終わる刻、始まりの場所

七海月紀

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36話

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 例のオモチャの製造元は、思ったよりもあっさりと見つかった。
 中ツ国なかつくにの地図をようの前に広げ、燁が気配を感じる範囲を選ぶ。やり方としては、金脈や水脈を探すダウジングと同じようなものだ。少しずつその範囲を狭めていくと、ある企業のビルに行き当たった。
「ここ?」
「うん。ここっぽい」
 ともえの問いに燁は答える。
 ほぼ勘と言っても相違ないような手法ではあるが、火群ほむら隊長たちの直感は大体正しい。居間に広げた大きなスクリーンには、燁が指したビルが映し出される。
 高いビルだ。央都セントラルから北に進んだ先にあるそれほど大きくない地方都市にあるビルのようだ。そのビルだけみると、央都に引けを取らないような建物のようだが、街の規模としては、燁のいた南ノサウスアィルの街と変わらないくらいだろう。それだけに、街から少し離れて立つそのビルだけが酷く異質で浮いているように見えた。
 ふーーむ……と顎に手をやって何やら考えていた巴が口を開く。
「そうだね。こうは『高いところにいる』と言っていたから、このビルならそれに合致しそうだね。それに、周辺には工場もあるようだし、この工場か……もしくは、地下辺りで作っているのかもしれないね」
 スクリーンの映像は動画で、ビルの周りに立つ工場の様子やそこを出入りする大型のトラックも映っている。
 そこで生活の糧を得ている人がいる様子を見て、はるかは少しだけ気が重くなる。
 また人の生活を崩しちゃうのかな……
 自分たちが動くことで、壊してしまう生活があることを知っている。これまでだって、そんな姿は何度も見てきた。それでも、この戦いが終われば、きっともっと幸せに暮らすことができるようになると信じてやってきた。今回もそうだと信じている。
 スクリーンの中には、街で生活する人々の様子も映されている。公園で遊ぶ子どもやそれを見守る大人たち。人々は確かにそこに生きている。
「……前は、国を再建するっていう大義名分があったけれど、今回のはそれとは少し違う。国内の危険分子の排除……そう言えば、聞こえはいいけど、結局は自己満足でしかないのかもしれない」
 巴は静かな声で続ける。
「それでも僕は、平和な国を作るための一歩だって信じてる」
 巴の言葉に杳は、ハッとして唇をキュッと結んだ。
 ここにいる誰もが、好きで誰かの生活を壊そうとしているわけではない。それでも、大切な人の暮らす世界を、未来を、より良いものにしたいと願っている。けれど、そのために誰かが、何かが犠牲になることを良しとしているわけではない。犠牲を背負って生きているのだ。
 巴が、自分たちが見ているのは、今だけでなく、もう少し先の未来。未来を生きる人たちの世界が、少しでも明るいものであるように……心から、そう願っている。

 島のほこらを媒体とした転送は、転送された本人の体感は一瞬だけれど、実際にはいくらか時間が経っている。詳しい原理はよく分からないけれど、夢渡ゆめわたりと似たようなものだと昔らんが説明してくれた。夢の中では一瞬でも、目覚めると時間が経っているのと同じかな?と燁は思っている。
「さて、みんな揃ったな」
 藍の声に他の三人が大きく頷く。
 久しぶりに袖を通した揃いの衣装。かつて火群として活動していたときに着ていた忍び装束と似たものを藍が準備してくれていた。額当ての付いたはちまきが、それぞれの五行に対応した色で作られている他に、袖口や襟元のデザインが少しずつ違うようだ。
「これ、昔のよりちょっとおしゃれになってない?」
 細かいデザインの違いに気付いた杳の言葉に藍は小さく苦笑を返す。
「それぞれの五行と隊長たちのイメージをデザインに盛り込んだって言ってた」
 誰が……とは言わないが、きっと藍のことを溺愛しているあの個性的な人だろう……とその様子を想像して燁は小さく笑う。
「あと、呪布の文様も刺繍してあるから、転送のときの負担も少なくなってるらしい」
 我が兄ながら、すごいよホント……
 あんな兄だが、服のことになると素晴らしいアイデアと才能を発揮する。決して本人の前では言わないけれど、藍は兄……ゆかりのこともちゃんと尊敬している。
 島を出たのは日暮れ前だったが、今はもうとっぷりと日は沈んでしまっている。代わりに天には零れんばかりの星と細い猫の爪のような月が浮かんでいた。
「さて、じゃあお仕事しましょうか」
 藍は言って自分の手を前に伸ばす。藍のその手の上に、杳、燁、あおいと手を重ねる。風もないのに、ふわりとはちまきの裾が揺れ、四人の周りに風が起き、小さな上昇気流が生まれる。
 温かい……
 四人のエネルギーが交わり、周囲の空気がわずかに変わる。
 火群隊長として仕事をするときはいつも、みんなでこうやって気合を入れていた。互いにエールを贈り合うとともに、無事を祈り、再びこうして会うことを約束する意味もある。
「じゃあ、行くか」
 ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた藍に、他の三人は笑顔を返した。

 ドッゴーンという大きな音を立てて、ビルの入口が破壊された。銃や爆薬と言った武器の類が使われた形跡はない。強いて言うならば、弾丸のように飛んできた水と巨大な鞭のようにしなった木の枝……だろうか。
「な…な…」
 声をなくすビルのスタッフに侵入者たちは優しく微笑む。
「騒がしちゃって悪いな。ちょーっとここの高層階に用事があるんだけど……大したことじゃないよ。探してる人がいるんだ」
 ニコニコといい笑顔を浮かべるのは、金髪碧眼の青年だ。青年の横に立つのは、絹のような黒髪と星のような黒い瞳の美青年と真紅の髪と燃えるような炎の色の瞳の青年だった。彼らは、じわりじわりと間合いを詰めようとする警備兵たちを牽制するように同時に指をパチっと鳴らした。
 瞬間。小さな炎が踊るように舞い出て、右の兵を襲い、左の兵には、植物の蔦が足元からにじりよるように襲いかかる。
「ひ……ひぃ……」
 情けない声を上げて腰を抜かす兵たちを尻目に、金髪の男の背後にいた少女が溜め息を吐きながら言う。
「遊んでる場合じゃないからね。早く上に行かなきゃ」
「はは。わかってるんだけど、ちょっと楽しくなってきてさ」
 笑う金髪の青年……藍の言葉に、黒髪の青年こと蒼も続く。
「手応えがなさすぎる……」
 蒼の視線の先には、蔦で簀巻きの状態にされた男たちが何人も転がっている。
「上!煌はもっと上だ!」
 一人先に階段に向かって走りながら燁が言う。
「……って、コレを階段で登る気か?」
 ビルの高さは、目測で三十階ほどだろうか。
「エレベーター使う?」
 小首を傾げながら聞くのは杳だ。
「……途中で止められたら困る」
 蒼の一言で、四人は階段で煌のいる上層階を目指すことになった。
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