終わる刻、始まりの場所

七海月紀

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29話

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 眼下で燃え盛る炎。勢いは留まるところを知らず、集落を一つ飲み込もうとしているようだった。人々は逃げ惑いながら、あるいは呆然と立ち尽くして、住処を奪っていく炎を見ている。
「おぉう……思ってたより酷いな、これ」
 中ツ島センターアィルの端にある地方都市……からさらに離れた田舎町……の中心地からもう一足伸ばした先の小さな集落で、自然発火による火災が起きているようだ。
 そう情報が入ったのは、地軍の報告を聞いた次の日の朝だった。ダイニングでらんが遅い朝食を食べているときにそらから報告が入った。
 それを聞いたともえはすぐさま四隊長たちに現地に飛ぶように言った。
 炎は山の木々を燃やすことから始め、徐々に人々の暮らす人里へと手を伸ばしていったのだろう。里山の木々は焼け焦げ、山は禿げ上がったようになってしまっている。
「のんきに言ってる場合じゃないわよ?この炎消せるの、今藍くんしかいないんだからね?」
「わかってるよ」
 少し口を尖らせて言うはるかの声に苦笑しながら答え、藍は改めて目の前に広がる風景に目をやる。
 火を消すのであれば、本来ならようの管轄だ。けれど今回の遠出に燁は一緒に来なかった。……いや、来ることができなかったというのが正しいかもしれない。
 報告が入ったその日の朝、燁は起きてこなかったのだ。一緒に眠っていたあおいによると、体が怠くて起きることができないと言う。原因は不明だけれど、動くことができないのであれば仕方ない。大事をとって、ホームで休養をとることになったのだ。
 しかし、目の前には炎。これを消すことができるのは、水のフォースを操ることのできる藍だけ……というわけだ。
 ふーっと長く息を吐いて、大きく息を吸う。
 大丈夫。体の中にも外にも、力は満ちている。
「それじゃ復活祝にいっちょ派手にやりすか♪」
 ニヤリと少し人の悪い笑みを浮かべると、藍の周りに薄い青い光の粒が集まり始める。
 パチンと指を鳴らして、空を見上げると空が少し暗くなり、どこからともなく黒い雲が現れ始めた。雲は、それまでさんさんと照り輝いていた太陽を隠してしまう。
「我が前に水の恵みを」
 歌うように言った藍が、再度パチッと指を鳴らすと雲から一筋の雨がポツリと落ちる。それは少しずつ増えていき、次第に激しい土砂降りへと変わる。
「……沈まないか?」
 藍の少し後ろで様子を見ていた蒼が問う。
 ……確かに、火の勢いは弱まっているようだが、それ以上に近くの川の水量が一気に上昇しているように見える。
「あの堤防決壊したら、この集落流れちゃいそうね」
 杳の言う堤防は、強度が甘いのかチョロチョロと至るところから水が吹き出しているようだ。
「……」
 二人から散々な言われようの藍は、少し口を尖らせて拗ねたような表情を浮かべる。一般的に言うと『男前』の部類に入る藍だが、たまに見せる子どもっぽい表情が三枚目キャラへと変える。
 黙ってればイケメンなんだけどな……
 杳は思っていても口にはしない。自身の顔が良いことは、本人も知っていてそれを時と場合によっては活用していることも杳は知っている。
 藍が再びパチッと指を鳴らすと、雨足は少しずつ弱まりやがて太陽が戻ってくる。町を燃やし尽くさん勢いだった炎はほとんど消えてしまい、三人の眼前には焼け野原が広がっている。
「……」
 いつの間に見つけてきたのだろうか。蒼は、木の実や草の実、木の葉や花を手のひらに乗せるとそれにふっと強く息を吹きかけた。
 ふわっと浮いたそれらは、風に乗って集落へと飛び舞い落ちた。やがてそれらは地に根を張り、芽を出し、草木となるだろう。時間はかかるかもしれないけれど、人々はまたここで暮らすことができるようになるはずだ。
 蒼の絹の黒髪をガシっとちょっと雑に撫でて藍は言う。
「さて、祭りの主催者に会いに行くか!」
 これは決して自然災害なんかじゃない。誰かが、何かの意図を持って起こした……事件だ。

 白いシーツに細い針金のような赤い髪が散る。燁は膝を抱えるようにして、シーツにくるまっている。
 どこかが痛いわけではない。何かが苦しいわけでもない。ただひたすらに、
「……だるい……」
に 体が重くて、思うように動けない。ベッドのサイドボードには、出かける前に杳が準備してくれた飲み物があるけれど、正直それに手を伸ばすのも億劫だ。でも、少しでも飲んで減らしておかないと、きっと帰ってきた蒼に怒られる。
「…………」
 眉間に深い皺を寄せて、心配そうな表情を浮かべ、燁の側を離れたくないというオーラを全身から発していた蒼は、藍に引きずられるように出かけていった。出かける先は聞いたはずだけど、忘れてしまった東ノ島イーストアィルのどこかだとか言っていた気がする。
「……転送装置で行くなら、距離は関係ないもんな……」
 島の中心の泉にあるゲートは、古代の文明とフォースが融合された機械マシーンに繋がっている。ある文様の描かれた呪布さえ持っていれば、エネルギーを流すことで、いつでもホームに帰ってこれるし、望む場所に行くこともできる。現役時代から、火群の隊長たちは良く利用していた。
 一般の火群の隊員たちは、こんな装置があることは知らない。隊長たちが神出鬼没のため、とにかく不思議がっているという話は、燁も聞いたことがあった。流すエネルギー量がそこそこ必要なため、一般の火群の隊員たちは使うことができなかったのだ。
 ……あの頃、まだ今よりももっと燁が子どもだった頃。周りには大人ばかりがいて、一番年齢が近かったのが、蒼だった。サラサラの黒髪で、雪のように肌が白くて、初めて見たときは女の子かと思ったほどだ。
 いつもどこか遠くを見るような目をしていて、それでいてその瞳は悲しげだった。どうにかして、笑わせたい。笑顔を見たい。笑ってほしい。そう思って燁は……燁は……
「はやく……帰って来ないかなぁ……」
 燁の呟きは、白い天井へと吸い込まれて消える。

