【完結】新説・惟任謀反記

盤坂万

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山崎の合戦

深慮

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 十一日になって秀吉は冨田とんだに到着した旨、光秀の元に左馬助が子飼いにしている素破者すっぱから報告があった。
 別な左馬助の手下から、安土出発が遅れるとの報せがあったのもほぼ同じころ合いで、併せて伝えられた内容は光秀を思いがけず苛立たせた。

「武田の残党が北近江を侵食しているらしいぞ」

 書状を手に光秀が文字通り吐き捨てるように言ったので、側にいた伝五は少し天井を見上げた。

「唆した者がおりましょうな」
「高次だろう。元明の妻女は高次の妹だからな。他人の尻馬に乗ると、後でとんだ目に合うぞ」

 武田の残党と言うのは元の若狭守護武田家のことで、当主の元明は見方によってはなかなか不遇の人である。それもこれも実力なきことが原因だが、この度のことを機会と見て挙兵したのだろう。
 左馬助も佐和山に兵を出したが、一足早く武田が占拠しており、これを手土産に合力を申し出てきたが、左馬助はきっぱりと謝絶したと伝えてきている。

「さすがに左馬助ですな」
「うん、よい仕置きだ。更にこの報せによると長浜も高次の手に落ちている様子だ。これは筑前がさぞ怒るだろうな」

「先の見えぬ者は手に負えませぬ」

 伝五の嘆息に光秀が疲れたような笑みを浮かべた。

「そのせいで左馬助の出発が遅れるようだ」
「羽柴様の進軍速度にもよりますが、これで彼の兵力は当てにできなくなりましたな」

「左馬助は開戦を遅らせてくれと言ってきておる」
「さて……」

 最速で左馬助の兵が山崎に到着するのは十三日の朝になるだろうが、瀬田の唐橋を焼いて山中に兵を引いた山岡景隆一族の動向も気になる。秀吉の軍勢が光秀と対決すると知れば、彼らは左馬助の進軍を邪魔するだろう。

「武田や京極も、景隆の致し方をこそ見習えばよかったものを」
「殿は我が方が不利になるようなことばかりお褒めになりますな」

「なに、通り一遍のことを申しているまで」

 光秀は書状を畳むと伝五に向き直った。

「さて、そろそろ手配りをせねばな」
「は、では手筈通り丹波衆を天王山に」

 光秀は伝五の言に黙って頷いた。

 ◆◇◆

 明智軍は十一日の昼過ぎに、天王山に陣地を構築するため丹波衆を派遣した。並河易家と松田政近に二千を与え、高所より遊撃する目論見を相手方に見せつけるためである。

「天王山はそれほど重要でしょうかな」

 そう首を捻ったのは内蔵助だった。兵法で言えば、低所よりも高所の方が運用を有利に行えると言うのは一般論でもある。だが天王山は山と言っても、いいところが丘程度の高さだ。矢や鉄砲を撃ちかけるにしてもそれほどの威力を発揮するとは思えぬ。数で勝る羽柴からすれば、無視してもいいと判断するかもしれない。そうすれば天王山の二千は遊兵になってしまうだろう。

「まあ見ておれ。あれはあれで使い勝手があるのだ」

 そうして配置した丹波衆から、とある一報が光秀のもとにもたらされた。曰く、木津川の対岸に二千ほどの部隊が駐屯していると言う。
 旗色を問うと、紋は梅鉢、大和守護である筒井順慶の兵と知れた。

「順慶がな。どうした目論見か」
「お見方をして下さるのではありませぬか」

 そう言った内蔵助の期待は既に願望の域に達しているようだ。これは早晩使い物にならぬかもしれぬ、と光秀は内心危惧するに至っている。
 光秀の軍略が早い段階で綻びるとすれば、この内蔵助が糸口になるかもしれぬ。他の麾下きかの者たちと同じく、彼も勝ちへの執着は並々ならぬはずだ。だが、死すとも戦に勝つと思い極める者たちと違って、彼らの執着は生きんがために勝つことだろう。
 光秀は滅びの美学など謳わぬ。だが人がいずれ死ぬことを思えば、死に臨める時と場所を選べるのは幸甚なことではないかと思う。さんざん命を奪ってきた上だからこそ、感じることなのかもしれない。

「今更そのようなこと。伝五、確かに申し伝えたのだろうな」
「無論。ですが、ご意向を確かめに行って参りましょう」

 順慶には、丹後の細川に伝えたのと同様、この度の戦には合力不要、努めて羽柴に同心する旨誓詞をしたためるよう勧め、彼らも同意したはずである。その使者を伝五が担ったのだ。

「まあよいわえ、儂も一緒に向かおう」

 そうして光秀は三十騎ばかりを選んで、木津川に展開する筒井の陣に出向いたのだった。
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