朽ちる世界の明日から

大山 たろう

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一章 首都

神社

 とは言っても。

 特に何かあるわけでもなく、ただ荒廃した世界だけが瞳に映る。



 都会、特に高い建物などは大きく朽ちていて、逆に住宅街の新築の一軒家は形を保っている。



 だからなんだ、と言われたらそれまでだ。けど、こんなこと考えていないと暇で倒れそうだ。



 なにせ人一人どころか、生物の影ひとつない。



 よく徹夜明けに外に出ていたが、早朝四時ですら鳥の鳴き声が微かに聞こえる。

 五時になったら大合唱だ。

 なのに、物音ひとつ聞こえない、崩れる建物は初日の数分で崩れてしまったのだろう。建物の倒れる音すら聞くことができない。



「なあ、ひまだな」

 唐突に、彼女にそう話を振る。

 彼女は、はぁ、とため息をつき、こう返す。



「その適当な話の振り方、何回目かわかってるのかしら?」

 すこし怒った様子を見せるが、すぐに萎れる。

 怒っても仕方がないと思っているのか、はたまた疲れるからやめにしたのか、はたまたそれ以外か。彼女の考えこそ彼にはわからない、だが双方、ここで何か話したところで何かが好転するわけではないという現実だけはよくわかっていた。



 ザッ、ザッと、靴裏とコンクリートが擦れる音が聞こえる。

 時刻は十五時ほど、太陽が少し傾いてきた頃だった。

 初日こそ吹き荒れていた砂埃だが、今は地面に積もり、風が吹いた時に僅かに舞う程度だった。

 微かに香るのは何かの花の香り。もう名前すら継承されなかった花の香り漂う方へ歩いてみる。



 そこにあったのは一つの神社だった。

 大きな赤い鳥居はその艶のある外見からコンクリートでできているのかと思っていたのだが、少なくともこの神社の鳥居は木でできており、わずかに赤い塗装が剥げているものの、荘厳な雰囲気を漂わせながら、どっしりと構えていた。



