The RUNE of BELLBREST

カミロワキ

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裏街

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 リオーハベルの街は南から北へ直線的に進むことはできない、中央にそびえる王の居城が行く手を塞いでいるからだ。だからユウハは入都してきた南門から都市の西側を迂回うかいするかたちで進み、北側まで到着したのだった。

 途中に通過した西の街は南以上に商業が盛況せいきょうしており、『第1商業道路』にある店はほとんどが個人の出店ではなく、その土地に店舗を構える大型の商業団体によって経営されていた。道幅も広く歩きやすいことこの上ない整備の行き届いた通路であった。

 だからこそ北側へ到達した瞬間はユウハも目を疑った。あれほど栄えた町並みは見る影もなくなり(住宅が集合しすぎて日陰は多いが)、逆に生気をかけらも感じない陰鬱いんうつな空気が、数百と並ぶ住宅の間に所々ある薄暗い路地を常に漂ただよっていた。何年も整備されていない荒れた道路を行く人は疑心と絶望によって身も心もひん曲がっている。そう、腰もひどく曲がっていた。

「なるほどな、これは誰も来ようと思いはしない。それに、これだけ住宅が密集しているのであれば、人ひとりを探すのはかなり苦労するだろう。まったく、ちゃんとこの場所にいてくれよ」

 街が伸びた建物の影に飲み込まれ始める。一日は夕暮れ時に差し掛かろうとしていた。
 準備していた資金は昼間に受けた傷の診療で宿ひとつ取ることもできないくらいに減り、日暮れまでにマレギールに出会えなければユウハは冬の寒空の下で野宿することになるだろう。いくら魔術師と言えど体温が下がり過ぎれば死に至る。

「魔術で火でも起こせればよかったんだがな、つくづく役立たずだ。」

 ユウハは街をゆく(なるべく親切そうな人相の)人々に手あたり次第尋ねまわったが、不可思議なことにマレギールを知る者は1人として現れなかった。意外と市民には知られていないという可能性も考え、そこらの兵士にも声をかけたが、国に仕える衛兵ですらその存在を否定し、逆にユウハを怪しむ様子を見せた。

 そして完全に日が没した街でユウハは体を振るわせて、少しでも風をしのぐことのできる場所を探していた。商業通りであれば、店も多く酒場などでだんを取ることができただろうが、現在ユウハがいる街の北は民家の明かりすら点々とするほどで営業している店などどこにも見当たらなかった。

「これはマズイな、寒さで体が動かなくなってきた。」

 すれ違う人々の人相が昼間よりも悪い。ユウハはエスセルナの話にあった街の暗部の話を思い出した。

「‥‥よし、一旦西側に戻ろう。」

 そう考え、来た道を戻ろうと後ろを振り返ったユウハは思わず足を止めた。

「み、道が分からない。あれ、‥‥この家はさっきも見た気がするぞ?」

 出会う人に片っ端から話しかけていたためか、気付けばユウハは住宅街の中心部へと入り込んでいた。民家は同様式の物がいくつも横に並んでいるため、目印となる物などない。それだけでなく民家は空を覆うように縦にも高く、内に入り込むと唯一の目印となっていた王城すら確認できなくなった。

 住宅の合間を縫って吹き込む冷風がユウハを襲う。
 とにかく足を止めると末端から体が冷えてくるため、目的がなくとも歩き続けなければならない。それが余計にユウハを迷わすことになるのだった。

 夜が訪れてもユウハは薄明りの灯る路地を彷徨さまよい続けていた。
 どこに行っても同じ建物ばかりで、何度道を引き返したのだろう。同じ道も数えきれないほど通った気がする。息は荒く、白い息を吐いているが、汗も出ない肌は青白く、体は芯まで冷え震えが止まらない。すでに凍え死ぬまでの時間制限が設けられているのだ。

「ハァ、もうだめだ、動けない。」

 散々歩き回ってユウハは民家にもたれてその場に座り込んでしまった。体がさらに冷たくなるも抵抗する力は残っておらず、次第に瞼を持ち上げることすらできなくなってゆくのだった。

 ‥‥‥‥‥?

