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荒れ街道(2)
しおりを挟むユウハが飛び込むように馬車の荷台へ乗ると、恐怖に怯えた様子の一家と御者はユウハの方をふり向き、全員もれなく驚愕する様子を彼に見せた。
殺されたと思っていた人物が野兎のように勢いよく乗車してきたのだから無理もない。だが、状況を説明する時間も彼らがそれを理解するための猶予も残されていなかった。
「説明はあとでします。馬車を出して、今すぐに!‥‥まだ生きていたいなら、僕の言うとおりにしてください。」
「‥‥、‥‥」
「‥‥早く!!」
状況が呑み込めず後ずさる彼らにユウハは切迫した呼吸のまま指示を叫んだ。時間が経過した分だけ不利になるのは自分たちであると理解させるための一言を、迫真の様相で訴えた。
状況を十分に把握したわけではないが、御者はユウハの言葉に反応し、すぐに手綱を手に取り、砂煙をあげて馬を走らせる。
同乗者の一家はけがを負ったユウハの様子を心配しながらも、ひとまず彼が無事であったことに安堵の表情を浮かべた。
「もっと速く走れますか、お願いします。のどかな街道の旅みたいな乗り心地に気を使う走りではなく、凶暴な獣に襲われた野生馬の逃走がごとき速度を、そうでないと奴等を振り切ることはできない。‥‥道は遠回りになってもいいので、なるべく平坦な馬の操縦が安定する場所を進んでください。それと‥‥、」
揺れる馬車の上で、ユウハは器用に衣服を割いて作った包帯で肩の傷を押えつけながら、今の状況を同乗者たちに詳しく伝えた。
説明の途中で、ユウハが無造作に左手を振ると馬車は2台、3台と分身を生み出し、それぞれ別方向へと走り出した。
同乗者たちはユウハの魔法に驚きながらもそれを易しく受け入れ、生き延びるための活路がそこにあると期待するのだった。
「『落ちこぼれでもできる分身の魔術』ですので暫らくすると消えます。気休めですが、これでうまく騙すことができれば敵の数を減らせるかと、‥‥関所までの距離はおそらく14ロータリク(約10km)ほどあるので、到着するまでの間に必ず盗賊たちは追い付いてきます。‥‥そのときは、覚悟を決めてください。」
「その‥‥今みたいに君のマホウで追い払うことはできないのかい?さっきは逃げることができたんだろう、もし奴等が来たとしても同じ目に合わせればいいのではないか。」
一家から『マホウ』という奇跡と同意の言葉へ期待と信頼をのせた疑問がユウハへと投じられた。
「僕も戦闘は初めてで、それに‥‥僕は攻撃系の魔術を使うことができないんです。さっき試したんですが不発に終わって、反撃としてこの怪我を負いました。‥‥出来損ないだから、本物の魔術師みたいに魔術を操ることができないのかと、」
ユウハは肩の傷を抑えながら期待を裏切る申し訳なさに俯き、つられるように同乗者の一家もガックリと肩を落とした。
「!!‥‥来たぞ!マホウ使いさん、奴等だ!」
目的地の半分である7ロータリクすらも通過しないうちに、御者が大声で追手の存在を告げた。
ユウハの予想では残り4ロータリク(約2.8㎞)ほどで追いつかれるらしく、賊からの追撃をうけながらなんとか関所へ駆け込むと乗客に説明していた。そのため、速すぎる追従にユウハが思わず後方を見ようと馬車から頭をつき出すのも無理はなかった。
「‥‥なんだあれは?、‥‥豚、‥‥それともイノシシなのか?」
ユウハは敵を視認して目を丸くした。追手の盗賊に足となる何かがいることは容易く予想できたが、目前の不可解な生き物には驚くしかなった。
その生物は人間を2人ほど背中に乗せる巨躯に、豚や猪と全く同じ丸みを帯びた形状で四足歩行、全身を体毛に覆われ大きな鼻頭を持っていた。しかし、猪の特徴として見られる猛々しい2本の牙はなく、鼻の上から太く鋭い一本角が生えており、さらには目らしきものが顔の何所にも見当たらなかった。
謎の生物は盗賊を背に乗せながら、馬車の後ろを畦道だろうと泥濘であろうと速度を落とすことなく平気で追いかけてくる。
きっと一歩前進することも危ぶまれるほどの獣道だろうと、この生物に乗れば容易に通ることができるだろう。それほどの安定性と推進力を目の当たりにして、なぜこれほど早く追いつかれたのかようやく理解できた。
馬車も追手を振り切ろうと速度を上げて街道を駆けるため、荷台は幌に掴まっていなければ転がり落ちてしまいそうなほど揺れた。それでも、盗賊との距離は縮む一方であった。
「‥‥とにかく足が速すぎる、このままでは追いつかれてしまうだろう。それに、目がないのに何であんなに速く走れるんだ?‥‥嗅覚?、熱探知?、‥‥何でもいいが非常に厄介だな、『目眩まし』も通用しないと思える。」