 ホームの地下には、広い空間がある。そこには、膨大な数の本や国内で行われた数々の研究資料などが保管されている。その奥には、巴しか入ることの許されない小部屋があった。……というか、そんな資料室の奥の奥にある怪しい小部屋に興味を持つ者は、火群四隊長の中にはいなかったため、必然的に巴以外は立ち入らないようになったのだ。そこには、かつて栄えた文明によって作られた機械マシーンがあり、それが世界中の様々な機関からの情報を集め続けている。今、部屋につけられた巨大なディスプレイの前のふかふかの椅子に腰掛けているのは、部屋の主である巴だ。カチカチとボタンを押しながら次々に映し出される映像を見て何かを確認しているようだった。
「……どこで見たんだっけな、あの実験着……」
 昨夜、巴の夢に現れた少女は、白い簡素なワンピースのようなものを着ていた。が、よくよく思い出してみると、胸元に地布と同じような色で文字のようなものが刺繍してあった。そんな服を実験着として被験者に着せている写真を巴はどこかで見たことがある。
 どこだ、どこだ、どこだ……
 パッパッと映っては消えする画像は、色が薄く線が荒い。恐らく、今から五〇年以上前のものなのだろう。ところどころ歪んでいて見えづらい箇所もある。
「……あった……」
 幾時かをそうやって過ごしたあと。巴はようやくその画像を見つけた。年端のいかない子どもたちの姿。写真の中の彼らは、昨日の夢で出会った少女と同じ白い簡素なワンピースを着ていた。
 カチッカチッと画面を拡大して、彼らのうちの一人の胸元をアップにする。初めは荒くて読めなかった文字が、補正されやがて読めるようになる。
「……!!」
 ーーダルフィン研究所
 その名前に、巴は聞き覚えがあった。かつては、国の正式な研究機関として輝かしい功績を残した研究施設だ。しかし、前衛的な研究を次々に行い、次第にそれが世間に受け入れられなり、その後公式な研究施設としての称号を剥奪された。研究費のなくなった施設はやがて廃れ、そこで行われた研究も中止された……はずだった。表向きは。
 その後のダルフィン研究所に関する正式な報告はない。しかし、秘密裏にその研究を引き継いだ施設があるようだ……ということは、実はわかっている。
 ダルフィン研究所が行っていたのは、『完璧な存在の生成』だった。
 研究所があった五〇年前、フォースは今よりももっと身近な存在だった。より多くの人が力を感じ、自分の属する力の恩恵を受けながら暮らしている人は少なくなかった。
 五行の五つの力を人は誰しもが宿している。しかし、フォースとして使うことができるのは、一番エネルギー値の大きい力だけだ。
 『完璧な存在』は、全ての五行の力を完璧に同等レベルで使いこなすことができるという。五行の力だけでなく、時間や空間でさえ操ることができる。それを造りだすことがダルフィン研究所の目指したものだった。
 ガタッ!!
 激しい音を立てて椅子を倒しながら巴が立ち上がった。その黄金色の瞳は、目の前のディスプレイに釘付けになった。
 大きなディスプレイの端に見覚えのある色の瞳の子どもが映っている。どこか落ち着かない不安げな瞳。キュッと固く結ばれた口は、何かを我慢しているようにも見える。データの劣化で、巴の知る色よりは随分色褪せて見えるけれど間違いない。
「……なん……で……」
 巴はディスプレイの前から離れ部屋を出ると、書庫へと急ぐ。広い部屋の中に整然と並ぶ書架からガサガサと資料を取り出しては中を確認する。
「違う……これじゃない!これも違う……確かこの辺……」
 次々に引張出しては投げ、出しては投げしていくせいで、巴の通った後には資料が投げ捨てられていく。
 こんなふうに散らかすと、たまに書庫を使っている蒼に小言を言われるのはわかっている。けれど、今はそれどころじゃない。
「あーー!!これも違うっ!」
 ダンッと強く書架を叩くと、ドサドサッと資料の束が落ちる。その中の一つ……辞典のように分厚い一冊が、ページを開いた状態でバサリと巴の前に落ちた。
「これだ!!」
 天の導きだろうか。巴の求めていた資料がそこには広がっていた。
 巴はその場にしゃがみ込むと、食い入るように資料を目を通しながら次々とページを捲る。どれくらい時間が経っただろう。冊子の半分に差し掛かった頃に、巴はようやく探していたページを見つけた。
 ーー被検体番号三〇五七号と三◯五八号
 そこには手を繋いでこちらを睨むように見つめる二人の子どもの写真が載っていた。紅玉のような赤い瞳を持つ子どもたち。二人とも肩の辺りで髪を切りそろえられていた。一人は燃える炎のような赤い髪でもう一人は雪のように白い髪をしていた。
 ……燁……君はここにいたんだね……
 二人の着ている実験着には、ダルフィン研究所の名が刺繍されていた。
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