朽ちる世界の明日から

大山 たろう

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一章 首都

終着

 

「ねぇ、本当にこっちであってるの?」

「いや、分からない、けどたぶん」

 二人でコンパスを見ながら歩みを進める。

「けれど、地図上はこんなに平坦なのに、実際はこんなに起伏があるなんて」

「地図から大きく変わってしまったところも多くあるけど、それでも地図で見るのと実際に歩くこと、ここまで違うと思わなかったなぁ」

 終点駅。その駅は二つ目の首都と言われても信じてしまうほどの大きなもの。けれど、やはり人一人いない。
 上からぶら下がる時刻を知らせる時計は電池で動いていると思っていたのだが、動きを止めてしまっている。皆、同じ時間を指し示して。

 天井に取り付けられた照明はもう息をしておらず、ただくらい空間。風も吹かないため埃っぽさこそないものの、石畳は荒れ、廃墟となり果てていた。

 意味をなさない改札をくぐる。

 そこに広がっていたのは、まさに滅びた都市だった。
 学校付近こそビルと店が倒れていたが、こっちはそうではないらしい。

 大きな赤色が特徴的なショッピングモールは、おおきく剥げ落ち、裏の灰色をあらわにする。
 エレベーターは力なく地下に転がっていた。


「こっちは結構残っているのね」

「もしかしたらビルでドミノ倒しが始まるかもしれないけど」

「それ、俗に言うフラグっていうやつかしら?」

「そうかもしれない」

 他愛のない話ができる程度には俺たちも心の整理がついた。周囲を見ても亀裂が入った地面と凸凹の石畳と剥げ落ちた塗装、そして広がる無骨な灰色の群れ。

 鉄骨がむき出しになっているにもかかわらず、形状を保っている建物まで存在しており、倒壊していった学校付近とは大きな違いだった。

 形を残しているからこそ、誰も直していないことが、誰も通らないことが、誰も目を向けないことが、不自然で仕方がない。
 聞こえてくるのはビルとビルを抜ける風の音と、土が地面に積もる音、木々が揺れる音、どこかで起きた破壊音。
 こう考えると、人がいないのにもかかわらず音にあふれていた。人がいつも大きな音を出しているからそれが音のすべてと錯覚していた。人がいなくなったからと言って、そこの音がすべて消えるわけではないのだ。
 そう考えると、人というのはどこまでも傲慢なのだろう。地球のことなど考えずに、ただ便利と快適を求めて力を尽くす。
 意見が違っただけで、縄張り争いなんて比じゃないほど多数の犠牲と大きな爪痕を残す。
 人間って、結構迷惑な存在だったのか。

 と、そんなことを考えながら歩いていると、壊れかけの地下への階段を見つける。
 地上のこの寂れた風景と違って、まだ綺麗に塗装が残っているかもしれない。
 そんな淡い期待をしていた。

「地下とかはどうなんだろ」

 どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。意見が合うのは珍しいといえば珍しい。

「行ってみるか」

 観光スポット、というよりウィンドウショッピングに最適として知られる地下街に降りてみた。

 そこにあったのは、まだ工事中かと疑うほどに地面にものが散乱した世界だったが。
 むしろ、崩落しているところがある分地上のほうが状態はよさそうだ。この差も原因究明に役立つのだろうか。

「やっぱり崩落してるんだね」

「そうだな」

「地盤が緩むような雨、最近あったっけ?」

 確かに。それに、仮に地盤が緩んでも、地下がそれで壊れるようでは工事続きだ。
 となると、壊れている主なものはコンクリート、ってことになるのか? そうなると人が消えた理由はそれこそ皆目見当がつかない。しかし、進歩といえば進歩だった。地下は通れない、この様子だとトンネルもアウトだ。

