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ヌルッとスタート編

第22話 自動翻訳機能

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「簡単に言うとね、虹の方様のもたらす言語の親和性だけど、確か『自動翻訳機能』って表現したおヌル様がいらしたかな。
この世界には無い物や概念を表す言葉、名前などの固有名詞、そういった言語は、そのおヌル様のお国言葉くにことばのまま発せられるんだ。
あとは意識的にその言語で言いたい表したいって本人が望んだ場合もね。これは例で言うなら蛍様の〈イケメン〉かな。僕とエタンにとっては異界の日本語の単語としてもう馴染んだよ」

 なるほどね~、外来語的な感じね。

「そんでコニーが〈ルセット〉って言ったのが最初気になって。あえてのフランス語だから。この世界では『調理表』とかおヌル様達が定着させた『レシピ』が定番の言い方で、フランス人のおヌル様でさえ調理表って自動翻訳されてたようだし。
つまりコニーにとって〈ルセット〉って言葉に特別な思いが込められてるんでしょう?」

「特別って言うか、うーん……多分私にとって固有名詞なんじゃないかな。
私の作るお菓子は全部師匠から習ったものだから。師匠も、周りの人達もみんなルセットって言うし。
あの赤いファイルには師匠の新作発表会のルセットが沢山詰まってるの。意識した事はなかったけど、あれは『師匠のルセット』と言う名前の調理表だと、私はとらえているんだと思う」

「そうだったんだね。僕の家族にはフランスのおヌル様の研究をしている人間が何人かいて、僕もそうなんだ。だからコニーの口からフランス語の単語を聞いた時、共通項があるみたいでとても嬉しくなってしまったんだよ。
食事準備の時にわざと『〈キュイエール〉お願い』って言ったら引き出しからスプーンを出してくれたし、その後も〈フルシェットゥ〉〈アスィエットゥ〉って言っても、順番にフォーク、小皿を出してくれたでしょ。
さっきもカフェティエール・ア・ピストンって正式名称、久しぶりに聞いたよ。普段はプレスって呼ばれてるから。
……別に試そうなんて気持ちはこれっぽっちもなかったんだよ……。信じて? あの……嫌な気持ちになった? ごめんね。」

「え? 全然? なんも思ってないからそんなそんな。
てゆうか、フランス語って言っても高校の選択授業で勉強した程度だし、フランス映画が好きでちょっと興味があったり、食べる周辺のことぐらいしか知らないよ。
えっと、逆にご期待に添えず、私のほうこそごめんなさいって先に謝っとくわぁ」

 お互いにわちゃわちゃと謝りつつ、にっこりし合った。

 あと追加で彼が教えてくれたのは、虹の方様による翻訳能力の精度のことだった。

 蛍様のヌルヌルがかかった場所は足腰だったせいか、親和性はそれ程高くなく、ただ、短いスカートを履いてたことから、素肌の脚の露出が多く、皮膚からの浸透? 侵入? (この部分の表現は研究者の間でも見解が分かれるんだってさ)がわりとあって、異界の言葉もゆっくりなら相手がなにを言ってるか、なんとなくは理解ができたそうだ。

 ただし自分で発するとなると難しく、カタコト喋るところから始まり、流暢りゅうちょうに喋れるまで1~2年を要したそうだ。
 文字に至ってはからきしで、ゼロからのスタートとのこと。

 ほええええ~! マジで真面目にヤバかった!!!

「あん時、私苦しくって死ぬかと思ったけど、語学習得が壊滅的超超苦手だから! 違う意味でこの世界で死ぬ思いで勉強しなきゃならない可能性があったってことか……。
今こうして言葉に何の苦労もせず過ごせるのは、私にとってホント不幸中の幸いだったかも」

 一発死の縁ギリギリ体験か、日々死にそうか。
 後遺症もなく終わった今なら言えるけど、断然一発派だな。

 同じ日本人の蛍様。
 しかも15歳の時って……。

 自分の15歳の頃を鑑《かんが》みる。
 言葉も不自由で一人ぼっちで見ず知らずの別世界に突然引き抜かれて、どんなにか心細かっただろう。

 ご家族は彼女が忽然と消えてどうされたんだろうか……父と母がもういない30間まぢかの私とはわけが違うよね……。

 私の1つ年上のママさん。
 いま妊婦さんてことは、旦那さんにもお子さんにも恵まれて、ずっともしくは現在は大切にされて、幸せにこの地で過ごしてるんだよね……。

 彼女の苦労と頑張りが報われてるようで、勝手な想像ながら少しホッとする。

 遠からず会えるといいなあ。
 私は同じ異界の人間おヌル様仲間だから、蛍さんとか蛍ちゃんとか気安く呼んでもいいのかな?

「あ、ねえ。この世界の字が読めるか書けるかどうか、私試したいな。もしできれば、なんかノートと書くものを貸していただけると……。
この世界での色々を書き留めたり、あと『こんなの存在するかな?』的なものを思いついた時、絵で書いた方が説明が早かったりする場合もあるかな~なんて」

「うん、分かった。じゃあ2階で未使用のノート探してくるから。ちょっと待ててね」

「ならその間に俺はお代わりをもう一杯づつ入れようかな」

「ねえ! それなら今度は私がチャレンジしたい。エタンさん。私にやらせて」

「ん? そうか。もしかしてちょっと淹れ方が違うのか?」

「うん。少しね。ケーキ作りと違って自己流だったけど、一応プロの端くれ、どんだけ差が出るか試してみよう」

「マジか。面白そうだな。ぜひやってみてくれ」

 おう! まかしとき! なんて笑って2人で立ち上がった


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こんなにも沢山の方々が見続けて下さってるのかと思うと、いつも胸が熱くなります。心から感謝を捧げます。本当にありがとうございます。
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