに支払うと、品物を受け取る。

「これで買い物が出来ましたけど……そこまで特別なことじゃないでしょう?」
「楽しいね、これ!」
「……まぁ、楽しいなら良かったです」

 弓の人ははぁ、とため息をつきながら、袋に手を入れた。
 何かを諦めた様子で、お金を別の袋に少しずつ移し替える。

「このままだと目当てのものを買う前に日が暮れそうなので、先に買う物を買ってきますね。くれぐれも無駄遣いしないように」
「はーい。買い物よろしく!」

 弓の人はお金の入った袋を握りしめ、人混みの中に紛れるように消えてしまった。
 今残っているのが、私のお小遣いみたいなものか、と袋の中を見る。
 ごっそりと減っていて、重量もほとんどなくなっていた袋ではあるが、少しのお金が入っていた。
 ドライフルーツが十個くらいなら買えるくらい……というのが、成人している私へのお小遣いとして高いのか安いのか、と聞かれたら、きっと安いんだろうけれど。

「でも、良し」

 少しでも買い物ができるなら。
 そう言えば待ち合わせとかしていなかったな、と思ったけど、まぁ最後は出発時間に男組と合流しないといけないから大丈夫だろう、と、買い物を優先させた。



「あー、買った買った!」
「……随分楽しまれてたんですね」
「そうだね、楽しかった!」

 私はドライフルーツを一つ、口の中に投げ入れた。

「それで、保存食はどうだった?」
「一応、必要量は買えました。それでも、少し不安ではありますが」

 後ろには、馬車一つ分に隙間なく敷き詰められた箱の数々が。
 これを勇者の仲間だとばれずに買ったのか、と思うと、弓の人が優秀なことが分かる。特にこういった戦闘前の準備とかが。

「ありがと、弓の人!」
「勇者様も満足されたなら良かったです」

 弓の人は戦闘よりもこういう立ち回りのほうが好きなのかもしれない、と表情を見て感じる。まぁその辺りは好きだからできる、嫌いだからやらないと言っていられる次元でもないので何も言えないんだけど。

「それでは、出発します」

 私たちが乗る馬車と別に、食料を積んだ馬車が動き出した。

「ありがとうございました、勇者様方、お気をつけて」

 敵対心むき出しではなくなった、というのは、信頼された、というよりも害がない、と判断されたように感じる。
 まぁ、それでもこっちがストレスを感じるような環境でなければ、というのが本音。

「それじゃ、弓の人、警戒よろしく」
「はい、お任せを」

 弓の人が馬車の上に腰を下ろした。
 町を出てすぐだから、そこまで警戒しなくても良いかもしれないけど、まぁ用心するに越したことはないというやつか。
 正直これからの長い旅路を考えれば、数時間なんて微々たる差だし。
 そんなことを考えている間にも、馬車は少しずつ、小さな木の音を立てながら動き出した。



 そして馬車の中。
 また長い馬車に戻ってしまった、と少し悲しく、そしてあの場所から出られたという僅かな安心感に挟まれた、微妙な感情。
 何かすることがあるわけでもなく、しかし何もしないには長すぎる。

 そんな中、取れる選択肢と言えば会話だけだった。

「そうだ、私たちってずっと陸路なの?」
「そうですよ。陸続き、というのもあって、中立国家、またほかの陸続きになっている国家も侵略を恐れているんですよ」
「あぁ、だから支援もこうして受けられるんだ」
「そうですね。特に中立国家は一番近いですし」

 なら勇者の私たちの中でも一番抵抗されるんじゃないかな、という嫌な想像はとりあえず置いておく。
 そんなことを想像してたら、また襲撃が――

「敵確認、数五」

 ほら、というのは口に出さない。

「弓で処理しておきますか」
「できそうならそれでお願い」
「了解しました」

 そう言うと、弓の人が巨大な弓を構える。
 そしてその弓に見合うレベルの矢を取り出すと、狙いを定め始める。
 数秒後。
 バシュ、という音が鳴と共に、勢いよく飛び出していく。

「命中」

 私の目にも見えていないほどの距離を、観測していた弓の人。
 ただ、発射時に音がまぁまぁ鳴ることや、弓という特性上、一直線上にしか飛ばないということも含めると、こういう時にこそ輝くのかもしれない。
 そう思っている間にも、二射目が弓から飛び出した。

「命中」

 外したことがあるのかな、と言うほどに慣れた命中報告。
 この様子なら大丈夫だな、と思いながら、窓の外を眺めるのだった。
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