「とりあえず、通れなさそうだし地上に出よっか」

「そう......だな」

 二人であきらめて地上へと出る。

 こっちは建物の状態がまだましだから、地下に比べると断然歩きやすいが、風がたまに吹いて砂埃と落ち葉を巻き上げていくから厄介だ。

「それで、これからどこ行こうかしら」

「俺、本屋に行っていいか」

「わかったわ」

 二人は歩いて数分、本屋の中に入った。

 とはいっても、推測の通り、店員一人、客の一人もいなかった。
 しかし、本は表面こそ砂が付いているものの、大抵が無事であった。
 慣れた足取りでいつものコーナーへ。
 そこにあった一冊の本を見て、彼は目じりに涙を浮かべる。

「あった......大好きだった本の最終巻、今月発売だったんだよ......もう、読めねぇんだな.......」

 それは、最終巻という意味でも、この世界に作者が存在していない意味でも、である。
 作者がいなくなるだけで、物語は簡単に終わりを迎える。読み手がいなくなるだけで、その物語は本となることはなくなる。
 そう言う意味では、愛された物語だったんだな。

「私も、読んでた本見てくる」

「あぁ、分かった」

 周囲を警戒して、いつ天井が落ちてくるかわからない、いつ建物が降ってくるかわからない、いつ足元がなくなるかわからない、そうやって来たけど。

 けど、今だけは。今だけは。

 一人、本を読む。



「終わった?」

「......あぁ」

 何とも言えない喪失感に見舞われた俺は、そのまま彼女に連れていかれるようにして本屋を後にした。

「私もそういえば行きたいところがあったのよ」

 女の子はやっぱり服! とかいうのだろうか。そう思いながらついていくが、途中にある服のある店はことごとくスルーされていく。

「服なんて見ないわよ、どうせ見せる相手あんたしかいないじゃない」

 確かに、それもそうだ。

「それじゃあどこへ?」

「......思い出の場所よ」

 そう言って彼女はあるところに向かっていく。

 都市のほぼ中央にある大きなビルに入ると、黙々と非常階段を上り始めた。

 コツコツ、コツコツ。

 上におおきく反響するその音を楽しみながら、しかしたまに壁が崩落して落ちたら、ビルが倒壊したら、という不安要素に心を鷲掴みにされる。彼女はそんなこと、顔に一切出ていなかったが。

「どうなっているかしら」

 ドアを開けて一番に目の前に広がっていたのは、雲に届きそうなほどの高さから見る、寂れた都市だった。

 砂埃がガラスについて、視界を悪くしているが、地上とは違ってガラスは割れていない。ここも何かの違いが出ているのだろうか。

「電車も、車も。動くものが地上から切り取られたみたい。」

「もしかしたら、本当にそうなのかもな」

 そんなおぼろげな原理の推測を軽く肯定する。コンクリートがやられていることよりも、今目の前にある光景のせいで、それが正解なのではと思えてくる。
 とはいっても、この推測ができたから、助かる見込みが出てくるわけではない。推測が確証になったら、もしかしたら一人生き延びることができるかもしれない。けれど、確証に変わる瞬間は片方が死んだ、消えた、切り取られた瞬間だ。確定させる代償に片方が死ぬなら未確定でいい。

 しかし、彼女の言ったとおりだった。
 一日一人は人をアリのように見立てて群れている、だなんて感想を漏らすであろうこの高さ。
 しかし高いだけで、風が運ぶ土埃と舞う落ち葉だけが動くものだった。

「これ見たらさ、この国どころか、この世界の最後の人類が俺たちかもな」

「そうだね、そう考えたら、一日一日が楽しそう」

 二人は窓の外を眺める。
 未だ高い太陽が照らす地上の凄惨な光景。災害、としか言えない何かによって一瞬にして滅びた、生き残りがほぼいない種族の文明の集結する、終結した都市。

 二人は少しの間そこを眺め、そして彼女が先に立ち上がった。

「ここでのんびりしていると、首都につく前に二人とも死んじゃう」

「ははっ、そうだな。それじゃ、行くか」

 二人は立ち上がって、元来た階段を降りてゆく。
 長い間、地球の王座を獲得していたヒトという種族の最後の生き残り。
 そう考えるだけで、今見ているすべてが色鮮やかに、魅力的に見えてくる。聞こえてくる。感じてくる。

 五感のすべてで、第六感も使って、その体に教え込もう。

 この長い歴史の終着点を。二人で。
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