後に迫る盗賊たちは全員目元を覆うように頭巾を被っている。おそらく頭巾は遮光性の高い布で作られており、先程の魔法へ対処しているのだろう。加えて化物猪には目がないときた。
「‥‥どうしよう、追いつかれてしまう、‥‥マホウ使いさん!!」
怯えた乗客はユウハに危機からの救いを求めた。それに応えるように、街道の分岐点にたどり着くとユウハは再び分身を作り出し、自分たちが曲がる反対方向へ盗賊たちを誘導し、少しでも追手の数を減らそうと試みた。
だが、化物猪に乗る盗賊たちは迷う素振りを一切見せず、本体の馬車と同じ方向へ曲がってくるのだった。
「なんでだ!?」
「危ない!!」
盗賊たちの投げたナイフが馬車の速度に揺れたユウハの髪を掠めて馬車の細い柱や幌を貫いたことで、すでに投擲物とうてきぶつの届く範囲まで迫られてしまっていることを知る。ユウハは同乗者がナイフの的にならないようできるかぎり馬車の前方へ避難させ、再び後方へと戻った。
「!!、‥‥僕の血だ。あの化物は目ではなく、盗賊の短剣に付着した血の匂いを辿っているのか。それでは分身を作り出してもほとんど意味がないってことだ。‥‥まったく、たかが馬車強盗にどれだけ綿密な計画を練ってきているんだ、こいつ等は!」
透明化、目眩まし、囮の分身、その全てが無駄となった。予想を遥かに超える敵の周到さにユウハは思わず肩をすくめる。
「魔術師さん、大丈夫ですか!?」
「‥‥ええ、心配しなくても大丈夫です。絶対に追いつかれないよう、全力を尽くしますから、」
後方から心配する声にユウハ背を向けたまま応える。
「とは言ったものの、いったいどうすれば。何か打開策は‥‥、」
ユウハに扱える魔術は、先に見せたあの3種類だけあった。それに、必要なエネルギーも残り少ない。
ユウハは思考を巡らせながら不意に馬車に刺さった投げナイフを抜き取り、心に沸き立つ怒りのままに盗賊へ向けて投げ返した。ナイフは見事に化物猪の鼻を抉り、その一匹がたまらず仰のけ反り転倒した。
ユウハは、見たか!と勢いで拳を握ったが、現状を理解している彼の目は逆に不安を覚えるほど冷静であった。
「‥‥あの兄弟はどこに行った?弟はともかく兄は分身に釣られるほど阿呆ではないはずだが、姿がどこにも見えない、」
謎の生物や目晦し対策に気を取られていたが、追い迫る盗賊の郡中に肝心な2人がいないことにユウハはようやく気付いた。しかし、気付くのが遅かった。
グシャリ
突然の破砕音と共に馬車が強い揺れに襲われ、ユウハは体勢を崩して床に倒れ込んだ。上下左右も分からない激しい揺れのなか、ユウハは馬車から振り落とされないように全力で必死で組板の凹凸にしがみついた。一度でも板から手が離れたならば恐ろしい盗賊と怪物の餌食になってしまう、それだけは御免だった。
‥‥ッ、何が起きた?、馬車は、御者は、乗客は無事なのか!?
状況を把握しようと揺れに耐えながら、ユウハは懸命に目を開け、そして両手で強く握っている組板の先、御者や乗客がいた馬車前方の無事を確認した。
「‥‥よし、彼らは無事だ。・・・・・!?」
そこでユウハは違和感に気付いた。ユウハのいた馬車の後部と乗客たちのいる前方との距離が異様に遠く、しかも、その差はどんどん広がっている。
そしてユウハには気付いたことがもうひとつあった。それは馬車前部と後部との間にあの盗賊兄弟の弟が立っていることだった。
盗賊弟の手には大剣が握られており、先程の破砕音があの大剣で何かを叩き切った音であることを理解した。
‥‥では何を?
その答えはすぐに分かった。
「馬車をぶった切られたのか!?、‥‥どんな膂力だ!」
馬という動力を失った馬車後部は叩き切られた衝撃で空中へと飛び出していた。同じく後方にいたユウハも宙へと放り出され、残骸となった元床板に虚しくしがみついていたにすぎなかったのだった。
木屑と共に宙を舞うユウハは改めて現状を見回す。
馬車の車輪は4輪あったため、馬が引いている車両前方はそのまま走り、逃げて行ってしまった。つまり逃げる足を失ったということだ。
真下ではどす黒い笑顔を浮かべながら手招きをしている盗賊兄弟がいる。つまり逃げ場はないということだ。
「‥‥ああ、もう最悪だ。」
先程に運の良し悪しを語っていたが、やはり悪運は自分に憑いているのだと、八方塞がりな状況にユウハはとうとう頭を抱えてしまった。
やがて勢いを失ったユウハは、重力にしたがって馬車の残骸と共に盗賊の待つ地面へ、文字通り「不幸のどん底」へと落下を始めたのだった。
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