 足を踏み入れた。ずっと住宅街が続いていたために、ずっと視界は整えられた石、計算され尽くされた住まい、そしてわずかに隙間から生えている名も知らぬ植物。



 それが、ここで変わったような錯覚を受けた。

 先ほどまであった木々の数倍はある大きなものがザワザワと風に揺らされる。

 歩く音もジャリジャリという音に変化した。

 周囲から余計な物音がしないのもあるだろう。その空間が、どうも別世界のように感じられる。

 彼女も先ほどから横についてきていたようだが、言葉を一言も発していなかった。



 この空気を感じとるのに、言葉は不要だ。



 二人はそう結論づけ、また歩みを進める。



 冷えた、澄んだ空気が心地よい。

 この空気を、この週末が来る前に味わいたかった。もうそんな後悔も遅いのだが。

 少し歩くと、大きな、そして長い階段が姿を現した。



「荷物は重いから、ここにおいていくよ。どうせ取る人一人いないんだからさ」



 そう言って彼女は荷物を下ろす。おれもこの階段を登るのにこの大荷物を持っていく気にはなれない。



 俺もそれに倣って荷物を石の上に下ろした。

 ドン、と硬質な音が響く。

 食糧に水分、日用品から多少の医薬品、実に多くの荷物が所狭しと入れられているせいで、俺の肩はすでに限界を目の前にしていた。



 が、ここで下ろせたのはよかった。

 ようやっと暫しの休息を取れる、俺の心はその感情に支配されていた。



 先ほどの砂利のところに比べ明らかに硬質な音が鳴る。



 手すりをつかみ、一歩ずつ前進をしていた俺に対し、少し休憩をしていた彼女は少し後ろにいた。

 たった少し休憩をしただけなのに、もう結構な高さ差がついてしまっている。

 エレベーターなどはついていないものだろうか、と考えたものの、よくよく考えると電気が通っていない今、どうあがいても使えない。

 俺は小声で頑張れ、と彼女にエールを送ると、階段をまた昇り始めるのだった。



 階段を上り切った先には、雑草が生えてしまっている別世界のような空間が。

 踏み分けて進んでいくと、その先にあるのは老朽化のせいか、はたまた終焉を迎えたからか。倒壊した建物が一つ、二つ。



 とりあえず、手を洗うところがあったはずだと、足を進めるも、老朽化が元から酷かったのか。倒壊してしまっていた。

 それでも湧水を使っているからだろう。水は割れた石の隙間からちょろちょろと漏れていた。

 俺はそれを使って手を清める。



 にしても。今までは「高いもの程終焉の影響を受け、倒壊している」と思っていたが、この建物を見るに一概にそう言うことはできなさそうだな。

 何か条件があるのか、はたまたランダムなのか。ランダムと言ったら聞こえはいいが、実際はただの乱数無差別攻撃なのだが。

 どうしてもやめられない変化の元凶の究明。どうしても答えが出るはずなどないのに、まだ考えてしまうのは悪い癖なのだろう。



 しかし、娯楽は潰え、日常が壊れたこの世界で、考えられることなどその程度である。そう考えると、元の世界がどれだけ恵まれていたか、実感できるような気がした。



「はぁ、はぁ......」



 ようやっと彼女も階段を上り切ったようだ。

 俺は軽く手招きをしてみるも、彼女は荘厳な空気に押されているのか、はたまた疲れているだけなのかはわからないが、しばらくぼーっとしていた。



 数分が経ち、やっと我に返ったかと思うと、俺のいる方へと歩いてきた。



「この風景、家族で一緒に見たかったわね」



「あぁ、そうだな」



 家族の話はあまりしてこなかった。

 生存者二人、つまりほかの家族はみんなもう、生きていない可能性が高いということだからだ。骨も残っていないだろうから、正確には死を観測できない、とかっこよく言ってみてもいいかもしれない。

 だが、この風景はその暗黙の了解を打ち破る価値があると思えるほど、別世界の空気を醸し出していた。



「先に進みましょ」



「そうだな」



 最近のランキング上位に確実に入る「そうだな」を使用し、中央へと向かった。



 真ん中の道を通るのが正しいのか、ふちを通るのが正しいのか、はたまた砂利道を通るのが正しいのか。

 もうすでに真実は闇の中に行ってしまった礼儀作法を今になっていちいち気にし始めた俺を置いて、彼女は一足先に中央にある社へと足を進めていた。



 が、彼女は中央にあったその建物を見上げたっきり、動いていない。

 どうした、と上を見ると、そこにあったのは黄金の鳥。

 もちろん作りものだ。だがどこにも生物の気配を感じない今となっては、そうやって模している一つ一つが、今まで見たことがない生物に見えてくる。



「終焉が来ていなかったら、ここも何も感じなかったのかな」

 なんて、独り言まで吐く始末。

 俺はそれには返答せず、建物を見ていく。

 この建物は他と違って形を保っており、普通に鐘、というか鈴もならせた。



 楽器を習っていない二人からすると、この音一つとっても、新鮮で仕方がなかった。

 もう代わり映えしない朽ちた世界。

 明日なんてもうないかもしれない世界。

 既にいくつもの技術が、文化が、知識が失われてしまった世界で。



 旅の終着点は、どうしようか。



 はじめて、終わりを考えるようになった。



 柱の様子を見ながらそんなことを考えていたせいだろう。これの発見に遅れたのは。

 一番右の柱、その土台にひびが入っていた。

 そして土台はその亀裂を目に見えるほどの速さで大きくしていく。



 そして右の柱、その石造りの土台がついに壊れた。



 支えを失った社の天井が落ちてくる。

 それは上を見上げていた彼女からすると、急に天井が近づいてくる光景だったのだろう。

 すぐに気が付き反射的に俺は彼女を押す。



 その直後、様々な音を立てて建物が倒壊した。



 その音は、とても聞きなれた絶望の音だった。





「大丈夫?」



 そう声をかける。



「助かったわ」



 結論から言うと二人とも無事だった。

 倒壊した建物の破片がこちらに飛んでくることもなく、ただ砂埃がこちらに吹き付けてきた程度。



 間一髪だった。あと少し遅れていたら二人ともあの屋根の下だったかもしれない。

 もう優に身長を超えただろう大きな瓦礫の山となってしまった社を見る。



「あの、少し重いかな」



「あ、あぁ、ごめん」



 壊れた建物を見ていると、突如下から声がした。

 俺が半ば突き飛ばすようにしてこれを回避したから、今二人の構図は俺が彼女を押し倒すような形となっていた。

 久しく感じていなかった他者のぬくもりを惜しみながら手放し、俺は立ち上がる。

 彼女もおしりを払いながら立ち上がる。



「さて、行くか?」



「いこっか」



 俺が壊したようにも見えるこの社を放置して、二人は足を進める。少し負い目こそあるが、今の俺たちにはどうしようもないためにそのままにすることに決めた。きっと彼女もわかっているだろう。

 もう思い残すことはない、と思っていたが、少し歩いたところで、あ、そうだ、と言いながら俺は一度後ろを向いた。



 俺のカメラで、倒壊した社を映しておく。

 後から見たら、それは隙間から日の光が覗く瓦礫の山かもしれない。

 けれど、今はこれを残したかった。



「よっし」

 そう言ったっきり、もう振り返ることはなかった。







 倒壊した社、その屋根についていた鳥が、日の光を浴びて輝いていた。
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