 ふと、閉じようとした視界の奥に小さな光が見えた。光は橙色で点滅しながら揺ら揺らと不規則に飛んでいる。一瞬その光を死ぬ前に見える幻覚のようなものだと考えたが、幻術のたぐいに詳しいユウハはそれが別のものであることに気付いた。

 歩く力などもう一滴も残っていないと思っていたが、光の正体を見た瞬間にユウハの身体は飛び上がるように起き、光を目指して走り出した。すると光は、ユウハと近すぎずそれでいて見失わないような距離を保ったまま、路地の中へと逃げだしたのだった。

 暫しばらく後を追うと、入り組んだ路地を抜けた先で光は何の変哲へんてつもない民家の中へと入っていった。その民家はボロボロで入口から暗く人のいる気配が全くしないのだが、よく見ると一番上である3階にだけ小さく明かりが灯っていた。
 ユウハは怪しさも何も考えずに夢中で光を追って民家へと侵入し、ほこりをかぶった木の階段を駆け上がるのだった。

 3階には薄い扉があり、その扉を開けるとその向こうには部屋が広がっていた。部屋の中央には木製の机と椅子がそれぞれ2つずつ向かい合うように並んでおり、机の上には火の灯った簡素な燭台しょくだいが、そして、その向こうに8年前と何ひとつ変わらない魔術師の姿があった。

「‥‥マレギール、ようやく見つけた。」

「‥‥ユウハなのか?ああ、ずいぶんと久しぶりだな。‥‥でも、どうして君はここに来たんだ?地方の町で暮らしていたじゃないか。」

 その声を耳で捉え脳内で過去のものと整合したとき、ユウハの身体は息を吹き返し、ようやく達成感に身体を包まれた。

「そうだ、貴方も住んでいたあの小さな町で静かに暮らそうとしていたんだ。でも、町には居られなくなって、‥‥ここに来れたのは、その光球を追いかけていたら偶然辿り着いたんだ。そいつはお前の使い魔なんだろ?」

「‥‥そうか、この子についてきたのか。」

「なぁ、僕は貴方が王宮で仕事をしてると聞いてた。だが、そんな事実はどこにもないし、それどころか貴方の名前を知っている人すら1人もいなかった。いったいどうなっているんだ?」

 会話の続け様にユウハは自分がマレギールを見つけるためにどれほど労力を費ついやしたか強く訴うったえようとした。
 しかし、マレギールはそのことについて何も言わず、ただ机の上にある火の灯った燭台をひとつ手に取るのだった。そして、蝋燭ろうそくの先の炎に自分の右手人差し指をかざし、指を横へ振る。すると蝋燭の炎は強く燃え上がり、指の示す方向へと火先ほさきを伸ばし始めるのだった。

「この子は『灯精霊トーテン』という種族で、名前はフィトという。彼には僕を心から必要としている人を見つけてこの場所へ連れてくるように頼んでいたけど、まさか君が来るとは思わなかった。そしてここに来たということは、君は私を必要としているのだろう?‥‥最初の質問にまだ答えを貰えてないぞ、どうして君はここに来たんだい?」

「‥‥何を、」

「時間がないんだ。答えてくれ、」

 マレギールは押し問答をするつもりはないといった様子で、ユウハを蝋燭から流れる炎で囲み注連縄のように周囲との隔絶かくぜつを図った。ユウハが答え方を誤れば、取り囲む炎がすぐにでも捕らえて部屋の外へと投げ捨てられるように、二度と出会わぬように、

「‥‥わかった、僕の目的を正直に話そう。」

 先程まで凍り付いたように冷たかった肌から汗が滴したたる。どうやらマレギールに敵意はなく、ただ警戒しているようだ。
 覚悟を決めたように汗を拭いユウハは気持ちを抑えて深呼吸をひとつすると、真剣な表情でマレギールの前に立った。
 両者とも口をつぐんだまま互いの目を見つめ合う。
 沈黙の空間に窓を揺らして隙間風だけが侵入してくる。
 そして、揺れる窓の擦り音が止んだとき、ついに思い切ったようでユウハがその固く重たい口を開けた。

「‥‥マレギール、偉大な魔術師であり僕の最も親しい友でもある貴方に頼む。どうか、僕に魔法を教えてくれ。誰かのためになるような、困っている人を助けられるような大魔法を、頼む。」

 それはユウハの小さく開いた口からこぼれるようにして出た願いだった。
 それが、ユウハが故郷を飛び出してまで叶えようとする一番の望み。そして、その望みを叶える為に師であり友人でもあるマレギールを探し、思いを打ち明け、恥を忍んで頭を下げたのだった。
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